表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第二章 邪教徒と生け贄の少女
49/105

潜入 床鳴り通路

 カイは前を歩く僧侶に気付かれない様に、距離を取って後をついて行った。回廊は真っ直ぐ続いた後に左へ曲がる。曲がり角で立ち止まり、先の様子をそっと覗き見た。さっきより少し長い回廊を、僧侶が姿勢良く歩いて行くのが見える。今僧侶が進んでいる回廊は、長方形の中庭(先程いた菜園)を囲む四つの壁のうち、竜巻の壁画がある壁と丁度向かい合わせになっている箇所だろう。

 

 回廊の途中に扉が一つあるのが見えた。今の所僧侶の後ろ姿が見えるだけだが、あそこから人が出て来るかもしれない。そう思っていると、僧侶が扉を叩き、扉が開いた。カイは角から顔を引っ込めて耳を澄ます。

 扉から出て来た者に話しかけられ、僧侶が会話を始める。

「御勤めですね?」

「はい、少し遅れてしまいました」

「あの女の子は……」

「もう良い頃合いとの事。ようやくあの子のお兄さんに会わせてやれます」

「そうですか、それはなにより。心置きなく御勤めが出来ますね」

「尊き御方の前ではいつも緊張してしまいます……刃を持つ手が震えてしまって」

「心を静かに。無風の時こそ全ては風を成すものに包まれている。私達はずっとそうして来た筈ですよ」

「……そうですね。尊き血脈の御加護を」

「貴方の言葉を確認致しました。クレストが御勤めの為に通ります」

 

 カイがそっと覗き見ると、戸口にいる者は部屋の中に向かって呼びかけていた。直後数人分の声が不明瞭に聞こえて来る。部屋の中に何人かいるようだ。戸口にいる者がクレストと言う僧侶に向き直ったので、カイはまた顔を引っ込めた。

「通って良いですよ。御勤めを御願いしますね。貴方が善き風に恵まれますよう」

 

 僧侶達が会話を終えると、扉の閉まる音がして、再び通路を歩いて行く一人分の足音が聞こえて来た。覗き込み、僧侶の後ろ姿を確認して後を付ける。

 僧侶は扉を過ぎて数歩進むと、今度は通路を右に曲がった。

 カイは扉の前を静かに、そして出来る限りの早さで通り過ぎ、曲がり角でまた様子を伺う為に立ち止まった。

 そっと覗き込んだ曲がり角の先に、奇妙な光景があった。

 

 今までと同じ石で出来た通路の途中に、大きな長細い木の板が何枚も横たわっている。通路の両端には何やら絡まり合った蔓植物のような物が、壁に沿って大量に敷き詰められていた。

 よくよく見ると端から端へ、通路の幅一杯の長さの木の板が渡されて、床の役目を負っているようだった。床や廊下に大きな穴が空いた時、こうやって応急処置した事を思い出す。だがこの状態は通路の床を修理したからではなさそうだ。

 カイは僧侶の様子を伺った。

 

 僧侶は平然として板の上に足を踏み出す。その途端、僧侶の足下からとんでもなく大きな、板の軋む音が聞こえて来た。

 カイは扉を振り返った。中の人物が出て来る様子は無い。ほっとした束の間、自分が難関に出くわした事に気が付く。あの音は部屋の中にいても確実に聞こえる。それをどうやって気付かれずに越えるか?

(さっきの会話はその為か)

 今からあの音の鳴る通路を仲間が通る、その為の確認と承認。それを僧侶達は行っていたようだ。

 

 僧侶は板の上に次々と足を乗せ、大きくて耳障りな軋み音を響かせながら進んで行く。後を付けようにもこの状態では無理だ。僧侶の動きに一部のずれも無く同調して動けば可能かもしれないが、流石にそんな人間離れした芸当は身に付けていない。

 カイは僧侶を見送った。

 僧侶は音の鳴る通路を渡り終え、行き止まりの所で右手にある扉を開き、その向こうに消えて行った。

 

 一人になってようやく、カイは身を隠していた曲がり角から出て先へ進んだ。十歩分にも満たない石の床を歩き、問題の板が渡された所で立ち止まる。

 板が渡された床の距離は、通路の全長の約半分程とかなり長く、飛び越す事はほぼ不可能だ。板は両端でしっかりと固定されていて剥がす事も出来ない。


 通路の端を歩けばいいのでは、とも思ったのだが、通路の両端には恐ろしい事に、大きくて鋭い棘の生えた蔓が何本も束ねられ、鳴り板部分の端の方まで、びっしりと敷き詰められていた。その無数に生えた尖った棘は、良く乾燥していて強度があり、足を乗せればたちまち靴を貫通して当分の間歩けなくなるだろう。手で退かせようにも、束ねられた量が多すぎて、到底手に負えるものではない。


 他に何か良い方法は無いか? カイは通路を見渡し、ここを越える為の糸口を捜した。通路の壁は拳大の石を積み重ね、粘土か何かで固められた造りになっている。壁の所々に石が出っ張った箇所があり、爪先なら掛けられそうだ。

 指先と足の爪先で壁を登り、越えて行く事が出来れば、軋む床を突破出来るかもしれない。握力と運に身を任せる事になるが、仕方が無いだろう。カイは試しに壁に手を掛けてみた。しかしすぐに手を離し、信じられない思いで指先を見る。

 油の様な物が塗られていたのだ。考え無しに飛びつかなくて正解だった。


(……徹底しているな)

 ここまでとなると、オルセンは一体どうやってこの先へ行く事が出来たのか不思議に思う。その頃はまだ警戒が薄かったのかもしれないし、軽業が得意と言うのだから、屋根にでも上がったのかもしれない。

 しかし屋根に上がるという事は、やはり石積みの壁を登らねばならない、という事だ。もし警戒を強めた僧侶達が、外壁にも細工をしていたら?


 いっそ外に出て地面を掘ってみるか、などと考えたその時、突如上から割れる様な轟音が鳴り響いた。

 鐘の音だ。起床の時間、祈りの時間、就寝の時間。僧侶達は全ての時間を鐘の音に従い行動しているという。ここの生活には必要な音なのだろうが、聞き慣れない者にとっては耳を覆いたくなる騒音だ。特にこの場所が鐘突き塔に近いのか、上から響いて来る轟音に、他には何も聞こえなくなる……。

 

 カイは咄嗟に判断した。今なら行ける。

 次の音に合わせ、迷わず一歩を踏み出した。

 板は大きくたわんだが、その軋み音は鐘の音に掻き消された。

 一呼吸置いて次の一歩。

 部屋から人が出て来る様子は無い。

 またもう一歩。今度は歩幅を大きく取って進む。

 鐘の音は余韻を残しながら小さくなり、また次の音が響き渡る。

 あと幾つで鐘が鳴り終わるのか考えている余裕は無かった。兎に角鳴っているうちに渡りきってしまおうと、軋む板を数枚飛ばして進んで行く。

 下手に走ったりも出来ない。あくまで音が一番大きい時に合わせ、一歩ずつ。そうしなければ、鐘の音に慣れているであろう部屋の中の僧侶達に、瞬く間に気付かれてしまう。

 カイは鐘の音に集中し、確実に通路を渡って行った。軋む床の最後の方は思い切って数枚分を飛び越え、手をついて前転し、床に寝転がる様に着地した。

 

 際どい事に、鐘の音はそこで鳴り終わった。カイは立ち上がり、静かに大きく息を吐き出し、後ろを振り返える。誰も駆けつけて来る様子は無い。何とか床鳴りの通路を通り抜ける事が出来た。

 だがここで気を抜く訳にはいかない。

 中庭で僧侶が言った『あの御勤め』、先程の会話にあった『頃合い』、そして行動の時間を示す鐘の音。

 もたもたしていると生け贄の儀式が始まってしまう。

 カイは通路の行き止まりまで進み、その右側にある、僧侶が姿を消した扉に手を掛けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ