ブレガモット寺院 〜潜入開始〜
足音がして、少女は目を覚ました。そして自分が今の今まで眠っていた、という事に気付く。
周りを見まわしても、ここが先程連れて来られた、古ぼけたランプが一つあるだけの部屋だという事に変わりはなかった。
兄を想って泣き続け、泣き疲れた挙げ句にこんな所で眠ってしまった。
赤く腫れた目を擦り、力無く起き上がる。
兄はどうなったのか。自分は一体どうなってしまうのか。……あの足音は何を意味するのか。
その疑問に対する答えを持って来たかの様に、足音はゆっくりとこの部屋に近づいて来る。
少女は幼いなりに覚悟を決めて、足音の主を待つ事にした。
*
雨上がりの空気の中、湖の畔に建つ寺院の黒い影が浮かび上がる。
ブレガモット寺院。石灰岩を積み重ね作られたその建物は、アダルニアの土着神バファニールを祭る為、ブレガモットという名の人物がその巨大な湖―—ペラナ湖の畔に設立した、と古い書物に記されている。
オルセンの話によると、寺院と湖周辺は平坦で緑豊かだが、そこに行き着く為にはゴツゴツした岩肌の斜面を登らなくてはならない。そうなると近隣のテュエルモント村からでさえ行くのが困難に思える。しかし寺院の僧侶達は人里へ行き来する為の安全な道を、外部の人間には気付かれないように作っていたそうだ。
オルセンの指示した通りに登って行くと、外観で予想していたのが拍子抜けするくらい、簡単に頂上へ着く事が出来た。
カイは夕闇に紛れ寺院に近づいた。
寺院の周囲には木立や岩が所々に点在しており、隠れて近づくのはそう難しくはなさそうだ。近くにあった手頃な岩の陰にマントで包んだショートソードを隠し、遠目から入り口を確認した。
入り口には松明が二つ灯されており、見張りらしき僧侶が一人、杖を手に佇んでいる。
不意に両開きの扉が開き、もう一人僧侶が姿を現した。すると外にいた方は出て来た方と、何やら変わった仕草の挨拶を交わし、建物の中に入って行った。
交代の時間だったようだ。
カイは二人の僧侶が交わした挨拶を見逃さなかった。
その仕草は両手を胸に当て、顔はそっぽを向き首を横に振るというものだった。 端から見れば仲が悪く、お互いが相手を拒絶している様に見える。
普通に考えれば仲間内ではやらない仕草だ。あの二人の仲が悪いだけかもしれないが、意図的にも思える。覚えていれば後で役に立つかもしれない。
だがそれも、この建物に無事入る事が出来れば、の話だ。
カイは出来るだけ建物に近づいてから、手頃な石を拾い、頃合いを見計らった。
見張りが下を向いた瞬間、カイのいる場とは反対方向に石を投げる。
石は入り口から遥かに離れた所で音を立てて落ちた。
見張りが音に気付き、杖を構えてそろりと音のした方に近づいて行く。
その隙に扉へ近づき片方を少し開くと、その隙間から滑り込む様に中へと入った。




