火急
オルセンは下りて来たカイをそのまま家の中に招いた。
どうやら一仕事した御陰で気を許してくれたようだ。カイは有り難くその好意に甘える事にした。
濡れた服が乾くよう暖炉の前で暖まりながら、オルセンが出してくれた水で薄めた葡萄酒を口にする。オルセンもカップを手に、親しげな表情で木箱の上に腰を降ろした。
「新しくして貰ったばかりなんだけど、知らずに手抜きされていたようだ。助かったよ。ありがとう」
「いえ。こちらこそ」
「今、村の大半が出払っているんだ。留守番は俺しかいなくてね。どうしても警戒してしまって。すまなかった」
「見知らぬ者が突然来たのだから、当然の事でしょう。しかし村の人達は何故、こんな天気なのに出ているのですか?」
「ああ……それが……」
オルセンは言い淀み、カップを両手で包む様に持って俯く。
「……子供が二人、行方不明なんだ」
「何だって!?」
カイはカップを乱暴に置いた。薄い葡萄酒が跳ねて床に溢れる。
「兄妹で羊の放牧に行ったっきり、帰って来ない。一人はまだ小さい女の子だから心配でね。だから皆で二人を探しに……」
「いなくなった理由に心当たりは?」
カイはオルセンに詰め寄った。
「いや、ないと思う。まぁ、もうすぐみんなが帰って来ると思うから……それこそこんな天気だしね……帰って来たら聞いてみるが……その、便利屋さんも探すのを手伝ってくれるのかい?」
真剣な表情のカイにやや気圧されながら、オルセンがそう聞いた時だった。
家の外から幾つもの足音と話し声が雨音に混じって聞こえて来た。
「帰って来たようだ」
オルセンと共に家の外に出ると、雨具を被った集団がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。オルセンが集団に走り寄り声を掛ける。
やがてオルセンはこの村の村長を連れ、カイと引き合わせた。怪訝そうな顔の村長と逸る気持ちのカイは、互いの自己紹介を短く済ませ、オルセンに促されるまま家に入った。
村長が家に入るや否や、カイは待ちかねた様に話を切り出した。
「子供がいなくなったと聞きました。探す手伝いをさせて下さい」
共通語だが訛りの強い言葉で、村長はオルセンを咎めた。
「オルセン、なぜ知らない人に話した?」
「すみません……でも、この人は善い人みたいなので……」
村長は硬い表情でカイに視線を向けた。
「あなたはどこから来た? なぜここにいる?」
「東のアゼラ国から来ました。ここを通りがかって嵐に遭い、オルセンさんに助けて貰いました」
「アゼラは分からないが、助かったならそれでいい」
「村長さん、時間が勿体ない。その二人の特徴を教えて下さい!」
村長は首を横に振った。
「関係ない人に手伝って貰う気は無い。オルセン、明日までならここに泊めてあげていい」
「お願いです! このままでは二人が危険だ!」
「なぜ危険だと分かるのか? この土地に住んだ事もないのに」
「それは……」
「私達は後でもう一度探しに行く。あなたは余計な事をしないでほしい」
カイは唇を噛み俯いた。
村長が家を出て見えなくなったのを確認すると、カイは身支度を整えた。
オルセンが落ち着かない素振りで問い掛ける。
「どこに行く気だい?」
「申し訳ないが俺は帰った事にして下さい。お願いします」
「あんたまさか、二人を捜しに行く気か?」
そう、捜しに行く。ブレガモット寺院に。生け贄の少女が目撃された、あの寺院に。捕われているとはまだ決まった訳ではないが、万が一予想通りであれば助け出す事が出来る。どのみち潜入する事に変わりはないのだ。行くのは今しかない。
「オルセンさん、貴方に迷惑はかけない。だから教えて下さい。ブレガモット寺院へ行くのに、どの道を行けば早いですか?」
「ブレガモット……?」
オルセンはそう呟くとよろめきながら後ろに下がった。その様子を見て、カイは協力が得られそうにないと判断し、背を向けて家を出ようとした。
だがオルセンは慌ててカイのマントを掴み引き止める。
「待てっ」
「申し訳ないが、ここで足止めされる訳にはいかないんです!」
力尽くで振り払おうとしたカイを、オルセンは必死の素振りで制した。
「待てって、カイ・ヨハネス。ハイネマン卿の雇われ人!」
眉をしかめたカイにオルセンは続けた。
「生け贄の少女の話を聞いてここに来た……そうなんだろ?」




