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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第二章 邪教徒と生け贄の少女
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ピッテルム

 夕日が沈む中、カイはピッテルムへと続く道を進んで行った。

 途中の林道では狐に出くわしたが、狐はカイを見るや否や、さっと茂みに隠れて何処かに逃げて行った。それ以降は何事も起こらず、次第に暗くなる林の中をただひたすら、急ぎ足で抜けるのみであった。

 抜けた先にはひらけた平地が広がっており、石造りの建物が並ぶ小さな町が見える。

 日が沈みきる前に、何とかピッテルムに着く事が出来たようだ。

 

 町に入り、人のまばらな通りを進んで行く。すると程なく、通り沿いに大きな宿屋が一軒建っているのが見えた。貸し馬屋は明日探す事にして、カイはその宿屋に泊まる事にした。

 宿屋の一階は酒場になっていて、行商人らしき者や農夫が数名ずつと、隅に陣取るやんちゃそうな少年達が数名、それぞれテーブルを囲んでいる。

 カイはカウンターで宿泊の手続きを済ませ、夕食を注文して真ん中辺りの空いているテーブル席に腰をおろした。


「明日あたりにゃブレガモットのお化けが出そうだなァっ」

 少年の一人がわざとらしい陽気な声で喚き立てる。

 ブレガモット。ハイネマンの従者から聞いた寺院の名だ。例の噂話をしているらしい。

 カイは彼等の会話に耳をそばだてた。

「きっと出るぜ!」

「軽業チャップマン嵐の晩に、お化けが怖くてスタコラ逃げ出す!」 

「仕事干されて仲間達からつまはじきっ……ほんとに仕事無くなって消えたらしいな?」

「そりゃそうだ。誰も雇わねえよ、腰抜けの盗賊なんぞ」

「なんせお化け見て小便漏らしたからな!」

 そこで少年達は爆笑した。

 

 カイは小さく溜め息をついた。盗賊の名前を知る事は出来たが、聞いていて気分の良い会話ではない。

 少年達以外の者は皆、聞こえない振り見ない振りで、その(たち)の悪そうな連中とうっかり目が合ってしまわないように努めていた。

 しかし興に乗った少年達は席を立ち、その努力を無駄にするかの如く周囲に絡み始めた。

「おいオッサン知ってっかぁ? 嵐の晩はブレガモット寺院にお化けが出るんだぜぇ」

 年は十三、四歳くらいのそばかすだらけの顔をした少年が、カイの近くのテーブルにいた行商人の男に顔を近づけ、粘着質な口調でそう言うと、歯を剥き出して「ヒヒヒッ」と笑う。

 小太りで中年の行商人は、額に若干汗を滲ませつつ笑顔を取り繕い、その場をやり過ごそうと必死になっている様だった。

 そばかす少年の仲間達はその様子を見て悪乗りを始める。

「そうそう! ブレガモットの坊さんの幽霊がナイフ持って追いかけてくんだよな!」

「逃げ切らないとナイフでグサリ!」

「そのあと小便漏らすってわけよ」

 ゲラゲラと笑いながら行商人のテーブルを取り囲み、代わる代わる顔を近づけ舌を出したりナイフで刺す真似をする。

 完全に困り果てた表情の行商人は、ナイフで刺す真似をされた時に思わず声を上げた。

「やめてくれっ! 君達うるさいんだよ、もう何処かへ行ってくれないかね!」

 

 その一言で少年達の顔つきが変わった。

「ああ? おい、もういっぺん言ってみろよオッサン」

 そばかす少年が一党の頭を気取って凄みをきかせる。

 自らの言動が、因縁をつけたい彼等の思う壷だったという事に気付き、行商人の顔は見る間に青ざめた。

「ああ、あの、だから、もう勘弁してくれないか? 悪かったよ、この通り謝る」

「はぁー? 聞こえねえーなー。俺達をハエみたいに言いやがって許せねぇ。どうしてくれようかぁー?」

 少年達は顔を見合わせニヤニヤと笑う。

 カイは静かに席から立ち上がり、行商人を庇う様に立ちはだかった。

「なんだてめー」

「手短かに言う。店を出るか、痛い思いをするかをさっさと選べ」

「はぁ? おいおいてめえ、この俺様にけんか売りたいのか……」

「その決め台詞的なものを省く事は出来ないのか? 煩わしいし時間の無駄だ」

 そばかす少年が顔を一気に赤くした。カイはそれを冷めた目で見やる。 

 

 悪ふざけを装って騒ぎ立て、相手が少しでも嫌悪の態度を示したらそれに激怒してみせる。悪ガキの見え透いたやり口にはうんざりだ。こういう手合いは因縁をつける為にしつこく絡んでいるだけで、理屈も何もあったもんじゃない。

 そう思っていたのは他の客も同じだったらしく、逞しく日に焼けた農夫と体格の良い若い行商人が揃ってやって来た。

 カイとその二人は目が合うと互いに頷き、農夫が代表で口を開く。

「お前らいい加減にしろ。旅の人に因縁付けて金を巻き上げてるの知ってるぞ。ジミー、おやっさんに言いつけるからな」

 

 農夫と少年達は顔見知りらしかった。ジミーと呼ばれたそばかす少年は、その言葉を聞くと瞬く間に癇癪を起こした。

「うるっせぇ! 俺に指図すんじゃねぇ! 野菜売ってとっとと家帰れよ邪魔すんな!」

 ジミーが農夫目掛けて殴り掛かる。カイはジミーが横を通り過ぎる瞬間につま先でその足を引っ掛けてやった。

 派手な音を立てて食事の乗ったテーブルに突っ込むジミー。

 その成り行きを見ていたジミーの仲間達が、いきり立ってナイフを取り出し、カイに詰め寄って来た。

 カイが三人の少年に囲まれ構えていると、若い行商人が彼等の後ろに回り込んで一人を羽交い締めした。

 

 カイは掴み掛かって来た少年の手を捉え、小指をあらぬ向きに、しかし折らない程度に思い切り曲げた。

(子供にはこの程度で十分だ) 

 すると少年は悲鳴を上げ、痛さの余りに体を捩った。その拍子に反対側の手からナイフが落ちる。

 横からもう一人が飛び掛かって来たが、カイは同じ姿勢のまま難なくそれを蹴り飛ばした。

 蹴られた方がテーブルに背中を打って倒れたのを見届けた後、カイはようやく、小指を掴まれ涙目になっている少年の足を払って倒した。

 少年は頭や尻をしたたかに打って、しばらく呻きながら床の上をのたうちまわっていた。

 若い行商人も羽交い締めにした少年の腰に手を回し、そのまま軽々と持ち上げて離れた床に放り投げる。

 次々と倒される仲間を見て戦意を喪失した残りの者は、羊肉ローストのソースを被ったジミーを抱えて宿屋を飛び出し、一目散に逃げて行った。

 

 カイと若い行商人は目を合わせ互いを労った。

「手伝って貰って助かりました」

「いや、なんの。君もお疲れさま」

 農夫も「さっきはどうも」とカイに礼を言い、三人は和やかに笑い合う。

 するとさっきまでカウンターの陰に隠れていた宿屋の店主が、ここぞとばかりに抗議に現れた。

「このありさまをどうしてくれるっ! 片付けてくれないと困るんだがね!」

 そう喚く店主を前に三人とも苦笑いで顔を見合わせ、仰せの通りに、と掃除を始めた。

 カイが床に散らばった食べ物を拾い集めていると、横から布巾が差し出された。見ると絡まれていた方の行商人が隣にしゃがんで微笑んでいる。

「先程は有難う。私も手伝わせてもらうよ」

 四人はしばらく黙々と酒場のホールを掃除し続けた。

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