魔法使いの街
馬車がブラールの街に着いた。料金を渡し外に降りると、カイの耳に威勢の良い口上が聞こえて来た。
「さあさあ、皆様御覧あれ。かの高名な魔法使いオーギュスト・アルルの弟子、月光のルドレーが編み出した秘術―」
「理の守護者リージェス神の御手より賜った聖水はいかが」
「古代エルフの護符を今なら格安で―」
「呪い除けを受けたい人は後でこちらを訪ねて!」
「精霊使いの弟子入りを望む者はいるか?―」
石灰岩の門の向こう、赤煉瓦を敷き詰めた広い通りのあちこちに、ローブを纏った者や、何かの印を象った首飾りを下げた者が陣取り、呼び込みの様な事をしている。
ブラールは魔法使いの街だった。
アゼラ国にも勿論魔法使いはいる。しかし主に魔法省と呼ばれる国の機関に属する者を除くと、民間では冒険者と宗教関係者以外あまり見かけないのが正直な所だ。
フィリップ国王は魔法の才能を持つ者達に注目し、貴賤の関係なく国の支援を与え育て上げ、優秀な者を魔法省へと配属させている。
曰く、魔法は扱う者の心根によって救いの力にも厄災にもなる。
ならば若い芽の内に正しき道を示してやれば良いとの事。
聡明なる王と呼ばれるその人らしい考え方である。
そう言う理由でアゼラ国では、公道で魔法使いの呼び込みを聞く事は殆ど無い。
バルデラはかなり自由な形で魔法文化が広まっているらしい。
案内所で聞いた転移魔法専門の店もその一つだろう。カイは通りを進み店を探した。
正門から真っ直ぐ進んで行くと、様々な店が軒を連ねている。
占いの店、呪いの店、治癒の魔法道具専門店、退魔専門店、魔力が付与された武器を売る店。勿論魔法使いギルドもあった。
それらの建物は普通の街で見るものと違い、ひしゃげた様な形をしていたり、美しい色の石を一面に貼付けていたりしている。万事目立つように作られているらしい。
カイは珍しい光景に目を奪われて街路をそぞろに歩いていた。
「あんた、本みたいだね」
突然下から声をかけられ、僅かに驚いて目を向ける。見ると道路の端で一人の痩せこけた男がだらしなく座ってカイを見上げていた。
その顔は緩みきっていて、半開きの口からは涎が垂れている。弛んだ頬にぼさぼさの茶色い髪の毛。薄青い澄んだ双眸だけが無垢な輝きを放っていた。
「……本、ですか?」
「うん。本。字がいーっぱいつまってる」
「それはどうも」
あながち間違いではない。カイの知識は殆どヘンリーの蔵書から得た物だ。
「本だ。本、本」
「……」
どうしてよいか戸惑っている所に、駆けて来る者がいた。
「サザロス!」
「あ、せんせ」
「探したよ。勝手にいなくなって……ああ、すみません。この子が何かしましたでしょうか?」
三十手前の上品な顔つきの男が息を弾ませながら、心配そうに聞いて来る。
カイは安心させる為に軽く微笑んで、その場を立ち去る事にした。
「いえ、何も。失礼します」
「じゃあねー」
サザロスと呼ばれた男は立ち去るカイに満面の笑顔で手を振った。
「サザロス、あの人に何を言ったんだい?」
「せんせ、あいつ、本だよ」
「本? ええと、物知りって事かな?」
「ううん。あいつ物知りじゃない。自分の事ぜんぜん知らないみたい」
「? そうなんだ……。それはどういう本なのかな?」
「としょかん。えらい人の本。だーいじな本、なくしちゃだめよっ! キャハハハハハ!」
途中から何を話していたか忘れてしまった様に、無垢なサザロスは笑い出した。
行間を空けて書いてみました。




