心配事
ワイズ武器商の店内で、アントニオは首を傾げていた。父親は先程から一人の騎士に商品の説明をしている。
「……ミスリルに蒼玉をあしらっております。蒼玉は身につけた方の集中力を高め勝利へと導くとされており……」
住み込みの従業員がアントニオに近づき、そっと声をかけた。
「アントニオ様、どうかしましたか?」
「グストー……これ、どう思う?」
視線の先には手投げ武器の一式が飾られていた。
手の中に収まる程の投げナイフは、極限まで無駄を削り落とした形状と艶消し鋼の色合いに、洗練された美しさを感じる。
薄く滑らかな革ベルトにはナイフの数だけホルダーが付いており、長さを調節出来るので腰に巻いたり胴体に斜めに巻いたり出来るようになっていた。
この店の中では安価な部類の、冒険者以外にはあまり買い手の無い商品である。
「私には良い物に思えます」
「ああ、そうじゃなくてさ、これ使う時ってどんな時?」
「この類いの物は、主にシーフが補助武器にしています。手の届かない場所の装置を作動させる為に投げたりもしてました。その他は、例えば暗殺に使う者などもいますね」
もっとも、それらに使われていたのは、この商品よりずっと質も値段も低い物であった。
「あ、暗殺?……そんなやばい事に使われてるの?」
「いやいや、ただ使う者がいると言うだけで、冒険者と同じく暗殺者も選ぶ武器はそれぞれです」
「うーん……そっか。わかった、ありがとグストー」
元傭兵のグストーは軽く頭を下げてその場を立ち去る。アントニオは昨日この商品を買った人物について考え、再び首を傾げた。
「カイの奴、これで何する気だ?」
普段から何を考えているか分からず、少し陰のある無感動な面構えの、義理の兄弟として育てられた青年。
六歳で家に来たばかりの頃は、泣いたり怯えたりしていたが、ある日突然人が変わった様に物事に動じなくなった。
それ以降、この家から独立する為にひたすら働いてる姿と、郊外で剣を振るっている姿しか見る事が無かったが、気障な貴族が持ち込んだ『大きな仕事』を機に、あっさりと家から出て行った。
そして数日後突然顔を出し買い求めて来た物は、暗殺にも使われているという、この投げナイフ。
やんちゃだが気のいいアントニオは、一時は家族同然と思っていたあの青年を心から心配し、「どうかやばい事には手を出していませんように」と小さな声で祈るのだった。
*
身支度を終え家の戸に鍵を掛けたカイは、馬車の乗り場に行く為に大通りへと向かった。
途中ですれ違う人々と挨拶や短い会話を交わしながら、カイはこれから行くナディラ国への長い道のりに思いを馳せた。
国を横断する程の長距離移動は初めてだ。行って戻って来るのにどれくらい日数が掛かるか想像もつかない。
ましてや人を寄せ付けない場所に建っている寺院に潜入し、生け贄を救って(はっきりと言われてないが当然そのつもりだ)から帰って来るなんて。
無事に生還出来るのも疑わしい案件だ。
(全く……ヘンリーじゃないが、どうかしている)
自嘲気味に心の中で呟くが、一方では人を助けると言う使命感と未知の体験に対する高揚感が、間違いなく己の背中を押している。
カイは迷いの無い足取りで大通りへと辿り着き、馬車の停車場で国境近くの街へ向かうキャラバンを見つけて乗り込んだ。
この大型の幌馬車の中では、売り荷を抱えた商人や旅人が肩を寄せ合い、ある者は隣の者と談笑し、ある者はむっつりと黙り込みながら出発を待っていた。
カイが空いている席に素早く腰を落とすと、御者は通りに向かって何度か「国境行き! デメイの街行きのキャラバン! 今から出発しますぞ!」と繰り返し、慌てて駆けて来る者がいない事を確認すると、鞭を振り上げ馬車を出発させた。
走り出す馬車の振動を感じ、カイは少しだけ後ろを振り向いた。
今になって急に湧き上がった、しばらくここを離れる事への不安と、寂しさが混ざり合った感情につられて。
鋼の武器があるのは、高級武器屋だからって事でなにとぞ御容赦を。まぁ、なんちゃってファンタジーですし……。




