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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第二章 邪教徒と生け贄の少女
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噂話

 商業都市リルデンは四方を石造りの外壁に囲まれた大都市である。


 中央に作られた広場から五本の主要道路が放射状に伸びており、それらの間を細かい街路が都市の隅々まで埋め尽くしている。

 大正門から遠い最奥の地区は都市貴族を中心とした上流階級と聖職者の居住区、それ以外の区域を大多数の商人や職人が占めている。


 中央広場から南西の方角にある、外壁に近い区域は下級所得者達の居住区だ。

 カイはその一角にある古い小さな石造りの家で目を覚ました。

 簡素なベッドから身を起こし、汲み置きの水で顔を洗うと、大きく伸びをしたり腕を回したりして体を解す。

 それから出発の為の身支度を始めた。

 

 アルマ村の調査を終えてすぐ、カイは次の依頼を受ける事になった。

 依頼人はあの男。カイにアルマ村の調査を依頼して来た、そしてカイの身辺を調べているらしい怪しげな貴族、クリストファー・ハイネマン。


 あの貴族は従者を使い、カイが調査を終えて帰る際に抜け目なく迎えを寄越した。

 そうしてそのまま外の見えない馬車でどこかの街へと連れて行かれ、どこかの屋敷の門を潜る事になり、ハイネマンの前に立つ羽目になった。


 ハイネマンは屋敷の二階の窓際に置かれた揺り椅子に座り、優雅な仕草で微睡(まどろ)んでいる様に見えた。


『調査が終わったのに何処へ向かおうとしていた?』

 目を閉じたままハイネマンはそう言った。カイは首を横に振って手短に答えた。

『別に。街を見たかっただけです』


 ハイネマンが目を開けてカイを見る。カイは無表情のまま付け足した。

『養父達に土産でも買おうと思って』

 ハイネマンはそれを聞くと再び目を閉じて、小さく息を吐くと軽く笑ってこう言った。

『土産か。成る程、それならそれで行こう』


 カイがその言葉の意味を理解出来ず黙っていると、カイを迎えの馬車に乗せた例の従者が、小さな羊皮紙の巻物と皮袋を差し出した。

『バルデラ国とナディラ国に入れる通行証と銀貨五十枚です』

 ナディラは大陸の西の端、アゼラからバルデラを横断して行った先にある小国だ。


『便利屋。次の依頼だ。ナディラに行って土産物を買って来い』

 揺り椅子に寄り掛かり足を組み、カイに視線を向けたハイネマンは微笑を浮かべこう続けた。

『簡単なお使いだ。頼まれてくれるね?』



 思い出すたび石でも投げたくなる物言いだったが、結局依頼を受ける事にした。

 その依頼はあくまで表向きの物でしかなかったからだ。


『本当に簡単なお使いだけ、と思ってはいないだろうね? そこまで愚かじゃないと願うよ』

 笑いを押し殺しそう言うと、手の平を軽く振ってカイに退室を促した。


『後で詳細を聞くように。……それで結果が土産を買ってきただけ、なら面白いのだが』

 最後の一言を言い終わる瞬間、ハイネマンは一人爆笑した。

 カイは無言のまま一礼をして部屋を出るが、その表情は明らかに険しいものだった。


『馬車の中で御説明します』

 主の(たわむ)れに対し、不快な表情を隠さない無礼を見逃してやりながら、従者はカイを再び馬車へと案内する。

 それに大人しく従いつつもカイは葛藤していた。


 ああまで小馬鹿にされてなお言う通りにする意義があるのかと、自らの心に湧いた疑念に対し(断ったら最後。貴族の目論見を知り得ないまま、それっきりだ)と必要性を言い聞かせていた。

 しかし帰りの馬車で従者から依頼の真の目的を聞き、貴族への怒りは一瞬で何処かに消し飛んだ。


『ナディラ国アダルニア地方のある寺院が、農民の少女を生け贄にしていると言う噂があります』

 その寺院は昔からその地の土着神を信仰し祭っている建物だという。

 

 ある嵐の晩、道に迷い困窮した盗賊が正体を隠して一晩の宿を求めた。

 僧侶達は快く迎え入れ、温かな食事と寝床を盗賊に与える。

 

 盗賊は恩を仇で返す性分で、何か売って金になる物がないかと、寺院の内部を探索して回った。

 すると奥に隠された部屋を見つける。


 鍵穴から中を覗くと、先程もてなしてくれた僧侶達が農民の服を着た一人の少女を取り囲み、その体に刃物を突き立てているのが見えた。

 盗賊は善人ではなかったが、余りのおぞましさに恐怖を覚え、慌ててその寺院から逃げ出したと言う。



『噂の真偽は何者にも確かめられておりません。盗賊の話を真に受ける者はいなかったようです』

 噂はあくまで噂として、時に誇張され形を変え、面白可笑しく広まっていっただけだった。盗賊が話をした相手がそれと同等の、世間的に信用出来ない者達ばかりだったというから、やむを得ない事ではある。


 当の寺院は実在しており、周辺の村での評判も『古くからあるただの寺院』と言う以外、特に語られるような事は無かったと言う。

 そもそも建っている場所が人里離れた高原地帯なので、人が訪れる事も滅多にないそうだ。


『……何故その程度の噂で依頼を?』

『一般的には盗賊の噂しか認識されておりません。しかし世の中には一般的ではない情報の流れと言うものがあります』

『……』


『ですから御安心を。本当かどうか分からない程度の話で依頼をしたわけではありません』

 つまり一般的ではない情報網から、その噂がただの与太話では無いと確信したと言う事だ。

『何故わざわざこちらに依頼をする? そんな情報網を持てる程の権力者なら、適任スキルを持つ者はいくらでも揃えられるだろう』


『ハイネマン様があなたを御選びになったので、私にはどうにも出来ません』

『何故俺なんだ?』

『さぁ……あの方の御気持ちまでは。それに知っていても教えるつもりは無いですよ。仕える者として、主の内情を人に話すなんてありえないでしょう?』


『……黙って依頼を受けるしかない、か』

『そう理解して頂ければ助かります。……そもそも平民のあなたには断る権利が無い、と言っても良いのですが、寛大なあの方はそこまで無理強いなさらないそうです。御辞退されますか?』

『いや、引き受けよう』

『そうですか』


 従者はそう言ってから少しの間口を閉じていたが、ふいに思い出した様に手を叩き、笑顔を見せた。

『おっと、いけない。忘れていました。前回の報酬をお渡しします』

 懐から絹の手巾を取り出し、広げてみせる。そこには一枚の金貨があった。


『……調査結果の内容をまだ伝えていないから、受け取る気は無い。と言うより聞かれていない』

『調査結果はお伝えしなくても大丈夫です。あの方は既に知っておられます』

『カラックに間者でも潜り込ませていたのか?……まさかあんたが……』


 カイは思い出した。この男が、カラック村の前で馬車に乗る時に後ろから駆け込んで来た事を。

『御想像は御自由に。取り敢えずこれの御受け取りをして頂けませんか?』

 従者は至って朗らかにそう言うと金貨を前に差し出し、カイが受け取るのを待った。

 カイは従者を見据え、考えた。


 もしこの男が間者なら、何故気付けなかったのかと思う程、特徴的なその姿を自分は見逃していたのだ。

 隠密のスキルで存在を悟られる事無く居たのか、それとも人に紛れ目立たなく居たのか。

 どちらにしてもカイはこの男に、実に無防備な状態で行動を見張られていた事になる。

 いつから? そしてどの程度まで……?


 じわり、と。

 あの貴族を相手取る、その厄介さを思い知らされ始めていた。

 この調子じゃ自分を雇う真の目的を知るのも簡単ではなさそうだ。

 変に反抗してもきっと損をするだけ。


 溜め息をついて、カイは金貨を受け取った。

『……どうも』

『いえいえ、こちらこそ』 

 それきり、馬車がリルデンに着くまで、カイと従者は黙り込んだ。

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