補足編 アルマ村
御注意 今回は、暗い、残酷、鬱展開、後味悪い、おまけに長い話となっております。
良く晴れた日の午後、森の奥から一人の人間が姿を現した。
旅人用のマントを着け、荷物を両手で抱えている。
「ようこそ、旅の人!」
夕食用の薪を取りに森番小屋から出ていたケビン・ローランドは、良く通るその声で呼びかけ手を振った。旅人はケビンを見るやいなや駆け足でやって来て、心底安堵したかのようにその場にへたり込む。
「——ああ、助かった! 森で道に迷ってしまって……」
日焼けではない褐色の肌、縮れた黒髪に釣り上がった黒目。
この国ではあまり見ない風貌の男は、流暢な大陸共通語でそう言うと、懐から手巾を取り出して額や首筋を何度も拭った。
「おや、それは大変でしたなぁ。……さぁ、水をどうぞ。山の湧き水です」
「ありがたい!……ふぅ~! いや全く、完敗です。この偉大なるエルヴィン山脈には噂に聞いた通り、魔性の女神がいるようだ! つい目を奪われ誘い込まれ、気が付いたらこんな事に」
「ハッハッハ、そうでしょう? 男はみんな魅了されてしまう。美しい山々ですよ」
その戯けながらも山を賛美する物言いに、ケビンは大いに気を良くした。
派手な身なりが、都会では油断ならぬ怪しい者達のそれと同じだ、という事を頭の隅へと追いやってしまった。
「ところですみませんが、この先にどこか泊まれる場所はないでしょうか?」
「ありますよ。小さな村ですが、すぐ目と鼻の先です」
「おお、それは気付かなかった! 女神は最後に優しく手を差し伸べるのですね」
異国人の旅人はすぐさま元気に立ち上がり、同意を求める様にケビンを見た。
ケビンは微笑みを浮かべ、抱えていた薪を地面に置く。
「どれ、案内しましょう」
アルマ村──先代の村長が冒険者の時に手に入れた大金で山を丸ごと買い取り、仲間だった魔法使いの名を付けた村。
その魔法使いは主に精霊魔法に長け、薬草学や呪いにも精通していた。
そんなケビンの説明を聞きながら旅人は村を見渡した。
山中の小さな村にしては立派な家々に感嘆し、鶏の鳴き声や羽ばたきに驚く。
「アルマ村へようこそおいで下さいました、旅の人!」
「歓迎致しますわ!」
特に目立つ都会的な屋敷の前で、白シャツにベスト姿で杖を小脇に抱えた髭の男と、髪を高く結い上げ洒落たドレスを着た女が立っている。
二人は村長夫婦で、ジェラルドとエリシアと名乗った。
「どうも村長さん、美しい奥さん。私は旅の者。名をミゲルと申します」
芝居がかった仕草で挨拶をしながら、異国人ミゲルはちらりと、屋敷の二階の大きな窓に目をやった。
(出迎えが早い。あの窓から俺達に気付いたのかな?)
「お疲れでしょう。我が家自慢のお客様部屋へどうぞ」
「それはそれは、光栄です」
ミゲルは村長夫人に笑顔で答え、うきうきしながら部屋へと案内された。
「ではごゆっくり」
一人残った彼は部屋を見渡し、即座にこう言い放つ。
「……何だ。普通の部屋じゃないか!」
茶のもてなしを受け食堂にいると、端正な顔の利口そうな少年が挨拶にやって来た。
歳は十五、六くらいで、すらりとした健康的な体には活気が漲っている。
「いらっしゃい旅の人! 僕はダニエルです」
にこやかな笑みに溌剌とした声。その姿をまるで蕩ける様な眼差しで見る夫人の横で、村長が息子の肩を抱き紹介する。
「私達の自慢の息子です」
ミゲルは言葉に詰まった。彼等の後ろにはもう一人少年が立っている。顔は似ているから身内の筈だ。何故紹介しない?
のけ者の少年は死んだ様な目をしていた。
「……よ、よろしく、ダニエル。いやぁ、何とも将来が楽しみな御子息ですなぁ(後ろにいるもう一人は、まるでいない様な扱いだな)」
茶のもてなしはそのまま晩餐へ。
「どうです、妻の作る鶏肉のソテーの味は?」
「オホホ、腕によりを掛けましたのよ!」
「素晴らしい、大変な御馳走ですな!(鶏肉は確かに旨いが、それだけだろう。凝った物でも無いのに……まぁただで食えるのだから文句は言うまい)」
「さぁワインをもっとお注ぎしましょう」
ミゲルの心情も知らず、村長は至って上機嫌。
屋敷を褒めれば、建てるのに遠方からわざわざ資材を取り寄せた、村を褒めれば、自分がここまで作り上げたと、饒舌に語る。
うんざりしている所に今度はダニエルが割って入った。
「ねぇ旅の人、僕、異国の話を聞きたいな」
テーブルの上に両腕を組み、顎を乗せて上目遣いでねだる。
「そうですか? ではお話し致しましょう」
白い家の街と観光名所。ミゲルは故郷の話を手短に語った。
この無料の宿は食事もワインも悪くない。
だが、早くベッドに入りたくなったのだ。
しかし異国の話を聞き終えた(一人を除いた)村長一家は、お互いの顔を見やって薄笑いを浮かべた。
村長が肩を竦め首を振り、嬉しそうにこう言う。
「この山にも様々な見所はあるし、この村は他に比べてきちんとしてますからねぇ。特に珍しくもない。異国もあまり変わらないのですね」
「……はぁ……そうですかね……」
話をねだった筈のダニエルも、感想も礼も述べる事も無く、さっさと別の話に切り替える。
「僕、それより貴方がしている金の指輪に興味があるな! どうやって手に入れたの?」
それより?……自分から話を聞いておいて、それより、とは……。
「故郷の街では普通に売っておりますが?……失礼、もう休ませて頂きます。森で迷って疲れているので」
無料の宿、飯とワイン付き。ミゲルは自分にそう言い聞かせ、笑顔を作って食堂を後にした。
翌日、ミゲルは違う村で宿を探そうかと迷ったが、金を使わないに限ると言う結論に達し、村長達に勧められるまま連泊する事にした。
外に出ようとすると、人が暴れる気配がする。
扉の陰からそっと覗き見ると、ダニエルが井戸へと続く道の真ん中で、真っ黒い大きな犬に向かって手足を乱暴に振り回していた。
「あっちへ行け! この馬鹿犬! 僕の行く手を遮るな!」
ダニエルが犬を蹴ろうとしたら、駆け寄って来た少女が庇う様に立ち塞がった。
「トビーに乱暴しないで!」
「ふん、コニーか! そいつを連れてとっとと失せろ!」
「何て言い方をするの!? アニーに言うわ! これで目を覚ますでしょうね」
「ばーか! 僕が村長になったら、お前は皆からのけ者だぞ。僕の言う事を聞くかわいいアニーは勿論、村長夫人になって母さんみたいなドレスを着るのさ」
「この村であんな風に着飾るなんて、滑稽だわ!」
「母さんの悪口を言うな! お前は一生独り者だ!……いや、そうだな。ピーターの嫁にしてやる。あっはっは! こりゃいい! ぐずのピーターと良くお似合いさ! 一生嫌われ者の烙印を押されてろ!」
コニーという少女は「あなたよりはましよ!」と言い捨て、犬と共に去って行った。ダニエルは地面に唾を吐き、そのまま何処かへ去って行く。
(ガキってのはどこに行っても同じだな)
ミゲルは散歩をやめて部屋へと引っ込んだ。
晩餐の卵料理に舌鼓を打ちながら、ミゲルは大いにくつろいだ。
相変わらず死んだ目の少年、ピーターはのけ者で、用事を言いつけられる時にだけ声を掛けられているが、そんな事は自分には関係ない。
村長達との微妙な会話も、おだてていればその分ワインにありつける。
(こう言うのに慣れちまえば、なかなか悪くない宿だ)
調子に乗って四泊目。村長達とも和気あいあいと打ち解け、いつにも増してワインが進む。いつの間にかピーターが食堂から消えていたが、それすら気が付かずにミゲルは上機嫌だった。
「ねぇミゲルさん、何かもっと珍しい話は無いの?」
ダニエルがまた話をせがむ。
「そうですねぇ……ヒック。ここまでお世話になったのだから、特別にお見せしようかなぁ……ふふふ」
ミゲルは懐から小箱を取り出し蓋を開いた。色鮮やかな紙袋が姿を現す。
懐からはもう一つ、小さくたたんだ紙切れが落ちたが、酔ったミゲルは気が付かない。
紙袋を目の高さに掲げ、勿体ぶって手を添える。
「これは何だと思いますか?」
たっぷりと間を置いてから。
「これは何と、不老不死の薬です!」
「不老不死……!」
皆が固唾を飲む。
「大海の孤島に住まう古代魔法の使い手がぁ、長~い時をかけ作り上げた神秘の妙薬でぇ、黄昏と境界を司る〜神の力がもたらした希代の産物! 一口飲めば永遠のぉ、命を得られるこの奇跡ぃ。これぞ正真正銘、不老不死の魔法薬ぅ!」
乗りに乗った調子で朗々と、ミゲルは暗記した謳い文句を披露した。
(決まった!! 完璧だ。これで客のじじぃもさぞや金を積むだろう。取引の日までは時間もたっぷり。近くの街でちょいと時間潰ししてから、ケタムの笑い狢亭……狢の巣穴で大物釣って大笑いだ……ひひひ)
「本当っ?」
「おや坊ちゃん、私の事を疑うと? このミゲル、産まれてから一度も嘘などついた事がありません! ヒック」
「じゃあ本当に本当なんだね!?……ミゲルさん! それちょうだい!」
「え?」
「僕はそれが欲しい。ちょうだい! その薬があれば、父さんと母さんと皆でずっと一緒にいられる。アニーにもあげよう! 仲の良い人達にも!」
ダニエルは目を輝かせ、両親を見る。
「病気も怪我も怖くない。皆でずっと楽しく暮らせるよ!」
「ああダニエル! なんて素晴らしい子なの……!! そうね。ミゲルさん、その薬譲って下さる? この子の願いを叶えたいの」
「私からもお願いします。お金がいるなら幾らかはお出ししますが、この四日間の宿泊費用を思えば、考えて頂けるかと」
「はぁ!? これをただで寄越せだと? あんな部屋と飯とワインで?……おい、冗談もいい加減にしろよ、田舎の貧乏人。黙っておだてりゃあ図に乗りやがって! これは大事な商売道具だ。死んでもやらねぇよ!! ったくド田舎の阿呆共が揃いも揃って……特にそこのガキ! お前は最悪だ。なぁーにが素晴らしい子だ、犬っころ相手にばたばたばたばた(馬鹿面で手足を振り回してダニエルの真似)あ~見苦しい!」
ごきり。
歯を剥き出して飛びかかるダニエルの顔。それがミゲルの最後に見た物だった。
一瞬の間にダニエルはミゲルの首を捻り折ってのけた。
ミゲルは呆気にとられた顔をしたまま、床に倒れ動かなくなった。
余りの出来事に村長夫婦は固まったが、ダニエルは構わずにこういい出した。
「ああ……僕は何て事を。でも見たでしょう? この人、僕達に酷いことを言った。父さんと母さんはこの人に尽くしてあげたのに! だから許せなかったんだ! それにこの薬だって、どうしても欲しかった。この村がずっと平和でより良く続く事を、僕は誰よりも願っているから!」
ダニエルの泣きそうな顔を見て二人は我に返り、揃って我が子を抱きしめる。
「そうだな。お前は間違ってない」
「そうね、ダニエル……私の宝物」
食堂で抱き合う三人を、ピーターだけが一人、叫びを堪え、部屋の外から見つめていた。
ミゲルが炭焼き窯で焼かれ、薪小屋の地面に消えると、ダニエルはさっそく薬の包みを開き、中身の量を調べ出した。
「まず僕達三人の分と、アニーの分。後は誰に恵んであげようかなぁ」
「ダニエル、薬が毒じゃないか調べてから飲んだ方がいいぞ」
「どうすればいいかしら?」
「新入りに飲ませるか」
「勿体ないから少しだけにしてね!」
青葉の月一日。晩餐に一人だけで呼ばれたハワード・へルマンは、始めおずおずと気後れしていたが、薬を混ぜた茶を飲ませると急に元気になった。
「ほっとしました。今まで村長さんに嫌われていたかと思って……何だか凄く活力が湧いて来ました! 明日から畑仕事、頑張りますね!」
帰って行く新入りの様子を見て、ダニエルは興奮を隠せなかった。
「ほら! 毒じゃなかった! おまけにあんなに元気になって。あいつに使ったの勿体ないなぁ」
「まだ、もう少し様子を見よう。いいな?ダニエル」
「わかったよ父さん。もう少し我慢する」
翌日の夕方、険しい顔のサイモン・ウェルズが村長宅を訪ねた。
「やあサイモン、どうした?」
「ジェラルド。ハワードの様子が変だ」
「ああ、新入りの? 一体どうしたんだね?」
「とても具合が悪い。昨日晩餐に招いたそうだね。何か飲ませなかったか?」
「具合が悪い? どんな風に? どんな風にだ!?」
「ジェラルド、私の質問に答えてくれ。何か毒草を誤って飲ませなかったか?」
「知らん! 失礼にも程があるぞサイモン! もういい。私から見に行く」
村長が行ってみると、ハワード・ヘルマンは自宅から消えていた。
床に倒れ気絶していた妻キャサリンは、涙ながらにこう言う。
「酷く寒がったので体をさすってあげていたら、急に暴れて外へ……」
「何だ。死にそうなのかと思ったが、外に出られるくらいなら大丈夫そうじゃないか!」
「あれはいつものハワードじゃないわ! 村長さん、彼に一体何をしたの!?」
「何もしておらん! 無礼な女め! 奴が帰って来たらこの村を出て行け!」
村長が憤慨して家に帰ると、ダニエルが部屋から顔を出して言った。
「お帰り父さん。僕、熱が出ちゃったみたいだから、もう寝るよ」
三日。日が昇ってすぐに、サイモン医師はいなくなったハワードを探してまわった。村人に協力を願いたかったが、彼の状況がはっきり掴めないうちにそんな事をしたら、村長の心証を損ね厄介な事になる。
気に入るか入らないかで態度を変え、権力を振りかざす村長の言いなりになる村人は数多い。
だが昨日の症状から見て悠長にはしていられない。医師は森番の小屋を訪れた。
「おう、サイモン。どうした突然」
「や、やあケビン……その、いや、何でもないんだ。じゃあ急いでいるんで」
珍しく挙動不審な医者の姿に、森番は首を傾げるだけだった。
深夜。飼育場の隅で寝ていたトビーは目を覚ました。嗅いだ事の無い、異様な臭いが近づいて来る。
起き上がり、低く唸る。吠えるのはためらわれた。異様な臭いとともに、嗅ぎ慣れた臭いもやって来たからだ。毎朝通りすがりに声を掛けて来る、優しげな声をした新顔の人間の臭いだった。
鶏達は眠っている。異様な臭いの者さえ追い払えば、主人達を起こす必要は無い。
やがて近づいて来た者は、柵に当たって倒れる様に転び、飼育場の中に入った。
トビーはいよいよ混乱した。異様な臭いと嗅ぎ慣れた臭い、二つは同じ者からする。そして異様な臭いはトビーにとって、訳の分からない、途轍も無く恐ろしい気配を纏っていた。
耳が倒れ、尾が腹の下に潜る。己ではどうにも出来ない。逃げ出さねば。しかし体が動かない。
震えているうちにそれは目の前に来て、トビーを見下ろした。
青白い皮膚で虚ろな目の優しいハワード。
闇に包まれた飼育場に、犬の短い悲鳴が一度だけ響いた。
四日明け方。村の鶏が何者かに食い荒らされていた。
驚いた事に、食われた鶏は殆ど骨になっていたにも関わらず、僅かに嘴を動かしていた。気味悪がった者達は鶏を地面に埋めたり燃やしたりして、しばらく飼育を諦めた。
コッカーズ家で卵が採れなくなったので、ピーターは代わりに家の卵をカラックの酒場へ持って行った。だが店主は物を見るや、眉をしかめ断った。
断られたピーターは憎しみの目で店主を睨み、店を出てから扉に向かって「くそが!」「くたばれ!」等と悪態をつきながら帰って行った。
その日の午後。ピーターは飼育場への扉が開いているのを見て、鍵を閉め忘れた事を思い出した。
慌てて小屋へ駆け寄ると、鶏が全て喰われていた。
(ここは頑丈な杭で囲ってあるのに、なんで……!?)
家の誰かに見られたら、また失敗を責められ、父親の杖で折檻される。
ピーターは鶏達の屍骸を藁で隠した。
同時に母親の悲鳴が、ダニエルの部屋から響き渡る。
駆けつけた村長は目を疑った。ダニエルは二日の晩から熱を出し、部屋に籠っていた筈だ。
そのダニエルが手や口を血で汚し、白目を剥いて痙攣している。
体中の皮膚は青白く変色し、苦しげな呻き声の合間に「寒い」と聞こえる不明瞭な言葉を何度も発した。
「どうしたのダニエル! ああダニエル、返事をして頂戴!」
村長夫人は半狂乱で泣き叫び、村長はベッド脇に落ちていた紙包みを見つけ青ざめた。
「薬を飲んだのか……!」
ハワードの異変と自分を疑う者への怒りで、薬の事を忘れていた。
大人しくベッドで休んでいると思っていた我が子は薬を飲んでしまったのだ。
村長は紙袋を怒りにまかせ破り捨てた。綺麗な床に薬が散らばる。
その時家の外から「ジェラルド!」と声がした。
外に出ると医師がいて、早口でこう言った。
「ハワードを見つけた。一緒に来てくれ!」
ハワードは村の外周を囲む小径に倒れていた。
手や口には乾いた血と鶏の羽が付着している。
コッカーズの鶏を襲った犯人は彼だった。村長は「盗人め!」と怒りをあらわにしたが、医師は冷静だった。
「まだ村の皆には言ってない。だから安心して協力してくれ。早く診療所へ!」
「安心? 何の事だ。私が何故こんな奴の為に協力しなければいけない?」
「まだそんな事を言っているのか!」
言い争う二人に突然ハワードが起き上がり、襲いかかる。
それを制したのはケビンだった。二人の後をつけて来たようだ。ケビンは手慣れた風にハワードの腕を取り、話しかけた。
「おい、どうしたハワード? 落ち着け、大丈夫、さぁ落ち着くんだ!」
しかしハワードに言葉は届かず、狂暴な力でケビンの手を払うと、片手でその腹を貫いた。急所だった。
腹を抉られながらもケビンは、片腕でハワードの頭を抑えもう片方の腕で体を拘束し、文字通り死んでも離さなかった。ハワードの捕獲には成功したが、ケビンの命は救えなかった。
村長はハワードの動きを封じてから、窯で焼き尽くした。
村長は村人を集め、ケビンが死んだ事を伝えた。
医師は村長がありのままを話すと期待したが、嘆き悲しむ人々が聞かされたのは嘘の話だった。
「ハワードは暗黒魔法の使い手で、村を支配しようと企んでいた。ケビンがそれに気付き阻止しようとしたが相打ちとなった。鶏の被害もハワードの仕業。この事が近隣に知れたら村全体が責任を問われ潰される。狼が出た事にすれば鶏被害も怪しまれない。村は塀で囲む事にする。カラックの者に手伝わせるが、彼等にも狼の話をする事。そしてしばらく外への出入りを禁止する!」
「ハワードはあんなに親切だったケビンさんを殺したのか!?」
「あいつは最低の罪人だ!」
「暗黒魔法ですって!? そんな人がいたなんて怖いわ!」
「他所に知られたら俺達路頭に迷うのか!? 酷い! ハワードのせいだ!」
「なるほど、狼が出たって言えば変には思われない。村長さんは頭がいい!」
医師は慌てて嘘の話を正そうとしたが、その声は憤った村人達の罵声に全てかき消された。
村人達はキャサリンを責める為に家に押し掛けた。しかしキャサリンは中で首を吊っていた。村長が近づいて見ると、傍らに遺書が落ちている。
『ハワードがおかしくなったのは村長のせい。晩餐に呼ばれ何かを飲まされた』
村長は遺書を握り潰し、キャサリンは罪人ハワードの仲間だと宣言した。
罪人には墓はいらない。キャサリンは夫と同じく燃やされた。
やがてカラックから手伝いの者達がやって来て、村は塀で囲まれた。
アルマ村の狼騒ぎも彼等によって広まって行った。
村長は村人達を上手く騙せた、とほっとした。
村を塀で囲ったのは村人の動向を解り易くするため。
誰がいつ、話を外に漏らすか気が気じゃなかったから。
そして嘘をついた理由はダニエルの為。
暗黒魔法の被害者として村人達を納得させ、神聖魔法の使い手を呼ぶ事が出来るからだ。それまでにダニエルを何とか大人しくさせなければいけない。
家に帰ると村長は夫人にある提案をした。
「ダニエルを……閉じ込めるの!?」
「エリシア、それが一番最善のやり方だ。そうすれば術者が来るまで、誰もダニエルを傷付けられないだろう?」
「でも……」
「さぁ、そんな悲しい顔をしないで……確か父の遺品に呪いの対処法の手記があった筈だ。それも試してみよう。ひょっとしたらそれでダニエルを元に戻せるかもしれない」
「あなた……ええ、そうね、わかったわ」
村長は村人達にダニエルの事を告白した。
人々は大いに同情し、広くて丈夫な地下室を持つエルキンス老人は、喜んでそれを差し出した。
両手足を頑丈な縄で幾重にも縛られたダニエルは、様々な薬草で体を覆われ、大きな樽に入れられる。
夫人は嗚咽しながらその様子を見届けた。
愛する息子がいない部屋で、夫人は甲斐甲斐しく掃除を続けた。
薬の袋はいつの間にかピーターが片付けたようだ。
見たくもない物だったから丁度よい。
いつ戻って来てもいいように、心をこめて隅々まで埃を逃さず取り去り、ダニエルが凝っていた木彫り人形も綺麗に並べて行く。
ふと、夫人は自分を模した人形を手に取った。
人形を裏返すと、底には“エリシア・コーヴ 大好きな母さん”の文字。
村長夫人は口に手を当て、その場でくずおれた。
一方コッカーズ家ではアニーが、ダニエルに起きた災難を嘆き悲しみ、泣いていた。双子のコニーは複雑な気持ちで姉を慰める。
彼女達の家には時々、村長夫人が母のシェリーに会いに来る。ハーブの茶の器を挟んで夫人達はいつも話に花を咲かせていたのだが、今日は違った。
玄関が開くと倒れ込む様に入って来て、咽び泣きながら息子の悲劇を嘆く夫人を、コッカーズ一家は黙って見ているしかなかった。
息子は他所から来た悪人に変な薬を見せられ騙され、誘惑に勝てずそれを飲んでしまった。そんな話をアニーは禄に聞かず、貰い泣きで夫人と抱きしめ合い、コニーは聞いた瞬間顔色を変えた。
コッカーズ夫妻だけが困惑した面持ちで互いの顔を見合わせ首を傾げる。
「前の話と違う気がするな? でも村長さんの事だから理由があるんだろう」
「……よく解らないけど、エリシアが可哀想だからそっとしときましょ」
「パパ、どっちかが嘘をついているわ! 追及した方がいい」
「コニー、そんな事を言うものじゃない! お前はどうしていつも人を疑ってばかりなんだ!? お世話になってる村長さん達に失礼だろう!」
「でもパパ!」
「部屋へ行ってなさいコニー。少し落ち着いてから戻ってらっしゃい。ね?」
「ママ……わかったわ……もういい」
コニーは肩を落として二階へと消えた。
しばらくたってアニーがエルキンス家を訪れた。老人は愛想良く出迎えたが、その顔には疲労の色が浮かんでいた。
「何だかよく眠れなくてなぁ」
「まぁ、だったら少しお昼寝をどうぞ。洗い物はしておくわ」
「ありがとうアニー、そうするよ」
老人が寝に入ると、アニーは地下室の鍵を開け降りて行った。
ランプの明かりを頼りに樽を開け、閉じ込められているダニエルの顔を両手で挟む。
「ダニエル……」
涙ながらに名前を呼ぶと、ダニエルは薄らと目を開けアニーを見て、それからその手に噛み付いた。
不穏な村の成り行きに、サイモンは一人頭を抱えた。
もっと早くケビンに相談しておけば良かったと、後悔の念が押し寄せる。
村長に引け目を感じている様子のケビンを、もう少し信用出来ていれば。
しかしケビンはもういない。残されたのはただの医者である自分だけ。
「……カラック村を頼るしかない。行こう」
カラックの村長の伝手で領主に手を貸して貰おうと、医師が村を出ようとした所、駆けつけた村長達に捕らえられた。
「サイモン、お前、他所に暴露してこの村を潰す気だろう!」
「ジェラルド、また嘘で住人を騙すのか!」
「黙れ! 嘘つきはお前だ! 私に取って代わりたいんだろう!」
「ジェラルド……頼む正気に戻れ……」
「こいつを監視しておけ! 逃げ出さない様に!」
コニーは涙を堪えサイモンに手紙を書いた。
エリシアから聞いた話とダニエルに対する嫌悪。
そしてアニーが噛まれ怪我をしたのは、自分の心根が悪いからだと責める内容だった。
サイモンは自分に、物事を冷静に見て考えるという事を教えてくれた。
しかし、広い視野を持たず疑う事をせず、何より日常が変わる事を嫌う両親達は、コニーの訴えを理解してくれない。飼い犬のトビーも鶏が襲われた晩から行方不明だ。
コニーは堪らなく誰かに頼りたかった。だから自分が尊敬する人に手紙を書いたのだ。
手紙を持って行くと、何故か医師の家には棍棒を持った村人がいた。
「やあ、コニー。どうしたんだい?」
「先生……これを読んで下さい」
「手紙かい? どれどれ……うん。コニー、詩を見せに来たんだね、良く書けている! コニーの才能は素晴らしいよ! ラルフ、君にも聞かせてあげよう。……森の静寂に鳥のさえずりだけが……」
医師は書かれていない筈の詩を朗読し始めた。
それは以前コニーが書いて見せた詩だ。
「あー先生、俺はよく解んないからいいよ。眠くなる……見張りにならないだろ」
コニーはサイモンが監視されていると悟った。
「……また次も『詩』を書いて来ます……じゃあ」
「気を付けて帰りなさい。次を楽しみにしてるよ!」
サイモンは優しい笑顔でコニーを見送った。
次の日コニーはデイビットの泣き叫ぶ声を聞き廊下に飛び出した。
そこにはアニーに頬を齧られているデイビット。
シェリーが何事か、と階段を駆けあがって来る。
コニーはアニーと目が合った。
青白い顔に虚ろな瞳。小刻みに震えるその姿。
コニーは力の限り悲鳴を上げた。
村長がサイモンの所にやって来て、鎮静剤を要求した。
「何かあったのか」
「黙って出せ!」
「村長! ブライアンも噛まれてました! 無事なのはコニーだけです。アニーはダニエルの時みたいに縛ったけど大丈夫ですよね!?」
それを聞いた村長は半ば悲鳴の様に叫んだ。
「サイモン! 鎮静剤はもっとないのかっ!?」
鎮静剤を大量に、何に使うのか。
人を噛む魔物となったアニーに使う?
致死量を与えておけば押さえられると?
どういう性質のどんなものと化したか見極めもせずに?
薬の事を隠して嘘をつき、ハワード達を貶めた。
思い通りにならなければ権力で押さえ込む。
そのくせすぐ恐慌状態になって極端な行動にでる。
ジェラルド、お前は最低だ。
医師は全ての言葉を飲み込み、低い声で答えた。
「……これで最後だ。荷運び屋に頼んであるのがもうすぐ届く筈。……なあジェラルド。考え直さないか? 領主様に助けを」
「黙れ!! 私の判断に誤りは無い!!」
予想通り、荷運び屋がやって来た。
医師は出し忘れていた手紙を渡したいと監視に言った。
荷運び屋を外で待たせてから、監視は手紙に適当に目を通して頷いた。
「知られちゃだめな事は書かれてないみたいだし、許可するよ」
「じゃあ渡して良いね?……お待たせしたね、じゃあこれをカラックのダグに届けてくれ」
深夜にケントがやって来た。監視はいびきをかいている。
「先生、謎掛け作って来たよ! 後は箱を埋めるだけ!」
「ケント、有り難う。こんな危ない事をさせてすまん」
「いいって! 冒険者はどんな危険にも立ち向かうのさ。それで、この後はどうするの?」
二人は小声で計画を話し合った。
コニーは窓に寄り掛かっていた。視線は向かいの家の一階の窓。時刻は夜。
開いたままの向かいの窓にはエルキンス老人の姿が見える。
老人は時々叫び声を上げながら足を踏み鳴らし、杖を激しく床に突き続けていた。
「うるさい! うるさい! 静かにしろ!」
老人の声がコニーの耳に届く。
コニーを除いたコッカーズ家は、今あの部屋の真下にいる。
アニーはダニエルと一緒にいられて嬉しいだろう。
きっとあの下は賑やかだ。だからエルキンスさんもつられて踊ってる。
老人のダンスをぼんやり眺めていたコニーはふと気が付いた。
「感謝祭の詩を考えなくちゃ」
家族がいなくなったあの後、ケントが家にやって来た。ケントは真剣な表情で「この事は誰にも言うな」と囁くと、サイモン医師からの手紙を差し出した。
「遅くなってすまないって言ってたよ」
手紙にはコニーを慰め励ます言葉と、また詩を楽しみにしていると言う事が書かれていた。だから詩を作らなくては。コニーは、老人の様子も詩に書こう、そうすれば愉快な様子が表現出来ると思いつき、筆記用具を探しに立った。
ケントは箱の中身を確かめた。
予備の告発状、診察所見、ケントが老人の家で見つけた古い羊皮紙の切れ端、サイモン先生の日記、そしてコニーの手紙。
先生から託された物は全部揃っている。ケントはそれに、コニーの部屋で拾った紙片を加えた。涙に濡れていたそれにはコッカーズ家の悲劇が短く記されていた。
下の階から母パトリシアの声がする。
「ケント、ピーターよ!」
ケントは蓋を戻し、立ち上がった。
ピーターとは、彼が捻くれてしまう前から仲が良かった。
ダニエルは自分に下僕になるよう求めたが、ピーターは対等に接してくれ、よく遊んでくれた。こっそり細工ナイフをくれたのもピーターだ。
ピーターが部屋に上がってきたので少し話をした。
最近はますます無口になっていたから、珍しい。
ピーターは箱について尋ねて来た。これは秘密の任務なんだ、と説明すると、ピーターは「そうか。じゃあこれもいれておいて」と二枚の紙を差し出した。
半分に破れた小さな袋と小さな紙にはそれぞれ、変な言葉と地名が並んでいる。
「あいつらの悪事の証拠さ」と言って笑うピーター。
その笑顔に薄ら寒いものを感じ、ケントは黙って二枚の紙を箱に入れた。
深夜、医師は行動を起こした。
万が一の時の証拠品はケントに隠させ、ダグに手紙を送る事が出来た。
例えダグが手紙の仕掛けに気付かなくても、村人には村を封鎖し続ける事の危険性を吹き込んでおいたから、カラック村との交流くらいは復活する筈だ。
後は時間が掛かるか掛からないかの違いだけ。
だがその前に……。
医師は告発状を懐に仕舞い、自宅を出た。監視は眠っている。
その前にこれを届ける。
ハワードやケビン、コッカーズ家に何も出来なかったから。
正気を失っている村長を正す事が出来なかったから。
医師は村の外へと足を速めた。門へ辿り着き、山道へ続く道に出る。
誰も追って来ない。村人は全て眠っている様だ。ほっとして山を下りようとしたその時、門の陰から人が飛び出て来て医師の頭を殴りつけた。村長だった。
「この裏切り者め!」
村長は手に持った杖を何度も振り下ろした。持ち手部分の金属がみるみる血に染まる。サイモン医師は絶命した。
取り敢えず医師を墓地に埋め、監視役の村人に都合の良い説明を終えると村長は家に帰り頭を抱えた。
村人達の間にはいつまでも村を閉じている事への不安と不満が広がっている。
せめてカラック村との取引を再開出来る様にしなければ。
コッカーズ家についてはどう説明しようか。それにハワードを悪人に仕立てたのはいいが、魔法省に追及されるとまずいかもしれない。
高額になるが神聖魔法使いは非公式の者を探した方がいいか。
そう言えば薬の紙袋を何処かへ破り捨ててしまった。日記にもうっかりミゲルの事を書いてしまったので見つかってはまずい……村長は急に不安になって家中の紙を集め、暖炉で燃やした。
火を見つめていると、後ろに夫人が立っていた。
「ジェラルド。私、ダニエルに噛まれたわ」
村長は一人、歯を食いしばって夫人を樽に仕舞った。
(自ら噛まれたのか? 何故だエリシア……)
「魔法使いが治してくれるんでしょう? それまでダニエルと一緒に待ってるわ……ああ、酷く寒いわね」
震えながら夫人は微笑を浮かべていた。
杖に縋るようにして地下から戻ると、エルキンス老人が詰め寄って来た。
「お前はどれだけあれを増やすつもりなんだ! わしの家を何だと思っている!?」
「これで最後だ。そのうち元に戻る」
「じゃあ早く戻して、わしの静かな夜を返してくれ! あいつらの声で眠れない!」
「声なんか聞こえんだろう。あんたの耳がおかしいんだ」
「黙れジェラルド……全部お前のせいだ。お前は村長に向いていない! チャールズに比べてお前のやり方は!」
「うるさい!」
村長は老人を突き飛ばした。老人は激しく床に打ち付けられ、そのまま動かなくなった。
肩で息をして呆然としていると、ピーターが現れた。馬鹿にした様ににやにやと笑みを浮べている。
「何だ。お前一体何を笑っている?」
「おじいさん死んでるよ? どうするの?」
「お前には関係ない! 家の掃除でもしていろ!」
「村長夫人はもう樽の中? 驚いたよね、あの人あんなに馬鹿だったなんて」
「お前は母さんに向かってなんて事を!」
「あんな奴親じゃない。あんたもだ」
ピーターは村長を睨んだ。
「あんたはこれから自分のした事を思い知るのさ。山の神様にでも泣いて許しを乞うんだな!」
そう吐き捨てて背を向けたピーターに、村長は思わず杖を振り下ろす。
一撃で呆気無くこと切れたピーターを見下ろして、村長は急に我に返った。
「ピーター……? ピーター! ああ……私はなんて事を……!!」
再度地下に下り、泣きながらピーターを樽に入れ、蓋を閉じた。
「必ず蘇生してもらうから待っててくれ!」
戻るとそこにはまだ老人の亡骸が。
村長は先程聞いた言葉を思い出し、憎々しげに見下ろした。
こいつは蘇生したところで先が無い。窯で燃やす為外に運ぼうとして気が付いた。
夜が明けている。
老人をベッドに寝かせ上掛けを被せ、日が沈むまで待つ事にする。
屋敷に戻って地下貯蔵庫の鍵を花瓶の下に隠してから、村長は書斎の窓辺に立ち、ひたすら外を眺め続けた。
早朝、女達はいつもの様に井戸で水を汲み、家に戻り朝食を作る。
次第に暑くなる朝の気温。
大人も子供も汲みたての冷えた水を喉を鳴らして飲んだ。
そして男達は畑仕事に。女達は家事や鶏の世話に。子供達は手伝いや外遊びに。
いつもと変わらぬアルマ村の風景だった。
夜になった。
異変を訴えたのは誰が初めだったのか。それとも皆、一斉に始まったのか。
「寒い……」
「寒いよ」
「寒い! 寒い!」
誰も彼もがガタガタと震え出し、自らを抱く様に体を摩り続ける。
「どうしてこんなに寒いんだ!?」
「何か暖かい物を!」
「毛布は何処にしまった!?」
ケントは異常な寒さに震えながら、箱の事を考えた。
畑に埋めたのは耕しが終わった後だから、ばれずに上手く隠せた。
後はカラックのダグが気付いてくれれば。ケントは歯をカチカチ鳴らし、誰かが早く謎を解いてくれる事を願った。
阿鼻叫喚の中、外にいた者が森の奥の煙に気付き叫んだ。
「窯だ! 炭焼き窯に火がついている!」
「火!」
「お前達おいで! 暖まりに行くよ!」
村人達は群れを成し、炭焼き窯へと走り出した。
村長が老人の亡骸を窯に放り込み、一息ついているところにコニーがやって来た。
「村長さん、こんばんは」
視点の定まらない顔に笑顔を浮べ、覚束ない足取りで近づいて来る。
両手の指先はなぜか全て赤く、気のせいか爪が削れている様に見えた。
「コニーか。早く家に帰りなさい」
コニーは言う事を聞かず、積んである薪のすぐ側でしゃがみ込む。
「昨日の夜、井戸の所でピーターを見たの。ピーターは井戸に手を伸ばして、何をしてたの?」
村長がピーターを殺してしまう前の事だろう。
「私に聞かれても解らないな」
「これは感謝祭の準備ですか?」
「違うよ。いいから早く帰るんだコニー!」
疲れ切り苛立った村長が声を荒げたその時、後ろで大勢の足音が聞こえた。
振り向くと村人達がこちらに向かって押し寄せて来るのが見える。
「あいつら、一体……?」
「火だよ!」
「助かった! 早く暖まろう!」
若者が走って来て窯に飛び込んだ。炎の中で心地良さそうに顔を緩ませ、うずくまる。
「!?」
何が起きたのか、一瞬理解出来なかった。
もう一人、またもう一人と窯に飛び込み、村人はそのまま燃えて行く。
やがて人々が塊となって窯へと突進して来た。
村長は青ざめた。疲労と恐怖で体は思う様に動かない。
「止まれ!! 来るな止まれぇ!!」
しかし彼等の耳には届かない。
振りかざした杖が手から抜け、何処かに飛んで行く。
素手での抵抗も空しく、村長はあっという間に飲み込まれ、じわじわと窯に押しやられて行った。
「やめろ! や、やめろおおおお!!」
コニーは同じ様に窯へと押しやられながら、目を輝かせる。
「感謝祭の始まりね!」
やがて窯の中が満たされ、入れなかった人々が残された。
「もう窯が一杯だよ。薪も入れ尽くしたし、あのままじゃ火が消えちまう!」
「じゃあ焚き火を!」
「枝を集めろ!」
人々は半狂乱で枝を集め、高く積み上げ、火をつける。
「もっと高く積め! 火が消えない様に!」
「暖かい……」
彼等にとっては幸いな事に。
火は当分の間、消える事は無かった。
あーやっと終わった第一章。長くなっちまった。
ま、長編を最後まで書く事が目的だし。書き続ければコツも掴めるだろう。
でも次はもう少し軽めに出来るように頑張ろう。次は潜入モノ。
もしここまで読んで下さった方がいらっしゃいましたら、心より感謝致します。
今後は都合により投稿ペースが落ちますが、よろしければたまに思い出して見て頂ければ幸いです。




