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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第一章 消えた村人達
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カラック村2日目②

 カイが質問しようとしたその時、刺を含んだ声の挨拶が会話を遮る様に割り込んで来た。

 振り向くと日に焼けた初老の男がカイを凝視している。皺深い口元は笑っているが、眼差しは冷たく敵意に満ちていた。


 店主がやや慌てて、代わりに返事をする。

「いらっしゃい村長、いつものですかい?」

 村長と呼ばれた男は店主に対し柔和な笑みを浮かべたが、カイの背後から動こうとしなかった。まるで逃がさない、とでも言う様に。


「やぁダグ。景気はどうだね?」

「お陰さまで問題無いでさぁ。テーブル席へ御案内しますぜ」

「いや、いいんだ、ダグ。ちょっと気になる話を聞いたものでね……」

 接客を勤めようとした店主をやんわりと拒否して、カラック村の村長は素早くカイに視線を戻した。黒褐色の髪と琥珀色の目をした、見覚えの無い若者。


『ベルったら、おでこに掛かる髪がいい、傭兵みたいに剣ぶら下げているのに、仕草や喋り方が物静かで素敵、だって。パン売っただけなのにねぇ。もうすっかり虜になっちまってたよ』

『返事も“ええ”ってお上品でよ、あの村を学者さまみてぇに調べてんだと!』

 雑貨屋や農夫の世間話から漏れ聞いた、不審な旅人の姿が目の前にあった。


 一方カイは村長の表情から簡単にはやり過ごせない空気を感じ取り、席から立ち上がって彼に向き直ると、とぼけた風を装い「村長さん、こんばんは」と遅れて挨拶を返した。

 その態度が癇に障ったのか、村長は厳しい顔でカイを睨むと腰に手を当て、高圧的な口調でこう言った。

「君だね? アルマ村を探っている旅人と言うのは」

「村長、そいつは……」

「ダグは黙って。まず名前から聞こうか。次に何処から来たか。次は職業。最後はアルマ村を探っている目的だ。正直に答えたまえ」


 睨みつけてくる村長の視線をカイは真っ向から受け止め、淡々と答えを口にする。

「名前はカイ・ヨハネス。リルデンから来ました。便利屋をしています。なので人から依頼を受け、来ました」

「依頼?」

「そうです。依頼です。アルマ村の様子を見て来てくれないか、と」

「そんな依頼を受けたのか? リルデンなんて聞いた事の無い所から?」

「便利屋なもので。割りと何でも受け負います。リルデンは中部では割と大きな都市(ところ)ですよ?……馬車に乗らないと行き来は大変ですけど」

 カイは肩を竦め苦笑してみせた。


 その仕草をみて眉間に皺を寄せた村長は、改めてカイをじろりと睨みつけ、苛立たしげに言い放つ。

「そんな事はどうでもいい。……じゃあ用は済んでる筈だね!? 二日も続けて行ったなら分かったろう。(あそこ)は今、人がいない。一時的に何処かに避難している様なんだ。何処に居るか、彼等と連絡が取れないので判らないが、問題は無いだろう。兎に角これ以上、アルマ村には入ってはいけない。そこの住人が戻って来て何か問題が発覚したら、余所者を勝手に入れた責任を取るのは私達なんだよ」


 その言葉にカイは微かな怒りを覚える。領主の言葉をそのまま口にしているだけで、村長に罪は無いのだろう。一見常識的な事を言っている様にも聞こえる。

 だが懇意にしていた隣村の異常な様子に、心が動かないものなのか。店主のような疑問も抱かず、ヘンリーが言っていた『簡単な捜索』だけで済まして良かったのか?

 しかし思った事を表情には出さず、納得したふりをして頷いた。それから軽く横を向き、店主と目を合わせる。

 店主は緊張した面持ちでカイと村長のやり取りを見ていた。


「……そうですね。そう言う事情ならすぐに帰って、そう伝えます」

 カイは店主の目を見たままそう言った。店主は一瞬落胆の表情を浮かべたが、カイが自分を見続けている事に、言動とは逆の何かを感じ取った。


 村長はカイの返事に満足し、幾分ほっとした様に表情を和らげる。

「よろしい、それでいい。まぁ、今日はもう遅い。一泊していくぐらいは良いだろう。残りの時間を楽しみたまえ。ダグの料理と酒は絶品だ」

 カイは笑顔で頷きながら鞄を探ると、途端に顔色を一変させて大声を上げた。

「ああっ無い!」

 店主が吃驚(びっくり)した顔で、カウンターから身を乗り出す。

「ど、どうした!?」


 村長もその様子に気の抜けかけた表情を再び硬くする。カイはそれに背を向けて額に手を当て、やや大袈裟に嘆く素振りを見せた。

「財布が無い! 落としたようだ!」

「財布、落としただと!?」

 額に当てた手の隙間から、カイは店主に目配せをする。それだけで店主はこの若者の目論見を悟る事が出来た。


「おい大丈夫か! 金無くしたら帰れなくなるぞ!」

 調子を合わせて来た店主に口角を上げて答えてから、カイは苦悩の旅人を演じ続けた。振り返り、(すが)る様に村長を見て悲しげに叫ぶ。

「あの村に落として来たんだ! 全財産が入っていたのに!……あれがなければ帰れないどころか生きていけない……でも村にはもう入っていけないと言われた!……ああ、どうすればいいんだ……!」

 村長はその言葉に「うっ」と呻くと、目を泳がせ、悩んだ。それを逃さず店主が一押しする。

「村長、取りに行かせてやったらどうですかね。遠い所から来て、全財産無くしてそのまま帰らせるなんざ、あんまりな仕打ちだ」

「だがこれ以上あの村に入れたら領主様が……」

「領主様には黙っときゃいいでしょう! そもそもそんなの気にしねぇ御人だ」

「うむむ……」


「ああどうか御願いします村長さん! 村中雑草だらけで探すのに時間掛かりそうだけど、見つかったらもう二度と入りませんから!」

 相変わらず縋り付く様に訴えるカイを(うるさ)そうに見やってから、村長は咳払いを一つしてこう言った。

「……しょうがない、許可してやろう。ああ、今から探すのは無謀だから止めたまえよ? 気持ちは解るがね。なあに、村には今誰もいないのだから、盗られる心配も無い。明日行って見つけ次第すぐに帰りなさい。解ったかね?」


 カイは心から救われた様な表情を浮かべ、両手を合わせて村長に詰め寄り感謝して見せる。それを見て村長は居心地が悪くなったのか、店主にだけ挨拶をすると、早足で酒場を出て行った。

 それを見送り、カイが元の無表情で物静かな若者に戻ると、感心した様に店主がこう呟いた。

「……兄ちゃん……あんた、大したもんだな」

 苦手なのか、村長が現れた途端他の客のテーブルにさっさと移動して無関係な風を通していた女将は、面白い物を見て興奮した子供の様に小さく飛び跳ね、笑い声を押し殺しながら側の老人の肩を何度も叩いている。村長がやり込められた事が嬉しくて堪らない様だ。

「お騒がせしました」 

 カイは少し恥ずかしそうに軽く頭を下げてカウンター席に戻ると、先程中断された質問の続きを店主と女将に話し始めた。


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