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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第一章 消えた村人達
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アルマ村2日目⑥

 まだまだ村の捜索が足りない。そう感じた。

 今日は出来るだけ見て回ろう。そう考えた。

 

 コッカーズ家を出て中央広場に戻る。そこから再び村を見回す。

 井戸を挟んだ向こう側に、コッカーズ家より規模の小さい鶏飼育場のある家が見える。あそこの家の鶏も被害に遭っただろうか。

 後で行ってみる事にして、こちら側にまだ気になる家は無いかと視線を移す。

 コッカーズ家の裏側に古そうな小さい家が建っているのが見えた。

 カイはその小さな家に向かった。



エルキンスの家

 家の主は『エルキンスさん』だった。

 あっけなく見つかったその幸運には感謝するべきだ。しかし隣近所に住んでいて身近な存在だから、コニーがその人物を詩に書いたと言う事に、いまひとつ考えが及ばなかった。異常な事が色々とありすぎて少し疲れている。

 

 古びた一階建てのこの家には男性が一人で住んでいた様だ。

 板切れで作られた素っ気ない表札には、エドワード・エルキンスとだけ焼印で付けられていた。

 玄関のすぐ脇には使い込まれた一本の杖が立て掛けてある。

 扉に鍵は付いていない。

 開くとキイキイ音のする扉を抜け、中に入る。

 

 室内は外観に比べ意外にしっかりした作りと内装だ。特に床は年輪の詰まった質の良いオークの建材が使われているらしく、年期が入っている割には反りや摩滅が少ない。部屋数は少なく、玄関を入ってすぐの台所と居間の他、寝室と納戸の物らしき扉が二つあるだけだった。

 カイは扉の一つを開けてみた。そこは寝室だった。雨戸を閉め切った暗いその部屋には、ロウソクの様な臭いが籠り、充満している。老人特有の臭いだ。

 息が詰まりそうになり足早に窓へ寄って雨戸を開いた。

 

 外気の風を感じながら、幾分か明るくなった室内を見て回る。

 服が仕舞ってある年期の入ったチェスト。修復した跡のある四角いテーブル。

 テーブルの上には長方形と平たい形の二種類の木箱。

 

 長方形の箱には焼き印の道具が入っていた。真鍮の文字印が大小二種類と、それを取り付ける柄の部分とが収められている。

 平たい箱には料理のレシピが書かれた羊皮紙が何枚も入っていた。

『カブのスープ』『大麦と赤いベリーの粥』『感謝祭用 鶏肉のハーブ漬け』

(感謝祭か) 

 コニー・コッカーズが血文字で書いた詩にもその言葉が出て来た。

 

 かつてカイの村では豊穣の月に小さな祭りがあった。リルデンでは新緑の月と豊穣の月の年二回、盛大な催しが開かれている。アルマ村では次の月にでも行われる予定だったのだろう。盛夏になる前に行う地域もあると聞く。      

 そう考えながら、何となくそのレシピに目を通した。



感謝祭用 鶏肉のハーブ漬け

鶏一羽を丸ごと・人数分何羽でも(内蔵は抜いて煮込み料理に使う) 

ワイン

ハーブ(ローズマリー・フェンネル等)  

にんにく  塩  胡椒   

以上を合わせて樽に漬け込む。老鶏の場合は肉が硬いので長めに。

炭火で焼く時は皮目からじっくりと炙ること!



 感謝祭用と言うだけあって、豪快な料理のようだ。丸ごとの鶏を何羽分も樽に漬け込み、祭りの日に盛大に焼いて皆で齧りつく。そんな光景が目に浮かぶ。

 子供の頃に見た豊穣の月の祭りでは、ドングリを食べて丸々と太った豚や猪を焚き火で丸焼きにしていた。リルデンの祭りでは中央広場に幾つもの屋台が建ち並び、食欲をそそる香ばしい匂いや甘い菓子の匂いを漂わせていたものだ。

 つかの間の記憶に浸りながらレシピを箱に戻し、部屋を出ようとした時、カイは足下に気が付いた。


(床……)

 床板が何カ所も凹んでいる。深くはないが、杖で何度も強く突いた様な跡だ。

 よく見るとうっすら靴の跡も付いている。カイはその場で片足を上げ、地団駄を踏む要領で何度も床に靴底を打ち付けてみた。オークの床板に同じ様な跡が付いた。

 

 寝室で一人、杖で何度も床を突き、何度も足を踏み降ろす老人。

 カイは寝室の窓から外を見た。目線を上に向けると、隣の家の二階に二つ並んだガラス窓が見える。リボンの付いたカーテン。双子の部屋の窓だ。


『夜は陽気に踊ってる』

 コニーはあの窓から、毎晩老人の様子を見ていた。その老人は眠りにつく筈の寝室で、激しく床を踏み鳴らし杖を突く事を繰り返していた。

 まるで滑稽なダンスを踊る様に。

 その行為は何故行われていた? どんな感情からその行為に至った?

 怒り。もしくは苛立ち。

 

 カイは寝室を見回した。家具や小物類は整然と並んでおり、壁も天井も傷は見当たらない。床以外に怒りをぶつけていた様子は無い。

 居間に出て同じ様に見回す。居間と台所も特に乱暴な行為の跡は見当たらない。

 床板は……綺麗な状態だ。一つの凹みも不自然な靴の跡も無い。

 杖を使う程度に足腰の弱った老人が、その足でわざわざ寝室の床にだけ、毎晩ぶつける怒りや苛立ち。


(床下、か。恐らく地下室がある筈だ)

 カイは寝室を出て納戸に入った。古びた木製農具や箒、木の桶等が角に纏められている。

 床には不釣り合いな赤い敷物が敷かれ、その上に大きな木箱が積まれていた。

 木箱を納戸から運び出し、敷物を捲る。


 四角い落とし戸が現れた。

 地下貯蔵庫によく見られる一般的な物だ。吊り下げ型の錠前が付いている。

 カイは村長の家で見つけた真鍮の鍵を差し込み、回してみた。

 乾いた音を立てて鍵が外れる。

 落とし戸を持ち上げ引っくり返す様に開ききると、下に降りる階段が現れた。

 その先は当然の事ながら暗い。一旦納戸から出て光源になる物を探す。

 やがて寝室からランプを持ち出しそれに火を点けたカイは、慎重な足取りで貯蔵庫へと降りて行った。


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