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チェイサー 〜真実を追う者〜  作者: 夛鍵ヨウ
第一章 消えた村人達
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アルマ村2日目②

 ピーター・コーヴは一体どんな気持ちで鶏の世話をしていたのだろうか。

 

 鶏の飼育場は大人の身長を超える高さのしっかりとした杭で隙間無く囲まれ、強風や外敵から守られている様に見えた。広さは二十羽程を十分遊ばせておけるくらいの余裕があり、鶏達がのんびりと餌をつついて歩き回る様子が想像出来る。

 

 だが今、明るい時間にこの場に立って見渡してみると、実際はあまり良い環境ではなかった事に気付いてしまう。

 地面には羽毛や穀物の滓や糞が散乱し、所々に虫が湧いている。飼料桶も小屋の中も殆ど掃除がされていなかった様だ。

 一体どんな気持ちで……。


『うすのろ!』『くたばれ!』

 彼は本の余白に書き殴っていた怒りや苛立ちを抱いたまま、乱雑に鶏達の世話をしていたのだろう。これでは確かに質の良い卵が産み出される事は無い。そうして酒場の店主に拒否され、また蔑ろにされた、と怒りや憎しみをぶちまける。

 

 この飼育場はそんなピーターの怨念が淀んでいる様な気がしてならない。あまり長居はしたくない場所だ。出来れば手早く終わらせたい。

 カイは小屋を眺めた。小屋は地面に柱を四本立ててから、壁と屋根を取り付けただけの物で、内部の床は直接地面である。

 

 最後の殴り書きにある“罪の証”を埋めたのは小屋の内部か周辺か。

 地面をよく見て、埋めた跡がないか探す。

 周囲には見つからない。

 小屋内部の地面には取り替えられた様子の無い、古い藁が敷き詰めてあった。始めはまともに世話をしていたのかもしれない。そんな事を考えながら、地面を露出させる為に藁を掻き分ける。


「!!」

 カイは思わず飛び退いた。小屋の柱に肩がぶつかる。

 藁の下には鶏達の変わり果てた姿があった。何かに喰われそのまま骨になった、この小屋の住人達。村長の所は被害に遭わなかったと聞いたが、違ったらしい。

 それにしても……。


(被害にあったまま片付けもしなかったのか?……いやむしろ隠したみたいだ)

 カイの胸の中に、怒りとも恐怖ともつかない感情がじわりと広がる。

 下唇を噛み、屍骸を避けてさらに調べる。


 無い。

 掘って埋めた跡が無い。試しにスコップをあててみる。地面は踏み締められた様に硬い。小屋内部のどこも同じ結果だ。小屋の外に出て周囲の地面にも同じ事をしてみる。やはり同じ。無理に掘ってみようとしたが、スコップの先が思う様に入らなかった。

(場所が違うようだな)

 カイはもう一度ピーターの言葉を思い返した。


『知ってるぞ 地獄におちろ 罪の証は小屋の下』


『知ってるぞ』……これは誰かの秘密を見たと言う事だろう。

(第三者の秘密を糾弾する記述……そうか。とんだ思い違いだった。相手の秘密の証拠を隠してやった、と言う内容ではなく、これは単なる場所の覚え書きだ)

 

 カイは速やかに飼育場から屋敷の中に戻った。

(他に小屋はあそこだけの筈)

 早足で通路を進む。一つ目の建物、台所や納戸があった棟に入り、勝手口を開け裏庭に出る。果樹、井戸、薪割り台……そして薪小屋。

 カイは薪小屋の中に入った。当然の事ながら薪が壁に沿ってみっしりと積まれている。だが小屋の中心に積まれた物は、腰の高さくらいの量しかない。 

 

 マントを外して腕を捲り、それらの薪を全て小屋の外に放り出す。

「……これか」

 薪が取り除かれた地面には、微かに穴を埋めた痕跡があった。

 スコップでひたすら掘り起こす。

 やがて硬い物に当たり、色の違う土が出て来た。

 灰だ。

 革手袋をして掻き出す。

 そしてその灰の中から。

 真っ黒に焼かれた人骨が出て来た。



 


カラック村 風と葡萄亭


「ようエマ、どうだい景気は?」

「はいよトム! おかげさまだよ!……で、どうする? 飯かい? それともエール?」

「この時間に酒はよしとくよ……飲みたいけどな」

「あっはっは! そりゃそうだね、晩のお楽しみだ。今日はロレイヌのチーズが入ったよ。トマトと一緒にかまどでこ~んがり焼いたの、どうだい?」

「おっほぉ~そいつぁいいね! それとライ麦パン。厚めに切ってくれよ」

「いいよ! 沢山お食べよ! 人間生きてるうちは旨い物食べて楽しまなきゃ」

「そのとおり! 女将さん美人な上に、いい事言いますねぇ~」

「あんたはいっつも調子のいい事言ってんじゃないのかい? ペン。口が軽いったらありゃしない」

「うへぇ」

「いいじゃねぇかエマ。美人なんて誰も滅多に言ってくれねぇぜ?」

「あたしは言われなくても美人なんだよ! フンッ……あ、いらっしゃい!」

「御免下さいよ、女将さん」

「ようこそ、旅のお方だね。ここは何を頼んでも絶品揃い! 後悔はさせない味だよ!」

「ああ、とても魅力的な話だが、生憎急ぎの用事で来ていてね」

「あらら、どんなご用事で?」

「人を捜している。名前はミゲル、歳は三十くらい。黒い髪で目はつり目。身なりの派手な男でね。目立つ筈だが、来なかったかな?」

「見てないねぇ。ここに来る予定だったのかい?」

「いや。ただこの付近を通った筈なんだよ。偉大なるエルヴィン山脈をこの目で拝んでから、約束の場所に向かう予定だ、と聞いていたのでね……見てないなら他を当たるよ」

「すみませんねぇ。その人怪我とかしてなきゃいいですね」

「ああ。それも心配だが、もっと厄介な事が起きなければ……」

「厄介な事?」

「あ! いや、何でもないんだ、何でも! じゃあ失礼するよ、どうも!」

「はいどうも! お気を付けて!……ふう。昨日といい今日といい、変なお客がよく来るねぇ」

「エマ、かまどでこんがり焼いたの、まだかよ?」

「はいよ、もうすぐ出来るよ!」

 


* 



 村人が全て消えたと聞かされた時、恐らく彼等は生きていないだろうと頭の何処かで考えていた。だからこの村の調査を引き受けた以上、ある程度の事態には覚悟が出来ていた筈だった。しかし実際に死体に直面してみると、途方に暮れている自分がいる。


 明らかに平穏に訪れた筈の無いその死に方。弔われる事無く隠蔽された亡骸。

 人の成したおぞましい結果に打ちのめされ、しばし呆然と、物言わぬその死体を見つめる。


(まだまだ……)

 経験の乏しさで苦しくなっても、誰の師事も受けられない。全て一人で乗り切って行くしかない。

 小屋の戸口に寄り掛かり、目を閉じてひとつ深呼吸すると、カイは己に気合いを入れ直して死体と向き合った。

 

 死体が埋められていた穴は、丁度大人が丸くなって入れるくらいの深さと大きさだ。この家には古びた木製の農具しか置いていなかった。それらを使って掘ったのならば、一体どれほどの念がこの穴を深くしたのだろうか。

 そして死体は恐らく焼かれた後、袋か何かに入れられ、灰もろとも穴に流し込まれたのだろう。仰向けで丸まった姿勢の胴体から離れしまった手足の向きはてんでバラバラで、安らかな眠りとは程遠い。その扱いは死者への冒涜も甚だしいものだった。

 

 カイは片膝をついて目をこらした。小屋の中は薄暗い。

(このままでは暗くてよく見えないな)

 屋敷の中に戻り、納戸から麻袋を探し持ち出す。物言わぬ人骨にこれから行う非礼を詫びると、麻袋を地面に広げ、その上に亡骸と灰を全て移して行く。そうしていると、灰の中から金の指輪がひとつ現れた。

 

 独特で繊細な装飾が施されたそれは、都市に住んでいても滅多に見る事は出来ない物だ。カイはその美しさにしばし目を奪われた。良く見ると、指輪の内側に文字が見える。


“ミゲルとリベルタ 永遠の愛を”


 書物上の知識でしかないが、海を隔てた国に多くいる名前だ。

(彼がここを訪れた異国の旅人か)

 死体に目をやる。

 医学的な事は全く解らないが、この人物は健康で裕福だったと思う。

 真っ黒に焼かれてもなお、しっかりとした丈夫な手足の骨。栄養豊富な食物をたっぷりと食べて太った家畜は骨も立派だった。人間もきっと同じだろう。

 

 健康で裕福ならば病死の可能性は低い。最も、流行病に(かか)って死んでしまい、伝染するのを恐れた村人が焼き清めたと言う場合もあるだろう。しかし、それならば隠蔽された事実が不可解だ。殺されてしまった事にほぼ間違いない。

 その確たる証拠を探して目を凝らす。ふと頭部の違和感に気付いた。さっきまで穴に流し込まれた状態で見ていたので、すぐには分らなかった。首の骨が不自然に捻れ、中途半端な長さのところで折れている。


(……やはり殺されている……)

『地獄におちろ』。ピーターのその言葉は誰に向けられた呪詛だったのか。

 父か。母か。兄か。

(それにしても)

 養鶏を営み卵を売っていた、ごく普通の村。その村の住人が、異邦人を殺して隠した理由とは一体、何だ?

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