カラック村②
「いらっしゃい!」
中年女性の威勢の良い声が周囲の喧噪を物ともせず飛んで来る。
カイは店内を軽く見渡し、大テーブルから離れ過ぎてない程度の距離にあるカウンター席に腰を降ろした。先程の声の主が真向かいにやって来る。
「おや、お客さん、今朝早くヘレンの店に寄ってすぐ出てっちゃった人でしょ?」
「……ええ」
「あの後大変だったんだよ! フフッ……何が大変だったか知りたいかい?」
「いえ。それより注文を」
「おや、まぁ~残念! だったらしょうがないねっ……はい、ご注文っと。今はインゲン豆のシチューに塩漬け豚の串焼き、夏野菜のサラダってのも人気だよ」
声は大きいがサバサバした性格の女将は、雑貨屋の件にはこれ以上触れず、さっさと自分の商売に戻ってくれた。
「……ほんとはコッカーズさんとこの卵で作ったオムレツを出してやりたいんだけどねぇ。村がああなっちゃったからねぇ……」
「……もしかしてアルマ村、ですか」
「そう! 知ってるかい?! この話!」
「ええ」
「そうだよねぇ! もう隣の隣村まで伝わってるからねぇ~ほんとにびっくりしたったらありゃしない!」
「俺も今朝見て来て驚きました」
「あら、村に行って来たの!」
「……ええ、知り合いに様子を見て来てくれと頼まれて」
若干違いはあるが嘘はついてない。
「そうかいそうかい! それはご苦労様だねぇ……ほんとにどうしちゃったんだろうねぇ? あの村は。いくら狼が出たからって、あたしらに何も言わないでいなくなっちゃうなんてさ、今まで仲良くやってたと思ってたんだけどねぇ……ほんと、つれないったら」
「エマ!」
厨房から濁声が飛んで来た。
「お前喋ってばかりいねぇでお客さんの注文さっさと取れ!」
「……はいよ、わかりましたよ! お~怖い怖い。頑固ジジィの雷だよ!」
カイは笑いを噛み殺し、女将のおすすめを全て注文した。
「はいはいおすすめ全部、と。いいねぇお兄さん! 若い男は沢山食べなきゃいざという時、力が出ないもんねぇ!……あ、パンも付けるだろ?」
「ええ」
頷いたカイに女将はにっこりと笑ってから、厨房に向かって注文内容を怒鳴る様に伝えた。するとカイの後ろの大テーブルから「女将、こっちもエール追加!」と女将に負けない大声が飛んで来る。そのテーブルから男が一人ジョッキを持って立ち上がり、カイの座っているカウンター席の隣にやって来た。