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覇戒 ~さよならマモノ先生~ 第一話
この書の世に出づるにいたりたるは、ダテハコ州にある教会牧師、及びナノシ州にある陸軍士官のたまものなり。労作終るの日にあたりて、このものがたりを二人の恩人のまへにさゝぐ。
第壱章
(一)
ゲレン教会で下宿を兼ねていた、魔物(元修道士)が急に転職を思い立った。借りることにした部屋といふのは、倉庫裏にある二階の角のところ。教会はシュウシン州城下内郡ヤマイイ町二十聖堂の一つ、シン教に附属する古い建物で、丁度その二階の窓によりかかって眺めると、銀杏の大木を経てヤマイイの町の一部分も見える。さすがシュウシン州第一の神教の地、古代を眼前に見るやうな小都会、奇異な北国風の屋造、板葺の屋根、または冬期の雪除として使用する特別の軒庇から、ところ屋敷に高く顕れた家門と樹木の梢まで――すべて旧めかしい町の光景が香の烟の中に包まれて見える。たゞ一際目立つて此窓から望まれるものと言へば、現に魔物が奉職して居るその初等学校の白く塗つた建築物であつた。