表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

降霊

作者: 枝元巴

 子供たちの間だけでまことしやかに伝えられている、怪談。

 大きくなると、みんな忘れてしまうか信じられなくなって口にしなくなるか…でも、子供の時分には必ず耳にし、また誰かに語らずにはいられなかった、怖いお話。

 あなたもなにか、憶えていらっしゃいませんか?

 


 とある地方都市にも、そういうお話があります。

「観覧車の中で、数人で手を繋ぎ、ある呪文を唱えると、霊を呼ぶことができる」

 地元に遊園地ができて間もなく、そんな噂が周辺の市町村の小中学校に広まったようです。

 試してみようという子供たち、多かったでしょうね。

 彼女たちも、そうでした。

 いずれも小学校6年生の女の子たち。彼女たちは夕暮れ時、遊園地『裏野ドリームランド』の観覧車に

乗り込みました。

 ドアが閉められ、景色が高くなってゆきます。落ちてゆく日の光が窓から差し込んできます。

「さあ、やろう」

 言いだしたのはナツ。やや気の強そうな子です。

 その声に、みんなが手をつなぎ、一つの輪を作りました。

「呪文、覚えてきた?」

 聞いたのはハル。頭の回転が速そうな子です。

 みんな、頷きました。

 ナツが言います。

「じゃあ唱えるよ、せーの…」

 それを合図に、呪文を唱えました。

「こどもがすきな、ゆうれいさん。こどもはここです、きてください。こなくばほねを、くだきます。たましいもいっしょに、くだきます」

 唱え終わると、みんなで黙り込みました。何かが起きるのを待ったのです。

 すると、ナツが急に、

「頭が痛い」

 と、繋いだ手を放して頭を抱え、苦しみだしました。「痛い、痛いよ!」

 みんなが慌てましたがここは観覧車の中。助けは呼べません。

「もしかして霊の仕業…?」

 物静かな雰囲気のアキが言いました。それを聞いたナツが顔を上げました。目の前にはハルがいました。ナツの両手が素早くハルの首を掴み、躊躇なく締め上げました。

「待ってナツ! だめ!」

 アキが叫び、ナツの手を引きました。

 手がハルの首から離れ、ナツとアキが倒れ込みました。ハルも苦しそうにシートに横たわりました。

「ハル、大丈夫?」

 何も言わずにいたフユがようやく震えた声をあげました。体の細い気の弱そうな子です。

 アキが起き上がり、続いてナツが体を起こしました。ナツは茫然とした表情で、床に腰を下ろしたまま、自分の手と、荒く息を吐くハルとを見比べました。

「私…体が勝手に」

 言うと、途端に涙が溢れました。

「ごめん、ハル、ごめんね…!」

「大丈夫だよ、ナツ」

 ハルが体を起こし、言いました。フユがそのそばに座り、体を支えました。

「きっと霊がやったんだ」

 アキが呟くように言いました。「私達、本当に霊を呼べたんだ。でもこんなことになるなんて」

「もうやめよう」

 フユの言葉に、ナツは泣いたまま、ハルとアキは黙って頷きました。

 観覧車を降りるとき、ナツは泣き止んで、でも目は赤いままです。それでも正気に返っていて、別れるまでずっと、ハルに、ごめんねと言い続けていました。

 霊はもういなくなったと、みんな思っていました。


 

 それが夏休みの、始めごろのことでした。

 


 翌日、ナツは遅くに起床し、ご飯も食べずに一日をぼんやりとして過ごしました。

 食卓まで行っても、ご飯を見ると吐き気がしたのです。何もやる気が起きず、ただ、昨日自分がしたことが、いつまでもいつまでも思い出されました。そのたびにナツは泣きました。それが、ハルに対する申し訳なさなのか、霊に対する恐怖なのか、疲れから来るのか、全く考えることもできませんでした。

 次の日は会話もできなくなっていました。部屋で、ひとり泣いてばかりいました。

 また次の日は、起きることもできませんでした。

 家族が異変を感じて病院に連れて行きましたが、原因の分からない体の衰弱と診断され、しかも命の危険があるとのことで、即入院となりました。



 数日後、あの観覧車での出来事から、ちょうど1週間後のことです。

 フユが、ひとりでナツのお見舞いに訪れました。

 そのときのナツは、意識はほぼなく、酸素ボンベと点滴を付けられてベッドに横たわっていました。

 付き添っていたお母さんが、いくら調べても原因が分からないのだ、と泣き出しそうな声で言いました。

 観覧車でのことは、きっとお母さんも、家族の誰もが知らないのだろう、とフユは考えました。そしてフユがそれを言ったところで、誰も霊のせいでこうなったとは思わないのだろうな、とも。

 ナツの顔は青く、死人のようでした。

 もうだめかもしれない、と、フユは思いました。



 ハルが夏風邪をひいたのは、観覧車の件からちょうど1週間後のことでした。

 昼間のスイミングで、いつもにない疲れを感じていました。コーチに言うかどうか悩んでいるうち、コーチの方から声を掛けられました。

「ハルちゃん、調子悪いの? 上がって休みなさい」

 大好きな、男性のコーチでした。いつもならすぐに彼の言うことをきくハルでしたが、なぜかその日は言われて不愉快になりました。それで、返事もせずにレッスンを続けました。

 その後、別のコーチにも休むように言われました。

 それも無視していると、そのスクールで一番怖いおばあちゃん先生が来ました。

「ハル! プールから上がれ!」

 鋭い声で言われました。周囲が振り向くのが分かりました。ハルはしぶしぶプールから出ました。

 プールサイドに腰を下ろして間もなく、体がとてもだるくなってきました。早く休めばよかったと思ううち、レッスンが終わりました。

 大好きなコーチがやって来て、訊きました。

「ハルちゃんは自転車で来ているんだったよな。調子悪いんだろ? 家の人呼ぼうか?」

「だ、大丈夫です」

「そう? 携帯持ってる? なら、何かあったらすぐ来てもらいなさい。繋がらなかったらスクールに掛けなさい」

 気を付けて帰れよ、と、コーチはハルの頭をなで、行ってしまいました。

 いつもならとても嬉しく思うことでした。

 でもあまり喜べません。

 帰宅して、髪を乾かさずに昼寝をしてしまったのはいつものことでしたが、その日は起きると咳が止まらなくなっていました。夜に塾がありましたが、休むほかありませんでした。

 次の日、具合は全くよくなりません。

 そのまた次の日は塾の模試がありました。まじめなハルは、休みたくなくて、咳止めを飲んでマスクをして出かけました。しかし、試験の途中、ハルは倒れてしまいました。

 救急車に乗せられ、着いた病院でそのまま入院となりました。

 ナツと同じく、原因不明の衰弱による入院でした。



 フユは、ひとりでハルのお見舞いに来ました。ナツとは別の病院です。

 ハルも意識はほとんどなく、フユが来たのにも気づきませんでした。ただ、時折咳込んで、それで意識が戻るようでした。

「…これも霊のせいなのかな…」

 誰に聞かせるでもなく、うわごとのようにハルは言っていました。

 ハルももうだめだ、と、フユは思いました。



 観覧車での出来事から、ちょうど2週間後のことです。

 アキは家の玄関で転んで、両足を痛めてしまいました。怪我は全くないのですが、足全体がとても痛むのです。

 仕方なく、一日、ベッドやソファの上で過ごしました。

 そのうちふと急に、ナツ、ハル、フユのことを思い出しました。

「あの子たち、どうしているだろう」

 みんな、学校の友人ではありませんでした。SNSで知り合った子たちです。観覧車にまつわる怪談を、実際に試そうと集まったメンバー。しかしあの日以降、誰もコメントをを上げていません。アキ自身も、なんとなくそんな気になりませんでした。

 でも。みんなに何かあったのでは…と、ふと考えたのです。

 そんなとき、部屋にいたアキの所に、母親がやって来ました。

「フユちゃんって子が、お見舞いに来たよ」


 

「どうしてうちがわかったの?」

 部屋に通されたフユに、ベッドの上からアキが訊ねました。

 フユはそれに答えず、言いました。

「あなたは弱くならないでね」

「ナツやハルのところにも行ったの?」

「あの子たちはだめだった。あなたが一番いいみたい」

 フユは右手を伸ばし、アキの胸の間に触れました。アキは身動きが取れず、それを拒むことができません。

「あなたは強すぎるから…私では無理かと思ったんだけれど、こうなったらしょうがない」

 フユはアキの体に爪を立てました。が、すぐに呻いて手を放しました。

「私、思い出したよ」

 動けない体で、アキが、静かな声で言いました。「あのとき、観覧車の中でみんなで手を繋いだ時…私の右手にはナツの手、左手にはハルの手を繋いだ。なのに呪文を唱えた後、右手にはあなた…フユの手があった」

 フユはそれを聞きながら、またアキの体に爪を立てました。今度は皮膚が裂けました。その傷口から、そっと手を差し入れるフユ。

「あなたなんだね、私たちが…私とナツとハルが呼んだ…霊は」

「そうだよ。あなたたちが呼んだの、私を」



 次の瞬間、ふたりは、『裏野ドリームランド』の観覧車の中にいました。

「ほんのちょっと前なのに、なんだか懐かしいな」

 フユは言いながらアキの顔を見ました。「せっかくこの世に戻って来たんだ、体を乗っ取ってもう少し長居したいと思ったんだけれど、ナツとハルは入ろうとしただけですぐ弱ってしまった。見たでしょ、ナツなんて勝手に凶暴化しちゃったじゃない? 私、意外と強い霊らしくて」

 フユが自慢げに笑っていました。

「でもあなたは霊を弾く力が強すぎるから、手を出したくなかったんだよね。でもあの儀式、体を差し出した誰かにしか取り憑けないから、残っているのがあなたしかいないの」

「あれに…そんな意味が…」

「知らなかった? でももう成立しちゃっているから。あなたに取り憑けなきゃ、私は消滅してしまう。だから悪く思わないでね、呼んだのはそっちだよ」

 言うと、フユは更に手を、その先の体も、アキの体に差し入れてゆきます。

 アキはわずかに動いた体を引き、叫びました。

「やめて!」

 でもフユはやめませんでした。

「あなたの魂は邪魔だから、ここに置いて行くよ」



 その年の夏休み、小学校6年生の女の子2人の葬儀がありました。死因はいずれも不明です。

 別のひとりの女の子は、周りから、人が変わったようだと言われるようになりました。そのきっかけも誰にもわかりません。ただ、その子の胸には傷があったとか。

 そして夜の遊園地では、廃園になった後も、観覧車の中から、

「出して…」

 という声がするらしいのです。



 これが、子供たちに伝わっている怪談の全容です。

 だいたい合っていますが、アキは、思ったほど霊を弾く力が強くはなかったです。

 だから、うまく取り憑くことができました。

 その体ももう歳老いて、そろそろ限界のようです。

 でも楽しかった。呼んでくれた彼女たちには感謝です。






 





 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 最後まで読んで語り部を理解してゾッとしました。 こういう分かり易い怪談もやはり良いですね。
[一言]  なかなかに怖かったです。フユの存在に、なるほどと思わされました。  途中で感じていた違和感がすとんと来たのが、小気味いいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ