第五話 新事業の胎動
「お話を聞かせていただけるのでしょうか。」
会議室には俺とフィルディナンドの二人になった。たった二人になると、会議室が広くなったような錯覚を感じる。
フィルディナンドは眉間に皺を寄せ、裁判の被告人もかくやという強張った顔をしている。耳長族は皆美男美女揃いで、そんな苛立った表情も絵になる。歳は50歳くらいのはずだが、外見は20歳くらいにしか見えない。金髪で色白、空色の瞳に長身で細身だ。
「まあ座ってください。」
フィルディナンドは険の抜けない顔で丸椅子を引き寄せて座った。
俺の右手には指輪が二つ嵌っている。一つは薄い紫色の石がはまったあまり装飾のない単純な造りのものと、もうひとつは薄い緑色をしている石がはまり、リングや台座に植物をモチーフにした様々な彫刻が施されたものだ。先刻赤や青白の光を放ったのは後者のリングだ。
これをフィルディナンドは『炎の剣』と言った。どこからどう見ても指輪なんだが何故『剣』なのだろうか。
「此れの出自を確認したい、んだっけ?」
「そうです。それはエルフの術具の中でもかなり高位のものです。特に長から許可を得たものでなければエルフであっても手にできません。しかも、それは魔力のないあなたでも使えるように魔石も用意されている。単にエルフの術具が盗まれたのならその魔石は無いはずだ。あなたはそれをどのように手に入れたのですか。」
そんな大層なものだったのかこれは。ダニエラが思いつめた様な顔でどうしても持っているようにと無理繰りに押し付けて来たようなもんだったのだが。
「これは僕の護身用に是非にと言うことで預かったものでね。君たちの長の許可とかは僕は関知していない。私はエルフでは無いし、その掟にしたってエルフではない私は埒外だ。スントゥは世界樹の森に近いのでしょう?あなたが確認してみたら良いでしょう。これは盗んだものではないので、あなたに渡すつもりはありません。」
フィルディナンドはグッと奥歯を噛み込んだ。
「では、その上で長が返却を求めたらお返しいただけるのでしょうか」
返させる気満々だな。
「いや?僕は耳長族じゃないから、君らの長が何を言ったとしても、僕には関係が無い。これをくれたひとが返してほしいと言うなら、話は別だけどね。」
ダニエラが返せと言うなら仕方がないが、彼女がそんな事を言うとは思えない。逆に、彼女が是非にと俺に手渡したものを、他人にグダグダ言われて渡すのも彼女に対する誠意に欠ける。
「そんな話より、君に訊きたいことがあるんだ。この『炎の剣』という武器が素人目にも非常に強力だというのはわかる。おまけに・・」
俺は日本刀の刀身をイメージした。再び指輪の石が黄色に輝き、軽く反った光の刀身が現れる。頭で日本刀をイメージしただけだったが、厚みと幅もあり、炎のゆっくりと畝るような揺らぎで刃紋の様なものまで再現されている。
「扱いが異様に楽で速い。僕がイメージするだけでおよそあらゆる動きができる。」
回転させてみると軽い。どんなでたらめな方向、スピードでも、イメージ通りに動く。レーザで創ったホログラフィと言われても信じられる手軽さだ。
「そして、僕には害を為さない。」
輝く刀身の回転を停め、自分の頭に向かって刀身をゆっくりと振り下ろす。ぐっと眩い輝きと熱が迫ってくる。ところが、俺の頭の五センチほど手前で俺の身体に当たりそうな部分だけがふい、と掻き消えた。
残りの刀身も消すと、会議室の暗さが急に増したような錯覚に包まれる。
「精霊が操るものですから。術者に害は与えませんよ。しかしあなたはその精霊にかなり好かれているようだが・・・人間種なのになぜなのか。」
フィルディナンドは俺の指輪を訝しむように眺めた。すると、ポッと、イメージしてもいないのに指輪をしている右手の手元で小さな炎の爆発が起きた。フィルディナンドは目を丸くして、「・・・精霊に怒られました。」と言った。
「怒る?精霊に意思があるのかい?」
『炎の剣』の動作がおかしくなったのでは無い様だ。その後もボッ、ボッと二回程炎が爆ぜた。一回炎が爆ぜるごとに、フィルディナンドの顔面に刻まれる苦悩が深くなっていく。何をいわれているのかはわからないが、ロクでもなさそうなことだと言うのはわかる。
「・・・精霊ですから。あなた方には見えないのですからご存じないでしょうが、高度な知性もあります。特に炎の剣に宿される精霊は精霊の中でも高位の存在なので、かなり柔軟なことができるはずです。」
「そう、そこだ。僕が話したいのはそこ。柔軟ってとこ。この炎の剣っていう武器は、僕がイメージするだけでどんなことでもできる。だから、危険でもあるし、生産するのも難しいのではないかな?」
「もちろんそうです。炎の剣は三百年以上生きたエルフでなければ造れません。そうしなければ精霊と結ぶ友誼が育たないのです。私程度では話になりません。」
「では、柔軟じゃなくしたらどうなる?つまりひとつのことしかできないという意味だ。たとえば」
俺は先刻の会議の資料に使っていた羊皮紙を一枚長机の上に置いた。そして、細くて非常に弱い光の線をイメージすると、指輪が放つ光の色が赤くなり、糸のような細い線が、つぅ、と羊皮紙の上に伸びた。その線が羊皮紙の上にゆっくりと円を描くイメージを持つと、その通りに羊皮紙の上に焦げ目で円が描かれた。
「こういう風に、羊皮紙に何かを描くことしかできないようなものを造ることは難しいのかい?いや、もっと限定しよう。すでにある書面の複写を描けるだけでいいんだ。出力は羊皮紙の表面が焦げる程度でいいし、書面の内容を考える必要もない。」
コピー機が欲しい。つまりはそう言う事なのだが、コピー機を見たことがない者にそれを伝えるのは中々難しい。
俺はコピー機があれば絶対にムタリカ商会を大きく成長させることができると感じていた。羊皮紙の売上を伸ばす手段には、取引先を開拓することも一つの選択肢だが、一社あたりの使用枚数を増やすのもまた一つだ。コピー機は紙の使用量を飛躍的に上昇させる。紙屋にとっては「うちでの小槌」的な商材だ。しかも訪問すべき得意先数が増えない分、従業員一人当たりの営業効率も上がる。
しかし、電気のないこの世界ではコピー機など望むべくもないと諦めていた。鍛治はあるようなので銅線は作れるだろう。しかし仮に磁石を見つけてきて蒸気タービンでも作って発電したとしても、電気があればコピー機ができると言うものではない。
コピー機は精密な光学技術によって成り立つ製品だ。最近淘汰された感のある旧式のアナログコピー機でも、原稿の読み取り装置、読み取った画像を正確に反射して感光体ドラムまで転写する鏡面技術が絶対に必要だ。無論それだけではコピー機の製造は成り立たない。感光体を製造する化学技術、ミクロン単位で正確に揃った炭素を主体としたトナーの製造技術、帯電、除電、定着装置など、光学技術以外にも様々な科学技術によって構成されたものがコピー機だ。だから、この世界ではコピー機などあり得ないと端から諦めていたのだが、先刻ダグワとエゼキレルの足を止めようと床に『炎の剣』で床に一本焦げ目で線を引いたその時、急に想起したものがあった。
ポリゴンモーターに反射させて感光体へ照射するレーザー光。
それは、かつて大手コピー機メーカーへ工場見学に行った際に、引率の技術者が鼻息荒くデジタルコピー機の心臓部と言って紹介していたビデオ。その映像が俺の脳裏にフラッシュバックした。
そして焦げ目で完璧な直線が引かれた木製の床は、原稿が複写印字された紙と重なって見えた。
『炎の剣』の自由度がこれだけ高いのであれば、リザードマンの厚く硬い皮膚さえも難なく貫く強力な出力だけでなく、羊皮紙の表面だけが焦げる程度の微弱な力も出せるのでは無いか、つまりコピー機の代用になるのではないかとの考えが去来した。そして実際にやってみたのが目の前の羊皮紙だ。美しい真円が、羊皮紙に描かれている。
フィルディナンドは目を丸くしてニ、三度瞬かせた。
「火の精霊に魔力を渡して弱い出力の炎術を行使するのは、子供の遊び程度のことです。特に難しいことではありませんが・・・」
フィルディナンドはこめかみに右手をやってグリグリと揉みしだいた。「会司は、それだけしかできないものを造る、とおっしゃいましたか?」
「その通り。」
俺が欲しいのはコピー機だ。
「つまり、魔力を持つ術者がいなくても発動させられると言う意味でしょうか?」
「勿論だ。現にこの『炎の剣』も、魔力もない僕が発動できているじゃないか。」
フィルディナンドはいかにも難しそうな顔をした。
「いえ、本来その『炎の剣』は、製作者以外は行使できないものです。会司が使えているのはおそらく何者かが精霊に主人として登録を・・・いえ、そう言う話ではないですね。結論から言うと、できないことはないと思います。やったことはありませんが。」
マジか。
「ただ色々と問題があります。会司が今お持ちの『炎の剣』に宿る精霊は、精霊の中でもかなりの高位のものです。ここまで高度で複雑なことをこなせる精霊はなかなかいません。ですから数が作れません。」
それは困る。数が作れなければ普及させられない。普及しなければ儲からない。
「数が作れないってどのくらいしかできないの?」
「さて、それは私のような若輩者にはなんとも言えませんが・・・ここまで高位の精霊となると、世界樹の森で造ったとしても、年間で5つ作れるかどうか、でしょうか。それも長の全面協力があったとして、です。」
5個!そんな数では話にならない。ムタリカ商会で羊皮紙を納めている得意先全件は元より、この王国の事業所全てを狙える数を出さなければ意味がないのだ。
「たったそんだけか・・・じゃダメか。」
ふーっと息を吐いて、天井を見上げる。指輪の嵌った右手をかざすと、精霊が宿ると言う薄緑の石がチカチカと緑色に瞬いた。慰めてくれているのだろうか。
すると今度はボッとフィルディナンドの眼前でまた炎が爆ぜた。
「また怒られてるの?」
フィルディナンドは不本意そうに頷いた。
「・・・知っている事を全て話せと言われました。しかしこんな事は言っても意味が・・・」
「どんな事?」
「いえ、弱い出力で羊皮紙を焦がす程度のことであれば、会司に仕えている程の高位の精霊は必要ありません。そもそも火の精霊自体は幽世に数多存在するものです。」
なに?数多と言ったか?幾らでもいると?
「しかし問題があります。低位の精霊は友誼が薄いため、飽きっぽいのです。羊皮紙を複写するように教え込んだ精霊に魔石を与えたとしても、低位の精霊は飽きていずれ仕事をしなくなるでしょう。術者が精霊の面倒を見れば長続きしますが、会司が考えられているのは人間種などの精霊と意思疎通のできない種族が使用する前提でいらっしゃいますよね?」
「勿論。」
「だとすると、ちょっと教え込んだ若い精霊だと・・60日程度でなにもしなくなると思います。」
「ほう?つまり複写ができなくなる?」
「そうです。」
「それは直せないの?」
「精霊ごと入れ替えれば可能でしょうが・・・それはその設備そのものの交換と同義です。60日で役に立たなくなるようなものは、あまり珍重されないのではありませ・・・どうしました?会司?」
「素晴らしい!素晴らしいよフィルディナンド君!今日はなんて日だ!ダグワが何人居なくなろうと今日産まれた利益を消し去ることはできないよ!」
俺はいつの間にかフィルディナンドの手を両手で掴み、全力で上下に振っていた。
「ちょっ・・・会司?どちらかと言えば後ろ向きな話じゃありませんか?」
「前向きすぎて首がもげそうだ!いや、ちょっと待て。実際に実験してみよう。ぬか喜びでは意味がない。フィルディナンド君!」
「は?!はい?」
フィルディナンドは上体を引き、殆ど仰け反らんばかりになっている。額には冷汗と思しき汗、表情はいつものクールなイケ面が崩れて怯えの色が滲んでいる。明らかに引いている。でも構うものか。これは宝くじの1等が10連発で当たった事よりデカイ当たりだと言える。そうそう冷静でいられるか。
「その火の精霊は、この指輪以外にそこらに居るのかい?この部屋の中にも?」
「はい。勿論。」
「じゃあ、魔法の使えるフィルディナンド君が 教えれば、一回くらいならこの資料を複写できるってことかい?」
俺は先月の実績を各支店別に纏めた資料を示した。売上枚数と金額、粗利、人員数と前年同月の実績が細かく書かれた表だ。
「はあ、まあ一回くらいならやってもらえると思います。」
「よし、そんなら早速この裏紙に複写してみて」
俺は人員配置が示された別の羊皮紙の裏側をフィルディナンドに示した。
「はあ」
そう言うとフィルディナンドはキョロキョロと周囲を見回して、部屋の隅を凝視し始めた。そこに何かいるらしい。俺に火の精霊は全く見えないが、フィルディナンドの視線の向かう先が部屋の隅からつうと動いて俺たちが向かい合っている長机の上まで移動する。彼は指で二つの書類を指し示し、両の掌を水をを掬いあげる形に両の掌に変えると、そのまま目の高さくらいまで持ち上げた。
すると、ボッボッボッと鈍い音とともに、フィルディナンドの掌の少し上、なにもないはずの空間から真紅の糸のような光線が裏返した羊皮紙に注がれる。
うっすらと獣脂が焼けるときの香りが漂ってくる。紙面には文字や数字の羅列を順番になぞるのではなく、バラバラに数字や文字が配置されていく。よく見れば、「1」ならば先に文脈関係なく全て「1」を書く、といった風に原稿に書かれている文字の種類毎に書いているようだ。描き始めはなんの意味もなさなかった羊皮紙の裏紙が、次第に実績表の体をなしていく。
「こんなもんでしょうか」
「おお・・・本当にできた・・・」
描き込まれた文字はしっかりと判読できる文字の状態を保っていて、羊皮紙の裏側まで突き抜けてもいない。一枚当たり三十秒程度か。全身がぞわぞわと総毛だってきたのがわかる。これはすごい。原稿と対比して数字を目で追ってみたが、間違いはない。
「この速度は速くできるの?」
A4程度に三十秒ならば一分間に二枚。スピードはもっと上げたい。低速機と言われる小規模オフィス向けのコピー機でも一分間に15枚は刷れる。高速機となると一分間に60枚できるものもある。
「ゆきずりの精霊を捕まえての初回でしたから、作業自体に慣れればもっと速くなるとは思いますが・・・それでも低位の精霊を使うならよくて三倍程度でしょうか。それ以上になると友誼を深めないと無理です。」
そうなると一分間に六枚か。低速機でもその倍はほしい・・・倍?精霊が二人いれば倍になるのではないか?
原稿を中央に置いて、複写する対象の紙を左右に一枚ずつ置き、それぞれ二人の精霊が一枚ずつ複写する形。これなら分速12枚だ。
「しかし会司、そんなに複写なんてものは流行るでしょうか。今日もそうでしたが、同じ情報を共有するのであれば会議で読み上げればよいのではありませんか。周知するならば掲示と言う手段もありますし。」
「絶対に流行る。複写機は事業所に不可欠な存在になる。」
それはやる前から確定だ。オフィスにコピー機が必要無いなんてことは考えられない。この世界にも事務所はあって、複数の作業者が事務仕事をしているのだから、複写機が無いなら流行るに決まっている。そして、一番重要なことは、複写機は非常に儲かるということだ。
コピー機の一台当たりの値段は低速機で数十万円程度、高速機になると300万円を超えるものもある。
俺が勤めていた加藤事務機商事でも、市場の競合が激しく定価で売ることは中々できなかったが、コピー機はMIFが増えるなら例え機械の販売による粗利がゼロでも、事によっては損をしてでも売るべき商品である。
それは、コピー機独特の保守料金形態にある。
コピー機は、静電気で描いた絵に黒い炭素の粉を振りかけて結像させ、それを紙に転写した後高熱で焼いて定着させる機械だ。回転したり熱出したりでパーツの消耗が激しい。つまり使っていれば必ず調子が悪くなり、顧客が販売店まで持ち込んで修理できるほど小さなものでもないため、出張での保守メンテナンスが必要になる。
コピー機業界の収益源は、この保守メンテナンス料金である。高速機のコピー機の販売代金を300万円として、三年間使用すると仮定して、一か月当たりに割ると売上は八万三千円程度である。しかし、保守料金は桁が違う。コピー機は、一枚当たりの保守料金が設定されていて、コピーを取れば取るほどお金がかかる仕組みになっている。
定価ではこの高速機の保守料金は1枚当たり4~5円程度である。低速機になるとこの単価は上がる。仮に1か月に4万枚刷ったとすると、一ヶ月に16万円~20万円の保守料金がかかることになる。この費用の中には全ての部品代と出張の人件費も含まれるが、自社で保守メンテナンスができるコピー機の販売会社は、保守要員一人あたりが担当できる地域のMIFが一定数以上を確保できれば、濡れ手に粟の商売ができるのである。
俺がここに飛ばされる前の世界では、コンビニエンスストアのコピー機で1枚10円でコピーができるのが当たり前だったが、あの10円は機械の購入代金と紙台を購うものではない。保守料金を購うものなのだ。
しかも、コピー機自体の売上は実際は顧客への納品時に計上され、以降は入れ替えない限り売上が上がらない。機械の販売代金の売上は、一度に上がる金額としては大きいものの、顧客が首を縦に振ってくれなければ上がらないので市場の動向や売り手の当たりはずれで変動してしまう。
これに対し、コピー機の保守料金はすでに稼働しているコピー機から毎月生み出される。お客様の事業所が稼働している限り、概ね一定の量の利用量を見込むことができる。コピー機の利用量が一定なら、保守料金も一定である。つまり、コピー機の保守料金は、暴利ボッタクリで美味しい上、毎月一定の売上が見込めるので販売会社の経営を安定させる重要な資源となるのである。
あまりにも儲かるためコピー機メーカーや販売会社も複数入り乱れ、シノギを削る価格競争も当然のように発生しているが、この保守料金ビジネスの仕組みそのものを破壊する事業者は静電複写機が市場に登場して以来、生き残っていない。
そして更に重要なのは、この世界にまだコピー機が存在しないと言う事実である。コピー機の利点は大量複製ではなく、版を作らずに少量の複製を手軽に作れる事だ。故に暴利ぼったくりの保守料金価格でも市場が受け入れ、印刷単価なら圧倒的に安価な印刷と棲み分けることができた。
俺の知るコピー機の販売単価や保守単価は他社との競合で定価などあってないようなものだったが、この世界は違う。暴利ぼったくりの単価を自ら創造し、広めていけるブルーオーシャンが目の前に存在している。
この方式なら、60日で精霊は複写をしなくなる。ならば保守要員に定期訪問させ、精霊を交代すればいい。それは取りも直さず保守契約そのものではないか。
「しかし会司、それは魔力が無い者、それも不特定多数の者が使用する道具なのですから・・・魔石が必要になりますが?」
フィルディナンドが不思議そうに訊いてきた。
「うん?いいじゃないか魔石。大量仕入れでグッと単価を落とそうよ。」
魔石って今俺の二つ目の指輪に嵌っている薄紫色のこれだろ。これって『世界樹』の照明や看板にも使ってあったし、王都のホテルにも同じ魔石を使った灯具があった。他のところじゃ中々見ないけど、あれだけあるなら何処かに売っているだろう。
俺がそう言うと、フィルディナンドは眉間に今日一番の皺を作った。
「販売している魔石が何処にあるんですか。中央山脈の魔窟にでも行かなきゃそんなもん手に入りませんよ!」
■ □ ■ □ ■ □ ■ □
揺り椅子に身体を放り込んで、世界を優しく揺らす。素人の手作り感いっぱいのそれは、昔ここに建っていた古い建物を取り壊した時に廃材から造ったものだという。なぜなのかわからないが、これに揺られていると奇妙な安心感がある。アインツに帰って来るとこの揺り椅子に身を預けている時間が長くなっていた。
「魔窟ってどんなとこだい?」
揺れる視界の向こうで洗濯物を畳むダニエラに尋ねると、彼女は手は止めずに顔だけこっちへ向けた。
「魔窟ですか?」
「そう、中央山脈にあるってやつ」
ああ、その魔窟ですね、とダニエラは得心がいった顔をした。
「魔物の巣窟です。モコエ山の地底奥深くまで続く洞窟で、深く進めば進むほど強力な魔物が棲んでいます。中央山脈の魔窟の深奥には火の魔竜がいます。王国軍も、討伐はしない方針なので放置されています。」
彼女は何故そんなところに興味が?といいたげに首を傾げた。
「いや、それがね」
炎の剣の動きからコピー機を造れないかと考えてみたが、フィルディナンドに魔石は売っていないから数は造れないだろうと諭されたことを話した。コピー機とその保守体制があったら確実に儲けることができる。
「あら。左様でしたの。少々お待ちを。」
ダニエラはぱたぱたと部屋用布靴の音をさせて出て行った。多分「世界樹」に行ったのだろう。俺の部屋はダニエラの店『世界樹』の隣にある。程なくして二人分の足音が戻ってきた。
ダニエラは一人のエルフを伴っていた。確かこの子はヴァネッサだ。
浅黒い肌に紺の瞳。髪は腰まである長いストレートの黒髪。背は高めで俺より少し高い。おそらく180センチ程度か。
「カズト様。お休みのところ御前失礼いたします。」
部屋の入口でヴァネッサは床に膝をつき、両手で三つ指をついて額を床すれすれに下げた。俺の部屋に呼ばれてくるエルフの子はいつもこんな感じでもう慣れてきたが、別に俺は今自宅に居る訳だから「世界樹」で席代をチャージされているわけではない。君たちちょっとおかしくないかな。と、何度かダニエラには言ったのだが、その度に宜しいのですよ、と微笑まれるだけだった。
「カズト様に炎の魔窟のお話を」
ダニエラはそう言うと、そそと畳みかけの洗濯物のところまで戻り、嬉々として洗濯物の畳み作業を再開した。
「はい。炎の魔窟は階層型の洞窟とお考えいただきたく思います。進むには下方に深く深く潜ることになり、最後には炎竜がおります。炎竜の住む階層はモコエ山の火の壺そのものです。炎の魔窟に棲む魔物はほとんどが火の圏族で、その魔物から採取できる魔石も火の属性に振れているものが殆どです。」
「君は、その魔窟に詳しいの?」
ダニエラがわざわざ店から連れ出してくるからにはそれなりのスペシャリティがある筈だ。
「はい。私は火属性に適応がありますので、里では炎の魔窟で狩りをする時にはよく帯同しておりました。」
「狩り?魔物を食べるのかい?」
どちらかというとエルフは草食に近いと思っていたのだが違うのだろうか。
「いえ。魔石を手に入れるためです。火の魔石は熱系の簡単な魔道具の原料になります。」
道具の原料にするのか。ならばそれを狩って売る商売があっても良さそうなものだが。
「どうしてわざわざ狩るんだい?誰かがまとめて狩ったのを買って来るんじゃだめなのかい?」
得意分野で高い効率で何かを生産し、効率が高い6ものに利益を乗せて売る。それが商売というものだ。魔石だって需要があるならそういう商売だってあっても不思議ではない。むしろない方が不思議だ。
「他人が狩った魔石は、普通は使えませんので・・・」
ヴァネッサが困ったように眉を下げて顔で俺の手に視線を落とした。俺の右手には『炎の剣』と動力源の魔石の指輪がはまっている。この指輪はおそらくダニエラが作ったものだ。魔石を狩ったものが誰だかは分からないが、俺でないことだけは確かだ。ならば、ヴァネッサの言うことが本当なら、異端なのは俺か、この指輪の方と言うことになる。
「え?でもお店には確か魔石灯がいっぱいほどあったよね?」
『世界樹』では魔石灯が店内にも看板にもふんだんに使われていた。店の子なら誰でも点けたり消したりしていたが誰でも使えるようにしたものではないのだろうか。
「魔石について、ちょっとお話しした方がよさそうですね」
ヴァネッサはにこりと微笑むと背を伸ばして姿勢を正した。俺も揺り椅子を停めて座り直す。
「魔石は魔物の生命の営みに従って幽世の魔力が自然に結晶化したものです。魔物が生きるには魔石の魔力が必要で、魔物の魔石の魔力が枯渇するときは寿命が来たときと言えます。魔物は生まれると小さな魔石を体内に宿して成長するにつれて魔石も大きくなります。やがて老いるほどに魔石の魔力は削られて小さくなり、死亡すると魔石は残らなくなります。魔石を採集するためには魔物の寿命があるうちに狩らなければなりませんが、それなりに強い力を持つ魔石を手に入れるには若くて強い魔物を倒す必要があります。」
「うん。そのへんまでは何となく理解できる」
しかしその話では市場で魔石が売られていない理由にはならない。商品化されていないということは、売り物にならない理由があるはずだ。
「魔石灯は、風の属性を帯びた魔石を暴走させて発光させるものです。暴走させる過程で精霊の力を少し使いますから、精霊を使役できない種族には使えません。魔石に傷をつけて中の魔力を漏らすと光が出る、というイメージが近いでしょうか。魔石に溜まった魔力を急激に幽世へ戻す過程で光が発生するのです。ですから、正確には魔石灯は魔力で何かをしているわけではないのです。魔力は幽世へ発散しているだけで、その過程で光が発生するので利用しているだけです。」
「んん?わかるような。わからないような。光が出てるんだんから魔力を使っているのではないの?」
電池を使うと電流が流れるようなものではないのか。
「違います。仮に魔石灯の魔力の力を光に転換したとしたら、太陽よりも強い明るさですらつくれるでしょう。」
風の魔石なのでそんなことはできないのですが、とヴァネッサを首を傾けた。
「魔石灯は、その光を発散してしまうと魔石自体が消失します。それに対して、魔石の魔力を使う魔道具というのは、魔石の魔力自体を吸いだして、精霊に報酬として与えます。魔力を行使するのは魔石ではなく、精霊になるのです。ですから、」
ヴァネッサは再び俺の右手を見た。
「カズト様がお使いの魔石は、使い終わると結晶が残ります。魔力が切れて結晶になった魔石は、精霊を宿す媒体として魔道具にすることができます。その一つの例が『炎の剣』です」
「これか。」
俺は右手の二つの指輪をまじまじと眺めた。
「そうです。ただ、そのような強力で高度な魔道具を作成するのは私共にも非常に難しいのです。私のような粗忽者には、そのような高度な魔道具は造れません。ましてや、」
ヴァネッサはダニエラへ振り向いた。洗濯物を畳んでいたダニエラは投げかけられた視線に気づいたがにっこりと微笑むだけだ。
「人間種が使えるように魔石と魔道具の組み合わせを創るのは神業です。普通は、魔道具の作成者か、それよりもはるかに高位のものでなければその魔道具はそもそも使えません」
そう言ってダニエラに向けられたヴァネッサの視線は、憧憬と言うよりも呆れに近いものにみえた。
その話を聞くと、フィルディナンドが長の承認だなんだと言っていた話が繋がってきそうだ。
「でも、他人が狩った魔石が使えないってのはなんでなの?例えば魔石灯はエルフなら誰でも使えるんだろう?」
「魔物から魔石を採取すると、魔石は採集者の影響を強く受けてしまいます。魔物を倒すこと自体は誰でも出来ます。たとえば、カズト様が魔物を倒して、魔石を採集すると宿主を喪ったばかりの魔石はカズト様の影響を強く受け、使えなくなってしまいます。幽世の魔力を持たないカズト様の影響を受けるので、魔力が使えないことが当たり前になってしまうからです。」
なんだそのめんどくさい性質。フィルディナンドが眉間に皺を創ってたのはこれのせいか。
「魔石灯が必要であれば、我々エルフはかなり簡単に採集できます。お店でもよくご存じの鎌鼬を使えば、空にいる魔物を落としてすぐに魔石を手に入れることができます。魔石灯のような使い方でしたら、魔道具と言えるほどでもないので成人したエルフなら誰でも使えますが、他種族はほぼ使えないでしょう。カズト様は何か魔道具をお創りになるのですか?」
「火の精霊に羊皮紙を軽く焦がさせるだけの魔道具をお創りになりたいそうよ。羊皮紙の内容を複写するのが目的で。」
ダニエラが、いつの間にか姿勢を直して正座していた。
「それはまた限定的な用法ですね。魔石を使った魔道具でその用法と言うことは、幽世に縁のない他種族も使えるようにする必要が?」
さっきから何度聞いてもかくりょの意味がいまいちわからないが、答えは多分イエスだ。
「そう。商品だからね。目的は大儲けすることだから、みんなに使ってもらえないと意味がないじゃないか。」
「となると、創る数はひとつではないのでしょうか。」
「うん。ひとつどころか百や二百で済ませるつもりはない。」
ヴァネッサは目を丸くした。
「そうなると・・・大量の魔石が必要になりますね。精霊を住まわせる空の魔石と、魔力源の火の魔石です。羊皮紙を焦がす程度なら、魔石自体は本当に小さなもので足りますが・・・その魔石をどうやって種族の影響を受けない状態で採取して、精霊と組み合わせるかですね。」
「その組み合わせは、あなたならできるのではなくて?ヴァネッサ」
ダニエラの言葉にヴァネッサは息を呑み、沈黙の帳が下りる。ダニエラはじっとヴァネッサを優しげに見つめている。
「・・・はい。・・・出来なければならない事・・・でしょうね。」
一言一言確かめながらの言葉は、自らに対する問い掛けの様ででもあった。
「カズト様。どうでしょう。商会のどなたさま様かとモコエ山に旅行されては?」
ダニエラは俺の方に向き直った。もう行くことは確定という顔をしている。
「旅行?なんで?」
脈絡がわからない。
「モコエ山の魔窟で魔石集めをされてみてはいかがでしょう。」
魔石を集めるのは賛成だが、さっき竜がいるとか言っていたように思うが。それ以前に魔物って俺でも倒せるのだろうか。俺は外見も中身もただのサラリーマンなんだが。
「一番下に竜が居るやばいところで軍も行かないとか言ってなかったかい?」
「奥まで進めば危険ですが、第一階層で暴れる分には虫取りと大して変わりません。王国軍が遠征しないのは、炎竜を討伐するとモコエ山が噴火するので意味が無いことに加え、炎の魔窟の魔物は魔窟の外には出てこないので行く意味が無いからです。モコエ山への引率にヴァネッサをお使いください。火の魔石の扱いは心得ておりますし、炎の精霊の調伏もできましょう。麓にはドワーフの里もありますので、魔道具の試作品も創れましょう。」
「魔道具の試作品?」
「こびいきと仰る魔道具です。理論だけでは新しいことを始めるのも難しいでしょう?やはり形のある『モノ』にしてしまうのが一番ですわ」
創ってしまって見せてみろと。そのためには魔石が無いと話にならないから何人かで狩りに行けばいいということか。
「それは構わないがダニエラ。ムタリカ商会の者から同行者を募集して旅行ってことになると、ナズィが絶対入ってくると思うけど。」
営業に転向したナズィは引き継ぎも終えてかなりパレス通り支店の業績を引っ張っている。
「あら」
彼女にしては珍しく、不満気に眉を逆立てた。
「それはよくありません・・・とてもよいのですが・・・とてもよくありませんね・・・」




