表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

第十一話 皇帝の目

すみませんおまたせしておりました・・・

 バルザック商会は、ザムル王国国内のあらゆる〈財〉の流通と、国外との貿易、および金融を営む商社である。ムタリカ商会は、羊皮紙の取引に特化したいわば〈羊皮紙屋〉であるが、バルザック商会はそうではない。攻城兵器から馬の干し草まで、およそあらゆる商品を取り扱っている巨大な総合商社である。さらに、バルザック商会は無数の子会社、孫会社、曽孫会社をその傘下に抱え、ザムル王国国内のほぼ全ての業種業態にそのネットワークを張り巡らせている。


 特に金融に関しては、独占的ともいえるそのシェアでザムル王国内において巨大な力を持っている。ムタリカ商会が加盟している羊皮紙ギルドのような、各業態毎のギルドがザムル王国には存在する。ムタリカ商会のような事業者が資金を調達する際には、加盟しているギルドにその資金の用途と事業の目論見を説明して、ギルドから借り入れるのだが、そのギルドに資金を供給しているのがバルザック商会である。


 バルザック商会は、資金供給の必須条件として、各事業者から提出された目論見を含めたあらゆる事業情報に関する監査権限を有している。つまり、バルザック商会はザムル王国内の経済活動に関する大凡の状況を把握できる立場にあるのである。その気になれば、資金の提供量を少し絞るだけでバルザック商会は恣意的にギルドの一つや二つ、簡単に干上がらせることができるのだ。


 このような強い権限を有しても尚、ザムル王国政府から危険視されないのは、バルザック商会がザムル王国皇帝の目として創設され、()()()()()()()()()ザムル王国の経済状況の把握にあるからである。


 あくまでもバルザック商会のミッションは諜報であり、経済の管理監督ではない。ザムル王国は熊人の王を戴く王国だが、熊人に偏った利権構造はない。バルザック商会の存在意義とは、その建国の経緯が、多種族の共闘によって未知の怪異を撃退した古事をきっかけとなって多種族が共生する国家である故に、王宮の権限を担保するための機関としてではなく、種族間での不穏当な動きを事が露見する前に発見したり、不当な権利関係を強いているギルドや事業者を発見することにあるのである。


 建国から歴代に渡って世襲でザムル王国を治めて来たザムル王家ではあったが、実のところその王権を()()()()()()()()()()と常々から願っていた。しかし、その切なる願いは8代目のセルゲイ王の治世となっても一度たりとも叶う兆しすら見えていなかった。


 理由は単純で、()()()()()()()()()()()()()()()()()からであった。有り体に言えば、面倒くさいのだ。


 ザムル王国は知性を持ったさまざまな種族の共生国家である。種族が異なれば、当然に価値判断基準、つまり大事なものが異なるのだ。


 例えば、耳長族(エルフ)に獣肉はなんの価値もないが、虎人にとっては欠かせない食糧である。リザードマンには湿地こそが最高の居住地であるが、湿地の泥に住まうハーピィは居ない。このように種族によって利害関係の根本となる基礎的な価値が多様化しているため、ザムル王国では特定の種族に利権を持たせると容易に国が瓦解する。故に、王家と行政府はその利益関係の調整に主たる労力を割いている。やろうと思えば、種たる熊人を優遇するような政策をとることもできるだろうが、そのようなことをすれば各種族は離反し、一夜のうちにザムル王国が音もなく塵と化すだろう。それが分かっているが故に、王宮は熊人優位政策を採らないのである。


 それでもザムル王を頂点に戴いた国体が存続しているのは、そのほうが各種族にとって得だから(・・・・)に他ならない。


 ザムル王国では、種族を理由にした迫害はないし、許されない。しかしまたその一方で、誰もがザムル王国市民たる権利を持ちうるわけではない。


 ザムル王国の市民権を得るためには、まず第一に知性を示さねばならない。ザムル王国に生を受けた者は、齢10に至るまでに市民権を売るための試験を受けなければならない。その試験は、言葉を理解し、最低限の文字の読み書きが確認でき、規範という概念が理解できることである。この試験に合格できなかった者は、市民権を得ることはできない。


 多くのゴブリンが、ムタリカ商会の生産部から出てこないのは、偏にこの規定に因るものである。王国の市民権を得る事が叶わない知能しかない同胞を保護しようと考える場合は、()()()()()()()()所有物として、他の市民の市民権を毀損しないように管理しなければならないのである。


 そう言った管理をされていない者が、ザムル王国では魔物として扱われる。魔物は一切の市民権を持たない為、いつ何処で虐殺したとしても罰されることはない。


 魔物を見分けるのは簡単である。一言二言、話しかけてみてまともな返答ができないものは魔物である。また、言葉を解したとしても、市民を捕食したり、法の定め無く弑する者はやはり魔物である。そう、それが例え、人間種(ヒューマン)であったとしても、等しく魔物と認定される。


 しかし一般的な魔物の定義はそうではない。


 この世界では、一般論としては体内に魔石を宿し、その魔力を生命の源として生きる者を魔物という。ザムル王国の定義は異端に近いと言える。


 しかし、魔石を源として生きる者を含む数多の種族の共同体として成立しているザムル王国では、その定義こそが国力の源となっているのである。


 このザムル王国独特の他に例を見ない市民権と魔物の定義が産んだ利点として、他の国で迫害された智のある者が、庇護を求めて流れ込んでくるようになったことが挙げられる。この事が、ザムル王国の国力を短期間のうちに周辺の国の侵攻を思い止まらせるほどに引き上げる原動力となったのである。


 もちろん、そのような者の中には智に長じた犯罪者なども紛れ込んでくる。


 そうした者の排除のために、ザムル王国では国境の町にある入国審査室に必ず馬房(・・)を配置している。入国しようとするものは、必ず馬房の前を通って入国審査を受けることになる。入国管理官は当然いるが、これは単に書類の不備を確認できれば良いので出自でさえ明らかであれば誰でもできる。重要なのは馬房の住人(・・・・・)であった。ザムル王国の馬房の中には、メアラスが必ず配置されており、入国審査を受ける者の精神を須らく読み取り、犯罪性向の強いものを発見する。


 メアラスは外見では単なる馬と見分けがつかない。その精神と繋がらない限り、メアラスと単なる馬を区別することは困難である。高い知性を持ち、他者の思考を見通す力を持つが、殆ど遭遇できないことから、一般的にはメアラスは幻の神獣とされている。


 メアラスはその外見の見分けづらさを利用して野生馬として野で静かに生息していると考えられてきた。自らその知性を多種族に顕す事はほとんどなく、馬商人が野生馬を狩りに出たとしても、その意図を事前に察知して隠れてしまうので、メアラスが捕獲されることもほとんどないのだ、と。


 故に、人間を含めた凡ゆる種族から、メアラスが認識される可能性は著しく低い。その観測上の希少性(実際は、他種族が認識しているよりも圧倒的多数のメアラスが生息しているのだが)も、メアラスが幻とされている要因の一助となっていた。


 しかし、ここザムル王国では、建国のきっかけとなった怪異の際、メアラスは多種族連合の一角として参画した。これを契機に、ザムル王宮にその生息の多さとメアラス自身が種全体として望んでいる「静かに生きていきたい」という種に共通した希望(ねがい)が知られることとなった。


 かつて神獣として知られ、神話級とも言われた遭遇率から殆ど存在しないものとして扱われていたメアラスが、実はそこら中にいて、それらの多くは唯の馬として振舞っていたその事実は、ザムル王国の王宮の一部とバルザック商会でのみ知られるメアラスの秘密である。政府の官僚は知らずともバルザック商会のある一部門では知られた話なのだ。


 なぜバルザック商会がそれを知りうるのか。


 それは、バルザック商会の子会社が関の馬房を管理する独占企業だからである。


 ザムル王国内の馬房管理を政令によって強制的に独占するのではなく、()()()()()()()()()()()()()随意契約でバルザック商会だけに集まっているのである。


 関所でザムル王国に入国しようとする者、即ちザムル王国の市民権や通行権を証明できない者は、入国申請書を関所の受付にて起票する。入国審査官は、関の入り口から馬房の隣を通った先の建物に居り、自然と起票された入国申請書は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う業務フローになっている。


「入国審査はそこの小道を通った向かいの建物だ」


 とだけ指示された来訪者は、否応無しに馬房の前を通って入国審査室に向かう。


 そこで、馬房のメアラスが訪問者を看破する。善なるものか、邪なるものか、それともどちらか読めない者なのかを。善なる者の場合、メアラスは静かにしている。邪なる者の場合は一度、馬房の柵を蹴る。看破できない者の場合は2度蹴る、と言った具合に反応をする。決して馬以上(・・・)に見えるような反応はしない。バルザック商会の厩務員は、受付から回ってきた入国申請書に、メアラスの様子を見て素早く()()(要注意)の符号を記入し、極めて事務的に入国審査官に手渡す。


 この過程を経ることで、関を通る者のうち、有害な者は排除できていた。


 知性さえあれば魔石で生きる魔物にでも市民権を与えるザムル王国は、メアラスの容易に他者の精神を覗く事ができる能力を活用し、入国管理の要諦を担わせることで、穏やかな治安と優秀な人材を確保の両立を果たしているのである。


 このような、異なる種族の特性と性向を把握して、ザムル王国内の細かなジョイント役を果たしているのが、バルザック商会と言う企業グループの真の姿であった。


 その商会の番頭ともなれば、それは王国の情報局長としての役割も担っていると言っても過言ではない。


 バルザック商会の内実はザムル王国の皇帝の命を受けて設立させた諜報機関としての役割が第一で、その確たる構成員は皆王国の影としての任務を帯びているのであった。


 その役割(ミッション)は竜王国におけるジュラン商会とよく似ている、というより、バルザック商会は竜王国のジュラン商会を手本として創設されたのだ。


 よって、()()()()()()()()()()()()、現王セルゲイが最も信頼を寄せるのは気軽に首を挿げ替える前提の内大臣や将軍ではなく、まず第一にバルザック商会の首領や幹部なのである。


 王都ザムル・パレスの中央に位置する王宮・・・・・王宮と言うよりも横長の積み木を寝かせて縦横に並べて繋げた巨大な長屋の集合体ようなそれ・・・・・の中の一つの部屋に、身の丈八尺は超えるだろう巨漢の熊人セルゲイ王に相対して、二人の男が座っていた。


 1人はバルザック商会の番頭、耳長族(エルフ)のアンドレ・エーメ。そしてもう1人がこの王国を実質的に支えているギーゼルベルト・フォン・シャウエンブルク。王国南部に伯爵領を持つ闇の眷属、吸血鬼にして、バルザック商会の首領であった。


 不死の身体を持ち、耳長族(エルフ)以上に長久の時を旅する吸血鬼の一族は、しかし「建国の怪異」の際にその不死性を頼みにして徒らに前線に立ってしまった為、その多くを失っていた。


 このギーゼルベルトも、建国の際には未だ吸血鬼となって齢100程度の子供であった。それであるが故に、前線に立たずに生き延びたのだ。


 常日頃から自らを『不肖の出来損ない』と言って憚らない吸血鬼は、見上げるほどの大きさの熊王を前にして、足を組み、細かな細工の効いた煙管(キセル)から紫煙をくゆらせ、我が家のソファで寛ぐかのように姿勢を斜めに崩して座っていた。


「伯よ、それはつまりどう言うことか」


 熊王は持ち前の野太く低い声を響かせる。しかし、その語調は如何にも遠慮が滲んだ力のないものだ。


「言葉通りの意味でございますよ、陛下」


「伯よ、定命の我等に『海の天子、暗黒の臍に群がる亡者を誅す』などと言われてもわからんのだ。アンデッドが海で湧くのであろうか?」


 ふん、と一息煙を鼻から勢いよく吐いて、小柄な吸血鬼が眼球だけをぎゅるりと動かして熊王に向けた。


「易は為政者の嗜み・・・ではあらんのでしょうかな」


「余は易を恃むくらいならこの爪と牙に訊くわ」


 ふん、と熊王が吐き捨てると、吸血鬼はかっかと笑った。


「ようがす。左様な王の方が民心も繋がりやすいと言うものでしょうや」


「して、伯よ。今日は何ぞ事でもあってのことか。番頭まで連れるとは珍しいではないか」


 熊王はちら、と一瞥をアンドレに投げる。アンドレは黙礼を返すのみで口を開かない。


「陛下・・・怪異の縁者が現れた、と申したらいかがされますか」


 熊王はしばらく、少し首を傾げたままじっとギーゼルベルトを凝視して動かなくなった。熊人は深い毛の奥に瞳が埋まっているので、多種族からは細かな表情が読み辛いが、牙を剥かずに口が半開きになっているところを見ると思考が停止したか、または高速で思考をしすぎて他のことができなくなったかなどちらかに見える。多分後者なのだろう。


「主ぁ・・・戯れでも()()()はせんのだと思っていたが」


「然り」


「戯れではないと申すか」


 熊王の語調が強くなる。が、ギーゼルベルトの表情はぴくりとも動かない。


「歳をとると戯れの可笑しさもわからなくなりますでな。」


「・・・して、その損害は?どこが()()()()いる?」


 熊王は片方の牙をぎりりと覗かせた。


「いえ。彼の怪異が再来したのではありませぬ。」


「何?」


「私は縁者が、と申し上げたでしょうや?陛下。」


 ギーゼルベルトは王を子供扱いをするが、熊王もそれを気にする素振りもを見せない。


「ぬしの言いようで判ろうと思うてか。」熊王は鼻白んだ。「その調子では同族(吸血鬼)共でもぬしとの会話は進むまいよ。」


「ご賢察の通り。ままならんもので。」


「して、縁者とは何ぞのことか。」


「そこでこやつの出番でしてな」


 ギーゼルベルトが左手を挙げる。直ぐにアンドレが低頭する。


「許す。述べよ」


「御意。我が国には市民権を持って業を営むゴブリンがおりますが、その一党にこれまでとは異なる動きをするものがおります。」


 ギーゼルベルトのようにゆったりと椅子に腰掛けず、背筋を張って斜めにテーブルを凝視するように半ば低頭し、熊王を目線に入れずに発言する。目線を合わせず半低頭するのは王族に対する基本的な礼節である。


「小鬼?市民権を得ているのであれば英雄(チャンプ)(ロード)であろうが。それでも小鬼風情に大したことはできんはずだが。危険なのであれば余に諮るまでもなく消すがよい。」


「危険・・・では無いのですが、これをご覧ください。」


 アンドレは懐から布に巻かれた一尺ほどの棒状の物を取り出して、机の上に置いた。


 熊王がその黒光りのする凶悪な爪を、小器用に動かしてするすると布を解くと、中から現れたのは一振りの短剣。熊王は無造作にその鞘を抜いて眼を眇め、刀身を改める。


「市井のものに見えるが。酷く(なまくら)だな。これがどうかしたか。」


 熊王はふん、とつまらなそうに鼻息を吐いた。


「武器としては全く価値が無いのはご賢察の通りにございます。陛下には柄をご覧頂きたく。」


「ふん?」


 熊王は毛むくじゃらの手と爪を器用に動かして短剣を宙で一回転させてその刃を摘む。柄の中心部分には、ぼんやりと光る魔石が嵌っている。


「この鈍に不釣り合いな魔石がどうかしたか?余に献ずるつもりならこの石だけでよかろうものを。」


「陛下のお召しとあらば喜んでお納めいたします。陛下に申し上げたいのはその短剣が()()()()として()()()()()()()と言う事実でございます。」


「なに?事務用品 だと?しかも量産と申したか?」


「御意に」


「このように巨大な魔石の数を揃えるには、迷宮を軍で征圧せねばならんだろう。しかし、余は国軍を動かした覚えはないぞ。」


「国軍は動いておりません。また、聖教国や竜王国の軍が我が国に入った形跡もありません。」


「くどいな。結局この短剣はどんな魔剣なのだ?」


「魔剣では無く、事務用品にございます」


「こんな魔石を魔剣にせんでなんとするか」


「疑念はご尤もでございますが、事務用品にした者がおります。しかも、大量に。」


「大量とは大きく出たな。どの程度であるか。3か。5か。」


「ひと月以内に100揃います。」 


「・・・・・・・・伯よ」


 熊王はギーゼルベルトに視線を投げた。


 しかしギーゼルベルトはただ腕を広げてお手上げだと示す。アンドレは淡々と続ける。


「魔剣ではないのです。ですから上級鍛冶師(ブラックスミス)も噛んでおりません。この短剣をどう振ろうと、町も焼けませんし雷の召喚もできません。単なる(・・・)事務用品です」


「魔石のついた短剣で事務だと?大概にせんか」


「この短剣を用いた魔導複写機では羊皮紙の複写ができるのです。事務効率が非常に向上します。その効果たるや、魔剣のようです。」


「ぁ?複写とはなんぞや?」


「こちらをご覧ください」


 アンドレは二枚の羊皮紙を手持ちの資料から熊王に示した。


 四隅と辺がきちんと正確に切り揃えられた羊皮紙。左右にならべたそれらは、細部に至るまで同じ内容が記されていて、どちらが原本なのか判別がつかない。


「つまらぬ。同じものを見せてどうしようというのだ」


「陛下、同じものが即座に作れるということが革命なのです。墨紙を使った筆写ではこうはいきません。原稿を精緻になぞっても必ずブレが生じますし、複数枚墨紙を挟んでも羊皮紙の上下で筆圧の差が生まれ、必ず濃度や差が生まれます。因みに、その二枚はどちらも複写(・・・・・・)です。」


 熊王は二枚の羊皮紙をさっと見比べたが、すぐにふん、とつまらなそうな荒っぽい鼻息を吹きかけて羊皮紙をアンドレへ吹き返した。


「つまらぬ。濃度や微細な差など余の知ったことではないわ。」


「御意に。陛下に申し上げたかったのは、この精度のものが、手作業の百倍近い速度で(・・・・・・・)誰もが作れる(・・・・・・)という事実です。」 


「所詮は事務作業の話であろう。余に語るような話か?」


「結論を言えい。妖精よ。」


 ギーゼルベルトはにやりと左の口元を引き上げた。


「は。では」


 アンドレは更に頭の角度を深くした。 


「聖教国の勇者を葬る国力を築けます。」 


「何の話をしておる?事務用品の話ではないのか?怪異の話はどこへ行った?」


「ご心配なく、王。全て繋がっております。まずこの魔石入りの鈍な短剣ですが、事務用品です。重要なのは、これの効率が桁違いだということです。このような桁違いの事務効率の向上は、大幅な国力の増大を企図することができます」


「意味が分からぬ。貴様が先刻見せたのはただの同じ紙ではないか。それがなぜ聖教国の勇者を駆逐できる話につながるのだ。」


「当商会で、この魔導複写機が来るまでに、複写にどれほどの手間をかけていたと思われますか。」


「知らぬ。」


「専属で25人です、陛下。そしてこの魔導複写機を導入したのち、この仕事は3人で足りるようになりました。」


「・・・・・」


「陛下、聖教国の勇者を葬るのに必要なのは優秀な人材と資源、そしてその量。特に人材は種族を問わない。相違ありませんでしょうか。」


「貴様らがそれを言うのは今更だろう」


 その人材を集めるために、バルザック商会(おまえたち)()る、と熊王は吐き捨てる。


「御意。その実現のために王国は広く人材を受け入れております。しかしながら、」


 アンドレは声を低く落とした。


「頭数は増えて、見かけ上の国内総生産は上がっていますが、それ以上ではありません。」


その通りだった。ザムル王国は人数に比例する以上に国力が上がっているわけではない。それは、当たり前の話ではあったが、熊王には当たり前では許されない事情があった。


「・・・・・・」


「数を集めたうえで、質を上げ、王国が勇者に対峙できるようになり、最終的には勇者を滅ぼす組織としなければなりません。そうしなければいつあれ(・・)にやられるかわからない。だから、数をまず揃えようとなさっている。では質はどうやって上げるのか。」


それが必要なことは分かっている。しかし、効率などというものはそう一朝一夕に上がるものではない。


「素質のある者の手を開けなければなりません。しかし、今王国は仕事があふれて(・・・・・・・)手が圧倒的に不足している。効率が低いのです。」


そう、王国は活況である。人が増え、消費が伸び、あらゆる産業の規模が拡大している。であるがゆえに、効率が上がらない。


「魔石を魔剣にせぬなど、只の痴れ者ではないのか」 


熊王の感覚では、魔剣は勇者に対峙するための有力なツールの一つである。子供でさえも、それなりの魔剣を持たせれば町や村程度は壊滅させることができる。それを事務用品にするなど、虚け者と謗るには十分な理由と思える。


「その者は世界樹の紋章を所持しています。」


「世界樹だと?それはアインツの世界樹のことを言っておるのか?」


 余を袖にしたあ奴が、と熊王が呟く。表情の読みにくい熊の目が、気忙しく動く。


 世界樹の紋は耳長族(エルフ)の長老が認めた者にのみ付与する勲章のようなものだ。これを保有するものはザムル王国内の耳長族全ての忠誠を手にしたことになる。


「御意にございます。」


「陛下。われらが王国の当面の仇敵は聖教国の勇者でよろしかったですな。竜王国ではなく。」 


 急に気を乱した熊王に、意地悪な弧を描く笑みを口元に貼り付けたギーゼルベルトがゆったりと声をかける。


「今更だ。何のために入国管理を厳しくしておるか、うぬらもよく見知っておるであろうが。」


「御意に。我等も何度も撃退しておりますが、その脅威度は上がっております。先日の侵攻(クエスト)ではスィミの民の財産が荒らされました。」


 ギーゼルベルトの左の眉だけが、ついと持ち上がる。


「彼奴ら、これは勇者の仕事などと抜かして何食わぬ顔であらゆる建物を虱潰しにしよる。」 


「最終的には竜王を討伐するのが目的だそうですな。」 


 聖教国がいう竜王とはモコエ山に棲むヴルカヌスのことを指すようだ。あれを倒そうとするなど、身の程知らずも甚だしいが、聖教国の勇者は冒険者がちょっと強くなった程度の存在ではない。


 それは極めて異質、言い換えれば常識はずれな存在である。


 第一に、聖教国の勇者は人間の形をしており、話もするし動きももするのだが、滅びない(・・・・)


 倒すことはできる。それこそ、誰が見ても殺したと思えるほどまでに叩き伏せることはできる。直近のスィミでの事件でも、掠奪を続ける勇者を町兵が取り押さえようとして失敗して大きな被害が出、高位の冒険者による複数のパーティで囲んで無力化したことがある。


 しかし、倒したと思ったその時、勇者の肉体は忽然とその場から搔き消え、死体はおろか、髪の毛の一本も残らなかったのである。


 そして、消えた勇者は時をおいてまた現れる。姿形、そしてその脅威度も殆ど変わらずに淡々と街の掠奪を始めるのだ。


 聖教国は表向き、ザムル王国を国として認めていない。しかし、ザムル王国の建国以降400年近く、表立った戦争を含む領土問題に発展しなかったのは、人間種(ヒューマン)統治の国で、獣人が王で貴族に魔物がゴロゴロしている国体を国是として認められないという理念的な問題に加え、竜王国が絶対神聖視しているヴルカヌスが棲むモコエ山周辺までを大まかに竜王国の領域として認識していたため、ザムル王国建国の問題を竜王国の問題として考えていたからである。


 また、竜王国との間に緩衝地帯となるザムル王国が産まれたことで、小細工がやりやすくなったのである。


 聖教国は、人間種(ヒューマン)による統治を絶対神聖視する宗教国家である。熊人が王であるザムル王国はいうに及ばず、竜王国も敵視している。聖教国の法王を戴かずに、()()()竜を神と戴く竜王国など、彼らにとって邪悪で低劣な異教徒の国にすぎないのである。


 故に、ザムル王国が建国される前から、聖教国では竜王国を滅ぼす為に、モコエ山に棲む火竜ヴルカヌスの討伐が課題となっていた。


 ヴルカヌスを滅ぼすことができれば、竜王国の国是は失われ、その求心力は纏めて霧散するであろうし、仮にヴルカヌスを討伐できたなら、其の遺骸を加工して産み出す魔道具や魔導兵器は想像を絶する威力を持つことになる。そうなってしまえば、戦意の落ちた竜王国の蹂躙など、最早休日の昼下がりに近くの河原まで出かける散歩並みの気軽なイベントとなるのだから。


 其の為に聖教国は、勇者を()()()のだろう。


 勇者が()()()でないことは早い段階でザムル王国でも把握されていたが、近年、そう、現王セルゲイの治世になってから囁き始められたことがある。


「そういえば、思い出しますな」


 ギーゼルベルトが目を閉じ、独白のように言う。


「どれだけの攻撃を与えても倒れず、増殖し、竜王国と聖教国の中間で暴れる・・・ずいぶんと何かと似ておりませんかな。」


「またその話か」


ギーゼルベルトはかっかと笑って、左様左様と頷く。


「彼の怪異が、聖教国の勇者と類似しているという話であるな。実際どうなのだ?」


 熊王も含む定命の種族には、すでに建国の怪異を目にした者はいない。しかし、()()()()()()()には、未だに彼の戦いを生き延びた者が残っている。


 そう、この男、ギーゼルベルトのように。


「似ておる・・・というのとはちと(・・・)違うんじゃないかね。勇者の姿形は人間種(ヒューマン)じゃからな。」


 むしろ全く似ていない。姿()()()


「じゃが、本質は同じものじゃろうな。彼奴の()()()()()()()なんぞは、あれが剣の形をしておるだけだわ」


 勇者の証、エクスカリバー。選ばれた者以外に触れる事は叶わないという聖教国に伝わる漆黒の宝剣。約100年前にその存在が確認され、その後初代勇者カミルがエクスカリバーの装備に成功するまで、多くの挑戦者の命を奪ったという、曰くつきの。剣が有力な候補者を屠りながら使用者を選ぶという本末転倒な仕様は、周辺国にまでその逸話は漏れ出でていた。


 あらゆる魔物をたちどころに滅する退魔の聖剣として、それ(エクスカリバー)は聖教国内では知られているが、実のところ滅するのは魔物や動物に限らず、植物までもがそれに触れると命を喪う殺戮剣というのが、ギーゼルベルトたちの見立てである。


 その刀身は漆黒で、およそ光を反射することがない。聖教国の勇者とは、その刀身に触れて尚生きていられる者を指すようだ。


 バルザック商会では、この勇者について、一つの仮定を立てていた。


 勇者は、人間種(ヒューマン)の外見をしているが、自然人ではない。であるから、魔法的なのものか呪術的なのものか、その手法は定かではないが、人為的な手段で創られたものでほぼ間違いない。おそらくは、建国の怪異の(・・・・・・)機能向上版(・・・・・)であろうと。


 百年の間に確認されている勇者は、一人ではない。ザムル王国で記録があるだけでも7人が確認されている。初代勇者とされている「カミル」は、スィミ周辺の村に突如として現れ、寡黙に、そしてひたすらに剣を無差別にふるいつづけるならず者であった。


 剣を持った狂人というだけで勇者認定をしているわけではない。記録の中で、この「カミル」が初めて、勇者特有の挙措を示したのである。


 その勇者特有の挙措とは、『死に戻り』である。


 スィミ周辺のオークの村に突如として現れた勇者「カミル」は、ものも言わずにずかずかと住居などの建物に勝手に上がり込み、虚ろな目線で虚空を凝視しながら片っ端から略奪を働いたのみならず、家畜の駝鳥や蛇、鶏を無差別に屠っていった。それを止めようとしたオークの村民も、その漆黒の剣に即座に命を奪われ、倒れていった。


 ただ事でないと感じた村の力自慢のオークの男が、手近の立ち木をへし折り、その剣諸共勇者カミルを叩き潰した(・・・・・)ところ、勇者は確かに潰れて死んだ、ように見えた。そして次の瞬間、勇者の死体の周辺に棺桶のような影が立ち上がり、脳髄を掻き毟られるような異音とともにその死体が、漆黒のエクスカリバーごと(・・・・・・・・・)消え去ったのである。


 そしてその翌日、果たして勇者「カミル」はまた現れた。しかし場所は港町アンの周辺の魚人の漁師の村であった。


 スィミからアンまでを、人間種(ヒューマン)の足で一日で踏破するのは不可能である。早馬を飛ばして可能どうか、という程の距離だ。


 そして、アンの漁村に現れた勇者カミルも同様の奇異な行動を取り、魚人達が網で動きを止めた後に銛で滅多刺しにして退けたが、死体は残らなかったという。


 当初、離れた場所で近すぎる連続性をもって発生したこの二つの現象を繋がった現象として認識できたものは王国の行政府にはいなかった。これを同一の事象として認識できたのはひとえにバルザック商会の王国内に重ね合わせた網のように張り巡らせた情報網が収集した情報を、統合した視点で見ていたからこそできたのである。


「爺の昔話なぞ、余には寝物語と変わらぬわ」


 定命の熊王は100年以上前の建国の怪異は目にしていない。そして、勇者が出たと聞いても、即死効果の付与された禍つの剣を持っている敵を前に、王が直接赴くわけにもいかない。さらに、撃退したとしても勇者は影も形も残らない。


 目撃者や対峙した経験者から聞き取りをして対策をすることはできても、勇者の死体を調べて弱点を探すなどの根本的な対策は一切できないのである。ゆえに、王国では勇者と対峙し(・・・・・・)撃退して生き残り得る・・・・・・・・・・・高い能力を持つ者を、複数育て、経験者を数多く育てようとしていた。


 というのも、勇者自体が日に日に強化されているように見えるからである。


 初代勇者カミルは、思う様暴れた後に二度にわたって叩き潰され、退けられた。村や街に損害が出たものの、即死する剣を持っていること以外はそれほどの脅威ではなかった。人間種(ヒューマン)の容姿をしているものの、何を話しかけても返答しないうえに目線が行動ベクトルと一致しないなど、明らかに挙動が怪しく、武術自体も大したものは使わない。一般兵数人で余裕を持って対処できる相手であったのだ。


「若輩の私は、いまだに怪異も勇者も目にしておりません。」


 アンドレはまだ百年も生きていない若い耳長族(エルフ)の文官である。勇者が出たと謂う報は何度も耳にしていたが、実際に対峙した経験はなかった。魔力を練ったり、神速の弓を鍛える事に憧れた時期もあったが、成人してすぐにバルザック商会での業務に就いたため、ギーゼルベルトのように実戦経験を積む機会には恵まれてはいない。


 そのうちに、100年程度武人としての生活もしてみようとは思っているが、二千年生きることのできる耳長族(エルフ)として、その機会が今であるとは考えていなかったのである。


 アンドレが目にした記録の中で、勇者カミルが退けられたその二年後、勇者ターヒルが森都(スントゥ)で確認されている。この勇者は、カミルとは別人の容姿を持ち、あいさつ程度の会話(・・・・・・・・・)をこなし、目線の向く方向も自然で、一見普通の旅行者であった。


 しかし、森都の住宅などに問答無用の略奪を始めたところで、ターヒルが「勇者」だと割れた。至極あたりまえのような顔をして、家であれ、商店であれ、勝手に入り込み、箱、戸棚、箪笥など何か物が入っていそうな箇所を片っ端から漁っていく。そしてそれを咎めだてしようものなら「でたな!モンスター!」と定型文を吐いて黒い剣で襲いかかってくる。紛れもなく、勇者カミルの再来と言える状況であった。


 このことから、ザムル王国に奇妙で凶悪な「勇者」という敵が認識されたのである。


 しかしこの時点では、「勇者」という敵があるということだけで、それが聖教国の侵略であるとの意図はなかった。それ以降の「勇者」がザムル王国東方の町である「森都」「アン」「スィミ」に集中している事がわかり、東方の聖教国の関与を疑い始めたのである。


 聖教国は、公式にはザムル王国を国として認知していない。故に軍を出して宣戦するようなことをしない。あくまでもモコエ山の炎竜ヴルカヌスを脅威と捉え、この討伐を当面の安全保障上の最優先事項にしているのである。ザムル王国など、モコエ山の周辺にたむろするいくつかの薄汚い魔物の集落という理解である。

 そのヴルカヌス相手に軍を用いないのは、全くの無意味だからだ。幾百万の人間の兵を用いても、ヴルカヌスを前にして10秒後に立っていられるものは一人としていない。その兵士どもが多少の魔力を持っていようがいまいが、勝敗には毛ほどの影響もないほどのない程の力量差がある。ヴルカヌスを敵にすることは、正に神を敵にすることと近しい愚行なのである。


 故に、聖教国は軍団ではなく、別の方法でヴルカヌスを駆逐しようとしている。その目下の取り組みが、「勇者」なのであろうと、バルザック商会では認識している。聖教国に潜らせた間者からの情報からもそう結論づけられている。


 不死の魔物すら弑することの可能な怪異。これが当初の()()。しかし制御のできない怪異は扱い辛く、ヴルカヌスを倒すことも能わなかった事から、エクスカリバー(聖剣)として単なる武器に形を変え、それを扱う者が「勇者」。今の段階ではヴルカヌスを倒すほどの力には至っていないが、確実に力を蓄え、強化されているのは確かである。「勇者」と聖剣(エクスカリバー)がヴルカヌスを倒せる様になる程の力を蓄えられるようになるかどうかは不明だが、その前に必ずザムル王国が荒らされる事になる。仮に「勇者」が獲得した力がヴルカヌスの半分の力であったとしても、ザムル王国をこの世から消し去る事は極めて容易なのである。


「妖精なぞ、余にとっては全員化石ぞ。若輩もクソもあるか」


熊王はブフゥと、野太い重低音とともに不満そうな鼻息を吐いた。「その勇者とやら、一度余の前に出てこんものか。ザムル王の玉座に座る者の責は提灯になることではないわ」


「なりませんぞ」


 ギーゼルベルトが嗜める。「それで王が逝ってしまわれたら儂の仕事が増えてしまいますからな。老人は労っていただきませんと」


「腰痛とも無縁な者が老人ぶるでないわ・・・・・ん?」


 チチチ、と雀が窓から入ってきて、熊王の肩に留まった。


「「!」」


 ギーゼルベルトとアンドレは急に表情を固くし、口を引き絞る。王家の建屋に自由に出入りできる雀は限られている。


 肩に留まったスズメは、チチチチチチチ・・と囀り続ける。


「妖精よ、喜べ」


 熊王は獰猛に牙を剥いた。


「愚かにも、王都に連なる村を蹂躙した人間種(ヒューマン)がおるらしいぞ。黒い剣を持ってな」


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ