表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

第八話 ホウン・キム 前篇

初めて一つの話を前篇後篇に分けます。(長くなりそうだったので。すみません)

読んでくださる方に質問させてください。

私は一話を12000字程度にしようと思って毎回書いているのですが、読みにくいでしょうか?

感想で小さめの話に切り分けたほうがよいか、長いままのほうがよいかご意見いただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

(小さめに切り分けても更新頻度は速くなりません。まとめて書くのは話の流れを損なわないようにするためです・・・)

 一つだけ言えることがある。


 俺は天才だ。


 あの人間種(ヒューマン)の会司はとてもいい仕事をした。なにせ、この俺様のような天才の才能がいかんなく発揮できるようにこのクソ商会を変えたのだ。今に見ていろ。俺の目の前のこの毛むくじゃらの犬もどきも、いずれ俺の部下にして俺様のテリトリーを示すマーキング要員にしてやる。


「今月の達成率一位は、ホウン・キム。達成率150%超えだ。おめでとう!」


 支店長の狼人、ラウル・エリゼがそういうと、パチパチと、もう聴き慣れた拍手がアインツ本店で湧き上がった。


 これで、この俺様が三カ月連続トップだ。


 支店長のラウルが今月の給料が入った巾着袋を最初に俺にわたすと、ジャラリとコインが擦れるいい音がして、ズシリと俺の掌にカネの重みがのしかかる。先月も達成率が150パーセントを超えたから、俺の給料は最高額の3750ザムル、つまり金貨37枚と銀貨5枚の筈だ。


 給料が手渡される順番は予算の達成率順になっている。俺はこの地位をしばらく手放す気は無い。もっとも、アインツ本店の所属員は俺を除けば全員ボンクラ揃いだ。俺を脅かすなんてことはできっこ無いだろう。そんなことができるとしたら、あえて挙げれば王都のナズィか、スントゥのエルザくらいか。しかし、トップセールスを他支店に出すバカな支店長はいない。もし、俺が他の店に移るようなことがありうるとしたら同等のトップセールスとのトレードになるだろう。だから、俺が所属店で一位である現実は、当分の間続くのだ。


 ハッキリ言って、数字をやるのはチョロい。数字ができない奴は、頭が悪いだけだ。これは断言できる。


 ムタリカ商会。天才の俺様にとって、こんなに美味しい組織はない。


 新規開拓の飛び込み?そんな非効率的な事をやっているから数字ができないのだ。それで数字を作ろうとする奴はバカかマゾのどちらかに違いない。俺はそんなのは趣味では無い。誰だったか、昔の偉い将軍も言っていたではないか。『戦は、矛が交わった時にはすでに終わっている。矛を交えるまでに何をするか。それこそが戦の本質なのだ。』と。まさにその通りだ。その将軍の名前も戦功も知らないが、俺は自らその境地に達した。つまり最低でも俺はその歴史上の偉人と同レベルではあるという事だ。


 支店長からカネを受け取って辺りを見回す。ボンクラ共が俺に羨望の眼差しを送っている。喜ぶがいい。貴様らはこの偉人である俺様と運良く机を並べることができたのだ。


 ラウルが他の皆もキムを目指して頑張るようになどと寝言を言いながら他の連中にも給料袋を渡して行く。チャラチャラとしみったれた音が聞こえる。2000ザムル程度のはした金は、音まで貧乏くさい。


 だいたい、俺を目指せなんぞとよくもまあ言えたものだ。ラウルはコイツらが俺を目指すと言うことがどれだけ非現実的なことかわかっていない。コイツらだって、カネは欲しいのだ。そんな事が出来るならもうやっているだろう。コイツらは俺を目指していないから数字ができないのではない。ボンクラだからできないのだ。


 朝礼も早々に終わって、俺は倉庫へ手押し車を曳き、羊皮紙を積み込む。積めるだけ積むと二万枚程度だが、それでは俺が手押し車を曳けなくなってしまうのでその半分程度を積む。これを売ってしまえば今日の仕事は終わりだ。


 倉庫に備え付けの出庫台帳に持ち出し数を記入して、手押し車を強く曳く。手押し車の両輪がガタガタミシミシと不平不満を喚き散らす。このオンボロは荷が載っているときは特に喧しい。


さて、目指すは()()()()だ。


 俺は港を背にして、手押し車を押す。しばらく重い手押し車を曳き、その不平不満も聴き慣れてきた頃に、俺を背後から呼び止める声があった。


「ああ、ホウンじゃないか。ちょうどいい。ウチの羊皮紙が切れそうでね。帰りでもいいから寄ってくれンか。」


 漁具鍛治師のダーン。あと少しで俺の自宅に着くというのにウザいやつだ。


 コイツは港に鍛治工房を構え、漁師向けの鉤やら銛やら漁刀やらを造って整備する事を生業にしていた筈だ。そういえば俺の担当だった気がするが、ろくに注文しないのでここ何ヶ月とコイツの工房には行っていない。


「何千要るんだ?」


 俺は手押し車を曳くのをやめ、振り返った。喧しかった手押し車の不平不満がピタリとやむ。


「必要なのは50枚程じゃ」


 50・・・・・50だと!?


「もう一回言ってくれ?」


「50ほど羊皮紙を届けてくれ」


 はあ。まったくコイツは度し難い!コイツだってそこらの屑鉄を鍋にかけて打った銛やら魚刀やらを五千だ二万だと法外な値段で売り、暴利を喰らって生きているだろうに!あまつさえ、元が鈍なせいでちょっと使ったら斬れ味が鈍り、研ぎ直しと称してまた暴利を貪っていると言うのに!


 この俺様に羊皮紙を50枚届けろだと!?


 コイツとの取引価格は上代だから1枚1ザムル。とはいえ、50枚なら50ザムルにしかならない。俺は今月三万以上をやらなければならないのに、たった50の為に手押し車を押して港にあるコイツの鍛治小屋へ届けろと言うのか!?


「生憎だが、おまえさんのとこに届ける紙はもうないよ」


 これで解れよ。


「その荷台にあるじゃないか。先約があるなら帰りにでも寄ってくれればええんじゃ。」


 チッ。この低脳が。皆まで話さんと理解できんのか。


「それも無理だな。羊皮紙が必要なら他の店で買ってくれ」


「なんじゃと?ウチは先代のジィユさんの時からの付き合いをしてきたンに、そんな言い草があンのか?」


 むしろそんな言い草しか(・・)ねえんだがな。


「死人の話をされてもな」これだから低脳は困る。俺達は死人の去った現世(うつしよ)に住んでいるんだ。死人と仲良くしたいならあの世に行けばいいのに。「残念なことにな、俺は毎月3万からの羊皮紙を捌かなきゃならねえんだ。50の為に手押し車曳いて手前ンのトコに行くのは割に合わねえんだよ。」


「羊皮紙を宅配するのはお前達の仕事ではないンか?」


 薄汚く赤茶に焼けた顔を赤くしている。そんなに羊皮紙が欲しけりゃ文房具屋に行けよ。アインツにもあるだろ。


「俺に配達して欲しけりゃ桁を増やせ。話はそれからだ」


「100か?それなら・・・」


 クソすぎる。


「っざけんな!1000だ!手前だって100ザムルの小刀の為に鎚を振るいはしねえだろ?!」


 俺は更に憤って何事か喚くダーンを完全無視して、再び手押し車を曳き始めた。クソを相手にしても時間の無駄だ。無駄な仕事を省くのも、頭の良い人間ならではの仕事の仕方だ。何でもかんでも請けてばかりでは仕事は回らなくなる。無駄な仕事はとっととやめるに限る。最低の仕事量で最大の成果。これがこの俺様のモットーだ。


 俺の自宅はアインツの外周城壁の外側に建ち並ぶ、農家や工房の間に建つ庭付きの戸建てだ。


 俺は手押し車を倉庫の前に停めると、荷の羊皮紙はそのままにして母屋に入る。多くの馬鹿どもは城壁の中の集合住宅に好んで住むが、俺様のような頭の出来の違う男はそんな金の無駄遣いはしない。


 まず、第一にこの氷室だ。みろ、この勝者のために作られたとしか思えないサイズの氷室を。これがあるから、俺は帰るなり冷えた葡萄酒を呷ることができるのだ。しかも、住居に併設されているから居間から直接酒を取りにいける。集合住宅ではこんな氷室を設けることはできやしない。


 氷室から取り出した白葡萄酒を盃に注ぎ、喉を鳴らして飲み下す。昼に飲むなら白に限る。手押し車を曳いて疲労した全身の筋肉が弛緩していく。先刻バカ(ダーン)の相手をしたせいで毛羽立っていた俺の機嫌もすっと白葡萄酒に宥められていく。


 俺は盃を手にしたまま、居間の揺り椅子に身体を放り込んで、全身を弛緩させる。酒精が睡気が俺の意識を快く揺さぶり始める。いい気分だ。()が来るまでまだ少しばかり時間があるはずだ。常に成果を出し続ける天才にこそ休息は必要だ。今日もしばらく眠るとしよう。


 俺は、きいと軋む揺り椅子の音を子守唄に、眠りの海へ沈みこんだ。


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 おかしい。


 ラウル・エリセは羊皮紙を睨んでいた。


 ここのところ数ヶ月間、ラウルが担当するアインツ本店の実績は好調だ。売上金額・枚数ともに、目標を達成している。それもこれも、主任であるホウン・キムが著しく成長したからに他ならない。他の営業担当は目標を達成できるかできないかという水準をうろうろしているが、ホウンは違う。報奨金の上限である150%をあからさまに狙って、大口の取引先を複数開拓し、その実績を大きく伸ばしていた。


 ムタリカ商会はアインツに本社を置いている。そのお膝元の本店を預かる身としては面目躍如も甚だしいのだが、腑に落ちないことがある。


 金が足りない。


 15万ザムル程、本来あるべき金額と実際にある金の帳尻が合わない。


 売上と出荷枚数も問題ない。特に未回収もない。それなのに金の残高が足りない。


 目標達成率ではアインツ本店はスントゥ支店と並び全会内トップレベルで好調順風満帆であるのに、なぜか金の帳尻だけが合わない。


「おかしいな」


 声に出してみたが、そうしたからといって何かがこの疑問に対する回答をくれるわけではなかった。


 憮然として、腕を組んだところにひとりの猫人がやってきた。


「エリセ支店長。お忙しいところ失礼します。」


 猫人特有の柔らかで静かな関節の動きに武道の直線的な挙措を組み合わせて実に美しい動きをする男、総務担当のピルズ・ボスターンだ。


「はい、何でしょうか?」


 答えの出ない羊皮紙から目を上げる。


「少々ご相談が。お客様がエリセ支店長を出せと言ってお見えです。アポイントは無いそうですが。如何いたしますか?」


「私に用だと?」


「ええ、正確にはキムの上司をと」


 私を名指ししないということは、私の知己ではないということだ。しかし、会うべき理由が全くなさそうな相手の場合は、ピルズがあしらってしまう筈だ。それをわざわざ尋ねに来るのだから何か別の考慮すべき要因があるのだろう。


「それはどちら様なので?」


 ピルズの白い髭がぴく、と動いて目が細くなる。ピルズが微笑んだのだ。先代のジイュ会長の時代からここアインツ本店で働く古参だ。俺などピルズから見たら小僧でしかない。どうやら合格点らしい。


「漁具鍛治のダーン殿です。随分とご立腹の様子です。」


 漁具鍛治のダーン。


 港町アインツでその名を知らない者は新参者だろう。四十年ほど前からアインツ港の海沿いに工房を構え、漁具一筋に槌を振るってきたドワーフ。


 嵐で海が荒れ、高波が工房を飲み込むことは年に何度もある。その度に水浸しになるばかりでなく、炉や槌を高波に流されてしまった事は数え切れないが、「漁師は海に出て(おか)のないとこで逃げずに戦っとるんじゃ。陸に居る俺がなんで逃げんといかんのじゃ」と、漁師や役人の内陸部への工房の移転の勧めを頑として受け付けず、「漁具は漁師が命の次に大切にするもんじゃから。」と言って、長の時化がない限り工房を閉じたことがない。そんなことで、アインツの漁師たちからは絶大な信頼、いや、殆ど信仰に近いものを受けている、60を数える男だ。


 幾度となく高波に流されては再建してきた鍛冶工房の建屋は、すり鉢を逆さにしたような半球状となったことで今や高波程度ではびくともしない。


 そのダーンが立腹してきたとあってはただ事ではない。ピルズが俺に取り次ぐのも道理というものだ。


「応接へお通ししてください。わたくしがお会いします」


 ボウボウに伸び散らかした白い髪を無造作に三つ編みで後ろにまとめ、縄の鉢巻き額を一巻きしている。ドワーフの肌は本来はホワイトエルフのそれと近い白だが、ダーンの肌は長年の海辺暮らしですっかり赤茶、いや焦げ茶色に染まり、幾重にも深い皺が刻まれている。利き腕の右腕は異様に大きく筋肉が付いていて、普通の人間の男の太ももほどもある。その筋肉が肩まで繋がって、ダーンは体の右側だけがもっこりと大きくなっている。


 漁師たちはその特徴的なダーンの後姿に漁の神の姿を重ねているとも言われ、アインツ港を出港する地元の漁船は、漁の無事と豊漁を願ってダーンの半球型の工房へ向かってその漁具を掲げるのが慣わしになっている。


狼人(ワーウルフ)、主がここの責任者か」


 ダーンは鋭い眼光を俺に据えて、腕を組み真っ直ぐに口を開いた。


「はい。アインツ本店を預かっております、ラウル・エリゼと申します。ダーン様にはいつもお世話になっております。」


「ほう」


 ダーンが腕を組んだまま顎を少し上げた。「儂ゃ主がうちとの取引を切ったと思うたからきたんじゃが、そうではないンか」


 取引を切っただと?ダーンの工房で未回収があるといった話は聞いていないから、そんな指示は出してはいない。


「先代からお世話になっているダーン様の工房との取引を止める考えは私にはございませんが・・・キムが何か申しましたでしょうか?」


「そう、それよ。ワシがここに来たンは」


 ダーンの姿勢がずいと前のめりになった。目線は俺を捉えたままで、眼光だけが鋭くなる。


「儂ゃ、奴をシメることにしたけ、それを言いに来たンよ」


「は?しめる?とおっしゃいますと?」


 普通に考えれば半殺しにするという意味だが。


「お上に決闘を届けるちゅうとるんじゃ。」


「けっ・・・・決闘ですか・・・・?!」

 半殺しではなく、殺しか。


 ザムル王国では王国民同士の殺生は重罪である。王国民の殺害は、原則として王国貴族院審理所による審理を経て王国軍が行うことになっている。しかし、この原則に因らず、罪に問われない例外的な殺生がいくつかある。その一つが決闘である。


 個々の国民の間でこじれた問題が、感情的に審理で解決できない場合はままある。そういった問題を審理で白黒つけたとしても、当事者間の蟠りが払拭されることはほとんどない。それを、本人だけでなく一族郎党すべてまとめて後腐れなくすっきり恨みっこなしで解決しようというのが決闘である。


 決闘には貴族院に届ける際にその理由が必要である。その理由が決闘するに値すると貴族院が調査し認定すれば、決闘は片方(・・)からの申請だけで承認される。審理所による承認後は、公証人が貴族院から派遣され、双方に決闘が通達される。


 決闘による勝敗は、すべて王国貴族院に記録され、市井に公開される。この勝敗の結果を恨んでの決闘は受理されない。


「り、理由はどんなことで?」


「キムの野郎に先刻山の城門の前で会うたんじゃが。そん時、50枚の注文は請けんいいよってな」


「はぁっ?!」


 注文を請けないだと!?数字で評価されるセールスが客から要請された注文を請けないなど考えられない。しかも相手は漁師達から神聖視すらされているダーンだ。港町アインツでこの男から睨まれると漁業に絡む他の顧客への影響が大きい。だから滅多なことが起こらないように、アインツ本店のトップセールスであるキムに担当させたのだが。


「なんで請けんかちゅうたら、注文の桁が足りん言いよる。ならば100注文しよかというたら、奴ぁ、1000じゃいいよったわ」


 1000!大商会相手でもあるまいし、そんな最低注文数を設けるなど無謀だ。それは寧ろ取引を断っているのだろう。


「じゃがなあ。儂が奴相手に決闘をしたろ思うたんは、千枚言うて断って来たからじゃないンよ。ジィュさんの頃からの深い付き合いじゃから、ムタリカと切れるのはちいと寂しいがの。千枚からしか請けん言うなら他から買えばいいことじゃ。」


「いえ、私共は最低注文数が1000などと言うつもりはございません・・・が」


 ダーンの話に先がありそうなので自分の話はやめてその先を促す。ダーンは意を得たりと言った顔で髭の奥で少し頷き、その大きく膨れ上がった右腕で背後の腰のあたりを(まさぐ)ると、ヒュッと机の上に腕を振り下ろした。


 トン、と乾いた音が聞こえて、テーブルの上にダーンの大きな右拳が机まで振り下ろされずに()()()いた。


 その拳が開かれると、机に木製のグリップが突き立っていた。ナイフに使われる類のものに見えるが、グリップの尻の部分にある金属製の柄が伸びて、少し鉤型に変形している。


「そりゃ儂が拵えるモンの中でも一番小さい小刀でな。魚を捌いたり、ロープをぶった切ったり、中々小器用に便利に使えるモンじゃ。小さいから値段も一番安いんじゃが、中々良く斬れるじゃろ」


 机の上には小刀の刃の部分は出ていない。机の下から覗くと小刀の刃がまっすぐ下に突き抜けている。


「おんし、これ、いくらじゃと思う」


「はっ?値段でしょうか?」


「左様」


 漁具の価格など俺は専門外だから知らない。かなりの切れ味に独特の柄の形、大きさは小さいが有用そうだ。それなりの値段はするのではないだろうか。


「さて・・・私は門外漢なのでよくわかりませんが、かなりの斬れ味ですので、300くらいでしょうか?」


 値段などわからないが、ダーンは漁師から崇められる有名人だ。そのくらいの価格でもいいとは思う。


「フン、78じゃ」


 ダーンが吐き捨てる。


 78ザムル。予想の価格よりもかなり安い。俺の予想は外れてしまったが、それと決闘と、どう関係するのだろうか。


「奴ぁな、こう言ったんじゃ『100ザムルの小刀の為に槌を振るいはしないだろう』とな」


 ダーンの全身から怒気が漏れ出た。


「おんし、この小刀が鈍じゃったらどうなると思う?」


「いえ?船は門外漢なので」


 わかるはずがない。俺は船に乗ったことはあっても、自ら航海したことはない。その小刀が漁に使うのか航海に使うのか、それとも武器なのかすらわからない。


「時化に遭ってロープを素早く切らなきゃいかん時何ぞは幾度となく起こる。そこでもたついとったら船と一緒に海の藻屑となって海獣の餌じゃ。こんな小刀でもな、漁師一人一人の(タマ)にかかってくるんじゃ。だからな」


 ダーンが再び熊のような右腕を伸ばして小刀の柄を握り、引き抜いた。ぴうと音を立てて机から小刀が抜け、左手の鞘に収まる。


「儂ゃ、この小刀を、駆け出しでも買える価格にしとるんじゃ」


 左手に小刀の鞘を握ったまま、ダーンは机を叩いた。


「お前らが金のために小さい注文を請けんのは勝手じゃ。しかしな、儂の仕事はそうじゃない」


 めきり、と机から乾いた音がする。


「儂は、漁師の命の為にやっとるんじゃ。それをな、お前らの銭儲けと一緒くたにするのは許さん。うちに溢れた刃を研ぎ直しに来る漁師共は、儂に金を貢ぎたくて来とるんじゃない。明日の自分の(タマ)ぁ泰んじるために来とるんじゃ。じゃからな、狼人」


 ばきり、とダーンが小刀で貫いた穴から机が真っ二つに割れてへしゃげる。


「奴ぁ儂が決闘で真っ二つにしたる。ムタリカには、ジィュさんの手前があるからな。お上に届ける前に言うといたろ思うた訳じゃ。」


 想像以上に拗れている。キムの野郎、どれほどの不義理を働いたのだ。


「ダーン様。この度は私共の対応に至らないことがあったとしたら誠に申し訳なく思います。申し訳ありません。」


 まずは頭を下げる。しかし謝罪の対象は限定しておく。会司に教えられた苦情対応の基本が役に立つとは。


「私も若輩でございまして、手前どものの従業員に決闘というお話をいただいたときにどうすべきか、今すぐには判断できません。手前共の中で相談させていただきたいので、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


「なんじゃ。おんしぁムタリカの頭じゃないんか」


「私はアインツを担当する営業所の責任者でございます。少々お待ち下さい。」 


 俺は席を立ち、ピルズのお茶を替えるように言って退出した。無理だ。どうしていいかわからない。このままキムを決闘に出すということはムタリカ商会として従業員を見捨てるという事になるが、ダーンの言い様が事実なら、キムを庇っても傷になることは確かであるように思う。


「会司。急ぎでご相談があります。」


 俺は会司の横にしゃがんでいた。上司に相談するときは、必ず目の位置を上司より下に下げて、上司が見下ろす(・・・・)形にする。これは常識(マナー)だと、会司に教えられた。


 ダーンがキムを決闘で殺すと宣言していること。原因はキムが何かろくでもないことを言ったらしいこと。ダーンはこの港町の顔役の一人であること。キムの業績はここのところ著しく伸びて、アインツ本店の要になっていることを報告した。


「うん・・・?ダーンさんは今ここに来ているんだよね?」


「はい。会議室に。机を一つ割られてしまいましたが」


「うーん?そのキム君の業績が良くなったのはいつから?」


「会司が当商会にいらして、方針が大きく変わってからです。」


「あそう・・・やっぱり。」


 会司は腕を組んで宙を暫く睨んで、「まずはそのダーンさんに会おう。お願いしなきゃならないしね。」そう言って、会司は席を立った。


 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 きい、と木の扉が軋む音が、俺の眠りを優しく解きほぐした。目を開くと、室内が橙色に染まっている。窓から差し込む光が、窓の反対側の壁を塗りつぶしているからだった。


 もう夕方か。


 揺り椅子を二、三回揺らして勢いをつけて立ち上がり、窓のところまで歩くと、小柄な馬人が俺の庭に荷車を曳いて入ってきたところだった。チン・ムンシク。今日の()()()()だ。


「オセェな、ムンシク」


「そんなこと言ったって、キムさん。こないだ昼に来て寝てるとこ起こしたら無茶苦茶怒ったじゃないですか」


「うっせーな。その日は寝不足だったんだ。察しろ」


 その日は女郎宿で完徹して売女と遊んだ後だったから眠かったのだ。


「そんなのわかるわけねェっすよー」


「黙れ!それを察するのが下ってもんだ!」


 そんなこともできないのか。何の取り柄もない屑のくせに、俺の都合を察することもできないこの馬人は本当に使えない。この俺様のお陰で生きていられるのだから、俺様に使われていることに感謝して、人生のすべてを懸けてこの俺様の為に毎日生きるのが道理ってもんだ。しかしそんな当たり前の事もわかっていないようだ。


 こいつ(ムンシク)には、毎日朝起きたら俺の家の方角を向いて跪き、十回頭を床まで下げるよう命令している。その際に唱える祝詞は「キム様今日も生きていますありがとうございます」だ。なにせ、コイツの生活のすべては俺様の力で回っているのだ。


「へぇ。それで、今日の荷はどいつですか?」


「そこにあんだろ。」


「あぁ、これでやんすね。んー・・・これは四千でよいでやすか?」


「ちゃんと見ろ!何回同じ取引やってんだ!五千五百だ!欲かいてんじゃねえ!」


「五千五百でやすか。いつも旦那は厳しいでやすねえ。たまにはあっしにもいい目見せてくださいよ。」


「黙れクズ。誰のおかげで濡れ手に粟をやれてると思ってんだ?!」


 ムンシク如きがこの俺相手に交渉だと!?瞬間的に怒りが俺の脳髄を灼いた。虫唾が走る。誰のおかげでコイツの食い扶持があると思っているのか。


「いい目見てるのはキムさんだけじゃないですか。こっちはそんなに粗利ないんでやすよ?あっしだって女郎を買って遊びたいでやんすよ」


 脳髄を駆け巡る怒りが殺意に変わる。無能が服着て歩いてると言ってもいいムンシクの分際で、天才の俺並みの生活をしようと言うのか!?


「おう手前、これ以上無駄口を開きやがったら馬刺し肉にして明日の市場に並べるぞ、あ?」


「仕方ないでやんすね。じゃちょっと改めさせていただきますよ。」


「さっさとやれや」


 愚図が。目算もできねえのか。


 ムンシクは自分の荷台から目盛りの刻まれた木片を取り出して、ひいふうみいとブツクサ言いながら俺が運んできた羊皮紙を勘定している。


「キムさんは五千五百とおっしゃったんでしたね」


「くどい」


()()()()()。ではこれは五千五百ということで。うちの掛け率でしたら、お代は4675ザムルですね。金貨46枚でいいですか?」


 75をハネると言ったのか?これは殺していいってことだよな。


 俺は土間に行って壁に掛けてある鉈を掴んだ。所々錆びていて大して手入れもしていないので鈍だが、今でも冬の薪割りに使っているから、馬の頭蓋をかち割ることぐらい訳はない。


 庭に戻ると、ムンシクは俺の右手の鉈を見て、馬面を歪ませた。


「うわっーかーりーましたよ。金貨で47出しますから!」


 ムンシクが腰に下げた皮袋を取り上げて、ジャラジャラと音を立てて金貨を取り出して俺に渡す。鉈を持っていては勘定できないので腰に鉈を差して金貨を受け取り、勘定する。47枚。最初からやれやこの無能が。


 貰うものももらったし、店に帰って売上報告して、その後は女郎宿だ。今日は俺様お気に入りのミイが出勤してるはずだから早く行かないといかん。こないだも「またキムさんのお相手する日が待ち遠しい」などと蕩けた本心を隠せずに吐露していた。女郎すら虜にするこの俺様の閨房術。フッ。俺様もつくづく罪な男だ。


 俺の息子が早くも上向きに伸びあがって俺の脳髄に指令を出して、女郎宿へと向かうよう足を急かす。息子には弱いのが男というものだ。空になった手押し車を曳いて俺が店に戻ろうとすると、


「あーっ?ちょっ、ちょっ、待ってくださいよキムさん!」


 ムンシクのクソ馬鹿がこの俺様を呼び止めた。


「・・・・・・あ?」


 もう用は済んだ。足を停めてやる謂れは無い。俺は殺意を堪えに堪えて、返事だけ返してやった。ありがたく思え。俺は忙しい。


 しかし、ムンシクは馬人得意の四つ足になって俺を追ってきた。手というか前足というか、それが蹄なのはこういうときにだけ(・・)威力を発揮する。


「4675ザムルですよ?25ザムル返していただかないと」


 もう許せん。


「ううううううううるるるるるるるうううううううせえええええええぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 腰に差していた鉈を、抜き放った勢いそのままに横に薙ぐ。


 ムンシクの目を狙ったが、走りながら上下していた首が運悪く(・・・)下がり、鉈は馬人(ムンシク)(たてがみ)だけをバサッと斬り飛ばした。


「何をするんですか!キムさ」


 黙れ。貴様に発言権はない。


おうれぇあなぁ(俺はなァ)!!てめええぇぇ!?ミイをヤルんじゃゴルァ!殺すぞ!!!!」


 ここまでわかりやすく説明してやっているこの俺様の慈悲に涙を流して感謝しろ。さもなくば次は望み通り殺す。25ザムル如き、この俺様の食いカスを浚って生きているムンシクならば、グズグズ謂わずに黙って俺に献上するのがこの世の道理というものだ。


 鉈をムンシクの額に向けて俺が上位者であることを示してやると、ムンシクは彼我の格の違いを漸く思い出したらしく、歩みを緩めた。距離が離れていく。それでいい。愚物に物を教えるのは苦労するが、ムンシクのような無能にですら世の中の理を説けるのだから、俺様は指導者としての能力も一流だということが明らかになった。毎日毎日どこまで俺の優秀さが証明されていくのか、俺は自分が空恐ろしくなる。


 優秀な者にはその格に見合った休息が必要だ。俺はこの国のためにも、これから俺の命を洗濯()()()()()()()()()。これから女郎宿でミイを抱いて一晩中鳴かすという楽しみは、俺がしなければならない重要な仕事なのだ。


 ミイは一晩1500ザムルの超がつく高級女郎だ。ミイこそは俺様のような男に抱かれるべき女だ。そうだ。これは俺に課せられた使命なのだ。優秀な者はやらねばならないことが多くて困るぜ。


 空になった手押し車がガタガタキイキイと盛大に俺を褒め称える歌を歌っている。


 仕事も終え、金も手に入れた。まったくいい気分で、俺は今日三度目のアインツの城門を潜った。


 落ちた太陽の代わりに、空には赤く染まった月がかかっている。道をピンク色に染めて今夜の俺様の気持ちを盛り上げようとしている。これは俄然、やる気が出るではないか。


 天と、時代と、人に必要とされた天才。それが俺だ。高笑いが腹の底から自然と湧きあがってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ