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第七話 ヘブル

大変お待たせして申し訳ありません。

十万字突破いたしました。

 モコエ山の麓に、巨大な鍾乳洞がある。


 ザムル王国を北海から大森林まで貫く中央山脈に染み込んだ地下水とモコエ山の地下の火山活動が削った巨大な鍾乳洞には、外から流れ込む冷水が流れる「氷の川」と、地下から湧き出る温水が流れる「火の川」の二種類の水源が同居する、非常に珍しい環境が存在していた。


 「火の川」を流れる水は強い酸性を帯びており、この温水の中で生きていける微生物はほとんど存在しない。その強力な殺菌能力と卵を茹でることが可能な程の源泉の水温により、洞窟内は常に暖かく、かつ有害な細菌の少ない状態に保たれていた。


 一方で、「氷の川」は、中央山脈に降り積もった雪や雨が大地に注がれ、様々な泉や小川を経るうちに濾過され、ミネラルを濃く含んだ清浄な清水であった。


 このめずらしい鍾乳洞を運良く発見し、ここを種族の里にした者たちがいる。ドワーフである。


 ドワーフは男女を問わず人間種(ヒューマン)に比べて小柄である。人間種に比べて六割程度の身長で、しかし身体は頑強。手作業を得意とし、亜人の中でも特に手工業を好む(●●)性向のある種族である。この特殊な鍾乳洞は、彼らのものづくりに拘る性格を殊更に刺激し、ザムル王国内でも非常に珍しい一大地下都市をその胎に納めるに至っていた。


 まず、この地下都市にはザムル王国で唯一、上下水道が存在する。しかも、温水と冷水の二系統が標準で提供されている。


 ドワーフたちは、鍾乳洞の入り口付近、比較的標高の高い位置に豊潤に湧き出る酸性泉から流れ出る温水流に手を加え、各家庭を行き渡るように設計をした。入浴に使うだけでなく、多くの疫病の原因である排泄物や生活排水をこの温水で処理すると問題が発生しないことに気付いたのである。


 これを利用して各住居に備え付けられているのが温水泉を使用した水洗トイレである。常に流れ続ける温水泉に流した排泄物は、その強い酸にたちどころに殺菌され、悪臭を最小限に減じながら下流に流れる。汚水は下水管に集約され、最終的に鍾乳洞最底部の地下水脈へと流れ込んでいたが、地下水脈に流れ込むころには驚くほど無害な状態になっていた。


 その地下水脈は、海面よりも標高が高いせいでそのまま海まで続く。


 ドワーフたちは知る由もないが、彼等の排泄物を主体とした有機物は、地下水脈に淡水泥竜を呼び寄せており、これが水脈から地下都市への侵入者を防いでいた。


 また、山肌の小川から鍾乳洞への裂け目を伝って流れ込む冷水は飲用に適する清水であった。ドワーフたちは、鍾乳洞付近の川から用水路を設け、鍾乳洞内に落として(●●●●)そこに貯水池を作り、そこから各家庭に分配して冷水の上水道も整備した。


 この冷水は、水として飲用する以外にも、熱過ぎる湯をうめたり、酸性泉を使用できない料理や洗濯、金属の洗浄などに冷水泉の水は重用されていた。


 そのため、このドワーフの里『ヘブル』では、膨大な上下水管を手当てするために窯業が発達していた。下水道に酸性水を流すには腐食に強い陶器の配管が必須であった。新しい住宅を建てる際には必ず新しい上下水道の配管が必要になるが、それらの下水管は頻繁に交換をする必要があった。特に、温水には「火の川」の温泉水を使用している為『湯の花』に代表される不純物が多く含まれており、この不純物が、排水温度の低下や排泄物自体と反応して結晶化し、次第に配管の中で『詰まる』のである。


 清掃して詰まりを解消する方法も当初検討されたが、不純物が陶器の配管に固着すると除去に時間も労力もかかるため、へブルでは三年毎に配管を交換することになった。そのため、陶器の配管は日常的に生産する必要があった。へブルにはドワーフが約2万人が生活しているが、その半数の世帯が何らかの形で窯業に従事している。


 しかし、陶器を焼く『窯』そのものは鍾乳洞内では運用できない。自然と、へブルの鍾乳洞入口付近には様々な工房の窯が林立していった。道に沿って立ち並ぶ窯の姿から、へブルに至る小道は『焼き窯街道』と誰からともなく呼ばれていた。


 この街道をモコエ山頂からへブルに向かって降ると、山の中腹を過ぎたあたりで窯を炊いた煙が鼻を燻らし始める。そのまま更に降ると、視界がうっすらと煙で白く濁ってくる。その煙が黒煙になってきた頃、最初の窯に遭遇する。

 そう、いま目の前にある土と石で造った巨大な饅頭のような窯が代表的な奴だ。斜面に沿って三つ繋がって、それぞれの窯の側面の煙突から黒煙を吐いている。へブル独特の連続窯だ。


「本当に窯だらけだな。」


 カズト・シュトー会司が眼下に立ち並んだ煙突が、そこかしこから煙を吐き続ける景色を眺めながら物珍しそうに言った。俺が里を出たときよりもまたいくつか窯が増えているようだ。今は里からは遠い、若い連中の窯に火が入っている。ヘブルの入口にほど近い古窯はまだ火が入っていないようだ。


 懐かしい風景ではある。戻りたいとは思わないが、俺でも人並みに郷愁は感じる。そろそろ酒断ちの限界も近づいてきたところだし、強いやつを呷って胃の腑に火を入れたいところだ。


 丁度通りかかった窯の前で、側面に開いた穴をしきりに見ながら、薪を放りこんでいる一人のドワーフが居た。年は若い。30代手前くらいか。


 そのドワーフが唐突に薪小屋に駆け込んだ。暫くして小屋の陰から半分顔を出して、こちらを覗く。



「何モンだお前等」


 震えた誰何の声。手には半月斧を携えている。十名を超える異種族混合の集団が山を降ってくれば当然の反応だ。山から降って来て最初の窯は、魔物や敵の襲撃に対するカナリヤの役割を負っている。山から下ってきて最初に遭遇する窯、即ちヘブルから一番遠いところにある窯は、最も駆け出しの工房であることを意味する。ヘブルのドワーフ社会において最も強い力を持つ窯業組合において、その役割は謂わば当然のものといえた。


 その男を俺は知っている。


 グスタフ・ダール。俺の四歳下で、里では2軒隣に住んでいた近所の男。手先が器用なところはドワーフらしかったが、下戸で大人になっても酒が飲めるようにならず、そのせいで周囲に馬鹿にされて性格が小さくねじれてしまった。そんなグスタフが窯を持つまでになったとは見違えたものだ。


「グスタフ」


 俺は前に出た。背の高いムタリカ商会の面子に混じると、ドワーフの俺は見つかりづらいからな。


 いきなり本名を呼ばれたグスタフは、俺を見て目を白黒させた。


「・・・ガインさんですか?」


 半身を薪小屋から出して、俺とムタリカ商会のメンバーを交互に見まわしている。顔に逡巡が巣くっている。異種族が入り乱れた戦闘装備をした十二名だ。山賊だと思われても不思議はない。グスタフは知己の俺と他を交互に見ながら、不審者なのかどうか判断しかねているようだ。


「おう。こちらは俺が勤めている商会の皆さんだ。会長と話がしたいんだが。居るだろう?」


 どうせ暇なんだ。たまには仕事らしい事をしても罰は当たらないだろう。


 しかし、グスタフの返答は予想外だった。


「いや、いつもならそうなんですが。いまはちょっと手が離せないとおもいやすよ?」


 窯業協会の会長という、この小さな(●●●●●)ドワーフ社会の中だけの最高権限者。酒を飲むのと寝る以外に、仕事があるとしたら天変地異が発生したときくらいのはずだ。


「なにかあったのか?」


「ええ。四半日(三時間)ほど前ですかね。突然火の川が沸騰しまして。いま氷の川の水をぶち込んで冷ましているんですが。沸騰の勢いが強くて手を焼いているようです。」


「それはヤバいな」


 天変地異が起きていたようだ。火の川が沸騰すると、湯が供給されなくなる。湯が供給されないと言うことは、風呂に入れないだけでなく、水洗トイレの死を意味する。


 通気用の穿孔が岩盤の薄い箇所に幾つも穿ってあるといっても、鍾乳洞内は空気が篭る。水洗トイレが死ぬと、忽ちのうちに悪臭がヘブル中を埋め尽くす。それを放置すると、疫病が蔓延し、ヘブルは死の里となってしまう。


「その非常時に、おまえは何をしていたんだ?手はどんだけあっても足りないだろう」


「いや、会長は下層部に町を移設するには下水管が足りないから若い衆は下水管を今すぐ作れと・・・」


「チッ」


 耄碌爺が。相も変わらず冷静な判断力が失われていると見える。いや、そんなものは初めからなかったか。下水管を通しても湯が流れなければ意味がない。


「ん?ということは、いま町の連中は下層へ動いているのか?」


「そうです。」


「あー・・・ちょっと待ってもらっていいかなガイン君。」


 会司が右手を胸の高さに挙げて話に割って入ってきた。


「誰だいあんた」


 グスタフの斧を持つ手に力が入った。小心なのは変わってない。


「俺の上司だ。警戒しなくていい。」


「はじめまして。ガイン君の勤めるムタリカ商会という会社で会司をしております、カズト・シュトーと申します。今お話を横で伺っていたのですが、ちょっとご質問したいことがありまして。皆さんの町には大きなユバタケ・・・熱い湯がたまっている池があると伺っていますが、本当でしょうか?」


「もちろん。それが火の川の源泉になっています。」


 会司の丁寧な言葉遣いにグスタフが言葉のカドを自然と丸めている。会司のこういうところは天才的だ。俺なら釣られて言葉に険が出るだろう。


「その池は、日頃から硫黄の匂いがしますか?卵のような匂いです」


「もちろんです。火の川というのはそういうものですから。」


 会司の眉間に皺が寄って渋面になった。


「ガイン君。過去、街で不審な死に方をする人は出ませんでしたか。外傷もないのに息が止まっているような人です」


 ああ、それなら知っている。


「偶に、ですがでますね。我々は『戻り忘れ』なんて言うんですが。寝たまま起きてこなくなるんです。夜、夢の中にでていって戻れなくなってそうなるんです。」


「そういえば戻り忘れは昨日も出ました。比較的下層の住人でしたね。よくあむる事ですがそれが何か?」


 会司の表情が引き攣った。そんなまずいことを言っただろうか。


「ガイン君・・・それはよくあっていい事じゃないぞ。有毒ガス中毒だ。・・・グスタフさん。それで、氷の川の水をユバ・・火の川の源泉に入れる作業はどうなっているのでしょうか。」


「あまり進んで居ません。近隣の家からバケツで汲んでは水を足して居ますが、源泉の周囲がとても暑いので長時間作業ができません。源泉自体、かなりの広さがあります。」


「そ、そんな焼け石に水な方法で・・・外から直接流し込むわけにはいかなかったのですか」


「そのためにいま窯に火を入れようとしているんです。」


「窯に火を??焼き物を焼くのですか?なぜです?」


「新たに外の水源、川ですが、そこから水を引いて源泉の上の通気口から流すためです。水道を通すための管を焼く必要があります。」


「そ、それはすぐに終わるのですか?」


「これから素焼きをして、そのあと釉薬を塗って本焼きなのでそうですね。最初の管ができるのに10日くらいでしょうか」


「えっ?!既に外の水源からの配管はしてあったのでは?それのルートは変えていないのですか?」


「変えられるものはもう変えてあるのですが、それでは水量が足りないのです」


 会司が絶句した。ぼそっと「ダメだそれは終わった」と呟いたようにも聞こえたが・・・


「あー、ガイン君。うちにドワーフは何名くらい在籍しているのかな」


「うちっていうのはムタリカ商会ですか?」


「そう」


「全部でなら10名弱でしょうか。物流にもいますので。」


「全員このヘブルの出身者?」


「たぶんそうだと思います。竜王国や聖教国から流れてくるドワーフはそれほどいません。私もここで産まれました。町で産まれるドワーフもいますが、ルーツは殆どがここ(ヘブル)になると思います。」


「たぶん、だけど。ヘブルは結構やばいことになっている。このままだと火山性ガスが充満して下層に避難したひとたちは全滅するかもしれないよ。」


「全滅ですか??」


 万を超えるドワーフが?避難したのに?


「今外に出てる人は助かるかもしれないけど。中の人はね。下層に逃げているのが最悪だ。ドワーフは火山性ガスでも死なないのかと思ったがそうでもないようだし。」


「会司。かざんせいがすとは何でしょうか。」


「腐った卵みたいな匂いのする空気がそれだよ。毒だ。水に溶けるんだが、水がなくなると大気にそのまま放出されてると思う。重いから、下層にたまるはずだ。」


「し、しかし、今まで住んでてなんと言うこともなかったのに。火の川の湯は、風呂に使えば皮膚病をたちどころに治す湯治効果もある薬湯なんですよ。毒だなんて言いがかりにしてもひどい話じゃないか!」


 グスタフが怒りを露わにする。俺が奴の立場ならおそらく同様のことを言っただろう。しかし今の俺はムタリカ商会側の者で、なんの目的でヘブルに来たのかも知っている。だからこそわかる。こんな話で相手を騙しても会司はなんの得もしない。それ故、ヘブルにどんな危険が迫っているのか非常に気になる。


「黙れグスタフ。会司はそんな方じゃない。」


 グスタフが鋭い目線を俺に向ける。


「黙れるかよ!アンタだって何年も何年もでてったきりで居なかったくせに!帰ってくるなり変な連中と一緒になってヘブルを貶めようってのは大概だな!?」


「我々は皆さんの里を貶めようとなど思っていません。今回伺ったのは、作っていただきたいものがあったからなのです。薬と毒は表裏一体ですから、火山性ガスの毒の成分は水に溶けると殺菌力のある薬となるのです。湯に薬湯の効果が表れるのは当然です。」


「知ったようなことをいうんだな。あんたここに来たことあるのか?」


「いえ。ここにはありませんが。おんせ・・・薬湯が出るところは色々と知っていますので。」


「会司。ちょっとご報告したいことが。」


 アインツ本店の支店長、ラウルが会司の背後から耳打ちした。


「なんだ?急ぎか?」


「はい、かなり」


「すみません。グスタフさん。少々お待ちください。」


 会司が後ろに下がった。ラウルがぼそぼそと小声で報告を始める。細かい話までは俺に聞き取れない。おそらくグスタフに聞かせないようにしているのだろう。


「で?何がほしくて来たんだ?」


 グスタフが疑念を満たした眼で俺を見た。


「ん?俺にもよくわからんのだが、魔道具だそうだ。羊皮紙を複製するんだとか」


「魔道具はドワーフには作れないぞ?」


 その時、何かが聞こえた。甲高い人の声のような高い音。前方、ヘブルのほうからだったように思えた。


 はっと顔をあげても、左右に窯焼き小屋が立ち並ぶ雑然とした『焼き窯街道』と、立ち上る煙、そしてグスタフが見えるだけだ。


「どうした?」


「いや、何か今聞こえなかったか?」


「何が?」


「高い誰かの声のような・・・」


 空耳にしてははっきり聞こえたが・・・。


「そうか。わかった。この中で飛べる者は?」


 ラウルの報告が終わったようだ。会司がムタリカ商会(うち)のメンバーを見回して言った。


「私です」


 竜人のバイツ支店長、ダーラーが手を挙げる。


「上空からヘブルの偵察を頼む。水源の位置の確認と、ヘブルの内部に通じる通気口との相対位置を確認してくれ。水源は、水量がかなりある水源との相対位置を確認してくれ。」


「わかりましたが・・・なぜですか?」


「済まない。時間が惜しい。質問は後だ。ガイン、ヘブルの方角は?」


「え?ああ、あっちですが・・・」


 俺は立ち並ぶ焼き窯小屋の先を指差した。


「よし、いってくれ、ダーラー。どんな状況であっても、絶対に中に入らないように。いいか。絶対にだ。水源の位置を確認したら必ず帰ってきてくれ。」


「はい」


 不思議そうな顔で、ダーラーが竜翼を大きく広げて俺が指さしたほうへ飛び立っていく。


「フィルディナンド。ダニエラ。ヴァネッサ。魔法で毒や状態異常の回復はできるか?」


「はい。私とヴァネッサはできますが・・・」


 ダニエラさんがそういってフィルディナンド支店長を見た。


「私は回復(キュア)はできますが毒や状態異常からの回復はできません」


「水を操ることはできるか?大量の水だ。川の流れを変えられるかと聞いたほうが早いか?」


「川の流れを変えるのですか?水の精霊と会話することはできますが、川の水の流れを変えるほどの魔力はありません。」


「魔石の魔力を投じたらどうだ?」


「不可能ではありませんが・・・かなりの数が必要になってしまいます。」


「OK。わかった。」


「ちょっと待ってくれアンタ。何を勝手に始めてるんだ?」


 グスタフが会司に詰め寄る。空に舞い上がったダーラーを見て、一人、二人と街道に他の窯のドワーフも出てきた。我々を視界に入れると、不審げにこちらに歩いてくる。


「グスタフさん。うちの狼人が、かなりの数の悲鳴が上がるのをヘブルの方向から聞きました。今の状況で考えられることは何でしょうか。」


「会司!?」


 悲鳴がヘブルから?赤色熊が迷い込んだ程度ではどうということもない町なのに複数の悲鳴とは尋常ではない。


「悲鳴だって?それは男のものか?女のものか?」


「どちらも混ざっていて、多数。それも10や20ではないようです。外からの救護が必要なのではと考えますが、我々と一緒に戻りませんか?」


 20を超える要救護者など普通ではない。本当ならいますぐにヘブルに向かうべきだが、状況は簡単にそれを許しはしないようだ。


「どうした、グスタフ」


 先刻街道に出てきたドワーフが斧を手に集まってきた。


「いや、こちらの方々がヘブルから悲鳴を多数の悲鳴が聞こえたとか言うんですよ。元は製作の依頼があってのお尋ねのようなんですがね。」


「先刻空を飛んで行ったのはそれか」


「急を要すると思いましたのでうちの竜人に様子を確認するために行かせました。」


「勝手なことされちゃあ困るね。ここは我々の里だ。」


 ずい、と後から出てきたドワーフがグスタフの前に出る。体が一回りグスタフよりも大きい。俺は見たことのない顔だ。


「今は取り込み中なんでね。お客の相手をしている状況じゃないんだ。お引き取り願えるかい?」


 手に持った石斧を会司の鼻先に突き出して、そのドワーフが言った。


「手前ェっ!」


 下手に出ていればつけあがりやがって・・・と、俺がその斧を奪おうと腕に力を込めたとき、横合いからその石斧を蹴り飛ばした踵があった。踵は石斧を粉々に砕き、そのままそのドワーフの顔に真っ直ぐめり込んだ。


「んだコラァ!つけあがってんじゃねえぞ!」


 凄みを利かせたのは当支店の紅一点、ナズィ・ベガーハだ。


 蹴りを鼻っ柱に叩き込まれたドワーフは、そのまま鼻から盛大に血を垂れ流しながらひっくり返った。しかしそれで許すナズィではない。


「手前ェ、うちの会司に(ヤッパ)向けといて、五体満足で帰れると思ってんじゃねえだろうなァ?」


 完全に脳髄に着火(バーサク)している。そいつは最初の蹴りで昏倒していたが、ナズィは髭を掴んで引き起こし、鳩尾に膝を蹴りこんで無理やり意識を回復させた。蹴られたドワーフは「ぐぇ」とでかいカエルのような声で鳴いた。


「あー。ナズィ君。そのくらいにしておいて。殺すと面倒なことになるから。」


「えっ?お許しになるのですね。さすがは会司です!」


 ナズィが足が浮くまで持ち上げていたドワーフの髭を離した。そいつはべちゃりと潰れるように地面に蹲った。絶対にわざとだ。


会司はその潰れたドワーフの顔を覗くようにしゃがみ込み、目をにっこりと細くした。こんなに落ち着いている辺り、会司はそれなりに荒っぽい事も経験があるのだろうか。意外だ。


「我々は取引に来たのですが、刃を向けるなら相応の対応を取らさせていただきますよ?」


 ナズィに蹴られたドワーフは蹲った衝撃で再度昏倒したのか、会司に返答ができる状態ではない。


 相応の対応といってもかなりやっているが、先に刃を向けたのはコイツらだからなのか、不思議と出身者の俺でもそんなに腹は立たない。


「な、何が目的なんだ!」


 グスタフが声を震わせた。


「いえ、なにも?普通の鍛冶仕事をお願いするつもりだったのですが、そんな状況ではないようですね。微力ながら、我々にお手伝いできることがあればと考えているのですが、こう邪険にされてはなかなかすすみませんね。やはり、会長さんと直接お話しさせていただけませんか?」


 グスタフの怯えた目がうちのメンバーを改めて見回す。おっかないのは当然だ。アマゾネス(バーサク付き)、エルフ×3、竜人、狼人、オーク、牛頭人、人間×3、そして俺。実態は都会の雇われ人なのだが、この状況で眺めればかなりのヤバい戦力だ。山賊なら女子供をどうやって逃すか大騒ぎになって、腕が立つ者でも死者が出る事が前提の決死隊が組織される程の顔ぶれだ。


「大丈夫だ。俺らはカタギだから。里のモンに迷惑はかけねえよ。」


 顎でグスタフの背後に続くヘブルに続く道を促してやると、グスタフは漸く何かに思い至ったのか、踵を返して歩き出した。


「ついてこい。入り口迄は案内してやる」


 そこからヘブルの入り口まで歩いて十分程の距離のはずだったが、五分も歩くと状況は一変した。


 ドワーフ達がヘブルの方向から流れ出てくる。皆身体のあちこちに火傷を負っている。女は幼児を抱き、若い男は老人を背負っていたが、老若男女等しく、皆何処か火傷を負っているのは変わらない。


「ど、どう言う事だよこれ!おい、お前大丈夫か?!」


 グスタフは道に座り込んだ男の肩を揺さぶるように叩いた。しかし反応はなく、男はそのまま力なく道端に倒れた。男の顔は水疱に覆われて表情の一切が読み取れなくなっている。


「な、なんだこれは!」


 グスタフが自らの両の掌を見て叫んだ。手には揺さぶった男の肩の皮膚が剥がれてべっとりと貼り付いている。男は倒れた後もぴくともしない。もう既に黄泉の国に引っ越し済みのようだ。


 グスタフは驚愕に心を支配されて言葉を失っている。小心者なのは変わっていない。今重要なのは驚愕することではなく動く事なのだが。


「みんな、集まってくれ」


 会司が両手で手招きして全員を集めた。


「可能な限りの命を救う。ダニエラ。ヴァネッサ。救護を頼む。数を捌いてくれ。完全回復させる必要はない。救命だけに専念。すでに死んだものと、落命の危険が無いものは放置して構わない。」


部外者の会司の方が今すべきことが分かっている。年はそう変わらない筈だが、この差は経験から来るのか、それとも持って生まれた器量なのか。


「はい」


「仰せのままに」


「ラウルとエゼキレルは、ダニエラとヴァネッサのサポート。くだらん我儘を抜かす奴は排除して構わない。但し、殺すな。」


「承知しました。」


「構いませんが、お二人の方が俺らより強いですよ?」


 エゼキレル支店長が両手を広げた。


「見た目が厳ついのはおまえたちの方だ。魔法が使えるエルフ二人は救護に専念させたい。おそらく邪魔者を一人退けている間に一人死ぬ。そこを二人で引き受けてくれ。」


「了解したよ。会司。ラウル、お二方、そこの窯場使おうぜ。」


 エゼキレルは手近の空いている空間が広い窯場を指さした。エルフの二人を中に招くと、門袖に立って「まだ生きている奴は順番に並べェ!」と、怒号を発して空間を震わせた。


「マモとワレンティンはダニエラの救護組で魔法を使わない手当てに参加。特に患者の選別(トリアージ)をやって救護を効率化しろ。」


「応」


「了解」


 マモ支店長とワレンティン支店長も窯場の門をくぐる。


「フィルディナンドとモーリーはダーラーが戻ってくるまで待機だ。魔法は使うな。隠れていろ。モーリーは魔石を100個ダニエラ組へ回したのち、魔石をフィルディナンドに渡して、その後は救護組へひたすら冷たい水を運べ。」


 モーリーは黙って頷いた。荷物持ちになってからあまり喋らなくなっている。無駄話がなくて助かる。


「ダニエラ組は魔石の魔力をカラにして構わない。自分の魔力はできるだけ温存してくれ。ガインとナズィは俺と一緒にドワーフの長と交渉だ。何か質問は?」


「なぜ私は待機なのでしょうか」


 フィルディナンド支店長が手を挙げた。


「うん、それはね」


 会司はちらとグスタフを一瞥すると、フィルディナンド支店長に何事か耳打ちした。


「そんな事を!わかりました。待機します」


「他には無い?じゃあ始めよう。ガイン、ナズィ、会長とやらを探そう。まずは話ができる救護者から情報を取ろう」


「ハイッ。頑張ります!」


 ナズィが無駄に腰をくねらせてやる気を出している。しかしナズィは会長の顔を知らない筈だ。会司は護衛の役割でこっちの組にしたんだと思うんだが、分かっているのだろうか。


 周囲は鍾乳洞から吐き出されてくる傷ついたドワーフたちであふれかえっている。エゼキレル支店長が一喝したので漸く流れが産まれ始めてはいるものの、火傷の苦しさに正気まで焼かれて生ける死体(リビングデッド)と化して、野放図に街道をうろついているのが殆どだ。会長はこの中(カオス)にいるか、それともまだ鍾乳洞(ヘブル)の中か。おそらく後者だろう。


 手近な窯場で始めたダニエラさんとヴァネッサさんの救護所ではマモ支店長とワレンティン支店長が交通整理を始めていた。広場に要救護者を自分で歩ける者と歩けない者に分けて三列ずつに並べ、ヴァネッサさんが歩行可能な者、ダニエラさんが歩行不能者の間をそれぞれ動きながら治療をしていく。


 魔法の力は凄まじい。歩ける者の中でも呼吸に問題が出ている者や、上半身に重度の火傷を負った者など、死神に魅入られている者は多い。普通だったら間違いなく一日以内に死亡しそうな者も、次々と回復させていく。治療された者は、完全回復ではないものの死神が去った事を実感するほど楽になるらしく、狂喜してヴァネッサさんを崇め始める者も少なくない。


 ダニエラさんは息が辛うじてあるだけの瀕死の者か、脚に重篤なダメージを負った者を担当している。右手には魔石、左手の掌は患者の胸に置き、症状に応じて毒解除や回復をかけていく。


全く動けなくなっていた患者が、ダニエラさんが一時前に立つだけで立ち上がれるようになる。


そうして治療の終わった者を有無を言わさずマモ支店長とワレンティン支店長が連れ出して次の者と入れ替えていく。


 俺はヴァネッサさんの治療が終わった壮年のドワーフ数人に話を聞く。会長は何処で何をしているのか。里は今どうなっているのか。はたして知らされた話は驚くべきものだった。


 異変が起きたのは今日の昼ごろ。沸騰が激しくなった源泉が加熱した蒸気を吐き出し始めると、ヘブルの火の川の源泉に近い上町の気温が上昇した。もとより上町は暖かいところではあったが、この異変により住民が住んでいられないほど蒸し暑くなり、女子供と老人を中心とした住民が下層に避難し、若い男が氷の川の水をバケツで投入する作業の為、上町に残った。数多くの住民が避難した為、下層に建築中の住宅に入りきれるはずもなく、当初はまだ未開拓の鍾乳洞に幕を張って野営するようなピクニックの雰囲気が漂っていたが、昏倒する者が続出すると様相は一変した。


 たまに町の一人が永遠に眠ったままになる『戻り忘れ』とは明らかに異なり、年齢や性別に関係なくバタバタと倒れていくその様は、パニックという火薬に点火する撃鉄となるには十分すぎた。


 悲鳴が上がり、走り出そうとしたものがまた昏倒し動かなくなる。


 その様を見たものは、取るものも取り敢えず走り出し、二次災害、三次災害を誘発させていった。


 やがて、下層に走ると倒れる(●●●●●●●●●)らしいということが分かると、避難民は一斉に上町へ走り出した。


 恐慌状態に陥った避難民は、上町に残った若い男たちのバケツリレーの流れをたちどころに粉砕し、焼け石に注ぐ水すらも止まり、一気にヘブルの上町の気温は加熱した。


 源泉のそばで汗だくになってバケツリレーの指揮を執っていた窯業協会の会長、マウリ・オルセンは事態の収拾は不可能と判断し、全員にヘブルの外へ脱出するように命じた。


 大凡、それがほんの一刻ほど前のことだという。


「会長のジジイは今どこに?」


 何人にも訪ねたが、皮膚が水膨れになるほど猛烈に高い気温とパニックで混乱を極めた状況で、みな自分が逃げるのに精いっぱいでマウリがどうしたか覚えているものはいなかった。


「どうします?会長は多分源泉の近くにいるとは思うのですが」


 そうは思うが、生きていない可能性のほうが高いのではないだろうか。殺しても死にそうにないジジイなのだが。むしろ、何十年も安定していた源泉が急に加熱したのは何故なのかが問題だ。魔物か外敵の可能性があるのではないだろうか。


 そんな俺の推測を知ってか知らずか、会司は、うん、と頷いて、


「ダーラーは戻ったかな?」


 と、首を巡らせて天を仰いだ。ちょうど、竜翼をはばたかせてダーラーが戻ってきた。


「水源の位置、および通気口を確認しました。」


「どうだった?水源には大量の水があるかい?通気口はどんな様相だい?」


「水源は割と大きな川が近くにあります。ドワーフが作った水路が水を採集していますが、それはほんの一部でした。あとは通気口ですが、・・・というより、煙突というべき穴が、100や200は空いていましたが、異様な臭いと熱を勢いよく放出していました。一番近いもので水源との距離は20歩ほどでした」


 うん、なるほど、と会司は納得したような顔をして


「フィルディナンドを水源と通気口に近いポイントに連れていってやってくれ。後のことはフィルディナンドに任せて、ダーラーはフィルディナンドを護衛するように。」 


「いきます。ダーラー支店長、護衛よろしく」


 そういうと、フィルディナンドはダーラーに促されて町のはずれのほうへ向かっていった。


「俺たちはヘブルの入口だ。」


「しかし会司、中はこいつらが火傷するほどの熱さです。入れないと思うのですが」


「ん?」


 会司は悪戯っぽく口端を上げた。


「だったら気温を下げればいいんじゃないか?」


 すぐに『ヘブルの顎門』といわれる鍾乳洞の入り口に至った。いつもなら町から出てきたドワーフが皆、太陽にちょっと目を眇めていくそこは、動かぬ死体の絨毯が敷き詰められていた。モコエ山を横に切開したように開く鍾乳洞の入り口は、今や土塊の巨大な魔物の口のように見え、事実、女とも男ともつかない唸りが、オオオオオオオオと、奥から響いている。こんな音が平時のヘブルで発せられる事はない。


魔物がいるのは確定のようだ。そうとしか考えられない。しかし何処から湧いたのか。生存者の話に魔物に襲われたという話はなかったが。


「か、か、会司??幽霊(ゴースト)でしょうか?」


 ナズィが会司にしがみついた。しかし上気して頬に少し紅が差している。やれやれだ。


 異質なのは気温だ。鍾乳洞の底から猛烈に『熱い』風が吹き出している。既にこの気温は夏の酷暑などという次元を超えている。まだ中に入ってもいないのに、巨大な焚火が目の前にあるかのような熱さ(●●)だ。もはや中は生物が生きて行ける状態ではない。やはり幽霊、それも熱に耐性のある死霊の類がヘブルに巣食ったのか。


「会司。やはりこれでは中に入れません。」


 入ったら数秒で全員茹って蒸しパンになる。


「うん。多分もうすぐ・・・何とかなると思うよ。ガイン君さあ。いまさらなんだけどきいていいか?」


「ヘブルの町っていうのは、地下都市なんだよね?雨は降らないよね?」


「はい。雨が降ることはありません」


「そこをあえて、雨が降ったら何か問題あるかな?」


「うーん・・・そうですね」


 ヘブルに雨が降ったら?考えたこともなかった。


 ドワーフたちが住む住居は防犯対策で上部が空いていることはないが、亜人や動物が入らなければいいので板が適当に打ち付けてある程度だ。雨を逃れるための精緻な細工はよほどの家でなければしていない。耄碌爺の家くらいか。


「色々とあるとは思います。火種は全滅するでしょうし。家の中は水浸しになりますが・・・」


 俺の目の前には力尽きたドワーフたちの死体が累々と続いている。


 いつもなら雨が降ればヘブル中がひっくり返ったような大騒ぎになるだろうが、それとて誰かが死ぬような話ではない。


「この状況に比べたら、何ほどのことではないとは思います。」


 これだけはまずい。


「しかし・・・酒甕に水が入るのは、問題が大きすぎますね。」


 そのとき、ドン、と低くて重い爆発音が響いた。


「きゃっ?な、何でしょうか会司??」


 ナズィが豊満な胸を押しつけて会司の二の腕を挟んでいる。なにが「きゃっ」だ。コイツにもそんな音声を発する機能が付いていたとは知らなかった。どうせ魔物がいてもその爪で内臓を掻き出すつもりなのだろう。余裕綽々だ。


「うーん。たぶん、雨が降り出した音、じゃないかな・・・?ほら雲だ」


 遠い鍾乳洞の天井に、白い靄が鍾乳洞の奥から天井を這うようにせり上がって来た。


「避けよう。危ないよ」


 会司に促されてヘブルの入り口に立っていた俺たちは、少し場所をずれて脇の壁の前に移動した。

 最初、ヘブルの顎門から糸のように立ち上っていた靄は、勢いとともに濃度と厚みを増し、先ほどまで響いていたものよりも高い音を立てて吹き出すようになった。遠くからウォーという低い魔物の雄叫びのような音まで聞こえて来る。いま、ヘブルになにがいるのか。音を出すなら幽霊ではないのだろうか?いや、複数魔物が居る可能性もある。まさかドラゴン級の魔物でも居るのだろうか。


「会司。こいつはいよいよヤバいのでは?ダニエラさんかヴァネッサさんは必要ありませんか?」


「あ?なんで?あいつらは救護だろ」


 この状況、明らかにヤバい。会司はわからないのだろうか。ナズィは腕に覚えがあるから平気な風でいるだけだ。光の剣でやれるつもりなのだろうか?しかし死霊には魔法を使うのもいるという。会司は戦闘そのものには強くないはずだ。


「いえ、どんな魔物がいるかわからないではありませんか。ヘブルのこの状態は明らかに普通ではありません。戦闘に長けたエルフの方がいたほうが・・・」


 この中にいるとしたら、会長など生きてはいまい。死霊に魂を食われているか、魔物に肉体を食われているかのどちらかだろう。あきらめたほうが早い。


「大丈夫だ。これはスイジョウキバクハツだから。」


 なんだって?何か意味不明の言葉だ。魔法の真言かなにかだろうか?


「スイジ・・・?何とおっしゃいました?」


「スイジョウキバクハツだ。魔物でも幽霊でもない。しいてこれの原因を挙げるなら・・・俺かな」


 会司はくつくつと可笑しそうに笑う。


「お戯れを」


 会司がこの靄の原因なんてことがあるはずがない。ずっと俺たちと一緒だったのだから。


「いや。俺だよ。そろそろこの白い靄も収まるさ。爆発自体も思ったよりたいしたことない(●●●●●●●●)しな。ほらな。」


 会司が『ヘブルの顎門』を指をさすと、見る見るうちに吹き出す白い靄が少なくなっり、すぐに靄は見えなくなった。


「さて、いこうか。もう入れるだろう」


「ハイっ」


 歩きだす会司の腕に、ナズィが再びしがみつく(●●●●●)


 俺も続くが、膝がカクカクと笑っている。ヴルカヌスほどの気絶しそうな気配は感じないので竜が居ることはないのだろうが、死霊神官(リッチ)や吸血鬼等の上位種族がいた場合は俺では何もできない。竜でなければ大丈夫というわけではない。


 『ヘブルの顎門』を潜ってヘブルに繋がる曲がりくねったトンネルを進む。そこらじゅうに老若男女のドワーフの死体が転がっている。胃が食ったものを嘔吐しようとするが、気合いで押し返す。その作業を何度か繰り返すうちに、死体を見るのにも慣れてきた。


 先ほどまで焼けるように熱かった気温は、いつものヘブルよりちょっと暑い程度まで下がっている。湿気が強く、顔や腕にすぐ汗が噴き出したように水滴がつく。


 もうすぐ城壁のはずだ。ヘブルの城壁は町に通じるトンネルが鍾乳洞の大きな空間に繋がる箇所に、ドワーフ五人分程度の高さのものが建設されている。


 トンネルは大型の攻城兵器が通れないよう、高さを抑えられており、投石器の射線も通せないように曲げられてある。トンネルの内側に城壁を作れば、ヘブル全体を囲う城壁を建設する必要もない上に、外敵の侵入ルートを一つに限定できることで守りがやりやすいからであった。その城壁にはドワーフ謹製の防御兵器が組み込まれており、野盗程度が何十人徒党を組んだところで、その程度の生半可な攻勢ではビクともしない強固なものとなっていた。


 しかし、今やそのヘブルの守りの要である城壁も無残な姿を晒すのみとなっている。


 城壁の中央上部に組まれていた櫓は跡形もなく吹き飛び、城壁の前に、かつて櫓「だった」ただの瓦礫となって散乱している。城門の落とし格子はあげられたまま、内扉も開きっぱなしで誰も立番に立っていない。


 城壁自体のダメージも大きい。櫓があったところから左右に大きな亀裂が二筋走り、その亀裂から外側へ捲れるように城壁が破壊されていて、崩れた城壁の断面から内部に仕込まれていた強弩弓などが覗いている。


 そして、敗戦して略奪され尽くした都市のそれにしか見えない城壁の向こうに、異質なものが蠢いている。


「なんだ?!」


 巨大なスライム・・・いや?水の魔物か?


 巨大な蛇状の液体・・・まるで水でできた蛇のような・・・が、鍾乳洞の天井に穿たれた通気口から不自然に(●●●●)うねりながら火の川の源泉の上まで渡っている。天井の通気孔を蛇の尾とすれば、源泉の上は頭だ。その頭部分から、水は本来の形を思い出したかのようにざあざあと流れ落ちている。


源泉からいつも吹き出している噴気と水が混じり合っうブクブクという音が、静まり返った鍾乳洞に響いている。


 この水の蛇が魔法の仕業によるというのはわかるが、規模がでたらめに大きい。このように大量の水を動かすには、一般的な魔力もちにはたまったものではない。あっと言う間に魔力を使い果たして人事不省に陥ってしまうはずだ。


「ハハッ。すげーな。こりゃお伽話だ」


 会司がやおら目を輝かせた。


「フィルディナンドもやっぱりエルフだねぇ。魔法を使わせたら凄いもんだ。」


 フィルディナンド?あいつにこんな強大な魔力があるとは聞いていない。エルフの50歳はまだ子供扱いと聞いたことがある。そのくらいのエルフは魔力がろくに育っておらず、簡単な魔法以外は行使できないはずだ。


「会司がフィルディナンドにこれを命じたのですか?」


 ナズィが水の蛇を指差して言った。


「そう。今日手に入った魔石の半分使い尽くしていいからって言ってね。魔石の魔力ってのは凄いんだねえ。」


 今日は魔窟(ダンジョン)の第一層でムタリカ商会有志による次期新事業のための魔石狩りの予定だった。


 しかし、ヴルカヌスはどういうわけかヴァネッサさんを気に入っているらしく、快気祝いなどという竜にあるまじき理由で魔窟に竜の吐息(ドラゴンブレス)を吹き込み、第14階層までの魔物を悉く魔石とドロップアイテムに変えてくれた。


 おかげさまでというべきかそのせいでというべきか、何の苦もなく目的の大半を達成してしまった我々は、大幅に予定を繰り上げ、本来のスケジュールでは明日到着予定のヘブルに今日、たどり着いたのである。


 魔石は当初予定の30倍もの量を獲得することになった。ドロップアイテムと魔石を納めるはずだった行李は魔石だけで満載になり、ドロップアイテムは荷物持ち担当のモーリーだけでは物理的に持ち切れず、蔦で作った即席の網を作り、全員で小分けにしてここまできたのだ。


「折角の魔石を半分使ってしまうのですか?」


 ナズィ、訊くのはいいが、なぜそうやって上半身と小首を傾けて可愛さを演出しようとする。似合わん。


「うん。どの道、魔道具には精霊の依り代になる(カラ)の魔石が必要になるからね。一石二鳥、いや、三鳥になるかもしれないね。」


 ふふん、と会司が機嫌よさそうに笑った。


 キラキラと水の音だけが遠くまで響いている。


 王都のものより二回り、三回り小さいドワーフサイズの建物が立ち並ぶヘブル。会司やナズィにしてみたら小人の町に見えるだろう。いつもなら昼夜関係なく飲んだくれのダミ声で喧しい町の喧騒はどこにも無く、ただ透き通った音だけが響いている。魔物の邪悪な気配はない。


 昨日にはそこにそうある事が当たり前だったであろうヘブルの町並みは、今となってはひどく所在なさそうに汗をかいて佇んでいる。


 ヘブルは俺自身が生まれ育った町だ。だから見慣れていた筈のその景色に郷愁の一つも湧いてこないことが、少しばかり苦い罪悪感を俺に感じさせた。


 今となっては家族がいるわけでもないしな。俺の生活はあの時に全て王都に移したのだから当然だ。


 そう自分に言い聞かせて、俺は城壁をくぐった。


「こっちです。氷の川から源泉に水を運ぶなら場所は一箇所しかありません。」


 俺は左手に火の川の源泉を見ながら奥へと進む。元々、ヘブルに湧いていたのは火の川だけだ。氷の川は生活の為に外から通気口のひとつに水を引き、そこから鍾乳洞の中に水を落として人工の池に溜め、ヘブルの各世帯に分配される。その人工池のある場所が、源泉と距離が一番近い。あの耄碌爺がバケツリレーの監督をしていたとしたらそこしか無い筈だ。


 見慣れた筈のヘブルの町。しかし今やそこら中に死体が転がる死体安置所(モルグ)と化している。皆城壁のほうを向いて倒れている。逃げる間に死んだのだ。皆外傷はない。死体としては非常にきれいだ。魔物が出たのではないのか。だとしたらさっきのすごい音は何だったのだろう。


 源泉近くの上町は、道という道に水が流れて水浸しになっている。フィルディナンドの水の蛇が源泉に大量の水を注いでいるせいで溢れているのだ。水浸しの道を通って上町の裏手へ回ると、直径10歩程の小さな池があった。氷の川の源泉となる池だ。


 天井の通気口からざあざあと水が降り注いでいつもの様に水面が漣立っているが、若い男と思われるドワーフの死体が4人分、池の中に浮いているのがいつもと異なっていた。


「これはいかんな。水が使えなくなっちまう。」


 この池はヘブルの上水源だ。死体なんぞが浮いている水を上水に使ったらどんな疫病が蔓延するか分かったものではない。


「このドザエモンの中には、会長はいないのかい」


「はい、全員若い死体ですから」


 水死体のひとつの足首を掴んで引き寄せ、両脇から腕を回して引き揚げる。死体は見かけ以上に重い。とりあえず水死体は全員分水から揚げてしまおう。


「・・・・浮いているな」


 二つ目の死体に手を伸ばしたとき、会司が呟いた。


「何がですか?」


「死体が、さ。溺れて死んだのなら、水吸って沈むはずだろ。水死体が時間が経って浮いてくるのは腐って膨張するからだけど、ついさっき死んだ死体が浮いてるってことは、溺れ死んでいないって事じゃないか?」


「はあ、それはあるかもしれませんね。暑くて耐えられなくなって、水の中にに逃げたが、が・・・がず?


「ガスな」


「ガスを吸って死んだと・・・ナズィ、そっちのソイツ、揚げてやってくれよ」


 俺がナズィの近くに浮いている死体を指差すと、ナズィは心底イヤそうに顔を歪めた。


「やだ死体とか超キモい」


 おまえさっき素手で赤色熊を屠殺して解体してたよな?!


「これかい?」


 会司が水面に漂う死体に手を伸ばそうとした。


「やめて下さい。こういうのは私の仕事です。」


 光の速さでナズィが死体の髪を掴み、水面から瞬く間に二体を放り出した。死体は火の川の源泉側の土手にぶちあたって、ばきごきと曇った音を立てて転がった。


 ま、まぁ死体だしな・・・・


「・・・で、会司?溺れてなくてガスで死んだとしたらどうなんです?」


「うん。なんでその会長さんがここにいないのかなってことさ。バケツリレーの指揮してたとしたらここにいたはずだろう?爺様なんだから暑くなったら最初に水の中に入れられてもよさそうなのに」


 確かに。水に浮いていた死体には殆ど火傷がない。おそらく耄碌爺も水の中にいただろう。その爺がここで土左衛門になっていないということは。。。


「先に逃げたんじゃないですか?」


「そうならまだ俺たちも楽なんだがな」


 そういうわかりやすい小物はドワーフの頭にはなれない。ヘブルが危機に至ったなら、最後の者が逃げてからでないと逃げない頑固者、そんな奴がなるのだ。あの耄碌爺もその典型だ。だから、まだこのヘブルに残っていると確信できる。生きているか死んでいるかは知らないが、逃げてはいない。


 だから、答はこれだろう。


「下町に避難していた者たちが上町へ溢れて作業は放棄されたのですから。あの爺は下町へ行ったのでしょう。」


「自分で作業放棄の指示をしておいてそんな事をするかい?」


「自分の指示で下町に避難していたはずの避難民が上町に溢れた(●●●)んです。間違いなく異変の原因と残存者を確認に行くでしょう。」


「間違いなく?」


「はい。間違いなく」


「ふふ、慕われているんだな。」


「いや、そうではないと思います」


 馬鹿だと周りにばれているだけだ。もっと上手い立ち回りをする者もいるし、そちらのほうが組織は拡大するだろう。


「じゃあ下町に行こう。この分だとユバタケは大丈夫そうだしな」


 源泉は大丈夫かもしれないが、上町の建物はそこら中で浸水しているだろう。ヘブルは雨が降らないことを前提としている町だ。床は水浸しになって、食い物などにかなり影響が出ているに違いない。尤も、これだけ住民が死んでしまっては些細な問題だが。


 道端には相変わらず死体が転がっている。年齢・性別に隔てなく、等しく平等に。


 俺でも時折吐き気を催すようなこの惨状を前に、あの爺は正気を保っていられるのだろうか。


「ハイっ。行きましょう会司!」


 ナズィがニッコリ笑って会司の腕に縋り付き。「で、どっちよ。」と、俺にジト目を寄越す。


「はぁ、ついてこい」


 俺が再び前に出る。死体街道となった道を歩く。


 どこまで行っても死体死体死体・・・・死体だらけだ。中町まで来ても、相変わらず街道沿いに死体が転がっている。居心地の悪さではついぞ見ない町となり果てているが、しかしナズィは「あ、あの家可愛いですね。どうですか私と会司の別荘に」などと言っている。今なら空き物件だらけだからお買い得だろうが、ドワーフサイズ(通常の六割)の家ではナズィは生活できないはずだ。しかし物怖じしない性格は大したものだ。アマゾネスの種族としての特徴なのだろうか。


 そう、ナズィではなく、俺が再び故郷に別荘を買うことものできるかもしれない。ルリエが気に入るならだが、あいつもドワーフだからヘブルに家があっても文句は言わないだろう。


 そう、あんな家がいい。それほど大きくないが古すぎず、街道よりちょっと奥に引っ込んでいて、町の喧騒も聞こえないくらいの静かな家。あの扉の前に座り込んでいる老人の死体さえなければいい絵になる。


 ・・・・死体が座り込む(●●●●)


 首を巡らせてもう一度さっきの死体を見る。老人が膝を抱え込んでいる。顔面蒼白で死体の顔にしか見えないが、死体は膝を抱えない(●●●●●●)


 いた。


「会司。あれを」


 俺はその老人を指差した。火傷で面差しが変わっているが、マウリ・オルセン(耄碌爺)だ。会司は軽く頷いて、座り込む老人(会長)の前に立つ。


「会長さん。ご無事で何よりでした。」


 近づいても目線一つ動かさなかった爺が、その声に会司を見上げる。


おんしぁ(お前は)・・・?」


 力のない、しわがれた声。


「カズト・シュトーと申します。こちらのガインさんにご高名を伺ってまいりました。この度は大変なことになってしまいましたね。」


「ガイン・・・?あぁ。レコの息子か。随分前に出ていったが、息災じゃったか」


「おう。ジジイも相変わらずくたばり損なってるようだな。」


「せやぁ。またくたばり損なった・・・」


 爺は膝に顔を埋めた。「みんな死んどるんじゃ・・・ワシが下町に逃げえいうたからじゃ・・・おんしらも見たじゃろて?」


「大変な被害でした。これからの復旧も大変そうですね。」


「復旧・・・?皆死んだろうが?」


「いいえ。地上に逃れた人たちが生き残っています。当会の者が応急手当てをいたしました。」


「ほいじゃが・・・源泉がああなってはの・・・」


「それも我々が鎮めました。多少町は濡れましたが、もう源泉は大丈夫です。外から引き込む水を増やしていただければ今後も保つでしょう。」


 爺が立ち上がった。


「まだ、終わっとらんちゅうことか?」


「さあ?それはあなた次第ですよ。会長。」


 会司は爺の手をとり、引き起こした。「生き残った者たちは皆、道に迷うでしょう。その時、行く手を照らす光が必要ではありませんか?」


「儂に、その光になれちゅうか」


「滅相も無い。元より会長は太陽だったようですから。行く手を示すのは別の者でも良いかも良いかもしれません」


「ちゅうと?」


「たとえば、ですがね。会長。皆さんがもし宜しいようでしたら、なんですが」


 会司がナズィの腕を解いて俺の隣に立ち、ぽん、と俺の肩を叩いた。


「復興にガインくんを当商会からお貸ししましょう。王都とのパイプがある彼なら、里に浸かりきっていないだけに、何かと復興にはお役に立つと思いますよ。勿論、当会には色々と便宜は図っていただきますが。安いものではありませんか?」


 ・・・・・・・・・ナニィ?


 


 そして俺は、この家を手に入れることになった。


 


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