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プロローグ

「オラァ!高橋、早くいってこい!」


 金曜、夜8時半。


 俺は後輩の高橋の背中を押した。


 高橋はヨタヨタと転びそうになって何とか踏みとどまり、居酒屋を出て辺りをキョロキョロと見回した後、六本木交差点の方へ歩き出した。


 歩幅が狭く、猫背で上目遣い。見るからにオドオドしている。後少しで不審者の仲間入りだ。




 チッ。あんなんじゃしばらく成果はあがんないだろうな。


 俺は早くも半分以上諦めて、店員の中国人らしいお姉ちゃんに追加の中生を注文した。


「高橋の奴、相変わらずっすねー」


 高橋より二期上の伊藤が顔に苦笑いを貼り付ける。


「自分がブサメンだから絶対成功しないと思ってますよ。アレは。」


 高橋には今夜の夕食に付き合ってくれる女の子をナンパさせに行かせている。


 パワハラ?アルハラ?




 高橋はそう思っているだろうが本質は違う。


 これは研修だ。




  正直、飲みに付き合ってくれる女の子三人以上を調達してくるだけなら俺か伊藤の方が早い。俺なら十五分、伊藤なら三十分もあれば任務完了して、ちょっとオシャレなお店に移動できる。




 それをワザワザ高橋にやらせているのは、奴が売れない営業だからだ。


 新規開拓と言えば聞こえがいいが、飛び込み営業で成果を出すコツはナンパと殆ど同じだ。


 如何に自分を売り込むか。相手の表情や仕草から瞬時に状況を読み取り、自分をカメレオンのように変えて相手の合意を惹き出すか。


 こういうのが最初から得意な奴もいれば、高橋のように大の苦手と言う奴もいる。後者は、俺の経験だが、営業実績は中々上がらない。少なくとも俺たちが働いている事務機屋業界はそうだ。


 数字をできない奴がそのままではそいつの実績はいつまでも上がらない。残念ながら、会社は支店単位でノルマを落としてくるので、そいつができない分は俺たちが埋めなければならない。今月も高橋のできなかったノルマ分を俺が肩代わりした。


 俺の今月の個人ノルマ達成基準はとっくに終わっていたから、それ以上売ってもおれの給料は一円も上がらないが、支店の営業リーダーとしての立場になってしまった俺は、来月分の案件を前倒しして計上した。


 全く迷惑な話だ。高橋もノルマの半分もやれてないから雀の涙みたいな給料しかもらえないはずだ。



 だからこうして、ナンパさせて飛び込み営業の基本を何とか体得させようとしているのだが・・・・・



 交差点で猛烈なクラクションの大合唱が湧き上がった。喧しい。


 見ると、高橋が交差点の真ん中で取り残されて右往左往している。何で横断歩道の真ん中で声かけてるんだ?誰だって話を聞く以前に渡ろうとするだろう。せめて女の子と一緒に歩道まで歩けばいいのに。


 高橋の右手に名刺が握られている。何だあいつは。交差点で名刺交換するつもりなのか?


 タクシーに何度も轢かれそうになりながら高橋は交差点の反対側に消えていった。やれやれ。職務質問されなきゃ良いが。


「首藤係長」


 伊藤が諦め顔で俺を見た。


「回収してきましょうか?高橋(アイツ)


「いや、まだあいつにやらせろ。センスが致命的に無いのは俺も分かってるが、場数踏んで少ない成功体験を積み上げさせるしかないだろ。」


 ハッキリ言って、高橋は営業に向いていない。


 俺に人事権があるなら、もっと別の仕事に配置する。エクセルで集計するとか、ワードでドキュメント作るとか、そう言ったことはまあまあできるようだし、高橋にとってもそっちの方が幸せだとは思う。


 しかし、俺は係長とは言っても人事権はまだ無いし、あったとしても会社の内規がそれを許さない。営業採用された人間が他の場所に異動するには、十年以上働いて成果を出し、部門長クラスの人間に好印象を持たれてでもいない限り、不可能だ。普通の若手で、営業実績が三年以上連続で下位30パーセントの人間には警告が出され、翌年実績で挽回しなければ解雇することが明文化されている。


 そう。俺たちの働く「加藤事務機商事」は、ブラック企業なのだ。


 これで数千人の社員を抱える上場企業で、業界トップクラスの業績で、株価もきれいに右肩上がりだというのだから世の中は世知辛い。


 世の中で従業員が過労死したり自殺した企業が時折メディアに、ワークライフバランスがだの、企業倫理がどうだの、労働基準法に照らしてどうだの、コンプライアンス的にどうだのと騒がれるが、違いは結局世間的に目立って炎上したかどうかだけだ。


 うちの会社は炎上していないからブラック企業ではない?そんなわけあるか。


 人を人と思わないマネジメントをすること。それがブラック企業の定義だ。炎上しているところは単にマネジメントが下手だっただけだ。その点、加藤事務機商事の炎上を防ぐマネジメントは大したものだ。


 そんなブラック企業が収益を上げ続けて成長しているのだから、ブラック企業を必要としているのは社会そのものだと言ってもいい。


 ボトム営業の高橋は今年の業績が前年並みなら、警告を食らう運命にある。イジメられてると思って辞めれば別の会社で今より適性に合った仕事に就けるかもしれないし、ナンパできるようになれば営業成績も上がるから窮地を脱することもできる。合わない仕事なら早くやめたほうがいいし、営業ができるようになれば高橋の給料は増えるし、俺たちも無駄な前倒しをしなくてよくなるので助かる。言わば、これは俺にできるせめてもの親心なのだ。


「おにーさん、中生オマタセ~」


 さっきの店員のお姉ちゃんが笑顔でビールを持ってきた。


 両手にほかの料理や酒を抱え、忙しそうにほかのテーブルにも愛想を振りまいている。決して美人ではないが愛嬌があって人に好かれるタイプ。この中国人のほうがよっぽど営業に向いていると思う。


 冷えたビールを一口呷ったところで、俺のスマホが鳴動した。発信者は『高橋』。なんだもう職質されたのかコイツは。


「はい首藤です」


『あっ、あ、か、係長っすね。あのっすね、やりました!』


 何をやったんだかわからんが、動揺していることだけはわかる。


「あー高橋?まずは黙れ?よし。じゃあ息を吸え。そうだ。そして息を吐け。そうだ。落ち着いたな。で、なにをやったんだ?」


『ナンパっす!』


 ほう。犬でもナンパしたのか。六本木で犬ナンパするほうが難しいぞ。


「それ人間か?」


『が、外人っす!一人ですけど!』


 ナニィ?一人でも上出来だ。高橋が英語できたとはしらなかった。英語圏の外人かどうかもわからんが、ドイツ語や中国語ができるとも聞いていない。ああ、相手が日本語ができるという線もあるな。


『と、とりあえず合流してほしいっす!』


「そうかわかった」


 高橋が外人をナンパしたらしいと告げると、伊藤は三秒くらい鳩が豆鉄砲くらった顔になった。気持ちはわかる。


 俺たちは急いで荷物をまとめて会計を済ませ、席を立って高橋と合流を急いだ。ナンパに成功したというより、美人局に引っかかった可能性のほうが高い。そうなら俺たちは救ってやらなきゃならん。


 交差点を渡って、2ブロック歩くと、長身の二十台前半と思われる女性と高橋が立っていた。耳まで隠れるニット帽をかぶり、肌の色は浅黒いが、帽子から覗く髪は金髪。あまり見ない形のブーツを履き、大きめのポンチョらしきものを羽織っている。白人とアラブ人のハーフにした感じで、かなりの美人。身長は百七十五センチ程度か。はっきり言えば俺の好みだ。伊藤がまた豆鉄砲を食らった鳩になっている。


「あ、かかりちょーーーー」


 首を左右にブンブン振って周囲を頻繁に見回し、相変わらず挙動不審者にしか見えない高橋が俺と伊藤に気づいて手を振った。


 反射的に俺の顔が女性対応用に変化する。表情筋が勝手に動き、誠実さと柔和さを兼ね備えた表情が現われる。威圧感を与えない程度に背筋が伸びる。


 女性の目がこちらを向いた。金色の瞳だ。カラーコンタクトか?女子高生が青い目にしているの見たとき、似合わな過ぎて嫌悪感を抱いた記憶があるが、外人がやるとこうも似合うものなのか。


 女性が俺を見て笑った。素でも美人なのに笑うと暴力的な魅力がある。いやおかしい。この女、なにかある。俺の直感が警鐘を鳴らすが、俺の体が止まらない。右、左、右、左、どこからみても自然極まりない歩みで、俺は女性に近づく。俺の意思とは無関係に!


 どういうことだ。焦燥が俺の体内を駆け巡る。ついに女の前まで来た。俺の表情筋が動いて、何やら声を発している。俺はこの女と会話をしているらしい。女は知己のものに対するかのように可愛らしく微笑み、俺の背中に両手を回してきた。





■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 




 初対面の人間と話すとき、名刺を出すのは高橋一樹の定型動作(ルーティン)になっていた。名刺さえ出せば、相手はそのあと、「何しに来たんですか?」といった顔で話を聞く姿勢になる。色々なやり方を試してみたが、一円でもなにか物を買ってもらえるのは最初に名刺を出した時だったからだ。


 半日で四十軒を超えた事務所に飛び込んで名刺を出しても、なにも売れなかったこともある。そんな時は凹むよりもただ体力を消耗して、家路に就くサラリーマンがビルから吐き出されてくるのをぼんやり見ながら、喫茶店で酔い潰れたかのように休憩して、夜8時に目が覚め、ルールだとかでパソコンのLANケーブルが外された事務所に戻る事もざらにあった。残業代は営業手当に含まれているとかで帰宅が何時でも給料は増えないのだから何時に帰っても自分の勝手だろう。


  他の先輩に比べれば真面目に営業している自信だけはあったが、しかし、高橋の実績は伸びなかった。同じ支店のリーダー、首藤係長は半日まるごと駅前の漫画喫茶やパチンコ屋にいたりすることもある。なぜあんな不真面目にしかみえない仕事ぶりなのに、モノが売れるのか高橋にはわからなかった。


 自分はコピー機一台売るのに五百回以上、企業の扉をくぐっている。一か月に売れるコピー機はそれでもよくて2台。ゼロの時もある。ところがリーダーの首藤は、月に十台を売ることもある。自分と同じ効率で仕事をした場合、一か月に五千回企業の扉をくぐっていることになる。あり得ない。不可能だ。どんなに効率的に断られ続けても、飛び込み営業は一日百件程度が限界のはずだ。


 高橋には、首藤は超能力者か魔法使いとしか思えなかった。


 だから、毎週末の「ナンパ修業」も、イヤではあったがそれでモノが売れるようになるならと思ってやっていた。自分がイケていないことはわかっていた。変えられるものなら変えてみようとも思っていたのだ。


 今日のステージは六本木だ。国道の横断歩道は左右から人波が押し寄せてくる。こここそ女性に声をかけるには最も効率的なスポットに違いないと名刺を掴んで


「加藤事務機商事の高橋です!」


 と声をかけた。しかし、声をかけたはずの女性は名字を言う頃には目の前からいなくなっていた。3回やっても結果は同じだ。おかしい。事務所に飛び込む時は3回のうち悪くても2回は名前くらいは聞いてくれるものなのだが。


 おかしいなと思っていると、4・5台の車に一斉にクラクションを鳴らされた。いつのまにか信号は赤になっていた。


 ブレーキ音とクラクションと罵声を一度に浴びながら、車の間を縫うように動いて歩道まで渡る。我ながら華麗な足捌きだった。あんなに盛大なカックンブレーキをやらかすとは、今夜の六本木は余程運転が下手な人間が集まっているのか。僕の足捌きがなければ跳ねられていたかもしれない。今夜は特に車に気をつけよう。


  歩道で足を止めても車に轢かれなさそうなスペースがあるところまで動いて声をかけられそうな女性を探すと、いつの間にか隣にとんでもない美人が立っていた。外人に見えたがそんなことは関係ない。僕の営業モットーは数撃ってあてるだ。・・・・あたるといいな。・・・・あたってほしい。


「加藤事務機商事の高橋です!今夜お食事ご一緒しませんか!」


 当然日本語だ。英語で加藤事務機商事をなんと言えばいいかなど知らない。こんどは用件までいえた。


 なんとその美人は微笑んで、小さく頷いたように見えた。 


 え、いいの?オーケーなの?


「え、マジすか。お付き合いいただけます?一応先輩二人もいるんですけど数は合わせますよ。」


 なんということでしょう。今度はその美人は大きく頷いたではありませんか~。


 外国の女性はさすがにオープンだなぁ。それとも国際的には自分はイケメンなのか?どっちにしても月曜は外資系の企業に飛び込もう。


 急いで首藤係長に連絡すると、数分でやってきた。さすがに驚くのではと思っていたが、首藤係長はいつものイケ面で颯爽と近づいてくる。伊藤主任はかなり面白い顔になっていた。もしかしてあの顔で営業するといいのだろうか。


 外人さんが首藤係長を見た。首藤係長もなにやら外国語らしき音声を発している。英語ではないようだがどこの言葉かはわからない。やけに親しそうだ。ハグまでしている。なんだこの二人は知り合いだったのか。だから同じ会社の名刺を見てオーケーしてくれたのか。 


「なんだ首藤さん、お知り合いですか」


 伊藤主任が普段の顔に戻って言った直後、また別の怪訝な顔になった。


 首藤係長の様子がおかしい。僕らを無視しているようにみえる。いくら知り合いの美人に再開したからって、後輩を放ったからかして自分だけいい目を見ようとする人ではない。前に銀座のキャバクラにいったときも、適度に僕をイジってお姉さんと話が続くように気遣ってくれていた、らしい。後から伊藤主任にそう教えてもらったのだが、確かにイジられていた。しかし今の首藤係長は違う。僕どころか、伊藤主任も、往来の人たちも眼中にないように見える。


「あ、移動ですか・・・?」


 外人さんと首藤係長が何事か意味のわからない言葉を交わしながら、腕を組んで歩きだした。絵的には実に六本木らしい構図だが、僕らはおいてきぼりになった。


「主任、あの女性(ひと)、知ってました?」


「俺は知らん。って、首藤さん、どこいくんですか?!」


 事前情報が無ければ誰がどう見てもデート中の二人が、裏通りの細道へ入っていく。六本木と言っても、ちょっと小道へ逸れればマンションやアパート、一戸建てもある。その外人ちゃんのマンションでお泊りウフフコースですかひょっとして?でもお前ら帰れとも言われてないな。


「僕ら帰ったほうがいいんですかね?」


「・・・・首藤さんはそういう人じゃないし、そうなら一言何か言うはずだ。」


 たしかに、完全にシカトされている。知らない人扱いどころか、完全に眼中にない。テレビの映像のようにこちらに関心が持てるはずがない存在のようにみえる。そう。邪険にすら(・・・・・)されていない(・・・・・・)のはおかしい。


 完全に繁華街を外れ、マンションと住宅がひしめき合う静かな通りまで来てしまった。この辺の超高級マンションは芸能人とか外資系の会社の駐在役員とか外交官とか危ないお店のお姉さんがぞろぞろ住んでいるのは知っている。帰れと言われてないならその外人ちゃんのおうちくらい拝見しちゃいましょうか?それとも僕たちもお楽しみに混ぜていただけるのでしょうか。


 色々邪な想いを温めながら二人の三十メートル位後ろを歩いていると、二人は築四十年くらいの古い一戸建ての民家の前で一瞬立ち留まり、民家に入っていく。女性の右手がドアノブにかかる。びりっとドアに青白い放電のような光が走ったように見えた。そのまま扉を開け、漆黒の空間へ二人が吸いこまれ、扉が音もなく(・・・・)閉まった。


 こ、、、ここか???


 どう見てもただのボロい住宅。昔からここに住んでいて、バブルの地上げも強硬に凌いできたことを物語る、セレブ用マンションとオフィスビルの狭間に頑として建つ一戸建て。表札には「小橋」とかかっている。他に「首藤」の表札はないし、あの外人さんが「小橋」であるとは考えにくい。表札は白地に黒い文字が彫られた蒲鉾の板サイズの昭和的なもの。文字部分の墨が所々剥がれていて、年季を感じさせる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 今度は僕と伊藤主任がセットで面白い顔になった。


「ど、どうします?」


 伊藤主任がスマホの時間を見た。九時二分


「・・・一言かけて帰るか」


「そうすね・・・」


 なんだろうこの家は。外人さんのホームステイ先か?それともこれが世に聞くスワッピングハウスか?多分それに違いない。あちこちくすんでどう見ても老人しか住んでいなさそうなこんな家でそんなお楽しみをやらかすとは、大したカムフラージュだなあ。そんなところに男二人で入って行ったらどんなカップルとスワップされるかわかったもんじゃない。いずれにしろここは帰る手だろうな。


 伊藤主任がドアのノブに手をかけた。昭和臭漂うステンレスの扉がきい、と呻いて開く。白熱電灯色の蛍光灯の光が外に伸びた。玄関も昭和そのもので、外観ときっちりそろった設えであった。ただ、爛れたスワップパーティなどはまったくなく、洗濯物を抱えた七十代と思しき老婆とご対面する。


「なんだねあんたらは」


 皺の深い老婆の顔がみるみるうちに歪んでいく。多分警戒しているんだと思う。これが犯罪者を見る目というやつだろうか。


「えっ?いや、首藤さんの同僚でぇ??でして??あれえ?今ここに二人若いのが来ましたよね?」


 馬鹿だな伊藤主任。こういうときはこれに決まってるじゃないか。僕の左手が澱みなく名刺入れを掴み、右手が正確に僕の名刺を摘む。


「はじめまして。わたくし加藤事務機商会のたか」


「っとぉ!まてテメェエエエ!!」


 伊藤主任に頬を張り倒されて転んだ。支店長にも殴られたことなかったのに。鉄の灰皿は投げられてたけど。て言うか今殴られる場面(ところ)だったの?


 顔を上げると、老婆が見えた。何か耳に当てている。スマホだ。おばあちゃんでも今はスマホ持ってるんだ。そこは昭和っぽくないんだなぁ。




 警察が来たのは、九時九分だった。日本の警察って優秀だなぁ。



■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 




 白色の空間。いや、光か?それにしては眩しくない。浮いているのか、落ちているのか全く分からない。空間があるのかないのかも(・・・・・・・・・)定かでない。乗り物酔いのような感覚が俺を襲う。さっき、あの外人女にハグされそうになった次の瞬間から、この状態だ。


「あ・・・あ・・・」


 声を出してみる。内耳だけで聞いているようなくぐもった声が聞こえる。それなのに呼吸はできているように感じる。しかし、自分の手足はまったく見えない。


 どうなってるんだ、と言おうとした刹那


 <飛ばすだけだ>


 声はない。頭の中に湧き上がるような『意思』が、俺の中に響いた。


 誰を?


 <お前>


 いつ?


 <今>


 なぜ?


 <そうしたいからだ>


 飛ばすってどこに?


 <すこしずれる(・・・)だけで大差ない。お前等風には「異世界」というのが近いかもしれん>


 お前は?


 <一即多、多即一>


 意味がわからん


 <お前たちの言葉で一番真実に近い言葉だ>


 気に入らん。何様だ。


 <神様>


 !?


 <お前等の多くはそう呼ぶ。真実とはかなり違っているがな>


 何の権利があって?


 <そうしたいからだ。お前等の卑小な概念など興味も必要もない>


 白しかない世界に金色の煙が漂う。やがてそれは先刻高橋がナンパした外国人女性の姿になる。衣服は何も身につけていない。耳が長く、尖っている。


 <言葉と路銀はお前への報酬だ。楽しめ>


 再び女性が金色の煙へと拡散した。同時に足先が何かに当たる。急に重力を感じた。慌てて立とうとするが間に合わず、座り込む姿勢になってしまう。


 どこだ?


 もう意思は響いてこなかった。


「・・・・・・・・・・どこだ?」


 声を発してみた。耳で自分の声も聞こえた。車が一台通れる程度の広さの夜道。舗装されいない土の道だ。街灯はない。夜空に月が二つでている、片方はよく知る月の倍の大きさ。もう片方はサイズは月並みに小さいものの色が赤い。月が二つ出ているせいか、周囲はそれなりによく見える。植物と土の濃厚な匂いが鼻腔から肺に流れ込む。


 この瞬間が、今までの俺の終わりであり、始まりであった。

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