秋 〜崩壊の日常〜(前編)
5000字書くのに初めての時は3週間ほどかかっていたのが、1週間で書けるようになって少しだけ成長を感じます。
きっと初めての時が遅すぎたんですけどね・・・
そんなわけでどうぞ。
その日は朝に珍しく鍛冶屋の息子とたむろっていた。
というか夜からダラダラ一緒にいて気付いたら朝になっていたという感じだったのだが。
さすがに眠気がピークを迎えうつらうつらとしてくる。隣を見ると鍛冶屋の息子もまるで首の後ろに岩でものしかかっているかのように頭をぐったりとさせていた。
そういえばここニ時間くらいの記憶がない・・・。
あ、そっか、いつの間にか僕は外で寝ていたのかと、そこでやっと今この現状を理解した。もう秋という外面だけを被った立派な冬の気温だったが、不思議と寒くなかったのはきっとしきたりの時の制服?を上に羽織っていたからだろう。出かけるときに父に「服持って行っとけ。」と言われ、なんでと思ったがまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
さすがにもう帰ろうと思い、鍛冶屋の息子を起こそうとしたときにあのアナウンスが唐突に鳴った。その瞬間、僕たちは瞼がパチッと今までが嘘のように目が覚める。正直、無駄に音量が大きいのでそこらへんにある目覚まし時計よりは何倍も効果があると思う。
「外で聞くとやっぱこのアナウンスうるさいな・・・。」
「まったく朝からしきたりなんか本当に勘弁してほしいよ。」
一応目は覚めたものの寝起きであることには変わりないので、僕はまだしも鍛冶屋の息子はそれ以上に不機嫌だった。
「おーい、どこにいるんだー。いるんなら出てこーい。早く平屋に行かないとだぞ。」
そんな僕らの不機嫌を切り裂くかのように焦りを含んだ声が突如、聞こえてくる。
これは駐在さんの声か?と察するとほぼ同時くらいに駐在さんがこちらに駆け寄ってくるのが見えてくる。どうやら語調から予想するよりも遥かに焦っている様子だ。
「おい、君たち、うちの娘を見かけてないか?」
「い、いや見てないですけど・・・。」
えーと確か駐在さんの娘って・・・、と7歳くらいの可愛らしくて大人しい子というイメージしかすぐにはでてこなかったが、僕たちが起きている間は娘さんらしき子を見かけてないのは確かだった。
「実は今朝起きたときに気が付いたら娘が家にいなくて、最初はどこかに隠れてると思ったんだがそういうことする子じゃないからって、探しはじめたんだけどどこにもいないんだ・・・。」
僕はアナウンスもあったのだから今ごろ平屋に向かっているだろうとそんな大事に捉えていなかったが、そんな僕をよそに鍛冶屋の息子は
「じゃあ手分けして探しましょう。」
なんていとも簡単に言いやがった。
「本当にすまない。娘が勇者に見られて消される前になんとか見つけよう。あ、けどBGMが鳴りだしたら君たちはしきたりの方を優先してくれ。」
「じゃあ僕たちは周りを見がてら平屋の方にいるかも確認してきます。」
今度は僕のほうが駐在さんにそう力強く言う。
子供が勇者に会ってしまうと消えてしまうというのは初耳だった。そりゃ村の端っこに隔離もされるかと思いながらも僕は、僕たちは平屋の方へ歩を進めた。
慎重に周りに気を配りながらも、BGMが鳴るまでに少なくとも平屋には着かなければいけないという焦りを同時に抱え、若干の違和感と気持ち悪さを覚えながら時は流れていった。
だんだんと家の外に村の人たちが出てくるのを見るたびに焦りは加速度を増して体の中になだれ込む。だがそうこうするうちにいつの間にか目の前には平屋が見えていた。
「ここにいるといいな・・・」
鍛冶屋の息子は独り言もとれるような弱弱しい声でそう呟いた。こういう場合って大体いないパターンだよな、なんてネガティヴな発想はとりあえず頭から振り切り平屋の中を恐る恐る覗いた。
そこには駐在さんの娘は・・・いた。何人かの友だちと楽しそうにお話している。
「え?」と思わず二人して少し裏返った声を出してしまう。いや、平屋にいてくれて本当によかったのだけれどなんだか拍子抜けしてしまった。ただ達成感を覚えている場合ではない。となるとこれを早く駐在さんに伝えなければならない。
勇者が来るまでもうそんな時間がないことも僕らは察していた。
なんとかBGMが鳴りだす前にさっき駐在さんと話した場所まで戻ってきたが、帰ってくる途中に駐在さんを見ることはなく戻ってきた場所にも駐在さんの姿はなかった。僕たちは駐在さんを探すしかなかった。
「おいおい、娘探すより駐在さん探す方が大変じゃないか?」
鍛冶屋の息子は呼吸が乱れるのを隠しながらそう言うが
「とりあえず手分けして探さなきゃ。」
僕は余裕なくそう言ってすぐに自宅の方を探すことにした。
周りをさっき以上に注意深く見ながら、そしてより焦りながら一歩一歩すすんでいく。もうほとんどの人が外に出てしきたりに備えていた。
勇者が来る直前にぶらぶら歩いている人などまずいないので、村の人に怪訝そうな顔をされながらもその人たち全員に
「駐在さんどこかで見ませんでしたか? もし見かけたら娘さんは平屋にいた、と伝えてください。」
と勢いで、だけどできるだけ落ち着いて言った。
だけどその努力も虚しく、駐在さんがどこにいるかの手がかりさえ得ることができず、思わず足元にある石を心にくすぶるふがいなさと共に思いっきり蹴った。蹴った石の行く先を見やるともう僕の家がそこには見えていた。
そのときだった。
「駐在さんがいるとこ知ってるかもなー。」
独り言のような言い回しなのに妙に耳につくねっとりとした言葉が響く。ふざけたような語調なのは鍛冶屋の息子にも似たときがあるが、こちらからははっきりとした悪意が感じ取れる。
その声の主は僕の嫌いな青年だった。
正直、この人にはできるだけ関わりたくなかったのだが状況が状況なので仕方なく目を合わせた。
「え、えっと・・・駐在さんはどこに・・・」
自分でもぎごちないのが十分に分かるほどカタコトみたいな感じでそう言った。
「さっきさ、あぁ、さっきといっても少し前なんだけど、今のお前みたいにあいつが娘はどこだって聞いてきたんだよ。だから村の北の門の方に行くのを見かけたって言ってやったよ。そしたら血相変えて急いで行きやがった。」
事前に台詞を用意でもしてたかのように流暢にぺらぺらと喋る。
な、何を言ってるんだこの人ーーー
だって駐在さんの娘は平屋にいるのだから方角的には娘さんを見てるはずないーーー
まさか嘘ついて駐在さんにしきたりを失敗させようとしているのか、そんなおぞましいシナリオが頭の中に独りでに浮かぶ。
その瞬間、目の前がグルグルと回り出す。
顔から、体から熱が逃げていく。言葉が出なかった。
「あいつさ、最近俺が年下いじめてるのを事あるごとに注意してきてうるさかったんだよ。俺は大人にはバレないようにうまーくやってたつもりだったのにさ。だーかーら少し困らせてやろうかなーって。」
その後付け足すようにしてははは、と歪んだ笑顔で笑った。今まで聞いたことのない耳障りな音に猛烈な吐き気を催し、胃の中のもの全てが逆流してきそうだった。
「そういえばお前、人が消えるとこ見たいんだろ。よかったなー、俺のおかげで今日見れるかもなー、ははは。」
人をここまで殴りたいと思ったのは生まれてはじめてだった。これ以上こんな奴に構っていられない、というか今すぐ視界から消し去りたいと心底思った。こいつの思い通りになんかさせない。絶対駐在さんを助ける、その決意を固くして足をあげた。
ーーーだが非情にもタイムリミットはきてしまった。
BGMが僕らの事情なんて気にせずに、いつもの調子で流れはじめる。こんな時でさえ残酷なまでに和やかな雰囲気の音がより一層、僕のことを青年と一緒になってあざ笑うかのようだった。
それでも僕は足を止めなかった。
このしきたりのシステムそのものに反旗を翻すみたいにして北の門に向かって進みはじめた。
「どこ行くつもりだ?」
そんな僕の決意を早々に妨げたのは他ならない父だった。
「どこって・・・」
父のとげとげしくも密かな暖かさを映す瞳はぼくのやろうとしていることの全てを見透かしているみたいでそれ以上は何も言えなかった。
「人の心配してる暇があるなら自分のことに集中しろ。駐在さんだってバカじゃない。BGMが流れてるんだ。きっとすぐに戻ってくる。」
いつも以上に厳しく、そして思わずカチンとなるような口調だったが、それが返って青年に挑発されて冷静さを失っている僕に重い拳を打ち込むみたいで僕にしっかりと届く。今できるのは駐在さんが戻ってくるのを信じて待つことだけだとその時にやっと察した。そしてゆっくりと僕は所定位置である円の中に入る。それを見た父も家の中に入っていく。父が少しだけ足を引きずっていたのがこんな時なのになぜかすぐに気付くことができた。
しきたりの時の独特な静けさが村じゅうを包みこむ。BGMだけが響きわたり余計な音はまったくしない。僕は円の中で祈りながら駐在さんの帰りを待っていた。
冷気を纏った風が木々を静かに揺らしていく。
たった1分がものすごく長く感じて、目の前の光景がスローモーションなんじゃないかっていうくらい時間が遅く流れた。
ザッザッザッザッーーー
遠くの方から微かに聞こえだす。音のする方を見ると徐々に小さかった人影が大きくなってくる。
それは必死に走ってこちらに向かってくる駐在さんだった。
思わずぼくはやった、と声が出そうになるが寸前のところで手で口を抑えてなんとか止めた。
所定位置である円のところまであと10mくらい。しきたりの衣装もちゃんと着ている。
大丈夫、大丈夫!
僕も含めて、外にいる人みんながそう思った。
だが急に駐在さんは走るのを止めて足に根が生えたようにその場に立ち止まってしまった。一瞬、アッといった表情になった後に顔が、表情がみるみる色を失っていく。
駐在さんの目線の行く先に自分の目線をリンクさせると、そこにはさっきまでなにも感じなかった存在感をここにきて圧倒的に増大させている勇者がいた。
その場にいる人たちみんなの注目を一身に浴びているのに、相変わらずのポーカーフェイスとはまた別種の無表情でそいつはこの場にいた。
そして次に駐在さんの方を見たときにはそこにはもう誰もいなかった。
キラキラとした光の粒が微かにたゆたい、そしてそれもそのうちに消えてしまった。
だが駐在さんを悲しむ時間なんて僕たちには与えられなかった。まるで何事もなかったかのように勇者は一人一人に無言で話しかけていく。僕たちの誰がいなくなってもこの世界に影響はないと言わんばかりの様子だった。
「今日はなんて幸せな日なんだ。この嬉しさを君に分けてあげたいよ。」
台詞を言った時に感じたのは、無力な自分への留まることのない怒りと台詞が余りにもバカらしく場違いなものだなという気持ちだった。
家の中で割れるツボの音が身体じゅうに刺さるように痛かった。
その日のしきたりは駐在さん以外にも失敗してしまった人が何人かいたということを後になって知った。
それと今までも僕が知らないだけでいろんな人がしきたりによって消えているということも。
僕の嫌いな青年の両親もずっと前にしきたりによって消えているなんて情報もどこからか回ってきた。しきたり中に小さい子供が村をうろついていたのを平屋に届けていて所定位置に間に合うことが叶わなかったらしい。
過去がたとえどうであれ、今回のことは絶対に許してはならないという芯は僕の中で1mmもブレることはなかったが。
それから何日かはまともに寝ることさえもできなかった。
駐在さんは世界のどこに行ってしまったのだろうか。そして母も。今まで消えてしまった人全て。
そんなことが寝ようと目をつぶるときには特に頭の中をグルグルともの凄い勢いで回った。
父も家の中で元気があまりないように僕には映った。最近は以前に比べて椅子に座ってなにをするわけでもなく必要以上に動かない様子だったからだ。外に出かける用事も僕が任されることが多くなった。外に出かけるのは泥の中で永遠にさまよっているような気持ちが少しでも紛れる気がして正直嬉しかった。
通りかかる木々の枝にはもうほとんどしおれた葉は残っていなかったが、暦の上ではまだまだ秋は続いていた。
当初の予定より文量とか内容のアイデアがいろいろ増えて、何話くらいになるか予想つかないですけど気にせずこれからもぜひ読んでください。