秋 〜怠惰な日常〜
少し文量を減らしました。
1人でも立ち寄って読んでいただけたら嬉しいです。
「今日はなんて幸せな日なんだ。この嬉しさを君に分けてあげたいよ。」
・・・・・タッタッタッタッーーー
ふぅー、とわざとらしく一息つく。
心臓がどくどくと激しさを伴い振動しているのが少しずつ落ち着いていく。まだ勇者に台詞を言うときに緊張をしないわけではないが、はじめてしきたりに参加した3ヶ月ほど前からしたらずいぶんと成長した。
今日でえーと・・・5回目か、なんて数えながらBGMが鳴り止むのを毎度のごとく静かに待っている。この待ち時間に僕は大体、勇者のことについて考えていた。
勇者は人間じゃなくて実はロボットなのではないだろうか。
勇者はこの村を出てから魔王の所なんかに行かずにどこかで遊び惚けているのではないか。
そんなくだらない想像を、考えたって仕方のない想像を、BGMの長さだけいくらでも続けた。だが今日はなかなかBGMが鳴り止まず、珍しく他のことを考えていた。
3ヶ月前、はじめてのしきたりを終えた夜。僕は改めて父に聞いた。
「しきたりって一体なんなの? 」
父は少し考えこんだ後、
「あえていい風に言うなら・・・そうだな、仕事って捉え方が1番いいのかもしれないな。」
「仕事?」
予想外の一言におもわず聞き返してしまう。
「仕事って別にお金もらってる訳じゃないんだから・・・。」
「もらってる。」
それを聞いた瞬間、誰にとかどこでとかいつとかそういう僕の中に5W1Hが飛び交う。
「そろそろ届く頃だと思うぞ。」
そう言い終わって数秒もしないうちに郵便入れがガタガタと音を立てる。いわゆるタイミングどんぴしゃってやつ。僕が父だったら思いっきりドヤ顔決めてるかもしれない、なんてそんな冗談よりも今は郵便が気になった。
郵便入れにあったのは、台詞が入ってた封筒とまるっきし同じデザインの封筒だった。その場で中を見たいという衝動はとりあえず抑えて、とりあえず父にそれを渡す。父はあえて中のものを出そうとはしない。
だが僕は封筒を持ったときの厚みの感じで大体の金額は予想がついていた。
「なんでお金?」
「人を従わせるのにお金っていうのは、お前が思ってるよりよっぽど使えるものなんだ。もしお金がなかったらずっと前に誰かが反しきたり暴動かなんか起こしてるに決まってる。」
「人を従わせるって、一体誰がそんなこと・・・」
「そんなことお前が考える必要はない。もちろん俺にもだ。もし答えが分かったところできっとどうしようもないんだからな。」
僕は現状に見切りをつけている、いやつけざるを得なかった父を見るのが悲しくて、それ以上なにも言うことはしなかった。
ハッとして気がつくともうBGMは止んでいた。まぁ今まで1回もBGMが音を止める瞬間に立ち会ったことはなかったのだけど。
夕陽がちょうど、紅葉をからだいっぱいにまぶした山々に差し掛かっていて、紅葉と夕陽、それぞれの赤と赤が絶妙に重なり合った光景が、少し肌をツンとさせる風とともに僕を不思議な気持ちへと連れていった。
肌寒い、最近そう言う回数が異常に増えている気がする。この時期になると夏のあのうだるような暑さがなぜか恋しくなり、夏に戻りたくなるのが毎年の恒例行事なのだが今年はなぜか戻りたいとは思わなかった。
大人になったから、というなんにでも使えそうな理由でそのことはとりあえず頭の隅に追いやっていた。
そんな僕の考えをよそに
「最近、もう冬みたいに寒いなー。頼むから夏に戻ってくれよー。」
隣で無駄に大きい声を放つどっかの鍛冶屋の息子である。
「僕はあのしきたりのときに着る服もそろそろ寒いと思うんだよなー。あれで冬も乗り切れるとは到底思わないんだけど・・・。」
「え、お前知らないの? あれ、衣替えで夏用、冬用で変わるんだぞ。時期的に変わるのもうちょいなんじゃないか。」
いつのまにそんなこと知ってたのかと若干驚きつつも彼は続けざまに
「なんか衣替えって家に服が届くだけじゃなくて、いろいろ今後のしきたりの変更とかのお知らせがくるんだってさ。」
「どういうこと?」
「俺もよく知らないけど、例えば台詞で言うことが変わったり、そういうことじゃないか?」
なんのために変更なんてするんだろう、そもそも誰がこんなこと決めてるんだろう。村の人はすべては魔王のせいでこうなったと言うけれど、僕には勇者って呼ばれてる奴らの方がよっぽど怖い存在に思える。
「百聞一見に如かずってか。」
無意識でそう口にしてしまい、すぐに目に入ったのは鍛冶屋の息子の不思議そうな顔だった。
「なに? 作文いっぺんに敷かず?」
時が一瞬止まったのをちゃんと確認してから
「わざとでしょそれ。」
そう静かに言った。
しきたり中にいろんな方向から、といっても主に誰かの家の中からなにかが割れる音がする。最初聞いたときは勇者が暴れたりしてるのかとビクビクしていたがなんてことはない、ただツボの割れる音である。話によると勇者には家の中にあるツボや樽を割るという特性があるらしい。
なぜこんな話をしているかというと先日、衣替えで届いた服とともに僕の家にも変更のお知らせが来たからだ。
「変更1、ツボ2つを今後、家の中の所定の位置に置く。(置くツボに関しては後日また郵送する。)」
「変更2、所定位置に若干の変更あり。」
これを見てどう反応すればいいのかはしきたり初心者の自分には到底分からなかったが、父の様子を見るにそんな大したものではないようだ。
封筒を開けるまでにあった、見えない緊張の糸がだんだんほつれていって、完全に離れそうだったのに父はそこでそうはさせなかった。
「毎年、衣替えと変更の後はしきたりを守れない人が出やすいんだ。それは大した変更じゃなくても例外じゃない。だから油断はするなよ。」
一応うん、と頷きはするが僕と父との間にはしきたりに対しての確かな温度差が生まれつつあった。いちいち恐怖感を与えるような父の言葉にうんざりする気持ちが自分の中で徐々に大きくなっていくことを感じる。なんていってもまだ勇者の前で消滅してしまった人を見たことがなかったので本当に人が消えるのかさえも疑いを持ち始めていた。消えてしまうことへの恐怖よりもどうやって消えるのかへの好奇心の方が日に日に上回っていた。
さすがに自分でそれを試すことには抵抗があったので、鍛冶屋の息子に冗談でそのことを話すくらいだったが。話しているときに僕の嫌いな青年が悪意を含んだ笑みをこちらに浮かべてきた。それを見たときにやっぱこんなこと話さなきゃ良かったなと後悔が体に広がっていった。
衣替えの後、はじめてのしきたりは自分の家の中からツボが割れる音がするようになったくらいで驚くほどの変化はなかった。木々からくすんだ色の葉っぱが日に日に地面に落ちていくのとほぼ大差ないものだ。
ただ最近になってしきたりの後、駐在さんが僕の嫌いな青年になにか注意をしているのをよく見るようになった。なにを話しているのかは分からなかったし、分かろうとも思わなかったのだが。
そしてまた今日、しきたりのアナウンスが村に確かな圧を持って鳴り響く。風が一段と強く吹き、何かを予感させるそんな朝だった。
夏→秋→秋→冬で書くことになりそうです。