表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
村人Bの日常   作者: 須野 ユキ
1/5

夏 〜変化の日常〜

初めて書いてみました。

我が子を見るようなあたたかい気持ちで読んでいただけると嬉しいです。


またかよ・・・。

「15歳以下の子供は村の外れにある平屋に集まってください。」という小さい頃から聞き慣れた村のアナウンスを聞いて若干イライラしながら僕はそう思った。小さい頃は村のみんなと遊べる場所だとアナウンスの度に嬉しかったが、何年か前からか昼夜を問わず定期的に呼び出すアナウンスに嫌気が差し始めていた。

同い年でいつもつるんでる鍛冶屋の息子はアナウンスを聞く僕の顔を見るといつも「負のオーラ漂いすぎ。」と面白がって笑った。

平屋にいる時間は短くて2時間ほどで長い場合は半日から1日も居させられる場合もある。第一、僕はいつもなんで子供が集められるのか不思議だった。とても小さい村だから子供の数といってもたかが知れているのだが。外れの平屋から帰ってきて「子供を平屋に集めてるのはなんで?」と父に何十回目かの同じ質問をすると「さあな。」と父に何十回目かの同じ返事を返された。

「僕らが平屋に集まった後にいつも村に流れ始めるBGMってなんなの?」

めげずに父親にそう質問をぶつけて、今度はいつもの「さあな。」を聞く前にそそくさと自分の部屋へと入った。


変わり映えない毎日が過ぎていく。

気がつけばセミがやかましく鳴くような季節になりそして15歳最後の日になった。父がいつにもなく真剣な顔で「大事な話がある。」とだけ絞り出すようにして僕に言った。いつもなら面倒だと言っているところだが、それを言った時の父親の表情があまりにも強張っていたために「わかった。」とつい言葉にしていた。

しばらく沈黙が続いて壁にかかっている時計の針のカチ・・・カチ・・・という音だけが響く中、突然父は1枚の封筒を僕の目の前に置いた。父の表情から開けていいことを察し、封筒を開けて中の紙を取り出して見ると

「自宅前道路 / 今日はなんて幸せな日なんだ。この嬉しさをきみに分けてあげたいよ。」

そう書いてあるらしい。

少なくとも僕にはそう見えた。

「なにこれ。」と思わず笑みをこぼしながら父を見るが、父の口は僕の笑みとは相反して固く閉じていた。それから

「子供たちが平屋に集められる理由を教えてやる。」

と質問と全く噛み合わない答えが返ってきた。

「いつからか勇者と呼ばれる旅人が村にやってくるようになった。勇者は魔王と呼ばれる者を倒すために旅をしているらしい。そして勇者が魔王にやられてしまっているからなのか、よくは分からないが1人の勇者が村を出てしばらくするとまた新たな勇者がこの村にやってくる。そして俺たち村人は勇者に話しかけられたら決められた同じ台詞を言わないといけない決まりになっている。もしもその決まりを守らないとそいつはその場で消滅してしまうんだ。このしきたりはなぜだか16歳以上が対象になっているから、勇者が村にもうすぐ来ると分かると関係ない子供たちは隔離しておくってわけだ。」

そう父はあっさりと、いやわざとあっさりと聞こえるように言った風に思えた。僕はそのあっさりさを振り切るかのように父の説明を本能的に受け入れることをしなかった。

「ふざけるなよ。そんなバカげたこと急に言われて信じられるわけないだろ。」

気付けば語気を荒げてそう言ってしまっていた。そしてその勢いのまま席を立ち自分の部屋に入ろうとする。

それを遮るかのように

「母さん、お前の母さんはある日このしきたりを守れずに消滅してしまったんだ。」

父は静かに言った。

一瞬目の前が真っ暗になった。

自分の中で5歳の頃、急に僕の前から姿を消した母は長い長い旅に出ていて、いつの日か帰ってくるものだった。

いつか僕が頑張ってれば帰ってくる、そう信じて過ごしてきた。だが父の非情な宣告は皮肉にも僕を納得させるには十分なものだった。

「どんなにバカげたことと思っていてもな、やるしかないんだ。世の中、どうにかしたくてもなんともできないことがたくさんある。お前には母さんのようにはなって欲しくない。」

そして付け足すように話は以上だ、とつぶやいた。話が終わった頃には僕はもうとっくに16才を迎えていて、その日は夏にしては珍しく心地よい涼しさだったのに一晩中寝付くことができなかった。


僕より生まれる日が少しだけ後な鍛冶屋の息子の誕生日になった。すぐそいつのところへ向かった。もちろん封筒を持って。

そして鍛冶屋に着くとごめんください、と言う前に

「やっぱ来たか、俺もちょうど会いたかったとこ。」

後ろの方から声がした。

「もちろん話はこれだよな。」

僕と同じ封筒を得意げに出してそれにうん、と僕は頷くとそれから忘れてたと思い「誕生日おめでとう。」とここ最近では1番の大声で彼にそう言った。

「にしても本当にこの家変わらないよなー。家の中も相変わらずさっぱりとしてるし。」

「仕事場は隣の小屋だから特に家に置くような大きいものもないからな。それに家が変わってないのもさっぱりしてるのもお互い様だろ。」

そう言われてみれば僕の家も全くと言っていいほど昔から変わらないし余計なものはなにもない。

「よし、じゃあお互いの封筒を見せ合おう。」

僕はそう言われて少し渋ったが彼の封筒になにが書いてあるのかが気になる気持ちがあったのも確かなので大人しく渡した。

「鍛冶屋前 / 鍛冶屋じゃ武器は買えないよ。売ってるのは隣の武器屋なんだ。」

なんかいかにも役に立ちそうな台詞で思わず羨ましく思っていると、

「ハッハッハ、なにこれ面白すぎ。どこのラブストーリーの台詞だよ。」と大体予想はしていたがそれ以上の勢いで僕は笑われバカにされた。

これ以上何か言われるのはたまったもんじゃないと思って慌てて話題転換する。

「それにしてもさ、問題はこのしきたりを信じるかどうかだよな。」

「確かに普通に考えればすごいバカらしいな、こんなことやるのって。」

「僕なんて台詞が台詞だからな・・・こんなの言うくらいだったら村から出ていきたいよ。」

「おいおい、1人で村から出たりしたら魔物に襲われて食われるのがオチだぞ。ま、まぁ面白そうだしやることは簡単だからとりあえず参加してみようぜ。」

彼はにんまりとしながらそう言った。渋々と納得しつつも彼の台詞を見てからというものの余計にやる気というものが失われていた。

ただ先日の父の強張った表情は未だに脳裏に焼きついていて、これから先起こるであろうことから背を向けることも逃げ出すこともできないということを心のどこかで既に察知していた。

「そういえばさ・・・勇者って男と女どっちかな?」

「は?」

彼の突拍子もない一言をきっかけに僕らはその後、何時間も勇者がどんなやつか、魔王がどんなやつかの話を延々と続けていた。


その日からしばらく経ったものの相変わらず変わらない日常がなんとなく過ぎていった。

僕はなぜかいつでも封筒を持ち歩くようになり、暇なときはぼーっと封筒の台詞を眺めることが多くなった。そのおかげもあってか一字一句完璧に台詞が頭に刷り込まれ、ラブストーリーに出てくるようなくさい台詞も今は意味を持たないただの暗号のように思えるくらい僕の頭の中は麻痺していた。

そんな時、しきたりの始まりを告げる村のアナウンスは突然やってきた。

ちょうど朝ごはんに作っていた僕と父の目玉焼きが半熟に焼き上がる頃だった。窓の外に見える、子供たちが平屋に向かう様子を観察しながら僕は緊張感とともに今までに感じたことのない心の高鳴りを覚えていた。

それから着替えようと自分の部屋に入ろうとしたとき、

「落ち着いてな。台詞をどんな形であっても言うことだけに集中しろ。」

父がその堅い表情とは似つかわしくないような優しい口調でそう言ってきた。いちいち大げさだなー、台詞言うくらい3歳児でもできるだろと心の中では精一杯の悪態をつきながらも1つ気になってた質問をしてみた。

「父さんはこの後どこでその勇者とやらを待つの。」

「ん・・・ここだ、この家の中。」

父は少し沈黙の後、堅い表情のままそう言う。

なんだよ、僕より楽そうじゃないか、と思わず口に出そうなのをなんとか留めてそのまま部屋に入る。 ドアをいつもよりわざとらしく強く閉めた。

その後、準備を終えて部屋から出て家の外に向かうときも父になにか話しかけられたみたいだったが、面倒くさかったので聞こえないふりをして勢いよく外へ飛び出した。

外の景色を見た瞬間、子供がいないからかなのか村に不気味な静けさが漂っていることをすぐに感じた。昨日までとはまるで同列に扱うことのできない空間、怖い空間だった。こういうのを嫌な感じというのだろうか、そう思いながらも自分の台詞をお経みたいに暗唱してそのことは考えないことにした。

他の村人もしばらくして徐々に家から出てきていた。中にはよく話す人たちもいたが話しかけることは不思議としようという気にはなれない。

不意にいつも平屋から聴いていた和やかなBGMが流れ始める。と同時に自分のいた場所の少し先、家の前の道路に半径30cm程の円が地面に浮かんできた。

ちょうど人が1人入るのに丁度いいくらいのものだ。

なんとなく円を踏んでみようと足を中に入れたら最後、もう円の外に出ることができなかった。まるで見えない膜が円の淵に張られているかのようだった。

サァーッとみるみる血の気が引くのを体が感じる。オタオタしててふと斜め向かいの駐在所の前にいる駐在さんと目が合うと

「それが所定の位置の目印だぞ。」

と僕の不安を察してか、屈託のない笑顔でそう言った。続けざまに「緊張してしょんべんちびるなよー。」と付け足すように言う。いつもならムッときてしていたかもしれないがその時の僕にはとてもありがたい励ましの言葉のように聞こえた。

ありがとうございます、と聞こえないくらいの声で呟いた。

幸い体の向きを変えることはできたので気を紛らわすために周りの様子を改めて見ることにした。僕と同じようにそれぞれの円の中で立っている人がほとんどだったが、中には家の周りをグルグルと走っている人もいる。

隣の隣の家の6つ年上の青年だった。顔立ちがくっきりしていて目上の人には丁寧すぎるくらいの礼儀の良さで可愛がられていたが、年下の人間にはそのストレスを全て吐き出すかのように威張り散らして時には乱暴をするような人だ。

僕がその人を嫌いになるのには当然そう時間はかからなかった。

ひと通り周りを見てまだどこか見てないところはあったかと考えた末、自宅の方を見ることにした。

住んだ年月を感じさせるような薄汚れた壁、昨年の台風で一部が禿げてしまった瓦の屋根、何年も作物が育てられずすっかり荒れてしまっている畑、お世辞にも立派な家とはいえなかったが僕はこの家が好きだった。

そういえば自分の家をまじまじと見ることなんてなかったなー、と端から見たら間抜けに見えるような気のない顔で家をこれ以上ないくらいにじっくり眺めていた。

その時だった。

いや厳密にはその時すでに遅しという感じだったのだが・・・。

周りの気配がいつの間にか氷のような冷たさを纏って僕を包んでることが分かる。

そしてなにかが後ろにいるということも。

言葉をなにか投げかけられたわけじゃないのに話しかけられているということが、そういう状態なのだということを直感的に理解した。

今までの余裕がみるみると消えていき、その空白にはとげとげしく冷たい不安と恐怖があっという間に僕の中に侵食してきた。そんな負の感情を半ば吹き飛ばす勢いで後ろへ振り返った。

・・・そいつ、勇者の顔はまるで人形のように表情が全くなく生気というものをどこからも感じなかった。平凡な見た目であるのは間違いないのに、同時に自分とは違う異次元から来たかのような異様な見た目にも見える。

そうだ、台詞言わなきゃ、ハッと我に帰り例の台詞を

「・・・・・。」 言う。

「・・・・・。」 言う!

「・・・・・。」 言う言う言う言う!

必死に言おうとしているのにまるで喉に鉄の蓋でもしてあるかのように声は頭の中だけをぐるぐる舞って、ついには外に出ない。何も起こらない時間が無情にも続くたびに僕の焦りは増し、喉の蓋はそれに比例して厚さを増していく。かすかな吐息だけが僕の口から頼りなく出ていくのみだ。

制限時間とかあるとしたらあと何秒かな、なんて半ば諦めかけたその時に、アンテナが急にビビッと感知したみたいにして1つの音を拾う。

ザッザッザッーーー

それはおそらく勇者が来る前からずっと走ってるであろう青年が土を踏みしめる音だった。それが僕に届いたとき、僕は僕よりも何倍も辛いであろう勇者の来訪を繰り返してるその青年に対しての悔しさとやりきれない怒りの塊みたいなものが、僕の身体の中を猛烈な勢いで逆流しはじめた。

あいつなんかに負けたくない、あいつなんかより簡単なことができなくてどうする、と。


気付いた時にはBGMは止んでいて、あれだけ纏わり付くようにしていた周りの気配も嫌になるくらい夏の暑さを取り戻していて、代わりにけたたましい子供の声が辺りに響いていた。駐在さんの話によると僕は勇者に向かって鬼気迫る表情で怒鳴るように台詞を勇者にぶつけていたらしい。

台詞の言い方としては0点間違いなしだろう。

それから父は無事だったのだろうか、そんな不安が急に頭をよぎった。すぐに走ってドアを開けると父はなんともないかのようにして、僕が飲めない大人の味の代表、無糖のコーヒーを飲んでいた。

考えてみれば当たり前だ。いつからこのしきたりが始まったのかは分からないけど、父はずっとこの謎のしきたりに参加しているのだ。

父にとってはこんな異常なことも生活の一部なのか、そんなことを思っていると少しぎごちなく

「お疲れ。お前の声よく聞こえたぞ。」

なんて賞賛なのか、バカにされているのか定かでないそんな曖昧な言葉をかけられた。続けざまに

「はじめてだと色々と戸惑うこともあっただろうがここを乗り切れば次からはきっと大丈夫だ。」

と今度はいつもの父らしい口調でそう言った。

はじめてか・・・ん? あいつは、鍛冶屋のあいつは無事だろうか、といろいろと考える前に僕はすでにドアに手をかけていた。そして行動してから今さらおまけみたいに「ちょっと行ってくる。」と吐き捨てるようにして外に飛び出した。その勢いでそのままノンストップで彼の家まで突っ走ろうと自分の中のエンジンを入れた時、ふと前を見るとそこに彼は立っていた。

いきなりすぎて驚きと安堵と、あと言い表せないようななにかが同時に身体に巡った。相手も僕と同じようになんだか珍しく慌てているように思えた。彼が慌てている様子を見るのはこれが初めてだった。

急だからなのかなにを言っていいのか分からず、なにを言うのが正しいのかもやっぱり分からずに、

「勇者・・・、やっぱり男だったな。」

なんてそんなどうでもいい言葉だけが僕と彼の間のおよそ3mほどの空間に静かに響いた。





夏→秋→冬の3パートで書くことを一応予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ