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たかしちゃんと  作者: 溝端翔
部活体験編
28/29

閑話 散歩ヶ寺くんとみたらし団子

次回の更新は1月20日金曜日22時頃更新です。


毎週金曜日更新です。

Twitterにキャラクターのイメージイラストなどもアップしております。

 散歩さんぽてら健司すこしの朝は早い。

 毎日朝5時30分に枕元にある目覚まし時計が鳴り響く。

 散歩ヶ寺君は朝から大音量で鳴る時計に文句を言うことなく上半身を起こし、手を伸ばしてアラームを止める。

 畳の上に敷いてある布団をたたんで押し入れにしまい、洗面所に向かう。

 部屋を出たあたりでいつものように机の上の寝床で寝ていた私も飛び起き散歩ヶ寺君の足から肩へ登って行った。


 おはよう。


 登ってきた私を見て散歩ヶ寺君が言った気がした。

 散歩ヶ寺君は喋らない。長く一緒にいるリスの私にも滅多に声を聴かせない。

 国語や社会の時間に教科書を読むために当てられた散歩ヶ寺君が無言で読むべき文章を黒板に書き始めた珍事は大和小学校の伝説として語り継がれている。


 この時間に起きてくるのはおばあちゃんくらいのものだろう。しかしそのおばあちゃんもまだ眠っているようで家の中は静まり返っていた。

 静かな家の中、洗面所で顔を洗った散歩ヶ寺君は台所でコップ一杯の水を飲み干した。

 私も朝の洗顔を済ませ体をふるわせる。


 朝ご飯のおにぎりを握った彼が部屋に戻ると私はすかさず寝床へ戻る。散歩ヶ寺君が寝巻きから制服へと着替えるからだ。

 現在の時刻は5時51分。学校の時間にはまだまだ程遠い。しかしこの時間から着替えるのには訳がある。

 日課の散歩だ。

 制服へ着替え終えると、いつものマントを身につけ菅笠と先ほど握ったおにぎりが3つ入っているカバンを持った。

 そのタイミングで私はまた散歩ヶ寺君の肩の上に戻る。


 さあ行こうか。


 こちらを見た散歩ヶ寺君は声には出さないけれど、私にはそういったように思えた。

 彼は台所の机の上に『行ってきます』と流麗な筆運びで書置きをして家を出た。


 まだ薄暗い空。

 散歩ヶ寺君の表情が少し笑顔に見える。

 彼にとっては学校に行くということも散歩の延長線上のものになっていた。

 朝、散歩に出て学校へ行き散歩をして家に帰る。

 この一連の流れを散歩ヶ寺君はとても楽しんでいるのだ。


「あら、おはよう。健司君今日も早いわねえ」


 2軒隣のおばあちゃんが道路に水を撒いている。このおばあちゃんにとっての日課なのだろう。いつもすれ違う。

 散歩ヶ寺君はこくりと頷くように返事をして散歩を続ける。おばあちゃんも散歩ヶ寺君が通り過ぎるとまた水を撒き始めた。

 

 しばらく歩いていると散歩ヶ寺君の異変に気付いた。

 どうやら被っている菅笠が気になっているようだった。

 あ。外した。つけ心地が悪かったのかな。


 その時、風が吹いた。

 菅笠は風に乗って飛んで……は行かないものの風に乗ってコロコロと転がっていった。

 慌てて、しかしマイペースに散歩ヶ寺君は追いかける。

 菅笠が転がっていった先に居たおばあちゃんが拾ってくれていた。このおばあちゃんは初めて見るおばあちゃんで、拾ってもらったお礼を言わざるをえない。


「これ、あんたの笠かい? ちゃんと持っておかないといけないよ」


「ありがとうございます……」


 滅多に聞こえない声を聞けて私はとても嬉しい。風とおばあちゃんにお礼を言わないと。ありがとう。


「それにしてもあんた、その制服大和中学校の生徒だろう? 今時笠なんて珍しいねえ」


「……」


 ああ、もう話してくれないんだ。でも、黙っているのが散歩ヶ寺君なのかもしれない。


「みたところ、その笠いい笠じゃないか。気をつけな、ここ最近窃盗が多いらしいからね。わたしみたいにしっかりと身につけておかんとね」


 背負っているカバンを見せるように体を上下に少し揺らすおばあちゃん。蓋の空いていたカバンから、財布が落ちた。

 散歩ヶ寺君はそっと拾っておばあちゃんに渡す。


「あら、開いてたの。これじゃあ盗んでくれって言ってるようなものだね。あんたが居てくれなかったら盗まれてたかもしれないねえ。ありがとよ」


 唐突にお礼を言われて被り直した笠で顔を隠す。


「あんた、お腹すいてないかい? うちの家は餅屋でね、今お得意さんの所にみたらし団子を届けるところだったんだけど、食べるかい?」


 質問に無言で返事をする。散歩ヶ寺君はとても格好いい。


「ほら、遠慮しないでいいよ、また取りに戻ればいいんだから。そのリスと一緒に食べな。変なものを使ってないから動物だって食べられるよ。ほら、ちゃんと持って。じゃあ、わたしは行かせてもらおうかね。気をつけるんだよ。その笠も大切にしな」


 散歩ヶ寺君の背中をぽんと叩いておばあちゃんは去っていった。

 手に握らされた袋には3本入りのみたらし団子が2パック。6本のみたらし団子が入っていた。

 1人と1匹で食べるにはとても多い。先ほどのおにぎりもまだ食べていない。

 とりあえず。1本。1串に4つ刺さっているうちの1つを散歩ヶ寺君が食べた。そのまま私の前に差し出してくれる。私にもひとつ食べさせてくれた。

 美味しい。とても美味しい。

 さすがに私は1つが限界なので残りは散歩ヶ寺君が平らげる。

 うんうんと頷きながら食べ、串をパックに戻した。


 それからしばらく歩いていると、前から1匹のボルゾイが現れた。白く綺麗な毛並みが登ってきた太陽の光に照らされて神秘的に輝いている。気品あるそのボルゾイの首には黒い首輪がつけられており、どうやら野良犬ではないことが伺えた。

 前に進むにつれ、どんどんと近づいてくる。私は襲われないように散歩ヶ寺君の髪の中に隠れた。

 少し、顔を出して前を確認する。もう直ぐすれ違う。しかしボルゾイはすれ違うことなく散歩ヶ寺君の目の前で止まってしまった。


 散歩ヶ寺君を見て首をかしげるボルゾイ。

 もしかして私の存在を見抜いていて、私を食べる気なんだろうか。


 しかしそんなことは全くなく、ボルゾイは散歩ヶ寺君の顔と左手に持たれたみたらし団子の入った袋を交互に見ている。

 どうやらボルゾイはみたらし団子が欲しい様子だった。


 静かに散歩ヶ寺君を見ているボルゾイを、これまた静かに見ていた散歩ヶ寺君はボルゾイの思考を察するかのようにみたらし団子を取り出し1串ボルゾイの前に差し出した。

 待ってましたとボルゾイは、白い毛並みを輝かせながら上品にみたらし団子を食べ始める。

 嬉しそうに笑いながら1串食べ終える。

 散歩ヶ寺君はしゃがみボルゾイの綺麗な毛並みを右手でそっと撫でた。嬉しそうにボルゾイは尻尾を振っている。


 もう気が済んだのか散歩ヶ寺君は立ち上がり頭を一度撫で歩き出した。

 みたらし団子を食べて満足しただろうボルゾイも歩み始めただろうか。一体あのボルゾイはどこから来てどこに行くのだろう。私は最後に一目見ようと後ろを振り返った……。

 

 ?


 なぜかボルゾイがついて来ていた。

 今度はもうみたらし団子を見ていない。しかし、どうしてだろう、こちら……というよりは散歩ヶ寺君を見ている。

 明らかに、ついてきている。


 どうしたんだろうか。見たところ、みたらし団子が欲しいわけでもなさそうだ。

 私はこっそりと散歩ヶ寺君の髪を引っ張って教える。


 背後からついてくるボルゾイに気づいた散歩ヶ寺君はまた頭を撫でてから歩き始めた。


 今度こそ満足しただろうか……。

 案の定、ついて来ていたボルゾイと目が合った。驚いて今度は先ほどよりも強く散歩ヶ寺君の髪を引っ張ってしまった。

 ごめんなさいごめんなさい。散歩ヶ寺君の頬に体を摺り寄せる。

 

 散歩ヶ寺君は私の頭を優しく撫でた後に、困ったようにボルゾイの体を撫でた。そして背後の方を指差して、またも歩き出した。

 しかし、そんなことではボルゾイに伝わるはずもなく、ボルゾイの思考が散歩ヶ寺君に伝わることもなかった。

 それからもう2度ほど同じことを繰り返し、散歩ヶ寺君は諦めてボルゾイも一緒に散歩をすることを決めたようだった。

 私にとっては少し不満だった。2人の散歩に恋敵が現れたような気分。そして、その恋敵は増えることになった。


 歩き初めて少しすると、ボルゾイが散歩ヶ寺君を追い抜いて走り出した。

 かと思うとぐるりと大きく回ってこちらに戻ってくる。

 全速力で戻ってきたボルゾイは散歩ヶ寺君にぶつかるギリギリで止まり嬉しそうに尻尾を振っている。

 このボルゾイは私と散歩ヶ寺君の散歩の邪魔をどこまですれば気がすむのだろう。少し説教をしてやろうかと散歩ヶ寺君の髪の中から肩に出ようとした。


 しかし、そこには先客のリスザルがいた。

 私の特等席を、見知らぬリスザルに奪られていた。

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