たかしちゃんとサッカー部
「ほら、あっちが野球部で、こっちがサッカー部だよ」
「うん……」
ついにやってきました。サッカー部です。
きらなちゃんも一緒ならまだちょっと安心できたけど、きらなちゃんハンドボール部に行っちゃうし……。でも私がハンドボール部に行っても、どうせなんにもできないし……。ふう……。
「先生どこだろー。見あたんないなー。もうちょっと近づいてみよっか」
うう、でも、でも、がんばれ、頑張ってスポーツができる人に……うう。
「ふふ、そんなに裾引っ張ったら歩きにくいよー。よしよし。あ、先生いた、せんせー! サッカーボールひとつ貸してくださーい」
向こうで先生がきょろきょろしています。きらなちゃんが遠くから声をかけたせいで気づいてないみたいです。
「もう!先生!ボールひとつ貸してくださいっ!」
「ああ、吉良、やっぱりお前だったか。なんか聞こえた気がしてたんだが周り見渡してもお前と後ろの子しか居なかったからそうだろうと思ってたんだ」
あれれ、よく見たらサッカー部の先生は担任の雲藤先生でした。
「そうおもってるならはじめから返事してよ!」
「何言ってんだ、わざわざ近寄りながら呼ぶって事は来るんだから待ってたんだろ。そんで? 何の用だ? ……あれ? 後ろの……高橋か?」
「え、あ、た、高橋です」
「高橋か?じゃないよ!! どっからどう見てもたかしちゃんでしょうが!!」
「いや、高橋すまん。いつものリボンがなかったから気づかなかったわ」
「い、いえ」
そういえばリボン取ってたんでした。
「リボン取ったってたかしちゃんでしょ! かわいいでしょ!!」
「そうだな、だから落ち着け。何か用だったんたんだろ?」
にゃう、せんせい、そうだなって……。かわいくないです、それにスポーツだってできないし……。
「あー、そうそう、サッカーボールかして!」
「サッカーボール? 何に使うんだ?」
「何って、蹴るに決まってるでしょ!? サッカーボールよ?」
「蹴るっつってもな、無くされても困るし、今サッカー部も部活中だしな……」
「大丈夫だって、たかしちゃんが無くすと思う?? たかしちゃんの部活体験だよ! 私はハンドボール部行くけど。いいでしょ?」
「体験ったって……。男子しか居ないし、高橋一人でいいのか?」
う、がんばれ、がんばれ私。
「だ、大丈夫です。横で見学しながら蹴ってます」
「でも高橋運動苦手だろ? 無理しなくていいんだぞ?」
「うう、で、でも、サッカー出来るようになりたいです」
「たかしちゃんスポーツの中でサッカーが好きなんだって! だからたかしちゃんサッカーなら出来るようになるかと思って!」
「んー。でも、教える人いないと流石に出来るようにはならないと思うぞ?」
「先生がいるじゃんか! たかしちゃんに教えてあげてよ!」
「いやいや、俺はサッカー部があるから……」
「せ、先生、ちょっとでいいので……だめですか?」
先生に教えてもらえたら出来るかもしれないもん。先生……。
「高橋まで……。んー……」
うう、やっぱり、だめかあ。
だって、サッカー部があるんだもん。先生に無理言っちゃったなあ。
もう私はスポーツできない人で居よう。かわいいとスポーツできる以外に女の人の魅力があるかもしれないもん。
ふう。
「先生!!いいでしょ!?たかしちゃんに教えてあげてよ!!」
「んー……。そうだな、わざわざ高橋が頼みに来たんだ。担任としても体育教師としてもこんなに嬉しい事は無いからな、力になってやる。」
「たかしちゃん!! よかったね!!」
「うん!!ありがとうきらなちゃん!」
きらなちゃんがいっぱいお願いしてくれたおかげで……。
先生も、わがまま聞いてくれて、うう、先生……。
「先生!ありがとうございます!」
「おう、と言っても教えるのは俺じゃ無いけどな」
「えー! 先生じゃ無いの!?」
「俺はサッカー部員見てやらないといけないからな」
だ、誰に教えてもらうんだろう……。知らない人…うう…頑張れるかな。
「おーい!! 阿瀬!! ちょっと来てくれ!!」
阿瀬くん?そっか、サッカー部だから。
「はい、何ですか? ってあれ、綺羅名……とたかしか?」
「たかしか?じゃないでしょ!どっからどう見たってたかしちゃんでしょうが!」
「いや、リボンがなかったからちょっと迷っただけだけど……そんなことより何してんだ?」
「悪いな、練習中に呼んで」
「いや、全然大丈夫ですよ。なんかあったんですか?」
「いや、そのことなんだけどな、高橋がサッカー部を体験…というよりはサッカーを教えて欲しいんだそうだ」
「は、はあ」
「それでだな、俺は部員たちを見てやらんといかん。だから、阿瀬、高橋にサッカー教えてやってくれ」
教えてくれるのは阿瀬くんでした。えへへ、阿瀬くんなら知らない人じゃないから怖くない。よかった。
「お、俺っすか。いやでも、俺も練習が……」
「別に今日一日教えろってんじゃないぞ、流石にキャプテンが抜けたら困るからな。でもよく考えてみろ、お前はキャプテンだろ、それも先輩を差し置いてキャプテンなんだ」
「それはわかってます。だから練習を」
「わかってないぞ、来年はどうだ、誰がキャプテンになる。一年は誰が教える。入部するのは経験者だけじゃないんだ、もしかしたら高橋みたいにサッカーは好きだが未経験の一年が入ってくるかもしれない。そうなった時にお前はちゃんと引っ張ってやれるか? もちろん顧問の俺はお前達をサポートしてやるが、試合に出るのはお前たちなんだ。どうだ、いい機会だ、人に教えるってのもやってみればいい。これもサッカーの練習だ」
「う、まあ、確かにそうですが、えっと、その」
阿瀬くん全然こっち見てくれない、いや、なのかな……?
「あ、阿瀬くん。私に教えるの、いや?」
「いや、あ、えっと……ふう、わかりました。やります。これも練習ですよね?」
「すまんな、高橋のこと頼めるのお前ぐらいしかいなくてな」
「いえ、未経験者に教えたことはないので勉強になると思います」
「先生よくやった!! シュート!?たかしちゃん泣かせちゃだめだよ!?」
「泣かせねえよ。それにサッカー教えるって約束してたしな」
そういえば約束してたんだった。阿瀬くんはちゃんと覚えててくれました。優しいなあ。
「そうなの!? でもその約束は今日じゃないでしょ? だって、シュートの練習だよね?」
「ぐ。あ、ああ、そうだよ、俺の練習だよ、また今度も教えてやるよ」
また、教えてくれるんだ。もっともっとサッカー出来るようになるかな。
「よろしい。じゃ、私そろそろハンドボール部行ってくるね! たかしちゃん、がんばるのよ!!」
あ、きらなちゃんが行っちゃう、うう、やっぱり心細い。
「え、お前どっか行くのかよ」
「そ、ハンドボール部行くの、ここが待ってるから早くしないと、じゃーねたかしちゃん!」
うう、泣かすなよーって言いながら走ってっちゃった。
「じゃ、俺も部員達見てくるぞ、流石にキャプテンも顧問もいないと練習にならんからな。たまにこっち見に来てやるから頑張れよ二人とも」
あ、先生も行っちゃった。
……わ、二人きりになっちゃった。なんだか急に恥ずかしくなってきちゃった。
「ボール、取りに行くか」
「う、うん」
まさか阿瀬くんと二人っきりになっちゃうなんて思ってなかったよう。
「た、たかし」
わ。
「え、えと、なぁに?」
「サッカー、好きなのか?」
「す、好きっていうのかな、でも、きらなちゃんに聞かれた時に、一番興味があったのがサッカーだった、の、かな?」
「そうか、出来るようになりたいのか?」
「うん。出来るようになりたい」
あ、私の分のボールも阿瀬くんが取ってくれちゃった。うう、緊張する……。
「そうか、えっと、そっちで練習やってて危ないから、反対側のゴール裏でやるか」
「うん」
「こないだボールぶつけてわるかったな」
「え、ううん、大丈夫だよ」
「そのお詫びはまた今度だけど、教えてやるよ」
「えっと、お、お願いします」
「じゃあどうしようか、どんなことが出来るようになりたいんだ?」
どんなこと……。
「えっと……。さ、サッカー?」
「いや、そうじゃなくてさ、サッカーやるためにドリブル練習とか、シュート……俺じゃねえぞ? シュートの練習とか、あとはリフティングとか」
ふふ、蹴人だからってそれくらいわかるよ。えっと、リフティングってなんだろ……。
「……リフティングって?」
「リフティングか? ほら、俺の足元にボールあるだろ? 見てろ?」
わっ!足でひょいって、わ、わ、すごい、何回も蹴って、わ、全然地面に落とさない、すごい。すごい!
「っしょっと。わかったか? これがリフティ…うお、な、なんだよ、俺の顔見てても仕方ねえだろ、ちゃ、ちゃんとボールみてたのか?」
「うん! 阿瀬くんすごい!! かっこよかった!!」
「な」
「わ」
わわわわ、あううう、恥ずかしい、ううう、男の子にかっこよかったって、ううう。
「あ、ありがと……じゃなくて! わかったか? こ、これがリフティングだよ。でもやっぱ、一人でも簡単に練習できるリフティングから始めればいいんじゃないか?」
「うう。で、でもどうやったらいいかわかんない」
ふうう。
「全くサッカーしたことないのか?」
「うん」
「じゃあ、まずはボールを手で持って始めようか」
わ、またひょいって。え……っと、こうやって、こう。
「わあ、ま、待って待って」
んんー。阿瀬くんみたいに上手くいかないなあ。前に転がってっちゃった。
「ふう、ごめん阿瀬くん、やっぱり足でひょいってできなかった……。どうしたの?」
「え、あ、いや、な、なんでもねえよ。それよりも、それがやりたいのか?」
「えっと、うん。さっき初めて見たときかっこよか……」
「っ!」
あううう。ま、また言っちゃった。うう。
「うう。えと、その、たのしそうだなあって、思ったから」
「そ、そうか、じゃ、じゃあ教えてやるよ」
うう、私のばか、また緊張しちゃった。
「まず右足の少し前にボールを置いて、そのボールの上に右足を乗せる」
「こ、こう?」
「そうそう、そんでそのまま右足でボールを引き寄せる。引き寄せたときに右足はボールより先に足元に着いとく。そしたらボールが転がって勝手に足の上に乗ってくれるから、乗ったときに足をこうやって上に上げるとボールも上がってくる」
「ううう、難しい」
「えっと、とりあえず、前のボールを転がして足の上に乗せて上に上げる。こうやって」
おお、すごい! 阿瀬くんはすごいなあ。
「やってみ? そんなに難しくないから」
「うん」
こうやって、ひょいっ。
「んー。難しい」
「おしいおしい、前にだけど上がってる上がってる。あとは何回もやってコツをつかむ。そうだなー、上に上げるときにもうちょっと右膝を曲げて、左足はもうちょい後ろに下げたほうがいいかも」
んーと、こうやって、ひょいっ。
「わあっ!ぎゅっ!」
ボールキャッチできた!
「阿瀬くん!!できた!!できたよ!!」
「おう! 見てたぞ! 出来たな! もう何回もしてると真上に上がると思うぞ」
「うん!! こうやってー、ひょいっ。わっ。できたできたー!」
できたー、えへへ。阿瀬くんすごいなあ。教えるときやって見せてくれて、こうしたほうがいいって教えてくれて、それでできちゃうんだもん!
「えへへ、阿瀬くんありがとう、できたよ!」
「よかったな! 俺もまさかそんなに早くできるようになるとは思わなかった。この調子ならもう何回かやってるともっと綺麗に上に上がるようになるぞ。たかしサッカーボール持ってるか?」
「えっと、ううん、持ってない」
「じゃあ今度やるよ。使い古しでボロボロだけど、家でもできるように」
「いいの?」
「いいよ、家で練習したらもっとできるようになるだろ? そしたらもっとリフティングとか教えてやるよ」
「うん! ありがとう!! 阿瀬くん、もう部活戻ってもいいよ?」
「なにいってんだよ、教えるのが今日の部活だって先生も言ってただろ? もうちょっと見てやるよ」
「でも、それじゃあ阿瀬くんがサッカーの練習できない……」
「あああ、じゃあ、綺麗に上に上げれるようになったと思ったら戻るから、それまで見ててやる。それでいいか?」
「うん、阿瀬くんありがとう」
「いいんだって、俺のためにもなるんだから」
えへへ、阿瀬くんは本当にすごいなあ。
もっともっと、できるように頑張れ!私!
「さ、じゃあやるぞ」
「うん!」




