たかしちゃんと転校初日
ゴールデンウィークが終わって5月11日の月曜日。
私は今日この“ダイワ中学校”に転校してきました。
今は先生に呼ばれるのを2年A組の教室の前で待っているところです。
転校が決まったとき、少し……ううん、とても、とても怖かったです。それでも私は頑張るって決めました。だから頑張ります。
でも。
どんな人がいるんだろう?
ちゃんと友達できるかな?
もし……もし、いじめられてしまったら?
不安でドキドキが止まりません。
ふう、頑張れ、私。
「おーい、高橋、入っていいぞー」
わっ。呼ばれちゃいました。
「は、はいっ!」
うう、胸がすごくドキドキ言ってます。
「お、おはよう、ございます……」
「ええええーー!!!」
「ひぃっ」
クラスのほぼ全員が大きな声を出しました。
みんな目をまあるくしてこっちを見ています。
男の子に女の子、わ、金髪の子がいっぱいいる……うう。
「大丈夫か?」
先生が手招きしてくれました。
「あ、は、はい」
「よーし、じゃあ高橋、名前は黒板に書いといてやったから、あとは適当に自己紹介してくれ。簡単にでいいぞ、好きな事とか得意な事とか誕生日とか」
あ、ほんとだ。
後ろの黒板には大きく『高橋たかし』と書かれていました。
正真正銘私の名前です。
そっか、だからみんな驚いてたんだ……。
ううう、頑張れ、私。
ここで挫けたらクラスに馴染めなくなってしまいます。
しっかり自己紹介しないと。
深呼吸。すうー、はあー。
よしっ!
「は、はじめま……」
「いや!!男じゃねえのかよ!!」
「ふにゃっ!」
窓際の席に座っていた男の子が急に立ち上がって声をあげました。
「女!?ほんとに!?」
「でも、たかしって、ええ?」
「見た目は女なんじゃない??」
「あうう、うう」
「実は男なんじゃね?」
「オカマ?オカマなの??」
「俺もしかしたら男もいけるのかも」
「気を確かに持て、男だぞ。おいしっかりしろ」
ううう、男じゃないです。
「おーいみんな静かにしろー、阿瀬もちゃんと座っとけ、まだ自己紹介終わってないぞ」
「いや、だって先生! 名前、いや、先生!! 男じゃ、女……先生!!」
「阿瀬うるさいぞ、どっからどう見ても高橋は可愛い女の子だろ?」
「だれーさっき男とか言ってたの」
「こんなに可愛い女の子なのにね」
にゃうう、女の子です。女の子ですけど、可愛くないです。
ほっぺ赤くなっちゃってないかな、あついよう。
「べ、別にそこまでじゃないけどね」
「だよねー」
「女でよかったー、あとちょっとで男もいけるやつになるとこだった」
「てことはもしかしてお前惚れた?」
「え、いや……」
「おーい、ざわざわすんなー。すまんな高橋、自己紹介続けてくれ」
「うう、えっと、は、はい」
じ、自己紹介……。
ふうー。
「は、初めまして! き、今日、この学校に転校してきました、高橋たかしっていいます。しゅ、趣味はお裁縫です。えと、それから、誕生日は3月3日です。あ、ね、猫さんが好きです。名前、こんな名前ですが……女子です! よ……よろしくお願いします!!」
うう、大丈夫、失敗してない。
よろしくお願いします……!
「ああーーんっっ!!」
にゃっ!
な、なんだろ、今すっごく色っぽい声が聞こえた気がしたけど……。でも誰も気にしてないみたい。
さっきの男の子……は絶対違うし。気のせいだったのかな?
こっちの方から……。
あのポニーテールの女の子かな……あう、にらまれちゃった。
「おっはよー!! セーフだよね!!!」
ふにゃ!?
「あれ?」
「わっ」
ふ、不良だーー!!
短い金髪のツインテールで、お化粧してて、イヤリングもネックレスもブレスレットもつけてて、スカートもみっじかくって……セーラー服もなんか……お直しされてて……。
うう、不良だあ。不良さんに目をつけられちゃったかも……。
「かっわいいいいいーーっ!!!」
「うにゃっ」
「え!? 転校生!? 先生!!ええ!!かわいいいーっ!!」
あ、あう……やっぱり目をつけられ……。
「ふっふふふふふふふ」
うにゃあああ!
た、たべらるる……!
「がしっとー!!」
ああうう、おててが……食べないでーー!!
「ね! 私とお友達になろ!! いいでしょ!!」
あ……あれれ?
「よーし、吉良遅刻なー」
「ええ!セーフでしょ!セーフ!!ってそんな事より!あなた名前は!?」
「わ、え、えっと……」
名前……。
「あ!! 高橋……たかし……!? 変な名前!! 男の子みたい!!」
ううう、やっぱりいじめられちゃう……。
「でも……。でも、かわいいね!!すっごくかわいい!! 私は綺羅名っていうの、苗字は吉良ね!私のことは綺羅名って呼んで!!」
ふにゃっ、きらなちゃん……。
かわいくっていいなあ……。
私なんて……男の子みたいな名前だもん。
「今から友達だからね!!」
「うう……えっと……」
「やったー!! 友達ね!!」
ま、まだ何も言ってないのに……。
でも、よかった。
怖い人じゃなくって。
「じゃあねじゃあね……。たかしちゃんって歳いくつ??あ、同い年か。じゃあ好きな食べ物は?好きな色は?好きな歌は?好きな歌手は?好きな人っている?このクラス?あ、転校してきたばっかだっけ。じゃあじゃあ得意な教科は??特技は??そうだ!!昨日何してたの??朝は何時に起きたの?今日の朝ごはんなに食べた?どこから転校してきたの?隣町?もっと遠いところ??家はどこ!?犬飼ってる!?それとも猫??それからそれから……」
びっくりするくらいのマシンガントークです。友達が、できました。多分。
「あう、え、あの、えっと」
「たかしちゃん、可愛いね!! こんな可愛い子初めて見たよ!! お人形さんみたい!!」
そ、そんなことないです。でもよく言われます。
「髪の毛長いし綺麗な黒色だねぇ!! 真っ直ぐだしつやつやで可愛い!! いいなあ」
それもよく言われます。で、でも可愛くはないです。
「あっ! よく見たらポニーテールだ! このおっきな赤いリボンも可愛い! 猫耳みたい!」
リボンは可愛くてお気に入りです。
「それからお肌白い!! 綺麗!!」
き、きらなちゃん、あなたは私の全部を言うつもりですか!
そろそろ恥ずかしいです……。
「今度私と髪型取り替えっこしようよ! 私がポニーテールにしてね、たかしちゃんがツインテールにするの! 楽しそうでしょ!」
確かに、とても楽しそうです、でもちょっと、何が何だか。
完全にき、きらなちゃんのペースです。
「そういえばうちの学校に転校って珍しいね!!受験したの??うちの入試変でしょー?」
えっと、確かに試験は面白かったです。
「ここの学校受かるってたかしちゃんはすごいね!!! それにすっごい可愛いし!!」
そ、そんな、すごくも可愛くもないです……。
「こんな名前なのにね!!」
チクリっ。
あれ、今胸の奥に何か刺さった気が……き、気のせいだと思います。
「そうだ! どこの美容室行ってるの? すっごい似合ってて可愛いねっ! 名前こんなんだけど!!」
グサリっ。
あれ?なんかだんだん痛い気がしてきました。気のせいなの…かな…。
「私守ってあげるね!! 男みたいな名前だからいじめられないように!!」
バッサリ!!
「あうう、うう」
うう、この子は天然なんだ。気づいてないもん。こんなに笑顔が可愛いもん。悪気は無いんだ。天然が、天然が私を傷つけているんだ。天然が……。
「ええー!? たかしちゃんなんで泣いてるの??」
「あーあーきらきらがたかしちゃん泣かせたー!」
「普通そこまで言うかー??」
「さすが吉良、お馴染みの地雷踏み」
「高橋さんかわいそう。デリケートな名前なんだから気を使ってあげないといけないのに、吉良さんったら……!」
「嬉し泣き?ぎゅーう」
ふにゃあ!?
あったかいです。
あ、お胸、おっきい……ううう。
私のこと心配してくれて。優しい声で話しかけてくれて、いい人なんだ。でも……。
「やっぱりこんな名前でもちゃんと女の子なんだね!」
ああ、本物だ。ううう。
「おい吉良、高橋と友達になれそうな雰囲気だったからセーフにしてやろうと思ってたがいきなり泣かせてどうすんだ。ほら席に戻れ。ったく、そもそもその制服もどうにかならんのか」
「いいでしょー制服くらい!」
「くらいって、それだけじゃないだろ。……まあ今はいいか。大丈夫か高橋? お前はあそこの一番後ろの席な。それからお前たち、見ての通り高橋は女の子だ。先生もそうだが変わった名前の奴なんていくらでもいるんだ、みんな仲良くしてやってくれ!」
「はーーーい!」
「はーーい!!」
「もちろんですわ!」
「もちろんよっ!!」
「吉良、お前はわかったから高橋を離して席に戻れ」
「はーい」
すまんな高橋、吉良には悪気は無いんだ仲良くしてやってくれ。先生がそう小声で言いながら背中をぽんっと押してくれました。
「ほらっ、こっちだよ」
きらなちゃんが手をキラキラした笑顔で私を呼んでいます。
わたしのダイワ中学校での初めてのお友達……吉良綺羅名ちゃん。
きらなちゃんはかわいくって、ちょっと不良みたいで。
「また後でお話ししようね!」
とっても明るくって、優しくって、あったかくって、それから……。
「男みたいな名前だけど心配しなくていいからね!私がちゃんと守ってあげるから!」
とっても天然さんでした。
私を席に座らせるときらなちゃんはルンルンとスキップをしながら自分の席に戻って行きました。
私の“ダイワ中学校”での生活1日目。1時間目は泣いてしまってなにしたのか全く覚えていません。
「ううう、うう」