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プロローグ

「姫、海賊に囲まれました。」

100人の従者を連れて出航した般若姫は、現在の山口県柳井市の沖で、海賊に航路を塞がれた。

「あのような大船団で、一糸乱れぬ連携、何が海賊のものか。」

般若姫はそう言い捨てた。

九州の臼杵を出発する前に母親に言われたことが脳裏に浮かんだ。


「どうしても都に行くと言うのですか?」

「ええ。」

「わかっているのですか?あなたは半妖なのですよ?」

あやかしである母親が娘に言い聞かす。

「半妖である事を、恥じた事はありません。それにあの御方も知っております。」

「あなたが都へ着ける保証は、何処にもないのですよ?」

「構いません。」

「必ず都から邪魔が入るはずです。命すら落とすことに。」

母の玉津姫は、都を追われた身である。

般若姫が玉津姫の娘である事は、都の者たちにも知れ渡っていた。

「きっとあなたは人を恨むでしょう。そして怨念に囚われます。」

かつて玉津姫は、怨念に囚われかけた。

自らの経験があるからこそ、娘を一層心配した。

「わは、人を恨みません。」

「あなたを殺すために都から術者が仕向けられるでしょう。命を落としたとしても恨まぬと言えますか。」

「はい。」

般若姫は、一点の迷いもなく、はっきりと返事をした。

「このまま、ここで私達と、娘の玉絵姫と一緒に暮らすという選択肢はないのですか?」

「玉絵姫は、父上と母上にお預けしますゆえ。」

「そこまで皇后になりたいのですか?」

「いえ、わは、ただあの人に会いたいだけです。」

「会うどころか、命を落とす可能性の方が高いのですよ。」

「道中で命を落とすような事があれば、それもまた本望でございます。」

般若姫の意志は変わる事が無かった。

般若姫が玉津姫の前から下がった後、玉津姫は庭先で声を発した。

そうほくこれへ。」

誰も居なかった庭の地面から人影が生える。

二人の従者がいつの間にか、かしこまっていた。

「命に代えても般若姫を守れ。」

「身命に代えましても。」

二人の従者が命令に答えた。


般若姫の父親は、ただの炭焼き職人だったが、妖の嫁を貰ったため、人常ではない方法で長者になっていた。

父親は、娘可愛さに1000人の従者を雇い、般若姫の護衛につけた。


般若姫の一行も大船団となっている。

その辺の海賊風情が相手にできるわけがなかった。


「草、木、陸へあがるぞ。」

般若姫は二人の従者に命令した。

般若姫があがった陸は、海賊小屋がある海賊のテリトリーだった。

絶世の美女と謳われた般若姫に海賊共が群がる。


「いい女じゃねえか。」

「俺たちが相手してやろうか?」

「おい、焦るな。まずはお頭からだろ。」


般若姫と二人の従者を取り囲んだ海賊は、頭領が出てくるのを待っていた。

「何の騒ぎだ。」

他の海賊たちより一回り体格が大きいがっしりとした男が言った。

「お頭、いい女がいるんでさ。」

「俺たちにも、まわしてくださいよ。」


「ほう、海賊の住処に何の用だ?」

体全体を嘗め回すように見ながら、海賊の頭領が言った。

「手を貸せ、わが無事に都へ着けば褒美は思うままぞ。」

「思うままってよ。」

周りの部下たちに大きな声で笑い飛ばした。

部下たちも、下品な笑いを浮かべる。

「俺たち海賊はなあ、貰えるかわからんものより、目先のもんに飛びつくのよっ」

下品な笑いを浮かべながら言った。

「お頭、とりあえず裸に剥いちまおうぜ。」

そう言って一人の海賊が般若姫に近寄っていった。


突如、何もない砂浜で、何十もの木の根のような物が出現した。いや、一瞬で生えたと言うべきか。

近寄った海賊が全身根刺しにされたのは、一瞬だった。

「あ、妖。」

海賊の頭領の言葉に、周りを取り囲んでいた海賊たちが一斉に離れて行った。

「貴様らのような下賤の者なぞ、いつでも殺せる。」

そう言った般若姫から放たれた殺気は、人のものではなかった。

「お、俺達に何をしろって言うんだ・・・。」

恐れ、ビビりながら頭領は聞いた。

般若姫は海を指さした。

「あれに見える海賊をどうにかしろ。」

「は?海賊だって?おい、何処の海賊だ?」

頭領は部下に聞いた。

「み、見た事もない海賊の大船団です。」

「ひとの縄張りで好き勝手やりやがって。相手してる船団は、あんたの船団か?」

「そうじゃ。ちと手こずっておる。」

「わ、わかった。手を貸そう。行くぞ!野郎ども!」

「おおおーーーっ!」

海賊たちが一斉に出船していった。


「姫、我々はどういたします?」

「このまま陸路を行く。海路はここを抜けたとしても、また次があろう。」

般若姫は、更なる待ち伏せを予想していた。


ピューイ。

上空で鳥が鳴く。


別段、それが変わったことではないが。

「姫、危ないっ」

二人の従者が般若姫を覆う。


砂浜に飛来したのは、炎を纏った鳥。

一瞬にして、辺り一面を火の海と化した。


「朱雀か。」

無傷のまま、般若姫は立ち上がった。

無傷ではあるが、従者の草と木を失った。

「無傷とは参りましたね。」

一人の男が頭を掻きながら言って現れた。

「術者か?」

「ええ、まあそんな所です。」

「わを殺しに来たか?」

「恨みはないんですがね、命令でして。」

「あの御方はご存知かえ?」

「いえ、スベラギは、ご存じありません。」

「そうか。」

般若姫は、安心したように微笑した。

「申し訳ありませんが、ここで。」

「わも簡単にやられるつもりはない。」

「そうでしょうね。」


男の前方に根が生える。

何本もの根が男を襲う。

根刺しになるはずが、見えない障壁が男を守る。


「玄武の門まで開いたか。」

「申し訳ない。臆病なもので。」

「ふっ。」

般若姫は笑った。


男は、瞬時に横に飛び転げた。

男が元居た場所には、無数の根があった。

背後からの。


「危ない、危ない。」

「中々やるではないか。」

玄武は北を守護する神、北を背にしていれば、最強の護りとなるが、背後からの攻撃には、無防備となる。


朱雀や玄武の四神は、6世紀に中国から伝わったとあるが、それより以前の古墳からも壁画が見つかっており、中国から伝わったかは、未だ謎である。


「名くらい聞いておこうか?」

西門ニシノカドと申します。」

「ほう、術者の名門だな。しかし、わを一人で相手にするには、力不足ではないかえ。」

「その通りで。」


般若姫は、右手をかざす。

遠くから飛来する火矢を防ぐために。


本来であれば右手で発した障壁により火矢は防げるはずであったが、火矢は障壁も般若姫の右手も突き抜ける。

「ちぃっ。」

般若姫は、右手を捨て、体を捻る。


グサッ。


火矢は砂浜へと突き刺さり、消滅した。

「くっ、一矢いちのやか。」

「ほう、一矢をご存じで?」

「母上に一矢には気を付けろと言われておる。」

失った右手を抑えながら般若姫は言った。

「お初にお目にかかります。」

丁寧にお辞儀をする丁寧な男が現れた。

「一矢は、下野したと聞いておったが。」

「ええ、度重なる権力争いに疲れましたので、名も捨てました。」

「何故、ここに来た。」

「しらがみというものが、ございましてね。非常に残念ですが。」

一矢は、西門の方を見た。

無事な姿を見て、


チッ


舌打ちした。

「来るのが遅いだろっ!」

西門が抗議する。

「早すぎたと後悔している所だ。」

一矢がボソッと言った。


術者の名門が二人。

二人の従者を失い、右手を失った般若姫は、自分の不利を悟った。


「わは、何としても都へ行くつもりじゃ。」

「残念ですが。」

行かせるつもりはないと、西門が言った。

「そうか。」


般若姫と術者二人の間に巨大な根の壁が生えた。

幾重にも縺れ合った強固な根が。


「朱雀は?」

一矢が聞いた。

「もう使った。」

「役立たずがっ。」

「お前が速く来ないからだろ。」

言い争ってるうちにも般若姫は、確実に逃げて行く。

「火矢で燃やす。」

一矢がそう言って、術を唱えようとしたが、西門が止めた。


般若姫は、炎で燃やされた残骸の中を一歩一歩、歩いていた。

燃やされたのは、海賊たちが使う小屋だった。

道なき道を一歩一歩。

都へ向けて。

都へ着けないと判っていても、引き返す気は無かった。


突如、足元を失った般若姫は、落下した。

ありえない現象だった。

半妖である般若姫は、落下する事がない。

足場が無くても、浮遊する事ができる。


しかし、浮遊する事が出来ず落下し、落水した。

「井戸かっ!」

半妖である般若姫がおぼれる事はない。

だが、確実に沈下していく。

「くっ、祓水か。」

井戸は、祓水で満たされていた。

妖が祓水で浮く事は無い。


「掛かった。」

西門は、懐から札を3枚出し、地面に置いて術を唱える。

般若姫を滅する術を。


「ぬっ、滅術か。」

自らの体が術によって消えていくのを般若姫は感じ取った。

「ふふふ、ふはははは。」

自らの死を悟り笑った。

「わは、ここに誘いこまれたという訳か、流石は西門の者と言うべきか。」

祓水の中であっても、普通に声を発した。

そんな般若姫に母、玉津姫に約束した言葉が浮かぶ。

「わは、人を恨みません。」


「見事なり、西門と一矢の者たち。」

般若姫は笑った。

「願わくば、あの御方に、一目お会いしたかった。」

愛しの君に思いをはせる。

「父上、母上、そして玉絵姫。先逝く不幸をお許しください。」

そして、般若姫は消滅した。


般若姫が消滅すると共に、術者たちの前にあった根の壁も消滅した。

西門と一矢は、般若姫を消滅させた井戸に向かった。

井戸の傍には、小さな植物の芽があった。

西門は、懐より札を出し、

一矢がそれを止めた。

「何をする。」

「悪いものではないだろう。」

「妖化しないと言い切れるか?」

西門が、一矢に強く言った。


「この世の万物で妖化しないものが存在するのか?」

一矢の問いに西門は、答える事が出来なかった。

「一矢の名は捨てた。しらがみも、今回で終わりだ。俺の一族は、この地に留まる。それでいいだろう。」

「確かにお前の言う通り、悪いものではないな。」

そう言って、西門は札を懐に仕舞い込んだ。」


翌日、小さな芽は一晩で立派な柳の木と成長した。

柳の木と井戸から、後にこの地の名となるのは、まだ先の事だった。


般若姫事件で不興をかった術者は、都落ちが命じられた。その後は、歴史の通り陰陽道が台頭し、術者を歴史から消滅させた。

術者に依頼した一族は、一族郎党、般若姫が命を落とした地に封ぜられた。


今は昔の物語。


諸説あり!

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