鉄刺
「うひょおおおっ、見てみい、てっさじゃぞ。」
ふぐの刺身を前に大はしゃぎする日照様。
傍から見れば、若い女性、谷岡杏子がはしゃいでるだけだが。
「なんですか?てっさって?」
杏子が自問自答する。
「鉄の刺身じゃから、てっさじゃ。」
「鉄???」
自分で言いながら、自分で?マークを浮かべる杏子。
「ふぐが当たると死ぬ事から鉄砲って呼ばれていたんですよ。」
市谷が説明した。
「ああ、それで鉄なんですね。」
横で聞いていた咲が納得した。
「すみませんね、市谷さん。こんな席を設けて頂いて。」
「いえ、こちらこそ費用が払えず申し訳ありません。」
民俗学の研究者とはいえ、それで食えるはずもなく、市谷の本職は普通のサラリーマン。
一般的に除霊にはお金が掛かる。
浄化の舞といえど、将人が使用した札は48枚。
札の相場は、一枚が10万~100万。
安く見積もっても480万円の札代が掛かっている。
更には3人分の交通費もばかにならない。
交通費すら、市谷が負担するのも厳しいのが現状である。
「東家から費用は出ますので、心配しないでください。」
「そ、そうですか。」
そう言われて、市谷は安心した。
「術者にとって、般若姫事件は大事件ですから。」
「先生、玉藻の乱は学校で習いましたが、般若姫事件は習ってないのですが?」
咲が言った。
将人、咲、杏子の3人は皆、術者の高校を卒業している。
術者の高校は神霊山にあり、東家が管理している。
常に開校している訳ではないが。
「般若姫は、用明天皇のお后ですからね。」
市谷が言った。
「般若姫の件で、もぐもぐ。天皇の不興をかったからのう、もぐもぐ。術者はおはらい箱よ。もぐもごっ・・。」
ふぐを一生懸命頬張りながら、日照様が説明した。
「玉藻の乱で、大半の術者を失っておりましたしね。」
術者が都落ちした後、大陸から伝わった陰陽道が台頭する事になる。