半妖
まだ夏ということもあって、18時といっても外は明るい。妖や霊に会いそうな時間といっても、そんな雰囲気もない。
が。
雅な和服を着た女性が浜辺に立っていた。
明らかに人ではなく、禍々しい気を放ちながら。
「日照様、遠路はるばる、お越しいただきありがとうございます。」
そう言って浜辺に座し、深く礼をした。
「お主、体の半分を邪気に侵され、ようも正気を保っておれるな。」
般若姫の霊は、黒く禍々しい邪気に覆われていた。
「あは、半妖ですので。」
「半妖とな?」
「はい、母の玉津姫が、妖でしたので。」
そう言って、般若姫は、母親の事を語りだした。
辛亥の変にて、主を失った玉津姫は、命からがら都を逃げ出し、九州の山中で息絶えようとしていた。
既に人の姿を保つことも出来ず、半身は枯れかけの植物と化していた。
「許さん、許さんぞ、人間め。この身果てようとも。」
残る生命力を振り絞り、怨念を練り込んでいく。
意識を失う、その時まで、只管、人間への恨みを反芻した。
そんな玉津姫が、再び意識を取り戻したのは、山の中にある小汚い小屋の中だった。
「はっ・・・。」
起き上がり、当たりを見回す玉津姫。
彼女の目に写ったのは、炭で汚れた一人の男だった。
「なにやつ。」
「心配せんでええ、ここには、おらしかおらん。」
男は、口数が少なく、ただ一人炭焼きで生計を立てていた。
男の看病で、玉津姫は力を取り戻し、完全に人の姿が保てるまで回復した。
「わは、人ではない。怖くはないのか?」
「炭焼きは、植物と共にある。何が怖かろうか。」
「ふっ、おかしな奴じゃ。」
男の優しさに触れ、人への恨みも次第に薄れていった。
やがて二人は恋に落ち、夫婦となった。
「なるほどのう、玉藻の乱の生き残りが居ったのか。」
日照様が言った。
「はい、母は玉藻の配下だったと聞いております。」
「ふむ。」
辛亥の変は、今なお仮説と言われる内乱である。
歴史上の記録には残ってはいない。
しかし、術者の歴史には記録されていた。
玉藻の乱と。
「日照様がご降神されたと聞き、一矢の子に、頼みました。」
「ほう、市谷は一矢の末裔か。」
そう言って、日照様が、市谷を見ると市谷は礼をした。
一矢の一族は、術者の一族だが、玉藻の乱後に都を離れ名を変えた一族だった。
「わを滅ぼしたのは、一矢と西門の者ですので。」
そう言って、般若姫は笑った。
「恨んではおらんのか?」
「彼らとて、命じられてやった事。それにもう大昔の事です。」
「確かにのう。」
「うちの一族は、元は東家に属するとは言っても大昔の事です。伝手も何もなく、それで神原さんにメールをした所存です。」
市谷が経緯を日照様に説明した。
「一矢と西門かあ。それは将人が断る訳はないのう。」
そう言って日照様は、将人を見た。
将人は苦笑いした。
「先生は、確か・・・。」
咲が呟いた。
「ああ、母方の姓が西門だよ。」
将人は、咲に答えた。
「それで、般若姫よ。我に何を望む?」
「邪気を浄化して頂きたく。」
「わかっておるのか?邪気を祓えば。」
「はい。承知しております。」
「そうか、覚悟は出来ておるのじゃの。」
「それにこれ以上、あれの影響を受けては、いくら半妖といえど正気は保てません。」
「わかった。将人、準備をせい。」
「はい。」
日照様に言われ、将人は般若姫の周りに札で陣をしいた。
「西門の子よ、あれが目覚めるのも、そう遠くない。」
「心得ております。」
般若姫に声を掛けられた将人は、そう答えた。
「咲、ついてまいれ。」
日照様に言われ、咲は舞を始める。
般若姫の周りにしかれた陣の外周を二人が舞う。
浄化の舞を。
浄化の舞は、失われた舞。
1000年以上、失われていた舞だが、日照様が降神され現代に蘇った舞の一つである。
般若姫の周りに纏っていた黒く禍々しい邪気が次第に薄れていく。
それと同時に般若姫の存在も薄くなっていった。
「ただの霊となってから、本当に楽しかった。子らが育ち親になり、そしてまた子が生まれ。」
般若姫は薄れていきながら、天を仰ぐ。
「日照様、ありがとうございます。」
般若姫は深く深く礼をした。
ゆっくりとゆっくりと存在が薄れていきながら、やがて消滅した。
最後に朗らかな笑みを浮かべながら。




