猛者
昼食を取ろうという事になり、市谷の予算的な問題もあって、普通の定食屋へと入っていった。
市谷は4人分の日替わりランチを頼んだ。
「日替わりらんちは、なんじゃろうな?」
「魚のフライ定食みたいですよ。」
席に着くなり、自問自答する杏子。
杏子が魚のフライ定食だと気付いたのは、テーブルに置かれたメニューを見たからだ。
日替わりというのは、魚の種類が日替わりということらしい。
運ばれてきた魚のフライを一口頬張る一行。
「旨いっ!なんじゃこの弾力はっ!」
魚とは言いがたい身の弾力に日照様は驚いた。
「なんでしょうね、ふぐではないと思いますが。」
地元民であるはずの市谷も、何のフライか判らなかった。
「これは今まで食べた事が無い食感ですね。」
将人も感心したように食した。
「美味しいです。」
咲も満足のようだ。
「ちょっと何の魚か聞いてきますね。」
市谷は、席を外した。
「おばちゃん、これ何の魚かね?」
厨房のおばちゃんに声を掛けた。
「モサって魚なんじゃけどねえ。」
「ああ、モサかね。なるほどねえ。」
「モサ、知っちょってかね?」
「ああ、俺は、地元じゃけえね。」
厨房のおばちゃんは、少しバツが悪そうな顔をした。
今日は、いい魚が仕入れられず、仕方なくモサにしたようだ。
テーブルに戻った市谷は、一行に魚の種類を告げた。
「モサのフライだそうです。」
「モサ?」
将人と咲は、何の魚か判らなかった。
「ほお、瀬戸内にも鮫がおるんじゃのう。」
「サメと言っても、小さいサメですがね。釣りをしていると外道で釣れるんですよ。」
「ふむ、猛者と言えば人食い鮫じゃがのう。瀬戸内では違うのかえ?」
「ええ。」
一般的にモサ(猛者)と言えば、ホオジロザメの事を指すが、山口県の瀬戸内では、小さいサメをモサと呼んでいた。
「サメという割には、癖がまったくありませんね?」
将人は、サメと聞いてアンモニア臭を思い浮かべたが、このフライには、まったく臭みはなかった。
「そうですね。恥ずかしながら、私も食べたのは今日が初めてでして。」
一行は、大満足で昼食を終えた。
「まだ日は高いし、観光でもして時間を潰すかの。」
そう提案したのは日照様だった。
「夜まで待つという事ですか?」
将人が聞いた。
「いや、逢魔時でよかろう。」
「なるほど。」
日照様の提案に将人は納得した。
逢魔時とは、暮れ六つとも言われ、18時を意味していた。
「では、せっかくですからモサを見に行きますか?」
「さっきのフライですか?」
杏子が聞いた。
「ええ、触る事もできますよ。」
「えええー・・・。」
見てみたいとは思ったが、杏子は触りたいとは思わなかった。
「ほう。」
しかし、日照様は興味深そうに頷いた。
触る気満々である。
周防大島にある「なぎさ水族館」は、水族館という名はついているものの規模は小さい。
館内の広さといえば、田舎によくある民俗資料館と変わらない。
館内には、タッチングプールというものがあり、色んな魚やタコに触る事が出来る。
「おおー、猛者が居ったぞ!」
タッチングプールではしゃぐ日照様が、モサを発見した。
そんなに素早くないので、子供でも捕まえる事が出来るのだが、杏子の抵抗があり、日照様の動きは鈍い。
「ええい、杏子。邪魔をするでない。」
「日照様、私が。」
そう言って、咲が難なくモサを捕まえた。
「どっからどう見てもサメですね。」
咲は、モサを持ち上げて見回した。
「ほんにのう。」
そう言って、モサを触る手は震えていた。
「楽しんでもらえてよかったです。」
タッチングプールに入ってない市谷は、2人の女性が、はしゃぐのを見て、将人に言った。
観光を堪能した一行は、18時前には、大島大橋の付け根にある海岸へと移動していた。