神峰山般若寺
少女の真剣な顔つきに市谷は身構えた。
「今日の昼飯は、なんじゃ?」
「はい?」
あまりにも予想外の質問に、市谷は意表を突かれた。
昨晩は、ホテルの中華を食べ、朝食はパン。
日照様は、いまだ目的の新鮮な魚介類を食していなかった。
「も、申し訳ありません。特に考えておらず、どこかの定食屋で昼食を取れればと・・・。」
「くっ・・・。」
「観光に来たんじゃないって言ってませんでした?」
自分で自分に突っ込んだ。
「な、何をいう。観光と食事は別じゃろ。」
傍で見ていた将人と咲は呆れた。
「そ、その代り、夜は、ふぐ懐石を用意しております。夏ふぐも、おつなものですよ。」
「お、おおおおっ!」
日照様のテンションが最大級になった。
一行は神峰山般若寺を見て回ったが、特段変わった事は何もなかった。
が。
「な、なんですか、あの猫!」
そう言って、指さしたのは、杏子だったが。
「猫ですか?」
指さされた方を市谷が見たが、猫は居なかった。
決して見えない振りをしているわけではない。
「先生、猫が見えますか?」
咲が将人に聞いたが。
「いや。日照様、猫が居るのですか?」
「随分と不細工な猫じゃのう。」
「ボーちゃん、猫が見える?」
咲は、自分の周りをフワフワと飛んでいる毛玉に聞いた。
「いや、見えない。」
見た目に反して、随分と野太い声だった。
「髪の毛生えてますよ?気持ち悪っ。」
「ああいう不細工なのは、一周回って可愛いというんじゃないのか?」
「2周しても3周しても、気持ち悪いです。」
自問自答する杏子を尻目に猫は鳴いた。
「はんにゃあ~。」
随分と間の抜けた鳴き声だが、聞こえたのは杏子のみ。
「ついてこいと言っとるの。」
自分で言って自分で首を振る杏子。
「無理、無理、無理。」
「怯えるでない杏子。アレは悪いものじゃない。」
「無理なもんは無理です。」
嫌がってついて行こうとしない杏子だが、日照様は強引について行こうとした。
傍から見ると、ロボットダンスでもしているかのような滑稽な動きではあったが。
不気味な猫が向かった先は、見通しのいい場所だった。
眼下には、瀬戸の海が見渡せる。
「はんにゃ~。」
間の抜けた鳴き声で、右の前足を上げて、大島大橋の方を足指した。
「ふむ、橋元の海岸へ行けということか。」
日照様がそういうと、不気味な猫は姿を消した。
「杏子ちゃんにしか見えないということは、神霊でしょうか?」
咲が将人に聞いた。
「動物の神霊化は、人間に比べれば可能性は、なくはないが、しかし。」
元々、神霊は人に見えない。
つまり神霊化したとしても確認する方法がない。
「市谷さん、般若姫の時代に猫は日本に居たのですか?」
将人が疑問に思っていたのは、猫があの時代に日本に居たかだった。
「仏教や陰陽五行と共に日本に持ち込まれたと言われていますから、居た可能性は高いです。伝承の中には橘豊日皇子が般若姫に猫を送ったというものもあります。」
「市谷さん、大島大橋へ向かって貰えますか?」
「わかりました。」
一行は大島大橋へと向かった。