依頼
「般若姫の霊がでる。」
東京の寺社仏閣修繕相談所に、メールが、よせられたのは、夏も終わろうかという時期だった。
「夏も終わろうかというのに怪談とはのう。」
そう、古臭い言葉で言ったのは、谷岡杏子19歳。
今どきというか垢ぬけた雰囲気の彼女からは、想像が出来ない言葉使いだった。
「なんですか?般若姫って?鬼みたいな?」
そう言ったのも、谷岡杏子19歳。
見た目通りの言葉使いだった。
「日照様はご存知ですよね?」
そう、所長の神原将人は、谷岡杏子に向けて言った。
「名前だけならのう。」
「日照様が知ってて、私が知らないんですか?」
谷岡杏子が答えて、谷岡杏子が質問した。
「記憶は共有出来んじゃろうに。」
「体は共有してるじゃないですか?」
傍から見ると独り漫才をしてるようだった。
「私も般若姫は、聞いたことないです。」
そう答えたのは、もう一人の助手、夕禅字咲25歳。
ショートで黒髪の杏子とは違い、銀髪のロングヘアの美人だった。
銀髪では、あるが純日本人で、祖先にも外国の血は混じっていない。
銀髪は、後天的なものであった。
「めいるの送り主はなんと?」
谷岡杏子の中にいる日照様が聞いた。
「山口県柳井市に来てほしいと。」
「周防国か、魚が美味しそうじゃのう。」
ジュルリと涎を垂らす日照様こと谷岡杏子。
「日照様が食べても太るのは私なんですからね!」
自分に自分で苦情を言う谷岡杏子。
「行く気満々ですね、日照様。」
「なんじゃ、我を置いて行く気かえ?」
「日照様というか杏子を置いて行けるわけないでしょう。」
先日までは杏子君と呼んでいたが、本人からの苦情で、今は呼び捨てにしている。
杏子よりも前から助手をしている咲を呼び捨てにしてるせいだが。
「ならば、めいるを無視するかえ?」
「いえ、まあ行こうとは思いますが、問題が・・・。」
日照様とは、神霊山の守り神で、昇神した神である。
ひょんなことから、谷岡杏子の体に降神してしまい現在の状況となっている。
俗にいう神降ろしと言われるものだが、今までの日本の歴史を紐解いても成功した例はない。
その唯一の成功例が谷岡杏子であり、世には彼女を狙う者たちが存在した。
所長である神原将人は、術者の組織に所属している。
術者とは、陰陽道が日本に伝わる5世紀より前から、日本に存在した特殊異能者たちの総称である。
卑弥呼の鬼道やヤマトの神道など、多種多様であったが、5世紀に日本に伝来した陰陽道により、術者は、次第に影を潜めていった。
現在の日本で、術者と言えば2流派に分類される。
東家と綾野家である。
神原将人は、東家の組織に所属していた。
組織のしらがみもあって、谷岡杏子を簡単には山口県へ連れていけない。
色々と根回しが必要になってくる。
難色が示されると思った山口出張だが、あっさりと許可がおりた。
「あっさり過ぎて、気持ち悪いくらいですが。」
将人は、杏子の中の日照様に言った。
「将人よ、つまらんことを気にするな。我は新鮮なお魚が一杯食べたいのじゃっ!」
欲望むき出しの日照様こと体は、谷岡杏子。
「新鮮な魚なんて、東京でも食べられるじゃないですか。」
自分で自分に苦情を言う谷岡杏子。
「ちっちっち、ふぐは、やっぱり周防の国で食べんとの。」
「ふぐは、石川県ですよ。」
神原将人がボソっと言う。
山口県が全力でアピールしている、ふぐ。
しかし漁獲量というか水揚げ量は、石川県、北海道、福岡についで第4位だった。
「東京で食べられない魚って、あんまりありませんよね。」
夕禅字咲が正論を言った。
「まったく、お前らは、風情というものがないのかっ。」