幕間
東京の繁華街、ジャスティスシティ。
その中央に建つ高層ビルの一室に時代錯誤な黒いローブを羽織った三人の少女が鏡を見つめていた。
彼女等は破滅をもたらすという魔女の一団だった。
灯台下暗し。この街を統治している正義の組織ジェースリーは魔女の味方では無い。彼女達は敵対組織が管理する地域のど真ん中に拠点を設置していた。
鏡に映すモノは少女たちでは無かった。
超能力者アイリルが遺したAP装置“万界の鏡”
指定した場所の過去の出来事を映す事ができる規格外のAP装置である。
アイリル以外の他の人間では決して生み出す事の出来ない代物だ。
「思いっきりAP能力使ってるじゃん。わかりやすく私達の敵じゃん。それで、誰が魔王だって?」
吐き捨てるように愚痴を言うのは“侵食”の魔女。
彼女は理外の力を持った魔女の一人だ。
鏡に映るのは高校生くらいの少年の姿。夢川清人の鬼神との戦いが再生されていた。
「異界の神を圧倒するとか馬鹿みたいな戦闘能力持ってるんですけど、忌々しい使徒共が可愛く見えるわ。偽神アイリル以前にこの怪物とぶつかったら私達全滅じゃない」
超能力者アイリルに殊に深い寵愛を受けている直属の部下を使徒と呼ぶ。魔女に抵抗することが出来る数少ない存在だ。
鏡に映された映像はさらに続く。
「はい出ました“物質変換”。これって言い方が違うだけの“メタモルフォーゼ”よね? 私達がうかうかしている間に偽神の依代が完成してしまったってこと? 私リタイアしていい? まだ輪廻ちゃんの後は追いたくないかなー」
侵食の魔女はテーブルに突っ伏し、やる気なさそうに言う。
メタモルフォーゼとは超能力者アイリルの能力だ。世界そのものを作り変えた人の身を超えた奇跡。
侵食の魔女の愚痴に答えたのは、OTAK部も一度遭遇している破滅の魔女だった。
「駄目よ。飛ばして見ないで、もう一度映像をよく見なさい」
「嫌だー。嫌な事からは目を背けるのが私の人生哲学なの」
破滅の魔女は駄々をこねる侵食の魔女に無理やり映像を見せた。
再び流れる映像の一部始終を嫌嫌見ていた侵食の魔女は、ある地点で目が釘付けになる。
「あれ? 彼が映らなくなった。周りの人間も気づいていないね。何? 能力? マルチ能力者? というか、万界の鏡を欺ける能力なんてあるの?」
「世界の記録としても残らない……そういう力を私達は良く知っているでしょう?」
「まさか静寂の力だっていうの? だって彼はAP能力者じゃん!」
侵食の魔女はありえないと映像の事実を否定する。
一緒に映像を見ていた三人目の魔女、幻惑の魔女は映像から状況を分析した。
「信じがたいですが、偽神が依代として選んだ人間と、我らが女神様が魔王として転生させた人間が被ってしまったという訳ですか。困りましたね」
静寂の力は魔女と同じ魔力側の力だ。物質変換はAP能力、超能力者アイリルに属する力だった。本来相容れないモノだ。
「えー、これって使徒共とこの怪物の取り合いをしなくちゃいけないの? 答えを焦って先に殺されちゃうかもしれないね。急いで保護しに行く? 私達の仲間になってくれるかわからないけどさ。幸い使徒共はまだ彼の存在に気づいていないのでしょ?」
「その必要はないわ。それについては私に考えがあるの」
破滅の魔女はイタズラを思いついたような顔をする。
「手遅れになる前に保護しなくていいのですか?」
幻惑魔女はそんな彼女に正当な疑問をぶつけた。
「百花繚乱なのよ」
「突然何を?」
「私は彼に初めてあった時からずっと彼の周りを探っていたのよね。そしたら本当に面白い事に、彼の所属しているグループには使徒にも匹敵するような百年に一人の人材が奇跡的に集まっているのよ。魔王が転生したという情報をあえて使徒に流したら面白い事になると思わない?」
「それ信じていいの? 使徒を侮りすぎじゃない? 皆殺しにされちゃうかもよ」
「まぁ一人二人でも使徒を減らしてくれたら儲けものでしょう? 最悪魔王さえ生きていればいいのだから、そこは私達で見張っておけばいいのよ」
「試してみる価値はありそうですね」
こうして魔女達の企てによって使徒とOTAK部が衝突する段取りが密かに行われた。
だが、彼女達の予想は大きく外れることとなる。
OTAK部の戦力は使徒どころか魔女さえも上回る領域に達しているとは想像もつかないからだ。
「ちなみに私も偶然にも彼と出会っています。彼のおかげで死者を出さずに済みました。とても紳士的な方でしたよ。仲良くしてくれると良いのですが」
幻惑の魔女は思い出したかのように言う。
彼女は源流剣高等学校で悪い生徒に追われている時、偶然にも清人に助けられていた。
本当に助けられていたのは悪い生徒達だったのだが、本人達が知るよしもない。
「そういう事は早くいいなよ。いきなり近づいても警戒されるかもだから、ゆっくり時間をかけて取り込みなよ」
侵食の魔女の忠告に幻惑の魔女は深く頷く。
AP装置の市場占有率九十パーセント以上をカバーしている企業があった。
株式会社ドリームデバイス。
世界でAP装置に関する全てにおいてドリームデバイスに双肩する企業は無い。
日本で最も注目を浴びている企業の一つであった。
その本社の最上階で、高価なソファーに腰を下ろし電話をしている男がいた。
歳は四十手前。社会人らしく黒い短髪は整えられている。背丈は日本人にしては高めの百八十センチメートル超え。
「そうか……見つかったか。わかってるよ。私も落ち着きしだい久しぶりに顔を出すさ」
そう言い男は電話を切った。
ふぅ……長いため息をつき、男は目を閉じて脱力していた。激務の為、疲労が表情に出ている。気を抜けば寝てしまいそうだ。
その時、部屋にノックの音が鳴る。
「いいよ」
「失礼します。おや? 珍しいですね。休憩中ですか?」
入ってきたのは秘書の女性。歳は男よりも上だ。
「ああ、私の愚息が見つかったと連絡が入ってな。一安心だ」
「良かったですね。夢川社長のご子息といえば、我社の幹部の間では麒麟児だと有名ですから」
「麒麟児では無いかな。我が子ながら傑物だとは思っているが、将来は本当に不安だよ。絶対に私の後は継がないらしい」
社長と呼ばれた男の名は夢川清一郎。行方不明になっていた夢川清人の父親だった。
「継がないだけならまあ良い。本人の自由だ。だがあいつは怪盗になるなどと言う。理解できるか? 人に聞かせられない痛い子に育ってしまった自分の息子の事を」
清一郎は額に手を当てながら清人の将来を悲観していた。
「それくらい良いじゃないですか。男の子ですからそういう時期もありますよ」
「そんで最近怪盗フェネックだとか出てきたそうじゃないか。悪い影響受けないか非常に不安で眠れんよ」
「その怪盗さんは実は社長の息子さんだったり」
「はははは、はは……まさかな……」
清一郎は否定しきれない現実が怖かった。
「将来に関しては心配ないのでは? 幹部達の噂通りなら引く手数多でしょう。絶対に人間には壊せないと自信を持って作った特注品のAP装置をシャーペンの芯のように折るって聞きましたよ。さすがに多少大袈裟に話しているでしょうけど、事実なら人間離れしたAP制御能力ですよ」
「あいつには赤子の頃からAP装置で遊ばせていたからな」
「事実なんですか?」
「そうだよ。商才しかない私と違ってあの子には武の才能がある。私の弟に似てだな」
「商才しかない?」
「厳しいね。これでも会社を大きくした社長だ。商才くらい持たせてくれてもいいだろう」
清一郎は笑いながら仕事を再開する。
「すみません、そういう意味では無かったのですが……」
AP装置は性能の悪いものでも決して安くない。清人が高価なAP装置を消耗品の様に使えるのは、AP装置を製造しているドリームデバイス社の社長の御曹司だったからだ。
ドリームデバイス社の幹部達も究極のAP装置を作る為に、絶対にAP装置を壊す男である清人を利用する。いくらでも試作品が送られてくるのだった。
(弟に清人の事任せきりだったな。そろそろ顔を見に行くか)
清一郎も激務の中でも息子の事を気にかける一人の親であった。




