帰還−4
リーナ王女の元から脱した僕等はエーテルの部屋へと急ぐ。途中何度か騎士に遭遇するが、日向さんが上手いこと無力化していった。
何だかこの世界に来てから逃げ回ってばかりいる気がする。
部屋に入るとすぐに鍵を閉める。
「ふふっ、そんなに急いで……そんなにも早く帰りたかったのですか?」
エーテルは自分に与えられた部屋の椅子でゆったりと寛いでいた。
彼女は可笑しそうに笑う。
「いや、そんな事無いけれど……リリィ王女が何故?」
エーテルとテーブルを挟んだ向かいにリリィ王女も座っていた。
「寂しい事を言いますね。私には別れの挨拶も許してくださらないのですね」
リリィ王女は悲しそうに言う。
僕は否定しようと慌てるが、すぐに「冗談です」とリリィ王女はいたずらに笑った。
「リリィ王女の命令のせいで騎士達に追われて酷い目に遭いましたよ」
「命令なんてして無いのですけれどね。こうであったらいいなと、ふと思った事を口にしたら周りが勝手に動いてくれただけですよ」
王女という立場で望みを言われたら、騎士達はむげには出来ないでしょうに。
実は意外と腹黒いのかもしれない。
「ですが、賭けは私の負けですね。残念ですが、ここはおとなしく見送らせてください」
賭け? 誰とどんなかけをしたんだろうか。
「清人さんがここまで到達出来るかどうかの賭けをリリィ王女としていたのですよ。貴方が本気になったら誰にも捕らえることなど不可能ですが、騎士達に絆されて捕まってしまう事もありえますので」
エーテルがリリィ王女とのやり取りを説明してくれた。
「ここに辿りつければ、リリィ王女は私達が帰る邪魔をしない。辿りつけなかったら、私は一人で元の世界に帰ると。そういう賭けをしていたのですよ」
賭けに負けても日向さんは帰してやれよ。置いて一人で帰ろうとするなよ。
日向さんなら帰れないなら仕方ないなとか言ってこの世界に永住しそうではあるけれど。
「では、そろそろ行きましょうか」
エーテルが指を鳴らすと、鍵を閉めていたはずの部屋の扉が強く押されたかの様に勝手に開いた。
城の廊下だったはずの外は真っ暗な空間となっており、陽炎のように歪んでいた。
「扉をくぐれば帰れますよ」
こんな簡単に元の世界に帰れるのか。
「凄い、まるで魔女みたいだ」
「それが魔女なのですよねー」
本当に鬼神を倒すまで帰れなかったのかと疑うレベルで簡単にやってくれた。
エーテルは立ち上がり、スタスタと歩いて扉の前で止まる。
「ボーっとしてないで早く行きますよ」
「せっかちだな。別れの挨拶くらいさせろよ」
リリィ王女が目の前にいるのに無視して帰るのは不自然すぎるだろ。色々とお世話になったのだから。
もう会えないかもしれないんだぞ。
「ならば、早く済ませてください。いつでも来れるのですから」
「そうなの? 来れるの? 聞いてない」
「聞かれなかったので。一度繋がってしまった世界の行き来は難しくないのですよ。私程の力があればお茶の子さいさいですね」
エーテルは自慢げに胸をはった。
「それじゃ、ではでは」
日向さんは手をひらひらさせ、一番乗りで扉をくぐって行った。次の瞬間には日向さんの姿は消える。
軽くない? また明日も会う時の別れの軽さじゃん。
いつでも来れるとわかったからって切り替え早すぎるでしょ。
日向さんの軽さに呆気にとられていると、リリィ王女に腕をひかれる。
「清人様、この度は私達の世界を救っていただき本当にありがとうございました。困った事や人手が必要になったらいつでも頼ってください。私ごときにできる事であれば、いくらでも手をお貸しします。特に用が無くても、いつでも居場所は用意しておきますね。気が向いたらいつでも気軽に遊びに来てください。皆も喜びますから」
「うん、何だかんだ言って楽しかったよ。そう遠くないうちに遊びに来るから」
「必ずですよ」
「約束する。またね」
リリィ王女に見送られながら僕も扉をくぐった。
暗闇に包まれて不安な気持ちになったのも束の間。懐かしい景色が視界いっぱいに広がる。
人気の無い村。僕等が聖剣によって異世界に飛ばされる前にいた場所だ。
帰って来たのだ……やっと。
疲れがどっと襲いかかる。とりあえず家で休みたいな。
僕の携帯端末から通知音が凄い勢いで鳴り響く。
両親、師匠、友達、学校関係者、OTAK部グループ全部合わせたら千件を超える未読メッセージが受信された。
九割以上をOTAK部が占めていたが、あいつらは暇だと意味の無いメッセージを送り合っているので気にすることでは無い。
【OTAK部】
一番偉い男:今日は九州地方を探らせたが気配の欠片も掴めなかった。俺様でもお手上げ状態だ。
最強の男:これで日本は全て網羅してしまったな。帝に見つけられないとなると死亡説が現実を帯びてきたか?
絶世の美女:清ちゃんに限ってそれはないと思うけどね。でも国内にいないとなると海外? 妖王に喧嘩でも売りに行ったのかな?
最強の男:となると元豪州の妖魔の巣窟か。そんな所に行くなら、俺等にも声かけてくるはずなんだよな。海外かー……費用馬鹿にならないんだよなー。
一番偉い男:妖王によって三日で滅ぼされた国だな。楽しそうだ。清人のせいで部活のイベントが悉く潰れたからな。丁度いい、旅行合宿とするか。
絶世の美女:わーい! 旅行だー! パチパチパチパチ(拍手)
全知全能の女傑:先に言っておきます。私は欠席で。
一番偉い男:沙羅はいつも通り強制的に連れて行くとして、俺様の資金が足りん。明日は皆でバイトだ。清人がいないと俺様の実入りがいつもより少ないのが残念だが。
絶世の美女:みっちゃんいつも資金足りてないよね。
最強の男:何で清人がいないと帝の実入りが減るんだ?
一番偉い男:知らん
最強の男:お前さては俺等の報酬ピンハネしてるだろ! おかしいと思ってたんだよな。危険度の割に報酬が割に合って無い気がしてたんだ。マジふざけんな!
絶世の美女:まあまあちょっとくらい許してあげようよ。
最強の男:香奈は金持ちだから良いかも知れねえけど、こっちは一般家庭だ。バイト代は貴重なんだ! 帝だって裕福な育ちだろうが!
一番偉い男:馬鹿め手数料だ。
最強の男:こいつ開き直りやがった! お前覚えていろよ。明日ぶっとばしてやる。
一番偉い男:それは楽しみだな。最強(笑)の男よ。
絶世の美女:と言う訳で、この四人で明日の朝七時にギルド前に集合で! みんな覆面忘れないようにね!
全知全能の女傑:私の意志。
全てを超えし者:ただいま。
僕はOTAK部グループの未読部分のメッセージを読み終え、短く帰還の報告だけ入れた。
携帯端末をしまった後、もの凄い勢いで通知音が鳴るが無視する。
明日は朝一でバイトか。僕が帰って来た事でバイトする根本的な理由が無くなった気がするが、どうせ皆集まるだろう。
「非常に気が乗らないが、今からギルドに報告に行くぞ」
言葉通り非常に嫌そうな顔をしながら日向さんは帰路につく。
「そうですね。行きますか」
僕としては今日の所はもう家に帰りたいのだが、こういう事は後回しにしたら余計面倒になるのがわかっている。
「ふわぁ、眠いです。私先に帰っていてもいいですか?」
「良い訳ないだろ……と思ったけど、君は人目につくのまずいか。日向さん、エーテルいなくても平気ですか?」
「少数ならともかく注目浴びてしまう可能性があるからな。身分を隠す事情があるなら帰ってもらってもいいぞ」
「やった!」
エーテルは、スキップしながら僕の前を歩く。
途中で彼女とは別れ僕と日向さん二人でギルドに向かった。
ギルドでは当然すぐに帰してくれる訳なく、散々な一日となってしまった。
こうして僕等の短い異世界生活は終わったのであった。




