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帰還-2

「清人考え直せよ。元の世界に帰ってもロクなことないだろ? つまらない日々が戻ってくるだけだ」


 それは日向さんだけでは無いだろうか。決して僕はつまらない日々など過ごしてはいなかった。


 残りたい気持ちは非常に理解出来る。それでも僕の夏休みはまだ希望に満ちているのだ。そこは譲れない。


「そんなに残りたいのなら僕ら先に帰ってるので、楽しんだ後に一人で帰って来るといいですよ」


「それは困る」


 折角の僕の提案にも乗り気では無いようだ。何が困るのだろうか。


「行方不明だった二十日間のギルドへの報告はどうするんだ? 俺が遅れることをどう報告する? 異世界で遊んで帰ってくるから遅くなるとでも言うつもりか? それに、余計な手続が増えてお前の夏休みが潰れるかもしれない。報酬だって支払われない可能性だってある。だから俺はギルド職員としてお前らと共に戻る責任がある」


 真面目過ぎるでしょ。


 でも確かに元の世界では僕ら二十日間行方不明になっているんだった。皆心配しているだろう。時代が時代だから既に命は無いと思われている可能性もある。


 妖魔か悪の組織にでも狙われて帰らぬ人となっていると思われるだろう。


 ギルド職員の日向さんがいてくれた方が色々円滑に進む。面倒事は押し付けられるしね。


 大事になって無いといいな。僕の親辺りが大騒ぎしてそうで嫌だなー。


「なおさら早く帰らないと駄目じゃん。自分で言っているじゃないですか」


「それはそうなんだが……このまま帰らないという手も……」


 どれだけ嫌なんだよ。ギルドのバイトで苦労しているのは知っているけどさ。


「一緒にバーベキューしましょうよ。日向さんもOTAK部の正体を知っている数少ない顔見知りですから、駄目だと言う部員はいませんよ。皆お世話になっていますからね」


「俺も行って良いのか?」


「もちろん!」


 日向さんは少し悩む素振りを見せる。


「……帰るか」


「勇者様まで!?」


 大臣達が騒ぎ始める。


 仕方ないよ。バーベキューは皆大好きだからね。


 僕達勇者? パーティーの意思が固まった。今日でこの世界ともおさらばだ。それはともかく今はパーティーを満喫しよう。


 ご馳走でお腹を満たそうと思っていたのだが、次から次へと人が挨拶をしにくるので落ち着く間がない。


 皆畏まっているので王様にでもなった気分だったが、居心地が良いわけでは無かった。誰かと顔を合わせる度に感謝の言葉を述べられるのも疲れる。


「清人様少しお時間頂いてもよろしいでしょうか?」


 次は誰かと思ったら、リリィ王女からのお誘いだった。


「うん、僕の時間で良ければいくらでも」


 日は完全に落ちきっていた。


 人気の無い城の廊下を二人で歩く。堅苦しい挨拶ばかりで疲れていたから良い気分転換になる。


 ふと、この世界での出来事を思い浮かべた。色々あったけれど、貴重な体験も出来て楽しかったな。


 リリィは僕の正面に立ち、向かい合う位置についた。


「この世界をどう思いますか? 景色、文化、人々についてです」


「どれをとってもとても魅力的だと思いますよ」


 質問の意図が分からなかったが、当たり障りの無い返事をした。と言っても嘘などついては無いが。


「そうですか……嬉しいです」


 再びリリィ王女は俯き黙ってしまう。


 そのまま数十秒経った。え? 何? 何か僕は試されているのだろうか。


 僕が一人で混乱していると、彼女は意を決した表情で顔を上げる。


「私の国の王になりませんか?」


 とんでもない発言に目を見開く。


「先程は暴走した大臣が粗相をしました。それは申し訳ございません。ですが、この世界には強い者が! その血が必要です!」


 普段の彼女からは考えられない様な語気でまくしたてる。


「清人様は本当に今日帰ってしまうのですか? この世界にいてくれたら何も不自由の無い生活が待っていますよ。私達も……私も、そうして頂けたら嬉しく感じます」


 魅力的な提案ではあるのだ。就活なんてしなくて良くなるし、遊んで暮らせるなら願ってもないことだ。


 王ともなると責任が重く思われるが、この世界は七人の巫女の存在が大きな影響を与えている。女系の血統が力を持っている為に王などお飾りみたいな物らしい。


 本当に魅力的ではあるのだ。


 でも僕には、それ以上に、どうしようもなく魅せられているモノがあるのだ。


「僕は王にはなれません」


「……どうしてですか ……私では駄目なのですか?」


 そういう事は言わないで欲しい。君か駄目だとかそう言う話では無いのだ。


「僕は王では無く、怪盗になりたいのです」


「怪盗……それはいったい?」


 怪盗を説明しろって言うのか。難しい事を言う。いや、僕にとっては難しいことでは無い。ただ、本気で語るならば一日では済まないだろう。


「それは、ファントムシーフと呼ぶ」


「ファントムシーフ? とはいったい?」


「そう、ミステリアスシーフさ」


「…………申し訳ございません。浅学な私をお許しください。私にはそれらが何を指しているのか理解出来ません」


 大丈夫です。決して貴方が浅学な訳ではございませんよ。こんな説明で理解してくれたら、それはそれで戦慄する。


 怪盗への強烈な想いが、僕に簡単に怪盗を説明させることを許さなかっただけだ。


「何というか、僕の世界の全ての人間が憧れる職業みたいなものです」


「そのような職業があるのですか」


 嘘なんて言ってナイヨ。怪盗に憧れない人間なんているはずがナイノダカラ。


「それは何をする職業なのですか?」


「好きな時に好きな物を好きなだけ人から奪う」


「そんな横暴な職業に憧れているのですか!?」


「うん、だいたいあってるはず」


 彼女は驚愕の表情を浮かべる。


 説明の仕方悪かったかな? 間違った事は言ってないはずだ。


「そのような職業の為に帰られると言うのですか……」


 リリィ王女は再び俯き言葉をこぼす。


 いや、帰るのはOTAK部の部員とのバーベキューがしたいからだよ。怪盗なら別にこの世界でもできるからね。


「そうですか……それならば私にも考えがあります」


 リリィ王女は暗い笑みを浮かべた。


 嫌な予感。






「こっちにいたぞ! 逃がすな!」


「戦神様を捕まえろ!」


 楽しいパーティーが終わった後、帰り支度を終えた僕は何故か城の騎士に追われていた。


 大勢の騎士が配備され、城の出口は全て封鎖されている。


「いったい僕が何をしたって言うんだ!」


 僕に組み付いてきた騎士団長ロイルに怒鳴る。


「これはリリィ王女様の意思……そして我々この世界の人間の総意!」


 そう言い、僕を捉えようとする。この世界に残らないのなら始末してやるって事かよ。


 なんて奴らだ!


 ロイルに抵抗している間に五人の騎士に囲まれてしまった。


「貴方には善良な人々を傷つける事は出来ないでしょう。そして、ここには善良な騎士しかおりませんぞ。ここまでですな戦神殿」


 詰め方がもはや善良ではないと思う。


「恩を仇で返すつもりなのか! ロイル!」


「ぐあっ!」


 気迫迫るロイルをなんとか組み伏せる。折角救った命だ。彼が言う通り怪我を負わせたくはない。


「何を言う! だからこそです」


「我々が総力を持って戦神様を拘束します!」


「そして拘束した貴方を王女様の寝室に放り込む!」


「男である戦神様が王女様方の魅力に抗えるはずが無い!」


「諦めた貴方は王女様とこの世界で楽しく子孫繁栄させていく!」


『全て解決!』


「馬鹿かな?」


この世界の騎士は馬鹿しかいないようだ。鬼神が現れなくとも世は末だったのかもしれない。


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