帰還-1
僕は窓から差し込む陽射しを浴び、目を細めた。異世界だろうが時間の流れは僕の世界と同じだ。
朝が来て、昼を経て、夜になる。
生暖かい風が髪を撫でる。
僕専用にあてがわれた王城の豪華な一室は、いささか広くて落ち着かない。
黙って黄昏れている僕を傍から見れば、とてもクールに映るだろう。
そんな一室の窓際で髪をかき分けひとりごちる。
「ふっ……夏が……終わる」
「クワアァ」
僕の肩に乗るフェンも真似して鳴く。
「何をかっこつけているのですか?」
僕の時間を邪魔する存在が部屋に入ってきた。もちろんノックなど無い。今更指摘するのも面倒になる。
こんなことをする者など顔を見なくとも一人しかいない。
「エーテルか、君もやる? 黄昏ごっこ」
「どうしてそんなことを?」
不思議そうな顔をして聞いてくる。
どうしてそんなことをだって? どうしてだろう。
いちいちそんな事聞かないで欲しい。世の中の全ての事象に理由が存在するとでも思っているのだろうか。
やれやれ、僕の黄昏的な気持ちも冷めてしまった。
「暇だからだ」
「そうですか。では私もやります」
「やるのかよ」
いや、誘ったのは僕だけどさ。普通やらないだろ。意味わからんし。だがノリの良さは評価したい。
僕は窓際のポジションを彼女に譲った。
彼女は僕の近くまでやってくると、窓縁に背中を預け、横顔で外を見つめた。
風が彼女の銀色の髪を揺らし、目を細める。
黙っていれば、絶世の美女なんだよな。絵としては形に残しておきたいくらい綺麗なんだけどな。
彼女は自分の髪をかき分け、誘惑的な唇を震わす。
「ふふっ……夜が……始まる」
……………………ウケる。
笑いを堪える為に顔が強ばる。思わず両手で顔を隠してしまった。これは恥ずかしいやつだ。
笑って彼女を馬鹿にしてしまいたい衝動があるが、今回は分が悪い。何故なら全てが僕に返って来てしまうからだ。
返ってくるどころでは無い。彼女は僕に促されてやっただけと言えるが、僕は誰もいない一人きりの部屋でこれをやっていたわけだ。
彼女の肉を斬ったら僕の骨どころか心臓を断たれてしまう。
「戦神様! パーティーの準備が整いました! 私とご一緒しましょう! って、あれ? 何をしているのですか?」
『何もしていないです』
僕とエーテルの声が被る。
ソフィア王女が開けっ放しの扉から入って来てしまった。わざわざ王女様にお話しなければならないような事は何もしていません。
会場へと向かう途中、窓の外を見ると花火が上がっていた。城の広場を見渡せば多くの人々が既に馬鹿騒ぎしている。
僕が壊してしまった壁が復旧もされておらずそのままだったので、視線を逸した。
「申し訳ございません。時間を待たずして騒いでしまっていますね。皆嬉しくて我慢が出来ないようです」
ソフィア王女に続いてリリィ王女も僕を呼びに来てくれた。
先に騒いでいるだとかそんな事はどうだっていい。勝手に思う存分楽しんでくれたらいい。
「あのさ。壊してしまった壁の件だけど」
「それなら記念に残すことになりました。戦神様が……英雄が存在したという痕跡として」
マジか。
人がいない時に能力でこっそり直してしまおうかとも思ったが、しないほうが良さそう。まあ、弁償とかしなくていいならそれでも良いか。
僕が鬼神を倒して一週間程経った。
鬼神との戦いは、王女達や勇者達も離れた所から見ていたらしい。
日向さんには「妖王が暴れているのかと思った」などと言われドン引きされた。妖王だったらあんなものじゃ済まないだろう。
この世界に来たばかりの頃に僕に敵意を向けてきた勇者達は土下座で震えながら許しを乞うてきた。最初僕は気にしていないどころか何のことを言っているのかわからなかった。
どうやら勇者マーリムを気絶させた時の事らしい。あれは、僕を疑ってもしょうがない。
エーテルは僕がAP切れの状態で戻ってきても責めては来なかった。「早かったですね」とだけ言い、迎えてくれた。次の日に女神の涙を使って彼女の怪我は治した。
王女達には質問攻めに遭い忙しかった。暫くは興奮した様子だったが最近は治まっている。
会場の端の方で日向さんを発見。
「それは、やぶさかじゃないな」
国の大臣らしき人達とニヤニヤと間抜けヅラで談笑していた。そんなに楽しい話題でもあるのか。
「何がやぶさかじゃないんですか?」
僕は彼らに近付き会話に交じる。
「おお! 清人じゃないか。丁度良いところに来たな。大臣たちの話を聞くといい」
「戦神様とお会い出来て光栄にございます。私めはある提案を申し上げただけでございます。この世界を救っていただいた英雄方の強い遺伝子を残して行きたいと考えておりましてな」
遺伝子を残したいと……ほう。
「そうですな。戦神様につきましてはこの世界の七王女との間に子孫を残していただきたいと考えておりましてな。私共にその機会を提供させていただきたいと言う提案でございます」
ふむふむ、なるほどなるほど、それはそれは。
「やぶさかじゃないですね」
僕はニヤニヤしながら答える。
「だろ?」
日向さんは鼻の下を伸ばしながら共感する。
「期待通りでしたな! さすがは英雄様方、色を好む」
『わっはっはっはっは!』
僕ら野郎共は楽しく笑い合う。この上なく楽しい話題だった。
「僕はタンポポになるよ!」
「おお! それはタンポポの胞子の様に沢山の種を撒いてくださるということですな!」
『わっはっはっはっは!』
男の夢ハーレムが叶う時が来てしまった。それも皆美女揃い。この世界に来て初めて良かった感じる。あれほど早く帰りたいと思っていたのに。
「そんな時間ありませんよ」
日向さんや大臣達が気まずそうに僕の後ろを見る。そうだ。彼女達がいるのを忘れていた。
話を聞いていたのだろう。リリィ王女とソフィア王女は顔を紅くして俯いていた。
エーテルはジト目で僕だけを真っ直ぐ見る。
「帰れるまで十日はあるから、じ……時間が無いって事はないんじゃないかな?」
「そうだぞ。清人が正し……」
「今日帰りますから、そんな時間など無いと言っているのですよ」
日向さんの言葉を遮ってエーテルは続ける。
「鬼神がいなくなってこの世界の歪みが無くなりました。今の状態なら私でも元の世界への扉を開くことが出来ます」
なっ何だってー。君ってば終始無能ムーブかましてる癖に余計な所で有能発揮してくれる。
厄介な奴だ。
「ま……まぁ、いつでも帰れるようになったと言うなら無理にすぐ帰る必要も無いよね」
「その通りだな。清人が正しい」
帰りたくなくて日向さんが脳死しているぞ。
「あなたに似合うとっても素敵な秘宝があるのですよ。早く怪盗として再び活躍したくありませんか?」
「そっ、それは。か……い……と……う。うーん」
「清人?」
大丈夫です日向さん。僕は最近現実が見えるようになったんです。ただの怪盗オタクだった時とは違うんだ。
「バーベキュー」
「は?」
「今帰れば、夏休みが十日は残っています。あなたの部活の部長が企画していたバーベキューに間に合いますよ?」
「いや、あんな奴らとのバーベキューごときで……」
勇輝先輩、香奈さん、部長、幽霊部員のあの子、部員の顔が順番に頭に浮かぶ。
部活の連中とのバーベキューなんか、その程度、そんなんで、そんなこと……
めちゃくちゃやりたい。
絶対楽しい。あいつらとバーベキューしたい。皆に会いたい。
「帰る」
「クッソ! 清人が堕ちた。正気か清人!」
「戦神様! お気を確かに!」
うるさい! うるさい! うるさい!
僕は本当に大事なモノを見失う所だった。
「日向さんも冷静になりましょうよ。僕達はこの世界にとって異物なんですよ。あまり干渉すべきで無いと思うんだ」
「タンポポになるとかほざいてた奴が今更真面目ぶるな!」
うるさいなー。人間身の丈にあった生活を送るのが一番だよ。




