蹂躙される王達ー2
再び僕らは上の階を目指す。
ソフィア王女から聞いた話だが、リーナ王女には特定の地点から別の地点まで転移する魔法が使えるそうだ。それも、距離が無制限だというから驚きだ。
城門付近にポイントがあるようで、そこまで行けば皆で神殿まで脱出できるとのこと。
早速そこを目指そうとする僕にソフィア王女は待ったをかける。
「脱出する前に特定の鬼を何匹か倒しておきましょうよ。運の良いことに普段バラバラになっている鬼がここに集まっているのです!」
それは運が悪いのではないか?鬼が集まっているというのなら、すぐにでも脱出するべきだろう。
「鬼となら散々戦っているじゃないか」
「まあまあ、三匹ほどは既に戦神様が瞬殺してくれたので、残りたったの三匹だけですよ」
「三匹? 鬼ならこの城に来てから既に五十匹以上は倒してると思うのだけど……」
ソフィア王女はニコリと笑うだけで僕の手を引いて前を歩く。
この子救出対象だったはずなんだけどな……好戦的過ぎない?こんなんだから鬼に捕まったのではないだろうか。
油断しているところ、角を曲がったところでいきなり人が剣で斬りかかってきた。
ひぇっ
すんでのところで剣をかわす。
こちらが間合いをとった後も手を止めずひたすら剣を振る男は、終始無表情で無言だ。
「怖い! 本当怖い! なんなのこいつ?」
「彼はこの国の騎士です! ですが首輪で鬼に支配されています。どうにか傷付けずに無力化できませんか?」
難しいことを言ってくれる。
今の僕は怪盗では無いのだ。怪盗としての僕だったのなら不可能を可能にしてしまうのだが……むしろ怪盗に不可能は無いのだが。
思い出したら、怪盗成分が欲しくなってしまった。最近怪盗らしいことをしていない。まだお披露目していない我流の怪盗奥義が沢山あるのに。
あー怪盗怪盗。怪盗って言葉の響きがもう全てを超越してると言っても過言では無いよね?
そうだ、この世界から帰ったら最初は怪盗だ!
思考が少し飛んだが、考え事をしている間にも騎士の激しい剣撃が続く。やはり、人間は手強い。気を抜けばいつ自分が斬られてしまってもおかしくない。
殺す気で襲ってくる人間を相手にすることは、とても怖いことだ。
気を引き締め、絆心刀を使い相手の剣を受け流す。相手の体勢が整う前に怪盗式秘密道具のワイヤー型AP装置を起動させ、この国の騎士だという男を拘束した。
そう難しいことでも無かった。
「流石です! 格闘術、剣術、拘束術、何でもできるんですね!」
相変わらずソフィア王女はキラキラした目で僕を讃える。
「当然さ。怪盗は常に最善だからね。いや、最善すらを超越する」
「へ? カイトー? カイトーとは何ですか?」
「ごめん、何でもないです」
危ない危ない。また調子に乗ってしまうところだった。
それよりも、さっきソフィア王女は気になることを言っていた。この騎士が首輪で鬼に支配されているだとか。思い出してみれば、町の人々も同じような物をつけていたような。
「戦神様は草刈りのように鬼を千切っては投げるを繰り返していたのに、人相手には凄い焦り様でしたね」
「だって、どう考えても人間の方が手強いでしょ」
「こんな時でもそんな冗談を言う余裕があるのですね! 流石は戦神様です!」
冗談では無いのだけど……、誉められる要素がどこにもない。彼女は、僕のことはとりあえず誉めとけば良いとか思っているのでは無いだろうか。
先程までとは一転して、ソフィア王女は悲しい表情で続けて言う。
「戦神様……彼を、彼らを恨まないでください。一番悔しい思いをしているのは彼らなのです。命を握られ、言動すら不自由なのです」
ワイヤーで拘束されていた騎士はソフィア王女の言葉を聞き、目を見開いた。
「なんと! あの……伝説の戦神が来てくださったのか……どうか、民を……皆をお救いください。鬼神を討伐するのです。私は先に旅立つ故に、共に戦うことは叶いません。ですが……」
ソフィア王女は慌てて騎士の言葉を止めようとする。
「どうしてそんなことを……余計なことは言わなくて良いのです! 首輪の毒が回ってしまう! 死に急ぐ必要は無いのに! 生きてさえいればいいのに! 生きてさえいればどうとでもなるのですよ!」
ソフィア王女は悲痛の叫びで騎士を叱咤した。今にも泣きそうだ。
生きてさえいればいい……その通りだ。良いことを言う。
鬼神に敵対する言動に反応して首輪の毒が体内に注入されてしまうようだ。
鬼神を倒せ……その程度の言葉を残す為に命をかけてしまうのは馬鹿げていると思う。それとも、この世界の騎士とはそういう性質を持っているのだろうか。
残念だが、言葉を向ける相手も僕ではない。鬼王だか鬼神だか知らないが、僕にはそんな危なそうな奴らを相手にする気は全く無いのだ。神殿に待機している他の勇者に言ってやってほしい。彼らは勇者だけあって威勢も良くて強そうだった。
そのへんの鬼を退治したくらいで戦神扱いするのもやめてほしい。あの伝説の戦神様って何だ。ソフィア王女が勝手に呼んでいただけではなかったのか?
こんな僕に向けた言葉のせいで死のうとするのは間違っているが、これに関して僕は何も悪くない。むしろ悪いのはいつだって世界の方だ。今までに僕が悪かったことなど果たして一度でもあったのだろうか?
そろそろ良いかな? このシリアスを終わりにしよう。
「エフェクト」
カランッという音を鳴らして騎士の首輪が地面に落ちて砕け散った。
…………、十秒ほど静寂が僕らの周りを包み込む。
最初に口を開いたのはソフィア王女だった。
「はい……知ってました。こうなることは私は知ってましたよ! では元凶の鬼をさっさと倒して他の皆の首輪も解除しましょう!」
呆気に取られている騎士を残してソフィア王女は一人で前に進んでいく。横顔はどこか赤みを帯びていた。
切り替えが早くてとても良い。
僕も騎士のワイヤーを解除して彼女の後ろに続いた。
鬼が出てくれば先頭を歩くソフィア王女は素早く僕の後ろに隠れる。最初から後ろを歩けばいいと思う。
「凄いぃぃ! 何ですかそれは! どこから槍が十本も出てくるのですかああ!」
……騒がしい
「うおおおお! 大剣が鬼を貫いたああ! これが戦神殿の力ですかああ!」
……煩わしい
「壁が壊れたああ! っあ、戦神殿! このままでは奴に逃げられてしまいますぞ!」
うるさいのが一人増えてとても賑やかなパーティーができあがった。
このうるさい騎士の名前はロイル。さっきまで首輪を付けられていた男だ。なんと驚くことにこの男、この国の騎士団の団長だと言うのだ。
「奴へのトドメは私にお任せを!」
騎士団長ロイルは壁の外に飛び出そうとした。
「それは必要ないみたいだよ。外に僕の仲間が待機してる」
今の状況を説明すると、まず三つ目の鬼が僕らの前に立ちはだかった。
すぐさま僕は鬼の手足を絆心刀で斬り飛ばしてやったのだが、瞬く間に鬼の手足は再生していったのだ。
僕はタフな鬼に感心した。
けれども鬼との戦いにも飽きてきていたので、複数の槍型のAP装置で串刺しにして終らせようとする。
ここまでやってもまだ息絶える様子がない。
僕は三ツ目の鬼が持っていた大剣に興味を持ったのだが、大きすぎて僕には扱えなかった。扱えないものはいらない。
手の平に波動弾を作る要領でAPを収束させる。手を目の前にある大剣にかざしAPを解放すると、強い衝撃をともない大剣が吹き飛び三ツ目の鬼を貫通していった。
大剣の勢いは消えずに貫通した鬼をともない壁をぶち破って外に行ってしまったのだった。
そして、外には日向さんとリーナ王女の姿が見えたので彼らに任せたのだ。
今更だけど、この城の壁や床を壊しまくってるのだけど大丈夫だろうか。後で誰かに怒られたりしないよね?




