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LAST  作者: 作者不明
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♯2 心穏やかに逝く事の定義2。

最初からネタバレです




帰巣本能というものも人間にも備わっているというのであれば、きっと私にとってのこの場所に帰るという行為がそれなんだろう。



一度帰る決めたならば過去の情景というものが浮かび、一番印象の強い特別な想い出が思い出されてくる。私の父は実に西洋かぶれでよく珈琲を好んで飲んでいた。私も私でそんな父の影響であるのか実に珈琲を好んで飲んでいたものだ。



何もない村に唯一開かれていた喫茶店。村の人々でも飲めるような安価な珈琲にも関らず、実に濃く美味しいものであった。当時は砂糖は高価なものであったと記憶しているが、その当時にして用意されていて牛乳を淹れながら私は飲んでいたものだ。



白髪の店主……さすがにもう店主の引き継ぎは行われているではあろうが、もし家族で経営しているというのならば年代的に孫が店主の容姿を引き継ぎ経営している可能性もある。白髪で赤眼、当時の時代であれば忌みするものも感じられるだろうが、不思議とその店主は恐くもなく寧ろ護り神のようであった。その場所はいつの間にか不可侵の領域という取り決めがなされ、どんなに理不尽な者達も静かにして飲んでいたものだ。


店内に流れる蓄音器の穏やかな音を今でも覚えている。


私が家族よりも優先し、病院も抜け出してまでもう一度飲みたいと願ったのはその店主の淹れる珈琲だ。今では味覚も変化し、砂糖もいれずに飲む事も多いが、今思い出すと、その甘い珈琲が飲みたくなる。



たった1種類の珈琲ではあったがその味は今まで飲んだ珈琲よりも美味かった。



記憶通りの名前であるならばその喫茶店の名前は[ノクターン]だったように思う。店主の相棒は可愛らしい黒猫で、カウンター席しかない静かな場所であったが非常に居心地がよかった。



[アンティーク]という言葉がよくわかるようなそんな木目調の黒い店であった。記憶通りのままであればそれは現在の駅の裏路地にあると思われる。この年でもそのような記憶があるというのはありがたい話だ。ぼけるというのには縁がない私の頭に感謝をしている。




「あった」


昔よりも体力のなくなった体を引きずりながらも案外あっさり見つかったその店に安堵しつつ、目を向ける。



2階建ての西洋の映画に出てくるような木目調のしっかりとした西洋家屋、そうだな、少し程度のよい農民の家を想像するとよいかもしれない。いくらかリフォームしたような跡が見られるが昔の記憶と大差がない。予想するに2階にいくための階段は見られるのだから2階が居住スペースなのだろう。寧ろ戦争もこの家屋は経験していたはずなのに奇跡的に残っているというのがまた神秘的だ。この奇跡には感謝をして私は入店することにしよう。



入店した店内は記憶通りのままであった、寧ろ幼少期の世界がそのまま戻ったかのようだ、古めかしい蓄音機から流れる昔ながらの曲。少しの変化があるとすればそれはケーキがメニューに増えた事と、相棒である黒猫が2匹に増えた事か。

「いらっしゃい」


穏やかな微笑みをする白髪の店主は健在だ。健在というのもまた不思議な話ではあるが、寧ろ生き写しと呼べばよいのだろうか、まさか80年ほどの年を年もとらずに生きるわけもない。190ほどの高身長に無駄なく引き締まった肉体に中性的な優しい美青年………。語彙が少なくて申し訳ないが、昔と変わらない白髪赤眼の店主がここにいた。



私は不思議と心躍るような気分になりながらもメニューを広げ昔と変わらない珈琲を頼み、新たに追加されたケーキ数種類の中からモンブランを選ぶ。食欲もないが栗であればある程度は食べれるだろう。昔通っていた店で昔にはなかったものがあるのであればやはり食べたいのが人情になるだろう。



穏やかで寡黙なのは以前の店主譲りなのだろう、恐らく彼は孫か曾孫にあたる人物なのだろうと私は勝手に予測をしていた。しかし血の繋がりだけでここまで行動が似るのだろうか、不思議だ。



何故だかこの店にきてから臓腑の痛みがない、いつもならば薬を飲んで抑えるのであるのだが、不思議とこの店に来るときめてから息切れもなく辿りつけた。



私が思案しながら珈琲とモンブランを持ってきてくれると店主が穏やかに声をかけてきた。



「末次郎さんの息子の銀次郎さんですか?」


長らく聞くことのなかった父の名前が目の前の青年から告げられた事に私は驚いた。



聞けば彼は蘇芳という名でやはりこの店の店主の曾孫にあたる人物であるらしい、話を聞くと店主は120まで存命で、今も家で静養しながら元気に過ごしているらしい。当時の見た目は20代前半に見えていたが思いの外年をとっていたようだ。黒猫ももう4代目になるらしく、店主の一族は皆白髪の赤眼という不思議な容姿をしているらしい。例外なのは外から嫁いでくる嫁や婿だけは違うという事だが、産まれる子は皆白髪と赤眼となるらしい。実に不思議な事だ。



「まあ当たり前なんですがね」



それはそうだろう、白髪に赤眼なんていう容姿はそうそう産まれるものでないし、まさか近親相姦をするわけでもない。外から嫁にきたり婿になる人間がそうそうその色とも限らない。



「……銀次郎さんは臓腑を病んでますか?」



不思議とその言葉に驚きはなく、私は何故だか目の前の青年に今の状態を話してしまっていた。もう手遅れな事、家族に対してさよならを告げずに出てきた事、私は話していてyはり死を迎えるのが嫌だったことに気づいた。ああ、やはり生きたいのだなと。



「私みたいな若輩者にはわからない世界ですが、帰った方がいい」



珈琲は奢りますという蘇芳の言葉に私は一気に飲み干しモンブランを食べ、立ち上がる。



「……よい店だ、また来るよ」



「……ええ、また」



私はモンブランの代金を支払い、最後まで生きて家族と過ごすにはどうしたら良いのか考える事にした。




「若輩者か、果たして君は若いのかな?」



銀次郎が出た後、一匹の黒猫が声をかけた。



「……他の皆に比べたら若いさ、それより君は今は黒猫なんだ、不用意に話すなよ」


「……やれやれ、老人には厳しいね、猫の言葉よりも人間の言葉のほうが楽なんだが」


「元人間でも今は猫だろう」



「……そうだね、善処しよう、それよりも彼は年老いていたね」



「終りがある人間であれば当たり前さ」



「………不死というのも難儀なものだな」



「終りはあるさ……僕等にもね」



蘇芳は猫にそう答えると珈琲を啜る。



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