Scene1-2
大体3000字前後を目標に更新していきます。
*11/17 誤字修正対応しました。
「すみません、誰か居ますか?」
木製のドアを開けると、焼きたてパンの良い香りが鼻腔を擽る。パンも色々な種類があるけど、ここは無難そうなのを選ぼうかな・・・。と考えていると、奥から足音が聞こえてきた。
「いらっしゃいませー、お客様ですか?」
笑顔で出てきたのは女の人、店員さんだろうか?
「はい、良い匂いに釣られて来ちゃいました。 ここに並んでいるの、全部商品なんですか?」
「ふふっ、ありがとうございます。 ええ、全部私の手作りなんですよ?」
今更だけど、実はプレイヤーなんじゃないかな?って思うときはなくならない。この人がNPCだなんて最初は気づけないよね。さっきの笑顔とかとても自然なものだったし。
AIのプログラム技術が進んだことも、VRMMOが広まった理由の一つに入っている。こうして、人間と変わらないように応答できる技術を生かしたいって言うのと、まだまだ途中、もっと凄いAIが作れるはずだ!って言う人たちの為のデータ取り、って言う意味も含まれているらしいんだけどね。
手作り?と思って見ると、成程。彼女のつけているエプロンには染みや粉などが沢山ついていた。出てきたって事は、焼いている途中のものは無さそうだからそこは安心。パンは焼き時間が大事なんだよね、うん。
気を取り直して並んでいるパンを見比べてみる。こっちのはクロワッサンで、これは食パン・・・これはコッペパン?と思ったけどこの香りはバターロールみたい。見た感じ素材としても使える基本のパンだけ、かな?
「失礼ですけど・・・中身入りのパンは売ってないんですか? パイとか、生地にチョコの混ざったものとか。」
「あ、と・・・ごめんなさい。少し前まではそういうのも売っていたのだけれど、今はこれだけしか作れないのよ。」
店主である女性はすこし肩を落としたあと、申し訳無さそうな顔で答えてくれた。
FLOにおいて他と違う要素の一つに《流れ》が存在する。時間経過なんかは他のゲームにもあると思うけど、このゲームには全てにおいて一連の流れが存在していた。
例えばお店の商品を買いすぎると品切れがおきて、入荷までは商品が消えてしまう。武器や防具、道具にはもちろん耐久度が存在するし、生肉や野菜なんかは放っておくと腐って使えなくなってしまう。そしてなんと、物価も変化するそうだ。
クローズドの時はそういった要素は無かったんだけど、正式サービス開始前に運営側からの連絡で初めて知ったんだけどね。
「そうですか、それは残念。今回はこのバターロールとクロワッサン、それに黒パンを貰えますか?」
「はいありがとう。1個ずつでいいかしら?」
「ええ、十分です。」
「クロワッサンと黒パンが1個50bel、バターロールは80belよ。」
この世界での通貨はBel。金貨や銀貨なんかが多い中、不思議と緑色の硬貨が使われている。なんでもこの世界で始めて国を作った人の名前からとったらしいんだけど、嘘か真か燃え盛る馬にのった容姿端麗の男性ってそれ・・・。
「はい、180belです。」
「えっと、うん。ぴったり180belだね、ありがとう。」
腰の袋から少し大きめの効果を1枚と、それより1回り小さい硬貨8枚を取り出す。一番小さい硬貨の価値は1belでこれが最低価格。
探して取り出す必要は無く、袋に手を入れて金額をイメージすると、その金額分の硬貨が手の中に入っている。財布みたいに小分け出来ればいいんだけど、そうするとインベントリを数枠埋めるからってこの方法にしたんだとか。
(やりとり金額が増えるたびに財布が増えるとか、そりゃプレイヤーからしたら勘弁だよね。)
そんな事を考えながら、紙袋に入れられたパンを受け取る。多分誰かが解決してくれれば商品が増えるんだろうなーと考えていると、店の外からこちらを覗いている人物が2人居ることに気がついた。
「それじゃ、待ち人も来たみたいですからこれで。 美味しかったらまた来ますね。」
「ええ、また来てくれると嬉しいわ。白髪のお嬢さん。」
・・・僕、男なんですけど。
「悪いな、待たせたか?」
「ううん大丈夫。さっき買い物したばかりだから。」
まずは先に声をかけてきた男性に返答する。ゆったりめの体型が隠れるローブにマントを付けた紫の強い黒髪。これが條君のPCか。
「それで、今回の名前は?」
「ふふん、俺はお前にいつも以外の呼び方をされたくないからな。名前はいつもと同じだ。」
「わかりましたよ、ジョー。それで、そっちは?」
「今回はリィーナでよろしく! 小さいイが入るのがポイントだよ。」
「リーナ・・・リィーナ・・・うん、そんなに難しくない。」
「そっちも何時も通りだな、よろしくカナタ。」
「よろしくねー、カナたん♪」
ジョーの隣に目を向けると蜜柑色の髪の女性PCが立っている。こっちが莉奈の今回のPCか・・・それより。
「えっと、それが特典の衣装? なんだかパッとしないね?」
リィーナが今着ているのはノースリーブにハーフパンツの服、そこに縁が青色の胸当てと所々に同様の青色の鉄(?)で補強されているグローブとブーツだ。
「そう? これでも見た目がマシなものを選択したんだけどなー。」
「え? 他のってそんなに酷かったの?」
「いくらVRだからってビキニアーマーとか着たくないよ。なんか付加は凄くよかったけどさ・・・。」
「へえ、どんな付加効果だったんだ?」
「<回避>と<腕力>の成長に+100%おまけで<BS:魅了>に耐性が付くみたい。」
実質<回避><腕力>の成長速度が2倍になるんだ、クローズドでは魅了攻撃してくる敵なんて居なかったし、デザインさえまともなら強かったんじゃ・・・。
「ただし、見られて恥ずかしい人は全能力半減だって。」
「羞恥心を捨ててまでして得る効果じゃないですよね、それ。」
「あと良くあるRPGなんかと違って、クリティカルを受けやすくなるって。」
そりゃあんな露出ばかりの装備じゃ致命傷受けやすくなるよね・・・。
「だから見た目も能力もまともだったコレにしたんだ。ワンポイントで青色ってのも素敵じゃない?」
蜜柑色の髪と対照的な色と言うこともあり、確かにおしゃれな感じはする。ちなみに付加能力は【<回避>の上昇率+50%】と【<耐性:水属性>】と教えてくれた。
うーん、と言うことはあの青色の鉄は属性の入った鉱石だよね。クローズドの範囲では属性武器自体出てこなかったから、多分今回からの新要素かな。だったらそれ用の鉱石も取れる筈だよね、楽しみだなー。
「しかし物流に物価があるとは思わなかったな。これは転売しようものならそいつ、かなりのプレイヤーから嫌われるんじゃないか?」
「そこまでのお金があるかどうかですけど、この仕様だと嫌われても何も言えませんね。本当に必要なら、高くても買わざるを得ないかもしれませんし。」
「それを狙っての買占めと転売だろ? でもそうすると、この町の住民には嫌われるんじゃないか?」
「それってつまり好感度的なものがあるかも、って事?」
リィーナが首を傾げるけど、無いとは言えない。MMOの時にだって、NPCと仲良くなると買えるアイテムが増えたり、会話が変わったりするゲームはあったんだから。
それになにより。
「僕は在ると思いますよ? 《流れ》ってつまり変化ですよね? だったら、こちらの行動にあわせて町の人の対応も変わってくると思いませんか?」
「なるほどな、一理ある。 ま、俺たちからすれば何時も通りなんだけどな。」
「そうだねー、その世界にはその世界のルールや生活があるのは当然だし。」
これは多分やってきたゲームの差だろうな、とは思う。実際、さっき対応してくれた人は本物みたいだったし、この町の住民として扱わないと失礼だよね?
「それじゃ、コレを食べながら今後について話しましょうか?」
「だな、行き先は学校でいいか?」
「別に外で戦わなくても成長はするからねー、ジョーが変わってないか調べたいんでしょ? 私は別に構わないよ。」
「僕もそれで良いですよ。 一応、動きの確認はしておきたかったですしね。」
「悪いな。それじゃ歩きながら食べていくか。」
僕が黒パン、ジョーがクロワッサン、リィーナがバターロールをそれぞれ手にとってこの町の学校へと向かうことにした。ちなみに味はいたって普通でした・・・ちょっと硬かったけど。