中編
お馴染み目線。
ある日、学校でこんなありがた迷惑な噂が広まった。
幼馴染みの川崎美咲は、オレ、江口颯斗のキープちゃんである、と。
そんな噂を信じたバカ女共と一緒にアイツはオレに一言。
「ハァ?なにそれあたし付き合って3年目の彼氏居るし」
チュッ、
その日、アイツの教室はいろんな叫び声に紛れてオレの叫び声が響いた。
いきなりだが、オレには普通の幼馴染みがいる。パッと見ても、ジーッと見ても、どの角度から見ても普通の女子。
小中ともに同じ学校に通いながらもバカやってたオレとは違い優等生だったアイツ。中学に上がるとオレはモテ始め、アイツと少し疎遠になった。
アイツは頭は少し良く、運動はあまり出来ず、でも模範生だった。ようは少女漫画の主人公というより主人公に憧れる名前すらないクラスメートだろう。程度にオレは思っているが。
そんな幼馴染みの名前が川崎美咲。つまりオレと噂にされている奴だ。
そんな噂がどこから流されたかは知らねぇが、それはアイツも困るしオレも困る。何故ならオレの取り巻き(ハーレム)が黙っちゃいないからである。
現に今も、
「おいっ、江口!お前んとこの取り巻きが生徒会長(噂の女子)んとこに行ったってよ!」
「……チッ、アイツら!」
ガタンッ、席を急いで立ち上がりオレは別クラスに在席する幼馴染みの元に向かう。
正直に言うなら、オレはオレを取り囲むあの5人の女共には1mm単位も興味がない。なぜならオレは幼馴染みである美咲のことが好きだから。
自覚したのは中学に上がって疎遠になった頃から。気付くのに遅れて、中学でも取り巻き(ハーレム)がウザイくらい形成され、なかなか美咲に近付くことが出来なかった。
美咲の教室に着けば外まで聞こえてくる取り巻き共の美咲を罵倒する声。
「おい、なにしてんだこんなとこで」
自分でも分かるくらいに低い声。それにビクリと反応する3人の女。
ポニーテールの先輩、ツインテールの同学年、メガネの後輩。ダチは全員コイツらを美少女だというが興味ない。現にオレはコイツらの名前すら知らない。
「…なあ、ソイツ、オレの幼馴染みつったよな?」
教室に足を踏み入れれば顔をさらに青ざめて口を開くソイツら。
「…は、はやとっ!これは颯斗のためにしてることなの!」
「そ、そうなんです…!この方が自分で颯斗君とのおかしな噂を、たてて」
「大丈夫ですよ颯斗先輩。あんなふざけた噂はすぐに消しますから」
メガネを除いて2人が慌て始めた。つうか誰が勝手に名前呼びを許した?
「はぁ?テメェら勝手になにしてんだって話だよ」「颯斗先輩聞いてください。あの女が無様にも颯斗先輩のキープだと自ら噂を流したんです。颯斗先輩の迷惑になることも考えずにですよ?」
「だから私たちで颯斗のためを思ってやったことなの。颯斗…分かってくれる?」
「わた、わたし、颯斗君に嫌な思いをして、ほしくなくて……ぅえ、ひっく、」
メガネが訳のわかんねぇことを言い出すと、ポニーテールの女が上目使いでこちらを伺い、ツインテールの女が泣き真似を始めた。
コイツら自分の行いが正しいと思ってやがるんだろうか。つかツインテール、テメェ嘘泣き下手だな。しゃくり上げる程度の演技じゃ騙されねぇよ。
そこで、オレはメガネが言った「自ら噂を流した」という言葉に固まる。
昨日までそんな素振りすらなかった噂話。それが急に浮上してきたということは……まさか、な。
頭の中では違うだろという考えがある。だけどまさか、美咲が流した噂なのなら、
「美咲」
そう思った瞬間に呼んでいたアイツの名前。
最近めっきり呼ばなくなったアイツの名前。
なあ、お前は知ってるか?オレがなんでわざわざ受験する学校を変えた理由を、休み時間にウザいコイツらを連れてお前のとこに来る理由を。
「美咲」
「……なに」
「……お前、オレのこと好きなのか?」
全部、全部幼稚なやり方だがお前にオレを意識して欲しいだけなんだ。
緊張した声色で聞くオレ。はは、情けねぇ、そう思っていたら美咲はまさかの回答を返してきやがった。
「ハァ?なにそれあたし付き合って3年目の彼氏居るし」
「…………………は?」
かれし?かれしって彼氏か?さんねんめ?
オレと美咲は今年高校2年。え、は、じゃあ中3から付き合ってる彼氏?
いきなりの事実?に頭が混乱していたら、ガラッと1人の男子が教室のドアを開けた。
そこに居たのは、細身だがガッシリした雰囲気の、金髪でピアスの不良なオレとは正反対の黒髪の好青年な奴がいた。
ソイツは1度オレに視線を向けて、すぐにそらした。
「美咲、帰ろう」
「オーケー匠悟、今行く。じゃ、そーいうことで」
「……っぁ!ま…待てよ美咲!」
みさき、確かにソイツは言った。それに反応してオレの隣を通り過ぎようとした美咲の腕を掴む。
「オレはそんなこと聞いて」
カラカラの喉から絞り出した声に、美咲は気にも止めず心底ウザそうな顔をして言う。
「アンタ関係ないから当たり前じゃん。なんでいちいち、たかが、幼馴染みというカテゴリーに収まってるだけの、アンタに、あたしの彼氏とか恋愛事情とか話さなきゃならんのさ」
そう区切りながら言った美咲。オレは多分、憤りで顔を赤くしたり、でも正論だから言い返せないことに顔を青くしたりと大変なことになってるかもしれない。
パシリと、掴んでいた腕から手を払いのけられる。美咲はオレから離れソイツの腕に大胆に絡みつく。
「江口颯斗君よ、そこまで聞きたいのならば紹介しよう。この人があたしの彼氏でマイスイートダーリンの橋本匠悟だよ」
江口颯斗、久々に名前を呼ばれたのに酷く寂しいのはなんでた。
「えぐちはやと…ああ、美咲がよく話す幼馴染みでウザイ奴等の核だね?初めまして俺は橋本匠悟、弓道部の副主将で美咲の彼氏だよ」
笑顔で橋本匠悟はそう言う。
さりげなくもう片方の腕が美咲の腰に回して見せ付けてくる。
美咲は、オレを見て笑っていた。
嫌みな笑顔じゃなくて、本当に自分は幸せだと伝えてくる笑顔でオレを見ていた。
それから、自分達が中3から付き合っていることを、生徒会長を務めながら公表しているだの言っている。
そう言えば美咲は生徒会長をしてたな。途中から空気になっていた女共が顔をもっと青ざめていた。
「――…美咲、」
「なに匠悟」
チュッ、
「キャーーッッ!!」
「…ハァッ!?」
そんななか、ソイツは、橋本匠悟は美咲に、キスをしやがった。
それに驚き恥ずかしがりながら答える美咲。
……好きな奴が自分以外の奴とキスするシーンなんか見て嬉しいわけがない。
オレはただ、橋本匠悟と美咲を茫然と見ることしか出来なかった。
「じゃ、帰ろうか美咲」
「うん、帰ろうか匠悟」
恋人繋ぎで教室を去る前に、こっちに視線をまた寄越した橋本匠悟は
「 ば か な や つ 」
と、口パクで伝えて美咲と教室を出ていった。
馬鹿な奴、ここにいねぇのにどこからか美咲がそう言ったような気がした。