一 いつだって運命は待ってはくれない。【上】
01
「……どうしてこうなった」
近くにあった茂みに隠れて、心中で愚痴り頭を掻いた。その時茂みの一部に腕が当たったのか、枝が揺れて音を立てた。
「……!」
冷や汗が出た。ばっくんばっくんと嫌に心臓の音が頭に響く。だが、あちらが気付いた様子はなさそうだ。胸を撫で下ろしたかったが、先程のように音を立ててはならない。体を動かさずに、目だけ動かす。
見渡す限り、一面は緑に覆われていた。おそらく、ここはどこかの森という所だろう。
「目覚めてもう数時間は経ってんだけどな」
それくらいしか分からない。
なぜオレが森にいるのか。
その答えは、『気付いたら居た』である。その直前の記憶は定かではないが、何事もなかったはずである。ましてや、こんな所に来た覚えなどない。誰かがオレをここに置いて行きやがったのだ。
ぶるり、と震えた。
肌には、鳥肌が浮き出している。
だが無理はないのだ。
茂みの向こうには、恐ろしい光景が広がっていたのだから。
そこには、少女がいた。
自分と同じくらいの背の、白い毛糸の帽子を被った少女である。彼女の灰色の髪のせいで、表情は見えない。だが、オレの瞳はそっちよりも大きく服を盛り上げる胸に注がれていたので問題はなかった。いや、あるか。あるな。
しかし、問題はその少女の対峙しているモノにある。
──まさに、それは異形だ。
みた事もない程に、おぞましく、恐ろしい。
屈強な身体をした、全身毛で覆われた人型の猪。
小さく、三頭身の緑色の妖精っぽい生き物。だが、その顔は邪悪で醜かった。
オレの中のゲームで仕入れたにわか知識によるとオークとゴブリンと言う魔物だ。そう、オレの知っているファンタジーの世界の生き物である。
「っつー事はさ。……認めるしかないよな、オイ」
喜ぶ事もなく、なんなら取り乱す事もなくオレは自覚した。
「ここは、異世界ってやつらしい」
02
義若良助という人物はその他の少年と比べて、なんら遜色のない普通の人生を送っていた筈だ。というか──オレの事な。家族構成は母と妹。少し違うのは、母子家庭で育ったって事くらいか。
でも、それ以外は至って普通だ。授業中は眠ったり、学校へは遅刻したりする事もあるが、それくらい男子高校生なら普通だろう?
それなのに、だ。
どうしてこんな、有象無象の一つであるオレが異世界にトリップする羽目になるのか。
……いや、おかしいだろう、これ。
昔、少しやんちゃしてた事もあって、喧嘩は少々こなれたものだが、本気で格闘技をしている奴に勝てる程ではない。現代人だからスマートフォンとかパソコンとかも扱えるが、それを異世界にもたらせる知識も技術もないのだ。そもそも今、ケータイは持っていない。
残念ながら顔だって、女の子からモテる程じゃない。こちとら年中彼女募集中である。女子の頭をナデナデしたら一発で落とせるような顔だったら、といつも思う。
以上の通り、オレは普通を自負している。
だから思うのだ。
なんだって、オレなのだろうか、と。
「さて」
考えても仕方ない。取り敢えず、状況を確認しよう。女の子が、魔物と対峙している。いつ戦闘が始まってもおかしくはない。
ここで出る選択肢は二つ。
助けるか。
助けないか。
物語的にゃ、助けるが正解だろう。オレだってそうしたいし、人脈とコネはどんな事をしてでも作りなさいと我がママンの教えだ。ちょっと! ママン腹黒いよ! 間違ってはないけど!
とまれ、ここは異世界であるため、全世界他人である。知り合いくらいは欲しい。
異論はない。
それに、相手にしている魔物が問題だ。
なんで、オークとゴブリン……! なんで18禁同人誌に出て来そうな魔物がよりにもよって相手なんだよ! なんで俗に性欲強いと思われてる魔物と戦おうとしてんだよ! 流石にそっち方面の趣味はねえんだよ、オレには!
と言うわけで、魔物に女の子を襲わせる訳にはいかない。そんなんだったら、女の子を助けてフラグを立てたい。オレだって女の子とイチャイチャしたいのである。
完全に欲望のままに、いざ行かんとする。
「……よし、──あっ」
だが、立ち上がろうとしたオレは、ぶるりと寒さを感じると、思い出したように元の体勢に戻る。
そうだった。
だから、オレはわざわざ茂みに隠れて、あの状況を見守っていたのだった。
オレは、目覚めたら森の中にいた。
そして、寝起きが悪いオレでもその異常事態は理解した。今となったら分かるのだ。
「どうやら、異世界召喚だかなんだか知らんが……服までは召喚できなかったらしい」
すっかり忘れてしまっていた。
オレは、全裸だったのである。