闇と星と『弓月』の意味
焚き火が燃え尽き、パチパチという音さえも闇に吸い込まれていく頃、弓月は僕の手を引いて、キャンプ場の開けた広場へと連れ出した。
「見て。今夜の空は、特別よ」
彼女が空を指さした。その瞬間、僕の視界を埋め尽くしたのは、息を呑むほどの星の奔流だった。漆黒のベルベットを切り裂くような無数の輝きが、僕たちを見下ろしている。
「綺麗だね……」
僕が思わず呟くと、隣に立つ弓月は、夜空の深い淵を見つめたまま静かに言った。
「弓月……私の名前。なぜこの名前がついたか、知ってる?」
彼女は僕の手を引いたまま、ふと空の一点を見つめた。
「弓のような月、という意味だけじゃないわ。弓は弦を引き絞り、満ちる力を秘めて闇を射抜くためのもの。そして月は、満ちては欠ける、死と再生の象徴。……つまり私は、満ちることなく、常に光を求めて闇を射抜こうとする存在であるべきだと、親に託されたの」
その名前の意味を聞いたとき、背筋に冷たいものが走った。それは彼女という少女の、あまりに孤独な宿命を表しているように思えた。
「弓月、それって……」
「満ち足りないのよ、私は。何があっても。あの一番明るい星を見て。あれが消えたら、私たちはどうなると思う?」
彼女は僕の顔を見ずに、冷ややかに問いかける。
「……どうなるんだろう。暗くなるのかな」
「いいえ。世界は何も変わらないわ。ただ、私たちがそれを見上げる理由を一つ失うだけ。私は、その『理由』になりたいのか、それとも『見上げる側』でいたいのか、自分でも分からないの」
広場で、彼女の瞳だけが星の光を反射して怪しく光っていた。僕の姿が彼女の瞳の中に歪んで映っている。その時、僕は強烈な既視感に襲われた。この場所で、この名前の意味を紐解くやり取りを、以前にもしたことがあるのではないか。あるいは、これから何千回と繰り返す終わりのない儀式の、これが最初の光景なのではないか。
「ねえ、約束して」
弓月が僕の手を、折れそうなくらい強く握りしめる。彼女の瞳には、闇を射抜こうとする弓の弦のような、張り詰めた緊張が宿っていた。
「弓のような月は、いつか闇を射抜いて自分を失うわ。だから、もし私が私でいられなくなったら、その時はあなたは私を見つけて。私がどんな名前を捨てても、どんな闇の中にいても……必ず」




