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乙女ゲームの主人公ですが強制逆ハーは御遠慮願いたいです

作者: 海町海松


【序章】入学式と目覚め



『新入生代表、フルール王国第二王子、ハイネ・クロード・フルール殿下より、お言葉を頂戴いたします』


 講堂に響く澄んだアナウンス。ついでに、どこかで聞いたことのあるイケボ。


 うつらうつらしていた意識が、唐突に覚醒する。私は思わず自分の頬をつねった。


「……痛っ、ってことは夢じゃないの?」


 いや、この声。この演出。この台詞回し。


 ……わかる。すごくわかる。


 前世で、私は乙女ゲーム『ロザリア・ノーブル・アカデミア』にハマっていた。


 いや、正確に言えば「声優目当てで買ったらクソゲーだったけど途中で投げるのも悔しくて最後までやった」ゲーム。


 そして、今。

 私はそのクソゲーの主人公——マリア・ブランシュとして目覚めていた。



――――――

 


【第一章】この世界、バグってない?



 まず、現状を確認しよう。


 私は、マリア・ブランシュ。フルール王国の中流——いや、今では没落寸前の貧乏伯爵家の娘。

 原因は父だ。人の良さが服を着て歩いてるような人物で、領地経営は福祉一点特化型。孤児院に学校、橋に水路に劇場まで建てて資金は底。税は下げるし、徴兵も渋る。


 結果、我がブランシュ領には人が集まり豊かではあるのだが、家計は火の車、借金は山積み、婚姻も資金援助目的と噂される始末……


 前世の記憶を持っている今の私には、状況がよくわかる。


 この世界は乙女ゲーム『ロザリア・ノーブル・アカデミア』の舞台。

 しかも、私がいたのはまさにその“ゲーム開始日”、王立ロザリア学園の入学式当日。


 さっき挨拶してたのが、フルール王国第二王子ハイネ。見た目王道イケメン。声も良い。性格も品行方正。非の打ち所がないチートキャラだが——ゲームでは一度会話すると、強制的に共通ルートに突入するという仕様。

 まさに“声優を聴くためだけに存在する王子”という扱いだった。


「しかも、このゲームさ……」


 全員がとにかく“落ちる”。フラグなんて見えないし回避不可能。むしろ断っても惚れられる。なにこの強制逆ハー仕様。


 ネット界隈ではこう言われていた。


『ロザリア・ノーブル・アカデミア』

 ゲーム会社のご乱心乙女ゲー。ヌルゲーすぎてバグ扱い。フラグが立つというより、勝手に立って倒れてくる。

 

……こんな地雷世界で、私はどう生きろと?


 でも私は決めた。

 “絶対に誰とも恋愛しない”。

 フラグは叩き折る。なぎ払う。埋める。燃やす。逆ハーなんて御免こうむる!



――――――

 

 

【第二章】初接触



 覚醒した私は、まず“フラグ回避行動”を開始した。


 基本戦術は三つ。

•必要最小限の返答

•目を合わせない

•怪しまれない範囲で距離を取る


 だが現実ゲームは非情である。


 第一遭遇は、騎士科主席のレオン・シュヴァルツ。金髪碧眼、まっすぐで正義感あふれる“ザ・騎士”。


 校庭で荷物を落として屈んだ瞬間、彼とぶつかった。


「申し訳ありません、大丈夫でしたか?」


 この時点で、ゲーム内では好感度が+20されていたはず。


 第二は、魔導学科のノエル・イグレイン。クール系天才魔導士、白銀の髪に青紫の瞳、静かな物腰の文学青年タイプ。


 図書館で本を手に取ろうとしたら、同じタイミングで手が伸びた。


「……運命ですね」


 いや、運命じゃない。自習しに来ただけだ私は。


 三人目は音楽科のセシル・フォルテ。黒髪ウェーブに微笑みが似合う優男。芸術家肌で、自分の世界を持ってるタイプ。


 講堂の隅で咳をしたら、通りすがりに囁かれた。


「今の音、ファの♯。綺麗な音色だ」


 は???


 そして商学科のジュリアン・テヴェル。快活な庶民派イケメン。うちのブランシュ領に出入りしている商家の御曹司。


「君、もしかして……マリア? 昔、花畑で一緒に遊んだあの?」


「記憶にないんですが」


「俺はある! なあ、実家に遊びに来てくれよ!」


 いや、なんでそうなるの。

 こんなの全部自動発生イベントじゃない。


 最後に、留学生枠のアレクセイ・ストロフ。長身黒髪、口数少ない無表情なイケメン。何考えてるかわからないが、言うことがいちいち詩的。


 パンを落として拾ったら、


「パン、きれい。君も」


 ……。


 全員、好感度バーが天井を突き破ってる勢いで上昇中。


 しかもまだ、教師キャラが残っている。



 ――――――

 


【第三章】逃げ回る貧乏令嬢



「マリア嬢、恋愛演習の初回授業は本日午後です」


 担任教師、カミル・ブレイク。若くて知的で皮肉屋なタイプ。落ち着いた低音ボイスで、生徒人気が異常に高い。

 彼もまた攻略対象の一人である。


「先生、確認なんですが……この“恋愛演習”って、本当に単位に関係あるんですか?」


「当然です。貴族たるもの、魅力の構築と維持は学問の一部ですから」


「魅力を構築したくない場合は……?」


「珍しいご意見ですね」


 そりゃそうだ。誰もがイケメンに囲まれてきゃっきゃうふふしたいだろう。

 でも私は違う。モテたくないのだ。何より今の目標は“生活費の捻出”であって、“婚活”じゃない。


 学園内では、フラグ回避の私の行動はすでに目立ち始めていた。


「なんでしょう……あのブランシェ家のご令嬢、我が校が誇るイケメンたちに囲まれてるのに、全然その気がないようですよね」


「むしろ全力で避けてませんこと? なに、逆モテ耐性? 精神武闘派?」


 そんな声が、令嬢たちの間で囁かれ始めた。


 当初は「貧乏貴族のくせに出しゃばって」と冷たい視線を向けていた上流令嬢たちも、段々と困惑に変わっていく。


 昼下がりの中庭。


「ちょっとブランシェさん? 今日のティーパーティー、第二王子殿下と一緒だったってお聞きしましたが?」


「ええ、偶然にも席が隣になったので……牛乳と角砂糖を何個入れるか話しました」


「……それだけ?」


「はい。乳脂肪分の流通について、です」


 ──沈黙。


 周囲の令嬢たちが妙な顔で私を見る。


「この人、本当に“あの状況”で何もしてないの……?」


「なんかもう、いじめる気すら失せるわ……」


 同情の目が刺さる。


 でもいい。これでいい。


 こっちは進学資金を稼ぐために、真面目に生きるしかないのだ。



――――――


 

【第四章】周りの令嬢たちの変化



 貴族令嬢界隈において、いびりとは伝統芸能である。

 出しゃばり貧乏令嬢は、存在そのものが“標的”。


 だが。


「マリアさん、わたくしのリボンが風で飛ばされてしまって……取っていただけるかしら?」


「わかりました。では、あちらの使用人にお願いしてきます」


「……自分では、取らないの?」


「土を踏むと靴が汚れるので」

 (攻略対象者に靴が汚れているという理由だけでお姫様抱っこをされるフラグは摘み取らなければならないため)


「……えっ」


 正論だが、貴族令嬢の“上から指示することで優越感を得る”という目的が吹き飛ぶ。


 別の日。


「ブランシェさん、今週のダンス練習、誰とも組めないようですね?」


「はい、端で一人でステップを踏んでいます。体幹が鍛えられて良いですよ」

 (とにかく接触をしたくない)


 ──沈黙、そして


「……なんかもう、この人には勝てない気がしてきたわ」


「っていうか、この人いじめても喜ばないし、泣かないし、キレないし……反応が地味にストレスです…」


「わかりますわ……むしろ、すごいとまで感じます。メンタル強靭系令嬢……」


 そんなわけで、私は一周回って“扱いづらい人”という評価を得ることに成功した。


 つまり。


「よし……これで攻略対象以外のフラグは全消し……」


 だが、それは甘かった。



――――――


 

【第五章】交流授業の罠



 放課後。職員室での一幕。


「先生、あの、お願いが……ありまして……」


「なんでしょう、マリア嬢」


「バイト……もとい、家計を助けるために、何か……学園内でお手伝いできることを探してまして」


「アルバイト希望、ですか? 規定では校内での報酬付き労働はできませんが……交流行事係、という選択肢がありますよ」


「それって、裏方ですか?」


「完全裏方です。広報や雑務、会場整備など。地味で体力勝負。誰もやりたがりません」


 よし、それだ。

 フラグも立たない、地味職。最高の隠れ場所。


「では、それを希望します」


「では、次回から“生徒代表補佐”として出席してください」


「……はい?」


 説明によると、交流行事係とは、各科から一人ずつ推薦された選抜メンバーと、実務担当の“補佐”からなる組織。


 その補佐というのが、予算調整から書類処理、会場装飾など裏方業務を担いながら、交流イベントには毎回参加しなければならないというもの。


「これ……ただの裏方じゃなくない……?」


「むしろ一番、交流の中心にいるのでは……?」


「……逆に、フラグの地雷原では……?」


 でも引き下がれなかった。なにせ貧乏なのだ。進学費用を少しでも稼がねば。



――――――


 

【最終章】私、目立ちたくないだけなのに



 初回の交流行事は、“五科混成課外演習”という名の大規模イベントだった。


 生徒たちがチームを組み、各科のスキルを組み合わせて模擬プロジェクトを運営するというもの。

 貴族式ビジネス研修か。まあ、表向きは。


「それでは、班編成を発表します」


 担当教員のカミル先生が名前を読み上げていく。


「第七班、ハイネ殿下、ノエル・イグレイン、ジュリアン・テヴェル、セシル・フォルテ、アレクセイ・ストロフ、マリア・ブランシュ」


 ……は?


「おかしいでしょ!? 何このオールスター構成!? 私、裏方じゃなかったんですか!?」


「班のバランスが偏ったので、実務補佐として調整しました」


「なぜこの班に!? いや、むしろ全員いるこの班に!?!?!?」


 メンバーを見渡すと、全員がやたらと私に好意的な眼差しを向けてくる。

 無理、視線が重い。


 イベント開始直後、ジュリアンが「俺がみんなの分の飲み物買ってくるよ」と言えば、ノエルが「マリア嬢の好みに合った品をセレクトしてくれると助かります」と対抗。


 レオンは「重たい荷物は僕が」とさっそく騎士ムーブ、アレクセイは静かに「マリア、隣。安心」と呟いている。


「………………ひぃぃぃ!!!!!」


 こうして。


 フラグを避け続けた庶民令嬢・マリアは、

 望まぬ逆ハーレムの中心に再び舞い戻るのだった。



――――――



【エピローグ】



 その日の夜。日記帳を開いて、私は書く。


『本日の教訓:交流行事係はフラグ製造機。貧乏は、恋愛回避よりも強敵』


 そして、翌週の掲示板には、こう書かれていた。


「次回の交流行事:班別舞踏演習。パートナーは同班内でランダム決定」


 終わった。


 私の逆ハー回避戦争は——まだ、始まったばかりだ。

 

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