なにそれ?
俺の名前は清水魁人。
バイトしてお金をもらい、それを地下アイドル「ロスヴァイセ」のデイジー・ヴァルキリーちゃんにつぎ込む。ガチ恋してるだけのただの高校生。
のはずがなんと、ある日行った法事で親戚が連れてきた再婚相手が推しの母親で、推しのデイジー・ヴァルキリーこと時光藍那と親戚に!この繋がりは隠さなきゃいけない、でも推しとはなるべく一緒にいたい。
意図せず推しと繋がってしまった、男子高校生と地下アイドルのドキワクストーリー
「親戚の再婚で増えた身内が推してるアイドルだった件」
スタート!!
……なんて脳内で現実逃避をしていても変わらないから。一旦落ち着け、俺。
愛依子さんの運転する車に乗って、俺に届いた荷物を愛依子さんの家まで運ぼうと玄関をくぐったら目の前に最近親戚になった俺の推しだけじゃなく、その推しのいるユニットのリーダーまで出てきた。
しかも笑顔で俺を出迎えてきやがったんだ。何を言っているのかわからねーと思うけど、俺も何が起きたのかわからなかった。頭がどうにかなりそうだ。怒られるだとか干されるだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいもの(出禁)の片鱗を味わったぜ……。
「あ、おかえりー。遅かったじゃない」
「あら、藍那じゃない。帰り早かったのね」
「うん、今日はちょっと早く終わったの。あ、今日アイドル仲間連れてきてるから」
なんて言いながらリビングらしきところから出てきた藍那。マジ天使。
アイドル仲間連れてきてるってダメだろそれ。ちょ待って、ちょ待ってぇ!
「あ、魁人。いらっしゃい。それあれでしょ? レトルトのごはんとかでしょ? 早く頂戴よ。待ってるんだから」
そう言うとリビングの方へ向かって手招きをする藍那。
パタパタという音が聞こえ、藍那の後ろから出てきたのはとんでもない人だった。
「お母さまお邪魔してます。あと初めまして。藍那さんと一緒のユニットで活動してます、アイリス・メーテルリンクこと鳴海あやめです。さきがけ……、じゃなくて魁人君もよろしくね」
やめて!!オタクなのはばれてもいいけど、オタクとしての名前を出すのはやめて!!
「あ、どうも。こんばんは」
ヤバい、なんか変な汗が出てきた。膝も震え始めてる。早くここから出ていきたい!
そんな俺の心を知ってか知らずか愛依子さんは笑顔で俺にこう告げてきた。
「あ、そうだ。魁人君よかったらうちで晩ごはん食べていって。お母さんには私から連絡しとくから」
「え、あ、いや。そろそろ瑛二郎おじさんも帰ってくるでしょ?家族の団欒を邪魔しちゃ悪いな~」
「大丈夫大丈夫。あの人なら今日会食があるから帰り遅いって。あやめちゃんもごはん食べてくでしょ?すぐ用意するから待っててね」
スリッパに履き替えた愛依子さんはパタパタと台所があるっぽい方へ歩いて行ってしまう。
これは非常にまずい。まずいでござる。土下座? 出禁だけは勘弁してくださいって言う?
でも出禁くらった方がアイドル関係なくなって会いやすいからそれはそれで……。
「魁人、何やってんのよ。早く上がって私の部屋行きましょ?ちょっと話したいこともあるし」
完全に硬直した俺に藍那はそう言い放つと奥の方へと歩いて行ってしまう。
まだ事態が良く飲み込めていない俺。
一体どうなるんだろう、なんて思いながら俺も靴を脱いで荷物を持ったまま藍那の歩いて行った方へ続いていく。
それを見たアイリスさんことあやめさんも俺の後ろを歩いていく。
ちらりと後ろを見たけど、その表情は何故か微笑み。
これは怒りを通り越したってことですか?俺、死んでしまうん(出禁確定)?
「……さて、早速話に入りたいんだけど先に謝っとくわ。本当にごめん」
藍那の部屋に入った俺達3人。俺、女の子の部屋に入ったの初めてだわ。
なんて思う間もなく藍那がベッドに腰かけ、アイリスさんことあやめさんもベッドの近くに座り、俺も何となく少し離れた場所に座る。俺が座ったのを確認すると藍那がいきなりそんなことを言うもんだから最悪の想像をした。
「……俺、出禁?」
呟くようにそう言うと藍那は神妙な顔つきでこう言った。
「それはない。それはまだないんだけど……、このままだともうどうしようもなくなるの」
ん? 俺の出禁じゃないけどどうしようもなくなるってことはバレかけてるってことか?
いや、でも半年とか経って疑われるならともかくまだ俺達が親戚になってそんなに経ってないぞ?
どういうことか考え込んでるとあやめさんが藍那の代わりに答えてくれた。
「あのね、このままだとロスヴァイセは解散になるの」
……解散?えっ、本当にどういうこと?
人気がないわけじゃない、メンバーの仲も俺達が見てる分には悪くない。
解散理由なんてないような気がするんだけど……。そんな疑問に答えるかのようにあやめさんは話を続ける。
「結成して、活動してきてもうそろそろ2年になるんだけどね。予算がなくなるから2周年ライブで解散するって社長に言われたの」
「えっ? そんなヤバいんですか? 集客だってあるし、物販も過疎ってるわけじゃないと思うんですけど……」
安定した集客もあるし、物販だって金使うヲタクが俺含めて何人かいる。
だからそんなに資金面でヤバいなんてことはないと思うんだけど……。そこは裏側を知らないからそう思うんだろうな。
「お客さんも来てくれるし、物販でもちゃんと売り上げはあるの。あるんだけどね……」
「社長は言ったわ。立ち上げの時にかかった費用がほとんど回収できてないって」
悔しそうな声で藍那がそう言ったのが聞こえる。あやめさんから藍那へ顔を向けると、そこにはデイジー・ヴァルキリーとしての藍那がいた。
「毎月の売上が交通費や消耗品費に充てるだけで終わって、他の費用の補填にまで回っていない。このままだと当初組んだ運転資金を全部使い尽くす。そうなると会社としては本来の営業に支障をきたすわけにはいかないから解散せざるを得ない。そう言われたわ」
藍那のこの言葉に続くようにあやめさんがこう言う。
「衣装代や楽曲代はまだしも事務所兼スタジオの家賃を2年目から賄えるようになっていればその家賃分がCDを出すためのお金になって、CDを出してその売上を衣装代や楽曲代の回収に充てられたから問題なく活動が続けられたんだけどって」
……なんだよ、それ。事務所に対して腹立ってきた。というか社長に対して。
思わず歯を食いしばってしまうと藍那は真っ直ぐ俺を見る。そして、
「これからもロスヴァイセを続けたい。みんな一緒にレッスンしたり、ライブしたい。だから私達ね、事務所から衣装と曲を買おうと思ってるの。それで会社への借りを返すわ。そのあと事務所を辞める。フリーとして私達みんなでロスヴァイセの運営をするの」
そう俺に言ったのだった。