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タイムリミットは近い

この章までは旧版からの修正がほぼないので、旧版ご存じの方は次の章からでも大丈夫です。

「ねぇ、これ使って」


 魁人と藍那の初遭遇から2日後。

ロスヴァイセのレッスン終わり、メリッサがアイリスと2言3言話してレッスン場から帰っていく。

そして残った藍那はアイリスに封筒を渡す。


「えっ、どうしたのこれ?」


 封筒を受け取ったアイリスは中身を確認すると驚いて藍那に問いかける。

先週末のライブに出演していないのにも関わらず、普段の物販でのバック額とほぼ同等の金額を手渡してきたからだ。


「新しいお父さんの親戚に挨拶に行ったじゃない?そしたら親戚の人がお小遣いくれたの。だから使って」


 もちろん嘘である。

たまたま出会った新しい親戚にして自身のヲタクである魁人相手に物販をして得た金だなんて、心配をかけるだけなので言えない。


「そう……、そうなの。ホントなら自分のために使うべきなのに、……ごめんね。ありがとう。ありがたく使わせてもらうわね?」


 そう言って微笑むと大事に自分のカバンにしまうアイリス。


「残り2ヶ月……。まだまだ目標には遠いけど頑張ってお客さんに来てもらって、物販買ってもらって、お金貯めましょ?」


「うん。アイリスも無理しないでね。仕事の掛け持ちキツいと思ったらすぐ辞めるのよ?」


「大丈夫よ。早起きは得意だもの」


「そうじゃなくて。朝6時から9時までバイトして、そのあと10時から19時まで仕事。レッスンに告知、やることばっかじゃない。身体壊して長期休養、なんてなったら全部水の泡になっちゃうんだから……」


 そう言い終わるとカバンから袋を取り出してアイリスに手渡す藍那。


「えっと……、これは?」


 受け取ったものの中身に見当がつかないアイリスは藍那に尋ねる。


「アイリスの晩ごはんとちょっとしたお菓子よ。どうせ早くお金貯めるためにって食費とかも切り詰めてるんでしょ? ちゃんと食べなきゃダメ。これからレッスンのある日はアイリスのごはん持ってくるから」


「ごめんね」


 そう謝るアイリスに藍那はこう返した。


「いいのよ。アイドル以外は学業優先ってアイリスだけじゃなくてメリッサも私の分まで頑張ってるんだからこれくらいはさせて?」


 実はメンバーの中で唯一の学生である藍那は、まず学業が大事だと事務所にもメンバーにも言われている。

 だからお金を稼ぐためにできること、がメンバーで1番限られているのだ。


「ありがとう。じゃあお言葉に甘えちゃおうかな……」


 そう言って袋を開けたアイリスは中から小さなチーズケーキを取り出すと包み紙をはがして口に入れる。

 ある程度、咀嚼して飲み込むと笑顔と共に小さな呟きがこぼれた。


「おいしい……」


 目標のために、色々切り詰めて生活をしていたアイリスにとって久しぶりの甘いものである。

 甘味が口からじんわりと全身に染みわたる。


「お腹すいたらうちに来ればいいわ。お母さんには言っとくから」


 1番年下で、みんなの妹みたいな藍那の気遣い。それがなんだか心地よかった。


「時間がないけど、とにかく限界まで頑張りましょう。いざとなったらファンのみんなに頼むのも手よ」


 そう言う最中、藍那は1人のヲタクの顔を思い出す。

ついこの間親戚になってしまった、同い年のヲタク。

 身内、として話しててなんとなくお金は持ってそう。

いざとなったらどうにかできる繋がりもありそう。

 ただ、みんなにそれを話すわけにはいかない。

アイドル最大の禁忌「繋がり」だと思われたくないからだ。

 親戚になった、という繋がりではなく男女の関係じゃないのか、なんて大事な仲間に疑われたくない。

 だから今はまだ言うわけにはいかない。


「事務所がロスヴァイセのプロデュースを辞める。って正式に告知するまでの2ヶ月の間、それまでに事務所が無くなってもロスヴァイセが続けられるように。曲の権利や衣装代、頑張りましょう」


 アイリスの真剣な言葉に頷きあう2人。そして、レッスン場から2人は出て行った。




 事務所がプロデュースを辞める。

 タレントの素行不良などが理由での所謂解雇、の他にプロデュースを辞める理由。

 その中の1つに運営資金の枯渇がある。

 企業の1事業としてアイドルのプロデュースをしている事務所は売上、がものを言う。

 集客があればチケットバック、チケット1枚売れるごとにチケット代から何%、何円が出演料として戻ってくる。その額も多くなり、バック率も交渉次第で上がる。また集客があるということは物販の売上も期待できるということだ。その売上で、そのアイドルに関わるお金を賄う。

そして、売上が費用を上回って会社に利益をもたらす。そうなるために初期投資をし、スタッフの給料などのランニングコストを負担しているのだ。

 ただ、他の事業に悪い影響を与え続けるのであればどこかで辞めなくては会社全体に影響が出る。

 今、ロスヴァイセが置かれている現状はまさにそれなのだ。


 プロデュースを終了し、ユニットが無くなった後はどうなるのか。

 赤字を少しでも埋めるために売れるものは売ってしまう。

 衣装などは好意で譲ってもらえるかもしれないが、それを着て舞台に立つことはできない。

 楽曲については存在が消滅してしまう。音源の発売や既発楽曲の再発売もできない。


 だから、自分たちで買うのだ。ロスヴァイセを続けるために必要なものを。

 告知前までに買い取ってしまえば、事務所を離れてフリーになります。で済む。

 衣装も曲も全部自分たちのものだから、そのまま使い続けます、歌い続けます。

 CDだってまだCDになっていないならCDにするし、今までのCDもなくなったら再発売します。

 それを何の問題もなく行えるのだ。


 自分たちの居場所を守るため。彼女たちは人知れず時間と戦っていた。






「う~ん、これはどうしたもんかね」


 推しと親戚になったからって別に日常が変わることもなく、いつも通りの日々が始まって1週間。

 魁人はいつものバイトを終えて家に帰る。

 すると母から「あんた宛てに荷物届いてるわよ。部屋に置いといたから」と言われ、急いで部屋に入ると荷物を確認する。

 封を開け、中身を確認するとそこには大量のレトルト食品やカップ麺、缶詰などの日持ちする食料品が入っていた。食料品の上に二つ折りにして乗せられていた紙を取り出すと、そこにはこう書いてあった。


『災害用の備蓄の更新期限になりましたので今まで保管してあった備蓄品を交換することになりました。食品のうち大半は弊社社員が持ち帰りましたが、まだ余っていたのでどうしようか悩んでいたところ社長の清水君に送ればいいじゃないか、の一言で送ることになりました。すいませんが人助けと思ってもらってやってください。賞味期限はまだだいぶ余裕あるのでご安心ください。     総務課』


 ご安心ください、の前にこれほどの量を消費できると思っているのであろうか、とあきれ半分、悩み半分でつい呟いてしまう。

 ちなみに母に相談するも「そこまでの量はうちでもいらないからあんたの好きにすれば?」などと無責任な言葉が返ってきただけであった。


「おじさんさぁ、助かるは助かるけど。量がえぐいんだよ。これホントどうしよ…。この肉の缶詰はうまそうだから食べてもいいとして、他だよな~……」


 なんて頭を抱えて早30分。うんうんと唸っていると部屋のドアがノックされる。


「はい」


短く返事をすると、ノックの相手がドアノブに手を掛ける音が聞こえる。


「魁人、入るわよ」


 母の声と共に部屋のドアが開く。

ドアに背を向けていたため振り向くと、そこには意外な人がいた。


「こんばんは、魁人君」


「あ…、どうも。先週ぶりです、愛依子さん」


 時光のおじさんの再婚相手、愛依子。そして魁人の推しであるデイジー・ヴァルキリーこと時光藍那の母でもある。魁人は勝手に脳内でお義母さん、と呼んでいる。


「急にごめんね?うちにいらない缶詰とかがあるからよかったらもらって、って連絡いただいてね。そしたら藍那が一人暮らししてる友達にあげたいからもらってきてって言うのよ。最近うちも引っ越して車で少し走れば着く距離だから早速来ちゃった」


 愛依子が引っ越したってことは俺の推しも引っ越したわけで。

なんか最近自撮り写真の背景ちょっと違うな~、って思ってたらそういうことだったんだね!と1人納得すると魁人は少し安心して答える。


「あ、そうだったんですね。けっこうありますけど持てますか?」


 そうは言うが、少し小さめの段ボール箱が4つほど。中身もぎっしり詰まって女の人にはきっと重い。

 車まで運ぶくらいならしようと魁人が腰を上げた瞬間、母がとんでもないことを言い出した。


「あんた、車まで運んだらそのまま乗って家まで運んであげなさいよ。それで近くの駅まで送ってもらって帰ってきなさい。たぶんその頃にはお父さんも出張から帰ってくるから駅まで来れば迎えに行くわよ」


「この量だと私じゃ持ちきれないし、玄関先にひとまず置いても藍那もきっと持てないからそうしてくださるとすごく助かります~」


「え? いいの? 藍那さん嫌がらない?」


 いくら親戚とは言え、自分を推してるヲタクが家に来るのだ。

 流石に色んな意味で不味いし、そこは踏み込んではいけない聖域なのではないか?

 そう思って愛依子に尋ねたのだが、愛依子は笑顔でこう返す。


「大丈夫、今日は用事があって出かけてるから帰りが少し遅いの。ちょうど魁人君を送ったくらいで帰ってくると思うから心配しなくていいわ」


 ということで魁人は思わぬ形で、推しの家に行くことになったのだった。

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