え? マジで? デレじゃん
まさか時光のおじさんがデイジーちゃんのお母さんと再婚してるとは全く思ってなかった。
なんて声を掛けたらいいのかわからず、少しの間時間が止まったような気さえする。
デイジーちゃんに至っては呆然としている。そんなにびっくりしたのかな?そりゃするよな。
「どうしたの? もしかして知り合いなの?」
変な空気を変えるかのように愛依子さんが俺達に声を掛ける。
その声にはっと我に返ったデイジーちゃんは俺に向かって挨拶をする。
「ううん、ちょっと知り合いに似てたからびっくりしちゃっただけ。違ったわ。はじめまして! 時光藍那です、よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げるデイジーちゃんこと藍那ちゃん。
推しの本名知ったったwwwwwとかそんなテンションになるわけもなく。
お、おう。といったなんかぎこちない感じになる。
「清水魁人です。よろしくお願いします」
こちらも改めて名前を名乗って頭を下げる。
まぁ、推し始めてちょっとした後に本名暴露したことあるから知ってると思うけど!
「藍那ちゃんはな、魁人と同じ17歳なんだ。仲良くしてくれると嬉しいな」
うん、知ってる。
身長低いし童顔だから中学生とか下手すりゃ小学生に見られるんだよね~、なんて話をしたことあるもん。
「この子昨日からすごく緊張しててね。魁人君のことは話に聞いてたから仲良くなれるといいな、なんて言ってたのよ」
「ちょっとお母さん!それ言わなくてもいいじゃない!」
ある意味もう仲は良いんで大丈夫ですよ~。あと物販の売上貢献っていう経済的援助もしてますよ~。
「とにかくよろしくね!」
「じゃああとは若いもの同士で!ここらへん魁人とうろつくのも楽しいかもね!」
なんて言って時光夫妻はうちの親父の方へと向かって行ってしまう。どうしたもんかね。
推しと一緒に過ごせて嬉しいのは嬉しいんだけどさ。なんか気まずい。
「あ、あの…さ」
「まさかさきがけがおじさんと親戚だとは思わなかった」
意を決して話しかけた瞬間、デイジーちゃん、いや今は藍那にそう言われて少し戸惑う。
俺だってまさか親戚の再婚で増えた身内が推してるアイドルだったなんて思わなかったよ。
「……あ~、俺も」
「変に緊張する必要なかったじゃない。どうしてくれんのよ」
「いや、そんなこと言われましてもね」
「ていうかこれ変な感じでばれたら不味いわよね。絶対言わないでよね、まだアイドルやってたいんだから」
言えねぇよ!推しと繋がったとかばれたらまず間違いなく出禁くらうわ!
あれ? でも理由が理由だし怒られないのでは?
繋がろうとして繋がったわけじゃなくて親戚の再婚で増えた身内が推してるアイドルだったわけで。
ってなんかラノベのタイトルみたいだな。もしくは某掲示板のスレタイ。
親戚の再婚で増えた身内が推してるアイドルだった件wwwww
笑えねぇわ。
「大丈夫だって。下手なこと言って出禁くらいたくないし」
「ホントに頼むわよ?」
「ダイジョブデース」
「日本に来たばっかりの外国人みたいな言い方しない!」
「うっす」
あれ?なんかいつものやり取りみたいな感じになってるぞ?
「今なら自撮り2ショット1枚1500円!」
「4枚お願いします!…って、ちょっと待って。自撮り2ショットが1500円なのは安いんだけど運営さんに勝手にやって怒られないの?」
そう、自撮り2ショットが1500円は意外と安い。
地下アイドルだったら2ショットのチェキ、が1000円だけど、自分のスマホで自撮りできる=密着する。
ヲタク的にはオールオッケー!なのだが、やはりそこは商売なのかやってるところは高い。
昔、魔法使いをモチーフにしてた某ガールスボーカルユニットでそれを初めてやった時、特典券が4枚必要だったらしい。特典券4枚、CDのリリースイベントだったらCD4枚分、だいたい5000円で1枚撮れる計算なんだけど。
ワンマンライブで物販の会計2000円ごとに特典券1枚だったりすると1枚撮るのに8000円かかる。だからぶっちゃけそこ計算でいくと1枚1500円は安い。
問題なのはロスヴァイセが自撮り2ショットを物販に入れてないことだけだ。
「さきがけがホーム画面に設定したりしなきゃ大丈夫でしょ? そこらへんちゃんとしてるって信じてるからやるのよ。ほら、早くスマホ!」
あ、俺意外と推しからの評価が高かったみたい。ひゃっほう!
いそいそとスマホを取り出し、ロックを解除してカメラを起動させるとそのまま藍那に手渡す。
「うっわ、これ先月末に出たばっかのやつじゃない。物販で結構使ってるのになんでそんなお金あるの?」
「時光のおじさんのところでバイトしててさ。時給がものすごくいいんだよ。あとなんでかおじさんが良く面倒見てくれてさ。最近はそうでもないんだけど。」
そう、なんでか離婚したあたりから俺のことを良く構ってくれる。
バイトの時給だってそうだ。他のやつらの3割増しくらいはあるかもしれない。
去年なんて会社の慰安旅行に連れてってくれたりとか。
たまたまスマホの調子が悪いって話をしたらあれよあれよとショップに連れていかれ、最新機種への機種変更を済ませていたのだ。
「へぇ、そうなんだ。でもごめんね、もう特別扱いはされないわ。私がいるもの」
「いや、そんなこと言われましても」
そらそう、としか言えんのですよ。
「ま、いいわ。じゃあ撮るわよ」
その瞬間、デイジーちゃん、として俺に顔を寄せる藍那。ふわりと漂う女の子、の甘い匂い。
ドキドキで壊れそうなのか痛む胸。そんな俺を知ってか知らずかいつもの調子で彼女は言った。
「ほら、笑って?」
その声で笑おうとするけど、自分でもどこかぎこちないのがわかる。
それと対照的にとても自然な笑顔で笑い、ボタンを押す彼女。カシャ、という音が鳴り、2人の時間が切り取られる。
「なんかすごい面白い顔だけど大丈夫?」
撮影した写真を俺に見せ確認を取る彼女。
そんな彼女の顔もまた赤く染まっていたことに気付くけど、口には出さずに頷く。
ヲタク人生初めての自撮り2ショットだった。
「1万円と千円札がいちにーさんしーごーではい、ちょうど1万5000円ね」
ドキドキしながら撮った初めての自撮り2ショット。
3枚目くらいから慣れ始めるとヲタクとしての欲が出て、追加で自撮り2ショットをお願いするとなんかかんだで10枚も撮ってしまう。そうしたことで手持ちが足りなくなったため、不足分を引き出すために俺は藍那と2人でコンビニに出かけた。
「自撮り2ショットって……怖いな」
遠縁とは言え親戚になった推しに最初は戸惑ったけど、ライブ以外でたまに会えるってくらいで俺達の関係は変わらないだろう。なんて勝手に結論付けて今この時を楽しむことにしたわけで。
「結局私達ライブ行ったようなもんよね。さきがけからお金もらったし」
そう、そうなのだ。結局ライブ行ってチケ代やら物販やらで使ったのと変わらないことに気付いた俺達は笑いあう。推しとの時間プライスレス。
「今日めっちゃ神イベだわ。普通にオフ会イベントとかだと5000円払ってもそんな喋れないじゃん」
「あ~、確かにね。前に各メンバーの推し3人ずつくらいのちっさい感じにしたら? って言ったんだけど……」
改善はされてないと。仕方ない部分もあるけどさ。
ちなみにフリーの地下アイドルのオフ会はギャンブルらしい。
「お願い、どうしても来てほしいの!」なんて言われて無理矢理東京から大阪まで行ったのにイケメンのオタクとずっと喋って全く話せずに終わった。なんて闇がそこかしこに溢れてるって前にスピカさんが言ってた。
あれ絶対スピカさんの実体験だ。干されるオフ会はもうたくさんだ!って言ってたし。
「色んな運営さんがいるからな~。俺らオタクは付いていくか離れるかの2択しかないし、しばらくは放置かな」
現場歴が長いほど、今の立ち位置でやるべきこと、まだ早いこと、なんてのが運営以上にわかる場合もある。
だからこそ売れてほしいから運営さんに意見するときもあるんだけど、ちゃんと受け止めてくれる運営さんもいれば全く聞かない運営さんもいる。もちろん運営さんだけじゃなくて、オタクが悪いところもあるんだけど。
そういう運営、オタクだからつくべき客が離れて、動員が伸びずに、結局メンバーが地下、という世界に、アイドルに絶望して去っていく。
この何年間でどれだけの自称アイドル、がデビューしてどれだけの自称アイドル、が地下アイドルにもなれずに辞めていったか。
「さきがけは私が辞めるまでずっといるんでしょ?」
笑いながらそういう藍那。いや、デイジーちゃんとしての言葉かな。
「……まぁね。他の現場行ったりするかもだけど。他のアイドルと仲良くなるかもだけど。それでも俺の現場はやっと見つけたお姫様、が残ってる限りはロスヴァイセだと思う」
リップサービスなんかじゃなく、これは間違いなく本音。
珍しくマジになって言葉を返す俺を茶化すように目の前のお姫様はこう返す。
「何それ。ガチ恋口上じゃないんだからさ」
「いや、デイジーちゃんガチ恋なんで隙あらばねじ込むっすわ」
負けじと茶化すようにそう返すと急に真面目な顔になる藍那。
「でも正直さきがけのおかげで助かってる部分があるのよね」
「よっぽどのことがない限りはライブ行くからね」
テスト前でも資格試験の前日でもね!
「そうじゃなくて!あ、ライブほとんど来てくれるのもすっごい助かってるんだけど。なんていうかさ、時々なんだけどさなんかマンネリってわけじゃないんだけどすごく自分の中で冷めた気分になるときがあるのね?でも、客席とか物販とかでさきがけが私を見てたりするとね。なんでか知らないけど魔法みたいにそんな気分がすっと消えてさ、ちゃんとやれるの。だから助かってる部分があるって」
めっちゃ早口だったけど、推しの思わぬ告白に高まってしまう俺。
だってこんなこと言われるとかヲタク冥利に尽きるっていうかさ、すっげぇ今までやってきたことが無駄じゃなかったって感じするじゃん。
「これ言おう言おうと思ってずっと言えなかったんだけど、私がデビューしてちょっと経ってからずっとさきがけは私推してくれてるじゃん?なのに私だけさきがけ、って呼び捨てにしてるのもなんか距離あるみたいで嫌なのよ。今回、親戚になったんだし今更って感じだけどさ……呼び捨てでいいの。デイジー、って呼べばいいのよ。さきがけなんだし。こうやって親戚としてあってる時も藍那って呼び捨てでいいからね?」
……推しのデレ入りましたあああああああああ!!!!!
え? 待って? ヤバくない?
これ絶対デレじゃん。えー、マジ?めっちゃ嬉しいんだけど!!
ちょ待って? ねぇ待って? 超かわいくない?
はぁ……好き……とかネタに走れるレベルじゃなくて好きなんだけど。
「お、おう。じゃあ今度からデイジーって呼び捨てにする」
「絶対ね?! 約束だからね?」
「わかってる」
「じゃあ今はなんていうの?」
小首をかしげて笑いながら俺に聞いてくる彼女。もちろん本人の許可も得てるしこう言う。
「藍那」
「……うん、合格!」
こうしてものすごい陰キャヲタクにあるまじき青春の1ページを刻んだ俺は、心臓の鼓動がものすごく速くなるのを感じながら、藍那とコンビニから戻るまでの道程を楽しんだのであった。
「あ、そういえばお土産あるんでしょ?ちょうだいよ」
「え?あれライブで渡した方が他のヲタクに怪しまれないことない?」
「別にいいわよ。賞味期限が近すぎて持ってくるのやめたって次の物販の時に言ってくれれば。生ものなんだし」
親戚たちが続々と家路についていく中そろそろ帰ろうかなんて話を親父たちがしている中あっと思い出したかのように言う藍那。普段物販の時なんかだと絶対にそういうことを言わないから。アイドル、としての彼女じゃなくて正真正銘の時光藍那、として俺に向けられた言葉なんだなと思い、それがなんだか嬉しかったのであった。