ステージ終わり
本日2話目。18時に更新された1話もどうぞ!
時代設定が今から10年前くらいなので、物価もそこに合わせてます。
「あ~、しんど」
ロスヴァイセのステージが終わると、俺達4人はすぐに客席からバーカウンターに移動してドリンクチケットを引き換える。コスパランキングNo.1のミネラルウォーター最高。
なんでミネラルウォーターが1番いいのかって?
ソフトドリンクやビールなどの飲み物はカップに入れて渡されるけど、ミネラルウォーターは500mlのペットボトルで渡されることが多いからだ。
「まさか2曲目でアニソンくるとは思ってなかった」
「それはいいんだけど最後の比翼連理だろ」
「まさか比翼連理やるとは思ってなかったですよね」
バルさん、スピカさん、俺の順に口を開くと今日のステージ内容について語り出す。
「比翼連理はマジで相性あるからなぁ。もしかしたら今日ラウドがいたからいけると思ったのかも」
「確かに普段出てるところとはところどころ出演者の系統違いますもんね」
「民度低いところとあんまり絡まれても困るけど、たまにはありか」
なんて話してるとたまもさんが合流する。
その手に瓶を持って。
「いや~、まいった。生ビールがないからってこれ渡された。外国のビールあんまり好きじゃないのに」
なんて瓶に入ったビールを飲みながらぼやくたまもさん。
まだ飲める歳じゃないからよくわかんないけど、ビールにこだわりがあるみたいだ。
「他の酒にすりゃよかったじゃん」
「瓶酒なら他にもあっただろ」
成人済の2人がツッコミを入れるけど、たまもさんは苦笑いでかわす。
「今日はビールの日だったんで……。あ、物販始まりますよ。ロスヴァイセはA卓らしいんで早く並びましょ!」
スマホで時間を確認したのかたまもさんが俺達に声をかけるとカバンを持って、客席に向かい出す。
それを見た俺達3人も一緒に荷物を持って歩き出すのであった。
最後の出演者の出番が終わり、終演後物販が始まろうとしている。
ちなみにこういうライブハウスでのイベントだと出演者のグッズ販売はイベントと並行して行うか、出演者の出番が全部終わった後に行うかのどちらかの場合が多い。
前者を並行物販、後者を終演後物販、という。
「太郎くん、今日どうする?」
そう俺に話しかけるのは俺の後ろに並んだバルさん。
「とりあえず2チェキ5のピンが10ですね。あとは流れで足すかどうかっすわ」
今の俺の言葉をわかりやすく説明すると、推しとの2ショットチェキ撮影を5回と推しだけが写ったチェキを10枚買うことは決まってる。あとは話したりなかったりすれば買い足すかも。ってことだ。
ピン、ってのはアイドル1人って意味で、1人で活動してるピン芸人、ってところからきてたはず。
ヲタクは限られた時間の中で色々伝えるために略したりしがちだからな。
「そかそか。俺は2チェキだけにして早めに撤収するわ。明日朝一でバイトだし」
「マジすか。おっけーです。俺も今日鍵閉めずに自分の物販終わりで帰りますわ」
鍵閉めってのはもちろんライブハウスの鍵を閉めることではなくて、その日の物販の最後のお客さんになる、ということでその日最後のヲタクになりたい人が小競り合いをするところまでがデフォ。
並び始めて10分くらい経ったあたりだろうか。ステージの下手側にある楽屋との出入り口の扉が開く。
そこから何人もの地下アイドルたちが出てくると最後にロスヴァイセの3人が出てきた。
ステージ前のスペースであるA卓の、机を挟んだ対面に3人が並んだところで先に準備を始めていたスタッフさんが俺達に向かってこう言った。
「お待たせしました、ロスヴァイセ物販始めまーす!」
この声掛けがあるまでは物販が始まらないためいくら目当てのものを言っても対応してくれない。
グッズの陳列などが終わっていてもメンバー全員揃ってからが、うちの物販開始なのだ。
「ロスヴァイセ物販始めます、よろしくお願いします!」
なんて、大きな声で言うのがリーダーのアイリスさん。
スタッフさんが物販開始の挨拶をするのなら、だいたいメンバーは言わなかったりする。
けど、フリーだった頃の名残かアイリスさんは毎回自分も物販開始の挨拶をする。
それに続くかのように他の出演者たちもそれぞれ物販開始の挨拶をし始めた。
「逢沢美優ちゃん過疎ってるじゃん。粘着のチャンス、マジ行くしかなくなった」
バルさんの後ろに並んだたまもさんがぼそっと呟くのを聞き逃さなかった俺は、いつか接触のチャンスあったらたまもさんの推しであるメリッサさんに言ってやろうと思いつつ自分の順番を待つ。
過疎ってのはお客さんがいない、少ない閑散とした様子のことで粘着って言うのは、だいたい2チェキ1枚で1分から2分が限度の会話や握手などの触れ合う機会、接触の時間を延ばすことを言う。
ちなみに無銭接触、無銭粘着はすっごい嫌われるから接触時間を長くするには物販で買い続けないといけないわけで。お金が必要なのだ。鏡の世界で戦う仮面のライダーさんなのだ。
戦わなければ(多々買わなければ)生き残れない(記憶に残らない)!!
「2チェキ2枚ですね、メンバーは?」
「アイリスさんで」
「それでは2000円になります」
物販の列が進み、いつの間にやらスピカさんのお会計になっていたことに気付く。
俺はポケットから口臭ケアのためにスース―するアレ(ミンティ○黒)を取り出してそこから2粒ほど口に入れる。あーっ、マジで辛い。効くわ。
ちなみにロスヴァイセの出番後すぐに制汗スプレーを身体に振りかけて、ダメ押しに赤いフレグランススプレーもかけてあるから体臭対策もばっちりだ。
無銭接触、無銭粘着しないこともだけど、匂いも大事だからちゃんと気を付けような!!
裏であいつ今日も臭かったんだけど!!なんて言われないようにな!!
「さきがけさん、どうも~!今日はどうしますか?」
推しとの逢瀬を楽しむべく歩き出したスピカさんを見送るとスタッフさんが俺に声を掛ける。
何回もライブに行って、物販に行くとスタッフさんが顔を覚えてくれる。そこからその人の推しにあの人名前なんて言うの?なんて聞いたり、直接お名前伺ってもいいですか?なんて聞かれてちょっと仲良くなる。
アイドルのマネージャーさんやプロデューサーに直接声を掛けてもらって、色々話ができるのは地下のいいところの1つでもあるのかな?
「デイジーちゃんの2チェキ5。ピン10で」
「ありがとうございま~す! それじゃ1万円お願いします」
スタッフさんに従って、財布から1万円札を取り出すとそのままスタッフさんに渡す。
それを大事そうに金庫にしまうと笑顔でスタッフさんはいつものセリフを言った。
「デイジーちょっと混んでますんで後ろに並んでください」
「わかりました~!」
2ショットでインスタント写真、チェキが撮れる。
これの売上が本当に馬鹿にならない。初見でCDを買うのはなかなかできないが、チェキならその日の記念にってことで撮ったりする。だいたい1枚500円から1000円くらいかな?
これは事務所に所属してる地下アイドルだと1000円が多くて、フリーだと500円が多い。
ピンチェキ、だとほとんどが500円だったりする。
ごくまれにアニソンコピーユニットみたいなのにそこそこ有名なグラドルがいて、その子だけ800円とかあるんだけど、だいたいピン500円、2チェキ1000円って思っておけばいいかも!
だからすごい人だとチェキ1日50枚とか売れてそれだけで5万円とか稼げてしまう、まさに禁断無敵。
「じゃあ、またね~!」
なんて推しの声にはっと我に返ると、目の前には誰もいない。
ということは次は俺じゃないか!!
いやっほう!!
はやる気持ちを抑えつつ待機してるデイジーちゃんの前に向かう俺。
そんな俺と目が合うとデイジーちゃんはいつもの笑顔でこう言うのだった。
「さ~き~が~け~!今日もありがとー!!」
今チェキ普通に1000円~2000円なんだよなぁ。
あの頃の価格よ、もう1度!!
チェキフィルムが手に入らんから仕方ないんですけどね。