やってみる?
「あ、あの……!」
ライブハウスの裏口から出ようとする藍那達に声をかけた美優。
その表情は不安に満ちていた。
「なに?! ……って、確かあなたは」
絶対許せない言葉を吐いた連中からたった1人だけ距離を置いていた美優。
何もしていない人間を怒るわけもなく、振り向きざまは言葉が強くなった藍那だがすぐにいつもどおりになる。
「逢沢美優って言います。今日はお疲れさまでした」
そう言って一礼する美優。
その様子に何かあるな、と思ったあやめは美優に声をかけた。
「ねぇ、よかったら車乗ってく?」
「えっ……?」
「駅まででしょ? 通り道だから送ってくよ?」
あやめの一言で何か察した璃紗。
そして藍那も状況を理解する。
「あ、お母さんがそろそろ着くって! 璃紗もあれだったら乗ってきなよ!」
「え、いいの? ありがとう! じゃあ、よろしく。あやめ、またね!」
足早に去っていく2人を見送ると、あやめは美優に笑いかける。
「もう、私の仕事も終わり。だから何も気にしなくていいの。早く荷物持っておいで?」
「……なんで私に声かけてくれたんですか?」
車に乗り、駅まで送ろうと思った時に聞こえた電車が止まってるという声。
慌てて調べると事故の影響で電車の運行が止まり、復旧までに時間がかかるということであやめは予定を変更し、最寄り駅まで送っていくことにした。
その道中、美優がポツリとつぶやいたのがこの言葉だった。
「ん~……。なんでかしらね? なんか昔の私みたいな感じだったから、かな?」
「昔の……アイリスさん?」
「そうそう。ロスヴァイセのリーダーになる前の私」
あやめは前を見て語り出す。
昔自分がソロで活動していたことを。そして、焦っていたこと。
事務所に入ればそれだけで安定した仕事が待っていると信じていたあの頃を。
それは美優にとっての現在で、まさに今感じていたことをあやめもまた感じていたことに驚いた。
ロスヴァイセといえば地下でもちょっと名の知れた存在で、動員数だって多い。
メンバーも原石を集めて、レッスンをして、そうしてデビューした。
最初のうちはよくいる地下アイドル、だったかもしれないがすぐに頭角を現して人気になったものだと思っていた。
しかし、それは違った。
話を聞いていく度に自分の今までの努力はまだまだなんだ、そう思えるような濃い体験。
美優はその話にだんだん引き込まれていった。
「……っていうことで私達はフリーになったってわけ。だから焦らなくていいわ。逆に私達からすると今の方がそりゃオファーへの返事だったりとかやることはあるけど、自由度が違うもの」
「……なるほど。今の状況で何ができるかを最大限に考えないと次への道は拓けないんですね。それがわかっただけでもなんか楽になりました」
その答えに何かずれを感じたあやめ。
メンバーには後で話せばいい、そう思って思い切って提案をしてみる。
「逢沢さん? 逢沢さんさえ良かったらしばらく私達と一緒に活動してみない? 合同レッスンしたりとか、同じイベントに出たりとか」
「……いいんですか?! 私なんかで」
「ええ。どこまで一緒にできるかはメンバーに話してからになるけど、少なくとも一緒にレッスンはできるようにする」
あやめからの提案に驚く美優だが、答えは決まっている。
あのロスヴァイセと一緒に活動できるのなら実力は上がるだろうし、あわよくばお客さんも何人か引っ張れるはず。
「よろしくお願いします!」
この時のこの決断が美優にとっていいものだったのか悪いものだったのか。
それはわからない。ただ、この時に美優がもし断っていたら。
すぐに地下アイドルの闇に囚われ、地下アイドルのまますぐに消えていったことであろう。
それでも全てを判断するのは引退した後だ。
色々な話をしている間に美優の家の最寄り駅に着く。
助手席のドアを開けて礼を言い去っていく美優の背中を見送ると、あやめは即2人に連絡を取った。
『ねぇ、ごめん。私の独断で決めちゃったんだけどしばらく逢沢美優ちゃんって子と一緒に動こうと思うの』
とあやめがグループにメッセージを送れば
『なんでまたそういう話になったの?』
と璃紗が返す。
『ちょっと精神的にきちゃってるみたいでね、ロスヴァイセに入る前の私みたいに』
『アイリスがロスヴァイセに入る前って……ああ、あの頃か。確かにあの頃のアイリスはヤバかった笑』
『レッスンもライブも一緒ってこと?その子大丈夫?身体きつくならないかな?』
そのやりとりを見ていた藍那の返信。これで決まりだった。
『別に私はあやめが決めたんならそれに従うだけよ。変な仕事受けたりとかするわけじゃないんでしょ?だったらいいじゃない。ライブはともかく私達についてこれないんだったらそれまでの子ってわけなんだから』
『そうね、まぁいいんじゃない? やってみてダメならあっちから辞めるって言うでしょ』
2人のやり取りを見ていたあやめは最後にこう返す。
『2人とも、ありがとう。じゃあ逢沢さんにはそうやって伝えておくわね』
返信を打ったところであやめは車のシートの背もたれに身体を預けて伸びをする。
スマホの時間を見ると美優を見送ってから20分。
そろそろ家に帰って寝ないと次の日の仕事に差し支える。
そう思ったあやめは慌ててシートベルトを締めて、車のエンジンを入れるとライトをつけて前後左右を確認。
周りに危険はない、車を発進させて家路へと急ぐのであった。




