第7章 過去の記憶
森の中に、いつものように罠を仕掛けながら、春馬はふと立ち止まった。
乾いた風が木の葉を揺らす音が、不意に昔の記憶を引きずり出してくる。
「ハブなんて、全部駆除されりゃいいんだよ……」
口に出すと、自分でも驚くほどの棘があった。
その言葉は、子どもの頃に何度も聞かされたものだった。
兄――悠真。
春馬の5歳年上の兄は、小さい頃から頼れる存在だった。
いつも笑って、走って、森を案内してくれた。動物や植物にも詳しかった兄が、ある日、森の中でハブに噛まれた。
発見が遅れた。手当ても間に合わなかった。
家族は泣き崩れた。父は壁を殴り、母は声を出さずに泣き続けた。
「だからよ、ハブもマングースも、全部いなくなった方がいいんだよ」
かつて父が吐いたその言葉が、春馬の心に強く残った。
「駆除は悪くない。むしろ、それは正義なんだ」と、疑うことなく信じてきた。
だが、今――。
あの子マングースの目を思い出す。怯えていた。だが、生きようとしていた。
何も知らずに、ただ母のそばにいた。自分が引いた罠にかかった命。
「俺は……なんのためにやってるんだ?」
声にならない問いが喉の奥で震える。答えは出ない。
それでも、何かがずれているという感覚だけが、日々少しずつ膨らんでいった。
その夜、春馬はふたたび窓辺に立った。
闇の中に、何かの気配を感じた。
じっと見ている気がする。
まるで「お前はどうする?」と問うように――。




