第2章 気のせいじゃない
センターに戻ると、岸川所長が書類を見ながら顔を上げた。
「おつかれ。……ああ、捕れたか」
「はい、一匹だけです」
「そうか。北の森、最近は数が減ってるみたいだな」
俺は罠を外し、袋を所定の場所に下ろす。中身は静かだ。
息遣いはかすかに感じる。生きている。でも、動かない。
「今日はこいつ、やけにおとなしかったです。……何か、変な感じでした」
思わずそう口に出した。
所長は少しだけ眉を上げて、うなずいた。
「そうか。俺も少し気になっててな。罠の周囲も妙に静かだったし、痕跡が少なすぎた。……年寄りか、あるいは何か違うのか。念のため、明日も同じ場所を見てきてくれ」
所長はあくまで淡々としていた。でも、あの人なりに何かを感じ取っていたのだろう。
その夜、変な夢を見た。
森の中で、あのマングースが檻の外に立っている。俺を見ている。
夢の中でも、やっぱり目をそらせなかった。
──お前は、どうして殺す?
声。確かに、声が聞こえた。けれど、口は動いていなかった。
「……仕事だから」
夢の中の俺が答える。現実の俺と同じように。
マングースは、それを聞いてただ黙った。目を細めて、それだけで何もかも見透かしたように。
──お前は、それでいいのか?
目が覚めた。
心臓がやけに速く動いていた。
翌日、俺はまた北の森を担当した。
罠を点検しながら、前日と同じルートを辿る。
あの三つ目の罠の場所に来たとき、ふいに風が吹いた。
木々がざわめき、葉の影が地面に揺れた。
何もいない。罠も空っぽだ。けれど、視線のようなものを感じた。
──昨日の“気のせい”は、たぶん、気のせいじゃない。
このとき、俺はまだ知らなかった。
あのマングースが、すべての始まりだったことを。