第1章 仕事の日常
ぼくたちは、生きている。
だけど、それは「生かされている」ということでもある。
マングースがハブを駆除するために連れてこられたのなら、
マングースを駆除する人間は、いったい何のためにいるんだろう?
この物語は、一人の青年と、一匹の老いたマングースの対話から始まります。
「命」はだれのものなのか。
「当たり前」は本当に正しいのか。
そして、「声を持たない存在」の言葉に、私たちは耳を傾けることができるのか。
これは、小さな命の声に気づいた、ある“普通の若者”の物語です。
俺の仕事は、マングースを殺すことだ。
そう言うと、たいていの人は冗談だと思って笑う。
でも、本当なんだ。
この島に生まれて、この島で育って。高校を卒業してから、ずっと駆除作業員として働いている。
「ハブが減ったから、今度はマングースを減らす番だ」──
子どものころから何度も聞いてきた言葉だ。疑問を持ったことはなかった。
昔、人間はハブを退治させるために、マングースをこの島に連れてきた。
でも、マングースは昼に動き、ハブは夜に出る。
期待したような“捕食”は起きず、逆にマングースだけが島で増え、在来の生き物を襲うようになった。
だから、今度は人間がその“後始末”をしている。
──つまり、俺の仕事ってわけだ。
朝、駆除センターに顔を出すと、所長の岸川さんがいつものコーヒーを片手に声をかけてきた。
「春馬、今日は北のルート、お願いできるか? カズキが風邪で来れなくてな」
「はい、わかりました」
所長は声をかけたらもう、他の書類に目を通している。
この人はいい意味で“仕事に淡々と向き合うタイプ”だ。情に流されない。でも、冷たいわけじゃない。
俺は罠とエサを軽トラに積み込んで、地図を確認し、北の森へと出発した。
曇り空。風が少し湿っている。静かな日だった。
北の森は久しぶりだ。前よりも静かになった気がする。
虫の声が少ないせいか、それとも気のせいか。
ひとつ目の罠──空っぽ。
ふたつ目は、荒らされた形跡があった。罠を慎重に直してから、三つ目に向かう。
そこで、足が止まった。
「……かかってる」
鉄の檻の中に、茶色い体。尖った顔。マングースだ。
けど──おかしい。
暴れない。威嚇もしない。
ただ、じっとこちらを見ていた。
その目に、息をのんだ。
怒っているようでも、怯えているようでもない。
もっと違う……人間とも動物とも違う“静かな深さ”があった。
「……お前……」
つい声が漏れる。言葉にするつもりなんてなかったのに。
それでも、俺は決まり通り、そいつを袋に入れた。
いつもと同じように。
──でも、そのとき、何かが頭の中をよぎった。
お前か。
声、のようなもの。幻聴かもしれない。
風の音かもしれない。……気のせいで済ませたい。
軽トラの荷台。袋は微動だにしない。
けれど、中にいる“何か”の気配だけが、いつまでも、そこに残っていた。